【完結】ゼーンゼン・ツラクナイツ 作:タサオカ/@tasaoka1
前世よりも耳が"良すぎる"のは、現状だと少し考え物だった。
町中に響き渡る連続した発砲音、迫撃砲弾の着弾、アーツによる爆発、怒号、叫び、建物の崩れる音。
そういった大きな音の中でも、やたらとはっきりと聞こえてくるのは赤ん坊や子供の泣き声だったからだ。
それもどこからか聞こえてきては小さくなって、次第に最悪な戦争音楽によって掻き消えていく。
いったい何人の子供が、今も親や自身の命を失いつつあるのだろう?
そう、とりとめのないことを思った。
彼女から聞いた、これからある学校で起こるというアークナイツのイベントの話を、俺は思い出している。
平民と貴族の子供が一つの学校に閉じ込められ、食料の取り合いのために殺し合うという残酷な話を。
レユニオンの圧力を、この私闘によって薄める事によって学校の子供たちも助かるのだろうか。
……そうであってほしいよな。
この人生で殺してきた人数よりも、この短い時間で殺した人間の方が多かった。
偶発的な戦闘もあった、彼女が支配した空間で狂ったレユニオン達が市民に襲い掛からないようにもした。
あらゆる殺し方を、俺は行っていた。
だが火事による煙、転がった死体、蹂躙され略奪される家々を……。
剝がされた仮面の下からうどん玉のようなものが零れ落ちている様を見てしまうと、正史を少しでも動かせるかは今のところわからなかった。
そんなことを考えながら表通りを避け、計画予定にあった路地裏に曲がりこんだ先で、俺は反射的に右手から槍を投擲していた。
風を切る衝撃が消えない内に、空いた右腕をそのままマチェットに持ち替え、俺は一瞬で彼らに接近した。
いきなり槍によって串刺しになった二人を見て、何が起こったかわからず動作を止めた一人を狙う。
動きを止めた胴体に、横合いから刀身を叩き込んで、そのまま壁にたたきつける。
分厚い刀身はその服を葉の様に裂き、柔らかな皮膚破って、枝のような骨を折り、脂肪と筋肉と臓腑を両断する。
中身の詰まった重い風船が破裂するような、人体を切断する確かな手ごたえがあった。
血液が辺りに巻き散らかされ、地面に伏している人に降りかかってしまった。
倒れている青白い肌が見えたときには、雪と路地裏の汚れた泥に新しく赤色が追加されている。
残りの敵を軽く見まわすと、あと三人もいた。
こんな場で寒いだろうに、集団で仲良くズボンとパンツを脱いでいる。
殺すのは、ひどく、簡単そうだった。
彼女の支援もあり、1分もしないうちに路地裏には白装束の遺体が複数転がっていた。
残敵が居ないことを確認し、俺は倒れている人に手を伸ばそうとして、止めた。
抵抗したのだろう、顔が腫れていて難しかったが、きっと美人だった。
無責任だとしても生きていれば……何かしら手を差し伸べることができたかもしれなかった。
その灰色の瞳には、もう何の意思も浮かんでいない。
彼女の故郷を包む戦禍によって煙る空に、水晶体が向けられていた。
もう何も見なくていいように腫れて紫色の瞼を下ろし、はぎとられ落ちていた衣服をその人の体にゆっくりと掛けた。
これで少しは寒くはなくなっただろうか?
