ウマ娘×ヴェノム:アンド・ナウ・ウィー・ラン   作:えうれか

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原案者が形にできなかった物語を、短編として形にした感じです。
ヴェノムは映画版がモチーフとなってます。
キャラクターはあくまでスパイダーマンモチーフのキャラで、スパイダーマンのキャラがヴェノム以外登場するわけではありません。


アンチヴェノムの誕生

 

 ウマ娘の本能は、より早く、より強く、誰よりも先んじてゴールを目指したいという闘争本能。

 この世に生まれ、大地を踏みしめた足は、蹄鉄で土を蹴り飛ばして駆けてゆく。

 それが、ウマ娘が生まれた意味、走るためにこの世界に生まれたのだと誰もが思う。

 

 しかし、走ることのできないウマ娘は、本当にウマ娘なのだろうか?

 

 この物語の主人公である、彼女も走ることのできないウマ娘の一人だ。

 それは、栄光と挫折の道を走る、輝きを持つトップアスリートのウマ娘の陰にある無数の存在。

 社会のはみ出し者として生きざるを得ない、恵まれないウマ娘たちの産声の物語である。

 

 

 □   □   □

 

 本作の主人公、アンジェリクロマンは平凡な家庭の元で生まれた。

 彼女の母親はウマ娘で、アンジュと呼ばれた彼女もウマ娘である。

 月毛色の髪をした、黒色の眼の可愛らしい女の子。お母さんに似たウマ娘だった。

 

 母親はアンティークロマンという名前のウマ娘だったが、未勝利ウマ娘という芳しくない戦績で引退したありふれたウマ娘。

 一流のレースに出られるウマ娘は一握りで、母親のようなウマ娘の方が圧倒的に多い。

 彼女たちは引退後、様々な進路で社会に馴染み、ウマ娘としての体力を活かすものもいれば、自身のやりたいようにする者もいる。

 アンティークロマンは男性との縁に恵まれ、普通に結婚をして、普通の主婦として生きる道を選んだ。

 

「ねえ、ママ。私、トウカイテイオーみたいなウマ娘になれるかな? ちょーすごい、ウマ娘になって、G1制覇して、それでそれでー!」

「あはは、どうかしらね。でも、アンジュは走るの大好きだから、きっといいウマ娘になれるわ」

 

 生物の中に存在する血統主義という偏見。母親は自分の娘に申し訳ない気持ちもあった。

 結果もろくに出せなかったウマ娘の子供となれば、能力もそれほど高くはないだろう。

 けれど、自分も子供の時に抱いていた、誰よりも早く走りたいという欲求は止められない。

 誰よりも先にゴールの景色を見ていたい、ウマ娘ならば皆がそう望むが、それはごく一部のウマ娘にしか与えられない特権。まさに輝く一番星になれる最高の栄誉。

 才能や能力ほど残酷に差別されるものはないだろう。人間も含めて、持ち得る能力は優劣が決まっているのだ。

 

 

 なぜなら、世界は公正には出来ていないから。

 

 

 

「アンジュ、危ない!!!」

 

 

 

 歩道を歩いていた時、その最悪の不運は唐突に訪れた。

 信号を無視して突っ込んできたトラック、それに気づかないアンジュをとっさに抱きしめて、母親の体は宙へと飛んで行った。

 アンジュはあの時の光景を覚えている。母親に強く抱きしめられ、強烈な衝撃で体が裂けそうな激痛に襲われたこと。

 地面にぶつかって、頭を強く打って気を失ったこと。そして、目の前で赤黒い血がどろどろと流れて――――

 

 □   □   □

 

 脊髄損傷による歩行障害。小さなアンジュはもう二度と走るどころか、歩けない人生を歩むこととなった。

 母親は自分をかばって死んでしまい、最愛の人をアンジュの家族は失った。

 

「お父さん……お願い、おむつ代えてよ」

 

 車いすの生活になり、アンジュは非常に不便な生活をしなければならなかった。

 だが、父親は自分の妻を失ったショックと、妻を失ったのは子供が原因ではないかという疑心でアンジュを直視できなかった。

 

「仕事で疲れてるんだ、自分でやってくれ……」

 

