ひぐらしのなく頃に 詩音編   作:maki tomohito

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 メアカシ

 

 

 

 1章

 

 

「詩音は、祭りに来るの?」

 なぜそれを聞くのか? まあ、理由はわからなくもない。

 詩音は、村人たちと園崎家と仲が悪い。

 片思いだった、北条悟史の失踪の原因が彼らにあると推測していたから。

「う~ん、わかりません」

「そう? 他に予定があるの?」

「バイトも何もありません。鬼婆に会うのはできる限り避けたいだけです」

 詩音は立ち上がり、部屋のベランダまで歩く。

 テーブルを中心に、向いに座っていた魅音に背を向けることになる。

 ベランダには出ずにガラス戸から外を眺めた。

「じゃあさあ、ゲーム大会はどうよ?」

「わたしが出ると、お姉と本気の勝負になるんで、お断りします」

 詩音と魅音は双子の姉妹である。

 あちこちの家庭と同じで、兄弟姉妹の仲が悪い。

 だが、それと同じぐらい仲が良い、というのも他の兄弟姉妹と同じくしている。

 離れて暮らすようになって、より一層、姉妹の大切さを意識し始めている。

「詩音が来たら、面白いのにな~」

「今回は、ずいぶんと熱心ですね」

 

 魅音は学校の部活にゲームを取り入れている。

 半分ぐらいは魅音の趣味だ。学校のロッカーには様々なゲームが詰めこまれている。

 雛見沢村には魅音と同年代の子供は少ない。

 だから、彼女が退屈していたのを詩音は知っている。けれども、魅音が最近になって楽しそうに部活を語るようになっていた。

「まあ、無理やり参加させない方がいいのかな。気分転換に、って思ったんだけど」

 どうやら、詩音は無意識のうちに暗くなっているのを気付かれたようだった。このお誘いは魅音なりの気遣いなのだろう。詩音が前向きになれるために。

「ところで、お姉。部活動に新しいメンバーが入ったんですって?」

「そうそう、そうなんだよ。前原圭一といって、これがまたすごい才能を持っていてさあ」

 

 魅音が期待のルーキーである前原圭一について熱心に説明する。詩音の知識では、初の男性の部活メンバーである。魅音にとっては嬉しいに違いない。メンバーとしても、男女の関係としても。

「それにしても、お姉。ずいぶんと入れ込んでいますね」

「そ、そう? そんなことないよ」

「ひょっとしたら、好きな男の子でもできたとか~?」

 魅音が顔を真っ赤にして、身振り手振りで否定を始めた。こういうときの魅音の態度はわかりやすい。詩音は、からかうための弱みを手に入れた、と思った。

 最後には魅音が怒り出した。

「その前原圭一くんが、お姉の恋愛の相手じゃないのなら気にしなくて良いじゃありませんか」

「圭ちゃんとは、そういう関係じゃなくて」

 魅音が大きな声で誤魔化し、その声がだんだんと小さくなっていく。

 結局のところ、部活の新たなメンバーである前原圭一に、魅音は恋愛感情を持ってしまったわけだ。それで、落ち着かない態度になってしまっているのだ。

 詩音は考える。この恋愛をネタにして、姉をからかうために村に行くのも良い。

「とりあえず、祭りには行くことにします」

 

 

 

 

 2章

 

 後日。

 魅音が部屋に来ていた。

 入ってくるなり、泣き出したり、わめいたり。

 さすがの詩音も今までにない魅音の態度に、動揺したりもした。

 強気だった魅音が、ここまで泣いたりするのは、珍しいことだ。

 理由はわかる。

 この前、会った時の話から、だいたいは想像がついた。

 おそらくゲーム大会で、企画の手伝いのお礼として、何か貰ったのだろう。

 それで、部活メンバーの全員がもらったのに、自分だけがもらえなかった。

 そして、前原圭一がもらった品を欲しがったのだけれど、魅音の素直になれない態度が問題で、もらえなかったのだろう、詩音は推測した。

「圭ちゃんが、わたしに人形をくれなかったんだ。わたしが男みたいだからって。そんな理由で」

「はいはい」

 詩音は適当に受け流す。

 ここに来てから、もう何度も繰り返し同じことを話している。

 気が済むまで相手に話をさせればいいのだ。

「詩音、聞いてる?」

「聞いていますとも」

 詩音が話を聞いてやりながらも、腰を据えて相談に乗れない理由がある。

 彼女もまた、恋愛を引きずったままだ。

 恋の相手である北条悟史は、行方不明のままだ。

 心の古傷を思い出しそうだ。

 