そんな勝手な感傷を心が抱いてしまった。
「タイヨウ、辛いか……?」
彼女の声が、聞こえる。
「大丈夫、こういうの俺慣れてます」
そうだ、慣れている。
この世界における俺の生まれからしてそうだったのだ。
慣れていなければ、あの村から出ることなく死んでいただろう。
そして、ああいった己の獣性に抗える人びとも、この都市で見てきた。
レユニオンの中にも、統制の取れているまともな部隊というものがあった。
角を生やした、本当に化け物みたいな強さの人が率いてる精鋭であろう部隊。
より白に近い装束を統一して纏った、氷を使うコータスが率いる部隊。
土壇場でリンチを止めに入って、逆にリンチされそうになっていたレユニオンの戦士もいた。
彼女はそういった部隊や個人を最初から対象としていなかった。
ただそういった人々は残念ながら、得てして少数派だったのが悲しかった。
レユニオンはこんな事をするという時点で、お先真っ暗なんてことを考えずに突き進んでしまっている。
これらもすべて黒幕やウルサスの一部集団が利益を得るためだというのを俺は知っていた。
そういった連中にとって、感染者はルールを書き換える駒にしか過ぎないというわけだ。
だからこそ、こんな展開をぶち壊してやりたかった。
黒幕どもなんぞの思い通りに行くことなんてないようにしてやりたかった。
これはこんな世界に対する精一杯のファックサインだ。
それに辛いか、辛くないかで言ったら。
きっと都市で苦しんでいる人々や感染者たちに比べれば全然辛くはない。
ここまで他人の命を好き勝手しといて辛いと言ったら、それはおかしな気がするのだ。
ずっと前から、そうだったのかもしれないが。
俺が初めて殺した男も、寝こみに襲ってきて返り討ちにした奴らも、あるいは野盗も。
殺してきたレユニオンの感染者たち、その沢山の屍の上に、俺は立っている。
死んだあとは阿修羅道だろうか、等括地獄か。
この世界にあるかはわからないけれども、この都市の現状は地獄と化しつつある。
いつの間にか、自分にも言い聞かせるように呟いていた。
「未来は変えられるはずです」
「ああ、きっと変わる、いい未来を君に見せるさ」
主戦闘はこの区域より遠ざかっているのだろう、ここは台風の目のように少しだけ静かだった。
彼女の祈るような小さな声が、それに答えてくれるのが聞こえたぐらいには。
言葉もなく、俺たちは次の戦いへの準備をした。
そのわずかな最中に、隠していたセーフハウスで携帯食を食道に押し込んで装備を整える。
脂肪と骨の欠片のついた刀身を拭い、血液のしみ込んだ防刃ベストを引きずって再び立ち上がる。
そして二人で建物から出るとき、彼女と最後に軽いキスを交わした。
それが、最期のキスになった。
俺は、彼女の計画通りにチェルノボーグのあらゆる場所で戦闘を重ねた。
明らかにガチャから出てきそうな女のぶん投げてくる爆弾に飲まれそうになりながら、サルカズ傭兵部隊を陽動し、俺たちは天災までも潜り抜けることができた。
普段ロドスアイランドや移動都市に居れば、滅多に見ることがなかった超至近距離の天災雲は、この人生ではもう見たくない。
それが隕石(実際は源石クラスターとかいう最悪な物)を落としてくるのだから、俺はちょくちょく彼女を抱えてはビルの屋上を跳ねるような移動をしては足が破裂しそうになった。
正直、死ぬかもしれないと思ったことも何度かあったが、二人で死ねるのだったらそれはそれで本望だった。
俺がこの戦いに参加しているのも、そういった面があったことは否めない。
きっと俺が行くことを止めたとしても、彼女は一人で行ってしまうだろうと思えてしまって付いてきたのだった。
だが、俺たちはついにここまで来た。
来てしまった。
彼女がアーツによって聞き出したという、この作戦のロドス部隊回収地点へと俺たちは近づいていた。
観光に来てたら巻き込まれた、そんなバレバレな嘘を引っ提げて、そのままドクターたちと合流しようという腹つもりで。
俺が先鋒をやりながら偵察していると、見覚えのある集団が目に入る。
この戦場に介入してくるような組織は、ただ一つしかない。
ロドス、そして近くには──。
「スー、エースさんがいる……それにあれがドクターですかね、顔隠してるのがすげぇソシャゲ主人公っぽい……ハハハ、俺たち間に合ったんですよ!」
ひょろひょろとしてなんだか頼りなさそうな超不審者ルックの人がいた。
あえて性別不詳にして男女の境なくプレイヤーに受け入れられやすいやつじゃん!
いかにもなその風体に、俺の胸は高鳴った。
けれども、何時ものように答えてくれる声は聞こえてこない。
「……」
「スー?」
彼女は、そこから一歩も進めないというように後ずさった。
「ここからは……君一人で合流しろ」
「……何を言って」
『ロドスでは、上司の命令は絶対だ』
それは、昔から何度も聞いていた言葉だった。
俺は知らず知らずのうちにその言葉を拒否できなくなっていたことに、どうして違和感を抱けなかったのか?
一種の暗示だったのだろう。体中から、意思の力が抜けていくようだった。
叫ぶこともできず、俺は自らの意識が深い場所へと沈んでいくことを自覚した。
どこまでも残酷な時間だった、俺は何もできなかった。言葉を吐くことも、彼女を止めることも。
彼女は、戦闘服をはだけ、自身の体を俺に見せた。
源石によって侵されつつある、末期の体を。
それが彼女がこうした理由であると、ただ視線だけで伝わってくる。
「嘘つきで、ごめんね」