 父親は今まで妻がやってくれた家事と、アンジュの面倒を見なければならず、それが負担で何も手に付かなくなった。

 仕事に逃げることで気分を紛らわせるのが精いっぱいで、アンジュの介護をすることまでは手が回らない。

 ネグレクトをするような父親になってしまい、アンジュはずっと不安な気持ちで一杯だった。

 

「おまえのせいだ……」

「えっ」

「お前のせいで、あいつは死んだんだ! この疫病神め!!」

「ひっ!!」

 

 弱い立場にあったアンジュは豹変した父親から暴力を受けることもあった。

 暴言を浴びせられ、真っ当に食事も与えられず、アンジュは日に日に弱っていった。

 その彼女が発せられた言葉は―――

 

「ごめんなさい! ごめんなさい!!」

 

 お母さんがここにいれば、きっとこんなことにはならなかっただろう。

 自分が歩くことが出来てたら、少しは何かが変わったのかもしれない。

 でも、あの時お母さんが私をかばってしまったから、死んじゃった。

 

 自分のせいで何もかもぶち壊して、自分の、父親の人生まで奪ってしまったのは自分自身なんだと。

 幼いアンジュにはそれが精いっぱいの答えで、強い後悔の中で幼少期を過ごすことになった。

 

 それから、アンジュのことを心配になった近所の人の通報により、アンジュは父親から離されて障がい児施設へと送られることになる。

 

 □   □   □

 

「はあ、結局、足は治んないままか……一瞬でも期待した私がバカだったな」

 

 ウマ娘は思春期のある段階になると、急速に足が成長する本格化の現象。

 全盛期の力を得たウマ娘たちがしのぎを削る場所がトゥインクルシリーズ。

 もしかしたら、自分の足が成長して歩けるようになるんじゃないかと期待したのだが、それは杞憂に過ぎなかった。

 

「走れねえウマ娘はウマ娘なのか? こんな車いすの生活で、普通の人間以下の状態の私はなんなんだよ……っ!!」

 

 障がい児施設には人間やウマ娘、様々な障害を持った子供たちと一緒に暮らしていた。

 介護職員の人が善良な人だったため、アンジュは障碍者として安定した生活は送られていた。

 だが、足は一向に良くならず、身に付いたのは車いすでの不便な生活のこなし方だけ。

 

「くそっ、くそっ!! なんで、足が動かねえんだよ、動けよ、動けっ!! クソが!!」

 

 アンジュは施設の外にある森の中で一人、車いすに乗せられた動かない足を何度も拳で叩いた。

 けれど、びくともしない。自分の足は完全に動かず、ただ不要のものとしてそこに残っているだけ。

 満天の星空を見上げて、アンジュは森の静寂の中で一人涙した。自分の不幸を天に向けて恨んだ。

 

「どうして、どうして走れないんだよ。どうして、母さんが死ななきゃいけなかったんだ!! どうして!?」

 

 自分と同じように不幸な人間をアンジュは見てきた。もしかしたら、自分より救いのない子もいるだろう。

 けれど、自分の身に降りかかった理不尽な運命に、アンジュは悔し涙を流さざるを得なかった。

 ぽたぽたと膝に自分の涙が垂れるが、その感触すらも今の自分には感じられない。

 

「死にたい……何もできない人生なんて、なかった方がずっとマシじゃないか!!」

 

 この先ずっと、アンジュは人の手を借りなければ生きていけない。

 走るということから離れて、自分の得意な事を見つけようと思った時期もあった。

 けれど、ウマ娘の中に宿る走るということの宿命は、そう簡単には諦めきれなかったのだ。

 

「ずりぃいよ……なんで、私は走れないんだよ……どうして、他の奴らは走れるんだよ……」

 

 小さなころに、母親に自分はG1ウマ娘になると豪語し、母親の顔を濁らせたことを思い出す。

 今の自分なら分かる、母親は三流ウマ娘だったから、その血を受け継いだ自分も結果を出すことは難しいと。

 それでもキラキラ光るお星さまのような夢を抱く少女を、幻滅させてはならないという母親の思いやりを。

 

 しかし、目の前に見える輝く星は極一部にすぎない。その陰には途方もない数の星たちが光もせず痕跡も残さず消えていくだけのものだと。

 

 

 だが、その星がいきなり目の前に落ちてきたらどうする?