「学校で会わす顔がないよ」

「そんなわけにはいきませんって、祭りだって近いのだし」

「詩音が代わりに行ってくれればいいよ。わたし元気が出ない」

 学校に行けないほど恋愛の病は重傷だった。

 けれど、詩音も同じように恋愛をしたことがあるので、気持ちは理解できた。

 恋愛をするというのはつらいこともあるけれど、幸せなことでもあると思う。

 魅音は、詩音とちがって恋愛の幸せを楽しんでいるのだ。

 理不尽にも恋愛を失った詩音とちがって。

 そんな魅音に嫉妬の気持ちが湧いてきた。

 心の鬼が目覚めてしまう。

「ともかく学校に行けばいいと思います。行くときに十分に着飾って、できればフリル付きのドレスなんか着て、そうして猛烈にアピールしたほうがいいですよ」

「そうかな」

 笑顔で詩音は答えていた。

 けれども、詩音の心中は穏やかでない。

 魅音の恋の悩みを聞いてくれる人はいるけれども、詩音の悩みを聞いてくれる人はいない。

 北条悟史の存在が、雛見沢村にとって、園崎家にとっても禁忌のものになってしまっているからだ。

 目の前の魅音もまた園崎家の当主であり、憎悪の対象であったが、姉妹の感情を優先しようとした。

 誰だって幸せになる権利はある。

 今度は魅音の番になっただけだ。

 

「わたしに似合うかな。圭ちゃんが振り向いてくれるかな」

「大丈夫ですって、100パーセント保証しますって」

 魅音が腕で涙をぬぐう。

 ようやく気持ちが落ち着いたようだった。

 いつものように、二人で会話して過ごして、魅音は帰っていった。

 しかし、詩音は封印してきた恋愛の悩みを開封させることになった。

 北条悟史の失踪を1年の間、調べてきたが何も手がかりが得られなかった。

 もう村の外では何も見つからないのかもしれない。

 自ら村に乗り込んで探すのも一つのやり方ではあった。

 魅音との会話で話題にしていた、祭りへの参加を言い訳に調査をすることができる。

 なによりも、5年目の怪死事件がなければ、詩音が推理していた事件の主犯と推理している園崎家への嫌疑が晴れる。

 詩音は、ため息をひとつついた。

 

 

 

 

 

 3章

 

 圭一は興宮のおもちゃ屋に来ていた。

 用事があって、ついでによっただけだ。

 圭一ぐらいの年齢ならば、遊びに関する場所を見つけたら素通りすることなどできないものだ。

 そもそもこの店は、魅音のおじさんが経営している店で、部活のメンバーのいきつけでもあった。

 店内に入ると、地元の子供らが品物を眺めていた。

 それらのおもちゃは、レトロなものがちらほらと見える。

 売れ残りのように見えるが、今でも遊べるもののように思われる。

 そもそも、子供は、いつの時代でも同じだから、この店がどんなに新しくなっても、レパートリーは変化しないかもしれない。

 むしろ、圭一にとっては、昔のものや時代遅れのものが見られるのは地方都市ならではの特徴ととらえている。

 一方で、新しい品物は、たぶんここに通っている魅音の影響なのだろう。

 

