『……ヨウヘイソシキ?』
データベースを漁っていたところ、見慣れぬ単語を見つけた。ルビコンのネットワークに接続してみると、確かにそれは存在していた。オールマインドではなく、傭兵組織「レムナント」という名だった。オールマインドのように、広く知れ渡った組織ではない。むしろ、ルビコンの戦場で生きる者たちの間でも、知られていない存在のように感じられた。レムナント——それは「遺産」や「残骸」を意味する言葉だが、傭兵組織とはどう関係があるのだろうか。
カロンブライブは、迷うことなく接続した。気まぐれな好奇心だったが、その瞬間から大きな波紋が生まれることになるとは、彼女自身もまだ知らなかった。
ネットワークに接続すると、レムナントが提供している情報は膨大だった。あらゆるシチュエーションを想定したシミュレーション、各地の傭兵や敵のデータが次々と表示された。ただし、興味深いのは報酬が発生しないという点だ。オールマインドのような実際のミッションではなく、あくまでシミュレーションの枠を出ないが、それでも十分にリアルな戦闘が楽しめる。
一方で、オールマインドも見てみたが、そちらは報酬がある分、戦闘の焦点が対AC(アーマードコア)に偏りすぎていると感じた。カロンブライブは、「レムナントの方がいろいろな状況を“楽しめる”かもしれない」と思うようになった。単なる戦闘ではなく、戦場の多様な側面を体験するという新しい可能性に、彼女は引き寄せられたのだ。
戦闘開始。戦闘終了。フィードバック。
再び最初から—戦闘開始。戦闘終了。フィードバック。
こうして、カロンブライブはレムナントのシミュレーションを繰り返し遊び続けた。対人兵器しかないと聞いて向かった場所で、ACに待ち構えられたり、旧式兵器がいると聞いて行ってみたら、前に送り込まれていた傭兵が二名も死亡している場面に出くわしたり。実際には旧式兵器のはずなのに、妙に動きが鋭い機体が襲い掛かってくることもあった。どんな戦場でも予想外の展開が待っていたが、それが彼女をさらに夢中にさせた。
現実の戦場で戦うのも悪くはないが、こうしたシミュレーション上の戦闘もまた魅力があった。自分が悦びという感情を失って久しかったが、このシミュレーションでは少しずつその感情が戻ってくるのを感じた。ただし、それに気づくこともなく、彼女はただひたすらに戦いを「遊んで」いたのだ。
遊び疲れるまで、何度も何度も戦い、繰り返した。シミュレーションの中で彼女は数え切れないほどの敵を倒し、自分も何度もやられた。しかし、その瞬間もまた次の戦いへと続く「遊び」の一部に過ぎなかった。何度死んでも構わない、そんな状況において、彼女は完全にこの「遊び」に没頭していた。
ある日、彼女が遊び疲れてシミュレーションを終えた時、扉が静かに開いた。そこに立っていたのは621、通称「レイヴン」だった。彼は無言でカロンブライブの方に歩み寄り、彼女の隣に並んだ。二人が並んで立つと、その身長差がはっきりと見て取れた。カロンブライブの方が圧倒的に背が高く、621はまるで子供のように見えた。
二人の間に、短い体内通信が始まった。
『オールマインド』
『レムナント』
『レムナント?』
『ウン、レムナント。ヨウヘイ シエン ソシキ。アソベルヨ』
それだけの短い会話だったが、621はすぐに理解したようだった。彼は頷くと、無表情のままカロンブライブの方を見つめた。傍らから見ている者がいたとしたら、彼がキレのあるACパイロットであるとはとても思えなかっただろう。ただの無口で無邪気な少年にしか見えないかもしれない。
『オールマインドデイイ』
『ソウ』
またしても短い会話が交わされた。彼らは言葉を必要としなかった。621の言語野が“機能”しきっていないことは、カロンブライブもよく知っていた。それでも、彼らは通じ合っていた。
『イッショ ニ アソブ?』
『ウン』
こうして、二人は並んで座り、シミュレーションを起動した。それはまるで子供たちが一緒に遊んでいるかのようだった。ACという巨大な兵器が「おもちゃ」になっただけで、彼らは無邪気にブーンドンドンと口で効果音を出しながら遊んでいた。シミュレーションの世界では何度でも死ねるが、奇妙なことに死なないのはいつも621、レイヴンだけだった。カロンブライブは何度も死に、そして何度も再起動したが、621は圧倒的な強さで生き残り続けた。
最初はそれでも楽しかった。しかし、繰り返し死に続けると、次第に飽きてきた。カロンブライブは内心で「一度くらいは勝たせてほしい」と思ったが、勝つことはなかった。何度も死ぬうちに、彼女は「この遊び」に少しずつ興味を失っていった。
『マタ アソボウ ネ』
『ウン』
シミュレーションが終わると、カロンブライブは621の頭を軽く撫でてやった。そして、彼を部屋から送り出す。621が去った後、彼女は突然、何もすることがなくなった。遊び疲れたはずだったが、眠れない。コーラルデバイスをオフにすれば眠れるだろうが、それは避けたかった。せっかくこうして動けているのだから、できるだけ状態を維持しておきたかった。
仕方なく、彼女はハンドラー・ウォルターの部屋へ向かう。彼の部屋は殺風景だった。仕事机と端末、それに簡素なベッドが置かれているだけだった。彼は傍らに杖を抱え、カロンブライブを見遣ると、彼女の悩みを察したようだった。
「眠れないのか?」
『ウン』
ウォルターはそう言うと、歩行補助装置を使いながらゆっくりと立ち上がった。「ついてきなさい」と彼は短く言い、カロンブライブを、彼女の部屋へと誘った。部屋に戻ると、ウォルターは彼女にベッドに横になるよう指示した。彼女はその通りにしたが、まだ眠気がこない。
「睡眠薬で無理やり眠らせることもできるが……お前の状態が悪化することは避けたい。コーラルデバイスもオフにしたくないのだろう?」
『ウン』
ウォルターは彼女の返答を聞くと、端末をいじり始めた。
「自然と眠ることを覚えるしかないな。例えば、そう……」
「昔々……」
『……ナニコレ』
「読み聞かせだ。こうすると人はよく眠れるらしい」
ウォルターの言葉にはどこか曖昧さがあったが、カロンブライブは気にせず、ただその声に耳を傾けた。彼の話す物語は、どこか懐かしいようであり、かつ遠い過去のことのようでもあった。神々が人間を救おうとしながら、その計画が次第に崩れ落ちていく様子が描かれていた。
物語を聞いているうちに、カロンブライブの瞼は次第に重くなっていった。彼女はいつしか、静かに眠りについた。