 

 

「うわっ!!?」

 

 森の中からガサガサと音が聞こえる。一瞬熊やイノシシだったらどうしようとアンジュは車いすの車輪を握りしめた。

 ちらりと見えたのは、なにやらどす黒い紺色のような塊。繊維質のような筋張ったなにか?

 

「なんだあれ……ひっ! 動いてる―――」

 

 その黒い肉の塊はアンジュめがけて飛び込んできた。

 

「うわっ、やめてっ……助けて! 誰かっ!!」

 

 肉塊は服の隙間から体に侵入して、肌の中にべったりとくっ付いてくる。

 何とも言えない不快感にアンジュはじたばたと体を暴れさせ、車いすから倒れ込んでしまった。

 その間も肉塊はじっくりとアンジュの体を弄り、体の中へと侵入していく。

 

「あぅ……な、なにこれっ……」

『この体、相性は抜群にいいが、足が動けないってのはいただけねえな……狩りが出来なくなっちまう』

「頭の中に声が響いて……だれっ、誰なんだ?」

 

 頭を手でまさぐりながら、アンジュは体を侵食していく何かにうろたえる。

 肉塊は締め付ける蛇のように体に巻き付いては、アメーバのようにべったりと皮膚と同化していく。

 ひんやりとしたその感触に、凄まじい怖気を感じて恐怖で混乱していた。

 

『ほう、脊髄の部分が損傷しちまってるじゃねえか……だが、これなら治せそうだ』

「お願い、私の体からはやく出て行って!! 嫌だっ、気持ち悪いっ!!」

 

 汚れるのも気にせず、アンジュは地面に転がって必死に抵抗を試みるがまったく効果が無い。

 びちびちと音を立てて、筋肉の中に黒い何かが注入される。いや、それは完全に二つのものが一つになる不気味な感覚。

 恐怖感で一杯のアンジュは声を振り絞って必死に叫んだ。それは無情にも夜の虚空へと消えていく。

 だが、アンジュは気づいた。今まで味わったことのない、いや忘れていたあの感覚が、夢に見た感触が徐々に疼いていた。ぴくぴくと、動くことのなかった筋肉が痙攣を起こす。

 

『筋肉はだいぶ減退しちまってるが、俺の力で補助できるだろう。さあ、人間を食いに行こうぜ! 俺たちは腹ペコだ!!』

 

 黒い肉塊がアンジュの全身にへばりつき、一種のコスチュームのような形を作り上げる。

 宇宙のような暗い紺色の表面が体を立ち上がらせ、弱り切った足には肉塊が筋肉の代わりになり。

 もう二度と動かないと諦めていた、二本の足が動いた。

 

「あれ、立ってる……足の感覚が、戻ってる!?」

『そうだとも! それじゃあ、人間がいるところに連れていけ! 俺たちに必要なのは出会いを祝福するディナーだ!』

「もしかして走れる……ってこと!?」

『おい、聞いてるのか!? まあいい、人間の臭いのするところに――――おい、待て!!?』

 

 夢の中で何度もイメージした、地を蹴り出して走る姿。体で風を切って、ターフを駆ける自分の姿。

 アンジュは走り出した、暗い森の中を全力で。今まで自分が望んでいた、ウマ娘として疾走する憧れの姿を。

 木々を掻き分け、アンジュはがむしゃらに足を動かした。

 

「はは、すごいっ!! 最高だ! 私が欲しかったのは、こんな力だ!! 私はウマ娘なんだ、ウマ娘なんだっ!!!」

『なんだ、この濃密な御馳走は!? こいつは、走るととんでもなく脳内物質が出る体質なのか? ウップ……腹が膨れちまう』

 

 森の中を駆け抜け、車道を飛び出し、黒い人型の何かは凶暴な顔から長い舌を垂らし、化け物として走り抜けていく。

 小さなころはこの足で外に出かけて、お母さんと一緒にかけっこをした。友達のウマ娘と競争をして勝った時はすごく嬉しかった。

 あの頃の感情がアンジュの中に蘇り、また自分の足で走れる喜びで、心の中がはち切れんばかりだ。

 

「はあ、はあ……いきなり、走ると……こんなに、息が切れるとは、思わなかった……肺が、痛いっ」

 

 久しぶりに取り戻した「走る」という行為への快感を心ゆくまで堪能したアンジュは、疲れて林の中に仰向けに倒れていた。

 

『体力がすっからかんだバカめ。だが、俺は食い過ぎて苦しいぐらいだ』

 