「探し物かい?」

 店主である魅音のおじさんが声をかけてくる。

 確か、よしろう、という名前だった。

 魅音の部活のおかげで完全に顔を覚えられていた。

「いいえ、ただ立ち寄っただけですから」

「ゆっくり見ていくといい」

 圭一は返事をして、ゆっくりと店内を見て回る。

「この前のゲーム大会のときだけど、盛り上げてくれてありがとう。改めてお礼を言うよ」

「いいえ、お礼なんて、たいしたことなんてしてないですよ」

 魅音のおじさんに圭一は恐縮する。

「それに、俺も十分に楽しんだわけですから」

 それはそうと、圭一には気になることがあった。ここで聞いても良いのだろうかと少しだけ迷う。まあ、聞きたいことはたいしたことではない。

「そういえば、お礼の品物をもらいましたよね」

「ああ、あのことか」

「あの品物についてなんですけど」

 ゲーム大会を盛り上げたお礼に、よしろうが渡してくれた物のことだ。部活メンバー全員に人形をくれたのだった。魅音だけは、親族のせいか何ももらえなかった。

「なんで人形だったのかなあって」

「ああ、悪い悪い」

「やっぱりそうでしたか。なんで男の子がいるのに人形が来たのかなって」

「すまなかったね。おじさん勘違いしちゃって」

 

 女の子向けの人形を圭一がもらったのだった。後々、冷静に考えてみるとなんで自分がもらうことになったのか理解できなかった。何かの行き違いがあったのだ、と自分を納得させたのだが。

「魅音ちゃんは、いつも女の子を連れてきたりするだろう? それでおじさん勘違いしちゃって」

「確かに、最近は部活のメンバーは女の子オンリーだったっけ」

「それで女の子向けの人形を用意しちゃったんだ」

「そうでしたか、謎が解けましたよ」

「はっはっはっ」

 おじさんは、小さなミスを恥ずかしそうに笑いだす。でも、圭一にとってはささいなことでしかない。こんな小さい間違いが大事になってたまるか、という気概を持ち合わせている。

「でも、まかり間違えば、あの人形の奪い合いで血の雨が降ったかもしれなかったぜ」

「いやあ、確かに怖いことになったかもね」

「詩音と魅音で、ケンカになるなんて恐ろしくて見てらんないですよ」

「そうだね、あの二人は昔からケンカばかりしてたからね」

 でも――と、よしろうの声が深くなる。

「おじさんも、親族が多くて、兄弟って言うものをみてきたからね」

「兄弟ですか」

「そうさ。圭一くんには兄弟は?」

「俺はひとりっこです」

「そうか」

「でも、やっぱり兄弟がいることの楽しさとかは、魅音や沙都子を見ているとなんとなくわかってきます」

「うん、兄弟や姉妹ってのは、年の近い家族だからね。見えない絆があるんだよ」

 よしろうは店の天井を眺めながら、彼の兄弟や家族に思いを馳せているようだった。

「だから、ケンカになってもきっと仲直りするし、わかりあえると思うよ」

「俺には兄弟はいないけれども、そういうものがあるんですか・・・。なんだかうらやましいです」

 

 

 

 

 4章

 

 

 圭一にとって祭りは初めてではない。

 勉強が忙しくなって、行かなくなったりもした。

 けれど、雛見沢に来る前なら、まだ幼い頃に、祭りに何度も行ったことがあった。

 圭一がいる場所は都会だったので、周囲はビルか家屋ばかりであった。

 味気が無いといつも思っていた。

 この雛見沢は、山に囲まれている。

 祭りの舞台である神社の周囲は、見渡すかぎり田んぼと森林で、自然の中であった。

 それは都会の祭りを味わった圭一が望んでいたことだった。

 出店の並ぶ境内で、圭一の仲間たちが歩き回っている。

 沙都子が手持ち無沙汰で立っているので、圭一は声をかけてみることにした。

 

「沙都子、楽しんでるか?」

「ええ、楽しんでございましてよ。圭一さんは?」

「まあまあ、楽しんでるよ」

 イマイチな返事をしてしまった。

 片眉を上げた後に、沙都子は不敵な笑みを浮かべた。

「圭一さんともあろう人が、そのような曖昧な楽しみ方は損でございましてよ」

「わるい、確かに沙都子の言う通りだったな」

「人生は一度きり。そして今、この祭りの瞬間も一度きり。ならば楽しまなくては損でしてよ」

 沙都子の言葉には何度も学ばされることが多い。

 圭一よりも、経験が違うというか、修羅場を踏んだ数が違うというか。

 そう感じると、沙都子の小柄な体が頼もしく見えてきた。

 

「沙都子、聞きたいことがあるんだ」

 圭一は思い切って聞いてみることにした。この前の魅音のおじさんとのやりとりで、いまだに受け入れていないところがあった。圭一のそばに兄弟姉妹を持っている人間が少ないのが原因だ。これは納得するためのちょうどよい機会だった。