 呼吸を整える自分を、あの肉塊と同じ真っ黒な顔が呆れた様子で見下ろしているが、もはや驚く気力も残っていない。

 

「ねえ、走れるようになったのって、あんたのおかげ?」

『そうだ。千切れてた神経を繋いで、衰えてる筋肉の代わりになってやった……本来なら、俺たちはお前の身体で狩りをして、腹いっぱいになるまで喰いまくる予定だったのによ……走るだけで十分なんて、どんな体してるんだ?』

「知らないよそんなこと。ねえ、狩りってなに? さっき、あんた人間を食べるとか言ってたよね」

「言葉通りだよ。俺たちは人間……正確には人間の脳味噌を食わねえと死んじまう体のはずだ。なのに、走るだけで満たされるってのは信じられねえよ」

 

 体の中に入り込んだシンビオートは、もう食べたくないといった苦悶の表情を浮かべていた。

 

 肉塊の説明によると彼の種族「シンビオート」は、知的生物の脳から分泌される神経伝達物質が主食なのだという。

 獲物を求めて地球にやってきた彼らは単体では環境に適応できず、現生生物の体内に入って寄生しなければ生きていけない。

 そこで彼は、この地球に生息する2種類の知的生物のうち力が強い方の「ウマ娘」を乗っ取って、弱い方の「人間」を狩るつもりでアンジュに寄生したが。

 久しぶりに走る事ができた彼女の脳から、あまりにも大量の神経伝達物質が分泌された為、それだけで満腹になってしまった、という事だ。

 

 改めてその顔を見ると、大きな目に肉を切り裂く歯をぎらつかせた怪物だ。

 アンジュの肩からひょっこりと顔を出した寄生生物は、下品にゲップをしながらアンジュを見つめる。

 

「これからよろしくな、相棒」

「ねえ、人間を食べるってのはマジでやめてくんない?」

「どうしてだ? 俺たちは人間を食わなきゃ死んじまうんだぞ?」

「私の頭の中を読めるなら分かるでしょ? 日本の警察は殺人にとっても厳しいから、目を付けられたら食事どころの問題じゃなくなる。だから、犯罪だけはだめ」

「なら、どうやって俺の腹を満たすって言うんだ? まさか、走るとでも?」

 

 やっと立ち上がることのできた二本の足を撫でながら、アンジュはヴェノムに向かって笑って答えた。

 気分はハイになっており、アンジュの目は大きく見開いている。

 どこかもわからない場所、暗い車道の隅っこで2人は顔を見合わせた。

 

「そうとも、そのまさか。私はね、いままでずっと走れなかった。ずっとウマ娘として生きてこれなかった。それが悔しくて悔しくてたまらなかった。でも、今は違う!! 私はあんたがいれば走ることが出来る!! 夢に見た、レースに出られるかもしれない!」

 

 走れないウマ娘は、ウマ娘じゃない。

 ウマ娘は走ることこそ人生、そのことをアンジュは今肌身に感じている。

 自分のこの人生をやり直すために、どんな手段でも、どんな方法でも手を出して見せる。

 たとえ、それが邪道だとしても、外道だとしても、この限りある命を輝かせたい。

 

「確かに、走れば俺たちの腹は満たされる……そいつぁ、悪くねえ提案だが、その代わり走ることをやめれば、人を食ってもいいんだな?」

「いいよ、別に。私が走れるんなら問題ない。あんたも食いっぱぐれないし、悪くないでしょ? お互い、協力し合おうよ……えっと、名前はなんて呼べばいいの? 種族じゃなくて、あんたの個体名ってやつ?」

 

「……ヴェノム」

「そ。頭の中にいるならもう知ってるかもだけど、私はアンジュ。契約成立って事で、これからよろしく」

 

「いいだろう。お前は俺のもの。俺たちがヴェノムだ!!」

 

 運命の出会いは唐突であった。いや、悪魔との契約と言ってもいいのかもしれない。

 それは、アンジュの望む夢の第一歩。だが、破滅の序章に過ぎないかもしれない。

 奇妙なシンビオートに寄生され、走る足を得たアンジュと、人食いの化け物ヴェノムのタッグチーム:アンチヴェノムの誕生である。

 

 彼女は走れないウマ娘としての名前、アンジェリクロマンを捨てたのだ――――

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