「はっきり、おっしゃってけっこうですのよ? 言いたいことが言えないのは、圭一さんらしくありませんことよ」

 沙都子はまだ幼いのに、この答え方である。圭一と、どっちが年上なのかわからない。だが、そんな肝の座り方があればこそ、魅音の部活に参加していられるのだ。

「家族のことだ。兄貴について」

 沙都子は、表情を曇らせることもなくつぎの言葉を待っている。

「お兄さんは、”にーにー”は、いなくなったんだよな」

 圭一は、慎重に会話を進めて行った。

「お兄さんとの絆は、いまだに感じているのかと思って」

「当然でございましてよ」

「兄妹の血のつながりゆえだな」

「そうでございますわ。”にーにー”に、何かがあったら、飛んでいきますわ」

 圭一は沙都子が落ち込んでいるかと思っていた。けれども、そんなことはなかった。一点の曇りもない明るさを見せていた。

「兄貴のことを信頼しているんだな」

「たったひとりの家族なのですから当然でございましょ」

「そこまで信じる根拠はなんだろうな。俺はまだ沙都子の兄に会ったことはないし」

 沙都子は両親がいなくて、梨花と一緒に暮らしているのだ。、家族に対する信頼は当然のことである。けれども圭一は、漫然と生きているので家族に対する気持ちが薄いのである。だから、家族に対する感情的な部分を知りたかった。

「そうですわね」

 沙都子は自分の胸に手を当てる。

「言ってみれば絆ですわね」

「キズナか。聞いたことがあるな」

「ええ。兄との絆を感じているからこそ。きっと戻ってくると信じているのですわ」

 この兄妹の絆こそが沙都子の自信の根拠なのだろう、と圭一は思う。

「それはそうと、どこで兄弟姉妹のキズナなんてものを聞いたのですの?」

「よしろうさんが言ってたんだ」

「園崎の家は親戚も多いから、同情しますわね」

 沙都子の言う通りだった。園崎家は、”家”を名乗るだけあって、血のつながった親戚が大勢いるのだ。親戚づきあいの少ない圭一の家系からは想像もつかないことだ。

「兄弟のいる家は、どこも大変でしてよ」

 沙都子がそういうと、少しだけ安心した。親戚がいないことは心細いこともあったが、一方で、トラブルの種などを持ち込まれると、それはそれで迷惑なことだろう。

「きっと、どこの家とも同じように、絆と騒ぎがあるにちがいありませんわ」

 梨花がやってきて演舞の準備に行くと言い出した。

二人が話題をやめるのにちょうど良い頃合いだった。

 

 

 

 5章

 

 祭りが終わり、夜更けになった。

 祭りの合間に宝具のある倉庫をこっそりとのぞいたりもした。

 しかし、彼女の望んでいた村の秘密などなかった。

 ガラクタばかりで、村では怒られるぐらいに厳しいのに、拍子抜けだ。

 結局、詩音は実家に泊まることになった。

「ご機嫌だねえ、詩音」

 姉の魅音が様子を見て声をかけてきた。どうやら、態度に出ていたらしい。

 

「祭りが終わって安心しているのですよ」

 縁側に座る、詩音は答えた。

 拍子抜けしたせいか、頭の回転は鈍くなったようだ。

 何も考えずに、ぼーっ、と夜空を眺めていた。

 魅音が隣に来て座る。

 

「そうだねえ、わたしも安心したよ」

 以前は村の行事に尖った感情を持っていた。

 けれども、聞く限りは、去年やそれ以前のような、派手な村ぐるみの対立は、ないようだった。

 そのせいか、心の鬼を出さずに、安心しているのかもしれない。

 姉妹は子供のように足をふらふらさせながら話した。

 

「祭りのほうは成功しているからねえ」

「村が盛り上がるのはいいことですよ」

 詩音はあいづちを突きながら魅音の様子を見る。

「まあ、部活メンバーの努力もあったの大きいかなあ」

 必要以上におおげさに、そして自慢げに魅音が言う。

 不安なのだろう。不安の裏返しで大げさな態度になっているのだ。

 詩音も不安はなくならない。

 

 だが、祭りさえ乗り越えればタタリはなんとかなる、と誰もが思っている。

 冷静に考えれば、祭りを成功させたがる園崎家が、わざわざ殺人事件など起こすはずがない。

 冷静に考えれば。

 冷静に考えれば。

 だが、いざというときに冷静になれないのが人間というものだ。

 一年前に恋をしてから、詩音はずっと冷静になれていないままだ。

 いまだに不発弾のように詩音の心の底にうごめいている。

 

「祭りの成功は、鬼婆のご機嫌にも左右されますからね」

「そうそう、ばっちゃがいつも以上に張り切っていて、まったく困ったもんだよ」

 こんなときも双子はいつものように会話をした。

 詩音たちの使う寝室は昔ながらの木造の部屋だ。

 園崎の家は、古い歴史を持った屋敷だった。

 江戸時代から建っているといっても納得するぐらいの代物だ。

 姉妹二人で同じ夜空を眺める。

 

「このまま何事もなく祭りが終わってほしいよ」

「終わるっていっても、すでに日付が変わりそうですよ、お姉」

「いやあ、夜更かしが過ぎたかなあ」

 縁側から見える庭のあちこちを指さして、姉妹の思い出話に花を咲かせる。

 ともかく、詩音は村を避けていた。

 自分が禁忌の存在だったから。

 

 園崎家は双子が生まれるとは思っていなかったのだ。

 園崎家の後継者は一人だけ。

 必然的に、詩音は園崎家との関係が悪くなった。

 けれども、今年の祭りは前年以上に盛り上がり、村の外からも人が来ていた。

 詩音も見た目は受け入れられたように思えた。

 詩音と園崎家の関係も良くなっていく違いなかった。

 

 

 

 深夜

 詩音が目を覚ますと、魅音がいなくなっていた。

 姉妹で一緒の部屋に寝ていたはずだ。

 まだ暗いところを見ると、夜中である。

 トイレにでも行ったのだろう、と詩音は思った。

 魅音をからかってやるか。

 詩音は寝床を抜け出した。

 

 深夜なのに明かりのついた部屋があった。

 魅音と鬼婆が話しているようだった。

 何気なしに詩音は立ち聞きをしてみた。

 富竹と鷹野が死んだという報告だった。

 そして、詩音と圭一については、まだ言及されていない。

「あの二人が死んだのは天罰っちゅうもんだ!」

 鬼婆の祖母が怒鳴った。

 

 詩音は二人のただならぬ雰囲気を感じ取った。

 けれども、好奇心が先立つ。

 魅音が冷ややかに話していた。

「富竹と鷹野は祭具殿に侵入しているを見たと報告を受けました」

「よそ者ごときが祭具殿を荒らして、それを黙って見ているわけにはいなん」

 話を聞くうちに詩音の肝が冷えていくのを感じた。

 

 富竹と鷹野は祭りで詩音が会った大人たちだ。

 彼らは祭具殿に侵入しようとしていて、詩音も村の新参者の圭一を誘って、手伝った。

 祭具殿にこそ、村の連続怪死事件の手掛かりがあると思ったからだ。

 どうやら、誰かに見られていたらしい。

 そのことが園崎家に知られて、逆鱗に触れたらしい。

 村にとって神聖な場所であり、タブーとされているのだから当然だ。

 電話での語り口から推測すると、富竹たちの不幸を極秘に報告されたようだ。

 

 祭具殿は、村人が激怒するぐらいの禁忌の場所と知られている。

 もしも、罪があるとすれば、祭具殿への侵入のことなのだろう。

 だが、その罰が殺人となると。

 詩音は村の掟や禁忌について聞きなれたことだった。

 だから、考えるよりも先に、この場を離れるという選択肢を選んだ。

 

 

 

 こっそりと逃げようと静かに移動した。

 詩音の髪の毛を誰かがつかんだ。

 冷たい目でにらむ魅音が後ろにいた。

「何をしているのです? 詩音」

「な、なにも」

 詩音は、園崎の密談を聞いたことを否定した。おそらくは、富竹と鷹野を殺害したことにちがいない。そんな闇の部分は否定するしかない。

「立ち聞きは、良くありません」

 魅音は、詩音の髪の毛をひっぱり、ひきずりはじめた。

「はなして! お姉!」

「あなたには村のおきて、園崎のけじめを受けなければなりません」

 

 過去の爪をはがしたときの激痛を思い出す。

 園崎のけじめは、肉体的なものを伴う。罪が重ければ重いほど。

 一年前に、北条悟史の許しを請うために「けじめ」で爪をはがしたことがあった。

 

 パニックの中で問いかけた。

「連続怪死事件の相談をしてたんですか?」

 魅音は一瞬の間を置いて言った。

「そうです」

 詩音はショックで体が震えた。

「すべては園崎の仕事です」

 混乱している詩音に、拍車をかける。

「一年前も、2年前も、すべて園崎の『仕事』です」

 詩音の恐怖心がピークに達した。

 何かがはじけた。

 詩音の髪をつかんでいた手が離れた。

 魅音が床に倒れた。

 気を失っていて、起き上がれない。

 さっきまでの姉妹のやり取りとは逆に家の中は静かになった。

 詩音の手には、スタンガンが握られている。

 護身用に持っていたものだ。

 呆然として、思考が停止したままだ。

 だが、ここまでのやり取りを1つ1つ思い出して、気を取り直すことにした。

 詩音にとって一年前の怪死事件のことはタブーだった。

 行方不明の北条悟史が好きだった詩音は、そのことに触れられると我を忘れる。

 我を忘れて、抵抗した結果だ。

「悪いのは」

 深呼吸して、気持ちを入れなおす。

「お姉のほうです」

 こうなってしまっては、徹底的に園崎家と戦うしかない。

 園崎家の当主である祖母と戦って、すべての謎を引き出すまでである。

 スタンガンを握りしめて、祖母がいるであろう奥の部屋をにらんだ。

 

 

 

「今となっては、ここを支配するのは、私だ!」

 詩音は叫んだ。

 園崎家の地下には、洞窟がある。

 一族はこれを改造して、秘密の場所にした。

 そうして、園崎に逆らった村人たちを拷問したり、閉じ込めるために作り直した。

 明かりで洞窟を照らしても、すみずみまで光が届かない。

 まさに、園崎の闇そのものだ。

 

 詩音の姉の魅音は、洞窟の牢獄に放り込まれていた。

「さて、あらいざらい吐いてもらおうか」

 詩音が問い詰める。

 聞き出したいのは北条悟史の失踪と村で起きている連続怪死事件についてだ。

「失踪事件について園崎は関係していません」

「嘘だ!」

「ほ、本当です。信じて、詩音」

 魅音が恐怖して白状した。

「ようやく、本当のことを話す気になったわけ?」

 しかし魅音が怖がっただけでは、おさまらない。

 そういう性格が、ブレーキよりもアクセルを踏むという詩音の欠点であったが、いまさらだ。

「そんな、だって、警察だって、村のみんなだって探したわけでしょ?」

 北条家は村八分になっていたわけだし、あえてつきつけられると戸惑う。

「園崎が手を回せばいくらでもごまかせる」

 けれども何も見つからなかった。

「証拠はあるはず」

 

 詩音は証拠があると信じたかった。

 北条悟史が失踪したことが詩音の心を覆っている。

 どんなわずかな手掛かりも疑うことはできない。

 

 他のやるべきことはすべてやったのだ。

 それでも悟史は見つからない

 この「尋問」こそが、唯一の手掛かりになっている。

 結果として、そうなった。

 

 けれども、ろくな情報を引きだせていない。

 魅音のことを知る詩音は、彼女がウソをついてないとわかる。

 しかし、心の闇がそれを否定する。

 園崎が犯人でないとしても、まったくの手掛かりがないのはおかしいのだ。

 一年経っても、何も見つからなかった。

 

 手掛かりと情報の否定は、悟史の否定につながる。

 それを詩音は受け入れられない。

 混乱しておびえている魅音はもう役に立たない。

 

「何も見つからないよ」

「だまれ!」

 証拠の否定は、悟史が死んでいるのを認めるのと同じ。

 手がかりが出ないほど、心の鬼が暴れていく。

 ここまで、やっておいて、自分が無事で済むとは思えない。

 魅音が健在なうちは、引き返せるかもしれないいが・・・・

 しかし、魅音は「妹」でなく園崎の当主として見なければならない。

 

 真相をつかむまでは魅音に説得されるわけにいかない。

 もはや、探すところは村の御三家以外に残っていないのだから。

 とりあえず、魅音に他の御三家の関与について確認しておかなければ・・・。

 必要ならば、御三家の本人たちからも聞き出すことになる。

 

 

 

 

 6章

 

 

 村は騒然としていた。

 古手家の当主である古手梨花と北条沙都子、そして村長の公由が行方不明になっているのだ。

 深夜にもかかわらず、村人総出でいなくなった者たちを探していた。

 その行方不明たちを監禁しているのは詩音であった。

 恨みは、八つ当たりに近いものだったが、恨みがまったくないわけではない。

 今となっては、村人のすべてに怒りを覚えてきている。

 村人も、沙都子たちも行方不明になった悟史のために何もしてこなかったからだ。

 そんな感情がずっと詩音を支配していた。

 

 詩音は魅音に変装していた。

 今のところ誰にもすり替わったことは知られていない。

 捜索は深夜にまで及んでいて、子供らは、帰ることになるだろう。

 圭一も捜索には参加していた。

 詩音は圭一と話して様子を見ることにした。

 話す理由は、同じように祭具殿に入った圭一をエサにして村の中にいるであろう闇のグループを釣り上げるためだ。

 その闇の集団が、北条悟史を誘拐した、と詩音は推理していた。

 しかし、圭一をオトリにするのは、成功しているとはいいがたかった。

 詩音から見て、怪しい影が、彼の背後をうろつくこともないし、タタリとも無縁のように見えた。

 

 圭一の見た目は、混乱と恐怖と疲れでやつれていた。

 この数日が1か月にでもなったかのようだ。

 世の中はひどい。

 たった数日で何から何まで変わるのだから。

「圭ちゃん大丈夫?」

「ああ。沙都子のことを考えていたから、疲れているのかもしれない」

「そうだけれど、圭ちゃんまで倒れるわけにはいかないよ」

 詩音は、魅音ならこう言うというセリフを選んで話しかける。

 

「だが、沙都子はタタリとは関係ない。行方不明になるべきは俺のほうだ」

「でも、それに答えられるのは、それこそオヤシロ様だけだよ、圭ちゃん」

 なおも自分を責めようとする圭一を遮る。

「それに、沙都子もリカも部活で鍛えられてるから、簡単には野たれ死んだりしないよ」

 気休めである。

 リカたちを捕らえた詩音にとっては、さらに気休めが実感させられる。

「そうかもな」

 圭一は、納得したわけではないが、どうにかして動揺を抑えようとしている。

 

「魅音に聞くけどさ、沙都子には兄貴がいたんだよな?」

「なぜ、そのことを聞くの?」

 今、一番、ここにいなくてはならないのは兄である北条悟史でなくてはならない。

「沙都子と祭りのときに話したんだ」

「北条悟史のこと?」

「そうだ」

「沙都子は明るいフリをしていて、その陰で苦しんでいた」

「行方不明になっているからねえ」

 悟史のことになると、詩音の心が爆発しそうだった。

 しかし、今は、聞いておこうというのが優先された。

 そもそも、悟史のことで冷静に話し合う機会などなかった。

 

「悟史は、もどってこなかった。今夜のように」

 なぜ? と詩音は心で問いかける。

「でも、沙都子は兄が戻ってくるって信じていた」

 圭一の言葉は詩音には予想外のものだ。

「兄妹は血のつながりがあって、どこかでつながっている。何かあればもう一方が、それを感じ取るって」

 今まで、詩音には、思いもつかないことだった。

「ウソか本当かわからない。でも、俺は信じるぜ、兄妹のキズナってやつを」

 ざわついていた詩音の心が止まる。

「わたしも・・・そう感じるよ」

 魅音や園崎への怒りを抑えて調子を合わせていかないといけない。

「わたしも、姉妹だからね。片方が大けがでもしたら、きっとわかるだろうね」

 

 そういう話はよく聞く。

 家族や兄弟ゆえの虫の知らせだ。

 怒りで自分が、そして沙都子が、兄弟姉妹の片割れであることを忘れてしまっていた。

「圭ちゃんは、一人っ子だからね。やっぱり兄妹でないとわからないものがあるから」

 圭一が強くうなずく。

 それを見ていると、魅音の変装をした詩音は心が二つに割れそうだった。

「わたしも、信じるよ・・・沙都子の兄妹のキズナを」

 

 結局、捜査は警察に引き継がれて、圭一らは家に帰った。

 

 

 

 

 

 7章

 

 詩音は、地下への入り口の前にいた。

 今、改めて見ると、暗闇が自分を呑み込もうとしているかのように見えた。

 心の中の憎しみが以前とは違う動きをしているのがわかった。

 けれど、状況はまだ終わりではない。

 意を決して、地下へと下りていく。

 

 地下の拷問部屋には捕まえた古手梨花と北条沙都子がいた。

 村長と魅音と祖母は地下牢にいるはずだ。

 縛られている沙都子の前にやってくる。

 

「沙都子、お前は、兄が生きてると信じているか?」

 詩音も信じているが、完全に信じることができない。

 周りの影響で諦めのようなものがあった。

「わたくしはいつだって兄の帰ってくることを信じていますのよ」

 だが、詩音にとっては待つのが長すぎた。

「一年経っても何もみつからない」

「年月なんて関係ありませんわ」

 むしろ、信じる気持ちが薄れているのは詩音のほうかもしれない。

 そうは思いたくなかった。

 怒りの炎を燃やし続けているのも忘れないためだ。

 兄が生きているなら・・・妹なら・・・それを感じ取れる。

 兄妹だから。

 

「血のつながった人なら、誰もが感じ取れることですわ」

 悟史の生死がわかるのは沙都子だけだ。

「兄妹ならば、互いの生き死にぐらいわかるものですわ」

 沙都子も必死だ。

 自分は沙都子ほど信じられないかもしれない。

 だが、沙都子の言うことは信じられる。

 北条兄妹の絆を理解できる。

 なぜなら、詩音もまた、魅音との姉妹だから。

 

 北条兄妹の絆を信じるのなら、詩音も魅音との園崎姉妹の絆を信じなければならない。

 それは家族の絆、兄弟姉妹の絆である。

 しかし、心の鬼がささやいて、詩音は鬼に負けてしまった。

 魅音も鬼は止められなかった。

 ・・・だが、園崎姉妹には、絆がある。

 一人で鬼に負けても、二人なら心の鬼に勝てる。

 決意して、ナイフを振り下ろす。

 ナイフは、沙都子をそれて縛りつけていた台に刺さった。

 詩音は、沙都子に背を向けて歩き出す。

 そういえば、詩音は自分がろくに眠っていなかったことに気づいた。

 

 魅音の牢の前にやってきた。

 牢のカギを中に放り込む。

「魅音、わたしは疲れた」

 それだけ言って詩音は地面に横たわり丸くなった。

 魅音が牢から出て、地下で捕らわれていた人たちを解放していく。

 しばらくしてから、魅音が戻ってきた。

 支えるものが何もない詩音を支える。

「立てる? 詩音」

 うなずく詩音。

 二人で支え合いながら地上を目指す。

 地下の出入り口に外の光が見えてくる。

 まるで産道のようだ、と詩音は思った。

 

 

 

 

 8章

 

 圭一が警察にくってかかっていた。

「やめなよ圭ちゃん」

 魅音が圭一を止めた。

 

 園崎家に警察が来て、すべての後始末をしていた。

 詩音は警察に連行されることに同意した。

「これは詩音のけじめなんだ」お魎が言った。

「けど、一番つらいのは一緒に乗り越えた魅音だ」

 詩音がパトカーに乗り込むのを一同で見送る。

 

 部活メンバーはレナを除いてボロボロだった。

 どこかしらケガをしていた。

 村長やお魎も消耗していたが、元気になったようだ。

 

 パトカーの窓越しに魅音が声をかける。

「体に気を付けて」

 ゆっくりとパトカーが発進する。

「きっと手紙書くから」

 

 魅音が精一杯の声をかける。

「待ってるから」

 車が速度をあげて見えなくなっていく。

 魅音がいつまでも見送っていた。

 

 

 END

 

 

 

 

 

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