ウマ娘×ヴェノム:アンド・ナウ・ウィー・ラン   作:えうれか

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俺達がヴェノムだ

<<マシロスパイダーまだ動きません!集団のやや後方にアンチヴェノム!そしてブラックスコーピアに続いて最後尾はライナスホルン、末脚に賭けます!果たしてレースはどう動いていくのでしょうか!>>

 

 観客席の一番手前、そこにはレースで走るウマ娘の関係者たちが並ぶ場所。

 応援の声がこだまする中、そこには多胡トレーナーと、アグネスタキオンとマンハッタンカフェの姿があった。

 

「このレース、私のすべてを賭けれるのなら、そうしていただろうね。一気に大富豪だ」

「一体、レースに何を賭けるって言うんだい? 多胡『トレーナー』?」

「ノーコメントだ。忘れてくれ」

 

 この世界ではウマ娘を使った賭け事は違法だ。ただ、裏の世界でブックメーカー自体は存在している。

 それゆえに、ウマ娘賭博は表では御法度であり、少なくともまともなトレーナーがいう言葉ではなかった。

 アグネスタキオンはにやっと笑いながら、隣でレースをじっと観察するカフェの横顔をみる。

 

「ヴェノムについて、私はあれを外骨格、つまりドーピングのようなルール的にも、倫理的にも抵触しているものだと思っている」

「アンチヴェノムさんにとって、ヴェノムさんはお友だちなんでしょう。ただ、人を食べてしまう怪物がお友だちなのは怖いかも……」

「それでも、君たちはあの子の正体を知って黙ってる。君たちも知っているだろう、一生足も動かせなかった障碍者のウマ娘が、今1流の舞台に立ってることのすごさが」

 

 障碍者のウマ娘の義肢を研究し続けてきた多胡トレーナーの言葉には重みがあった。

 しかし、だからといってヴェノムのような危険な寄生生物が、体の外骨格となって走る状況はどう考えても不公平である。

 一人だけパワーアーマーを装着して、自分の力以上の力で走っているのだから、ドーピング以上に悪なのかもしれない。

 

<<さあ、第3コーナーに差し掛かる! エクスバルチャー、いまだ大差でトップを張っていますが、バ群も徐々に徐々にと迫ってくる! マシロスパイダーは、まだ中団に囲まれて内河に追いやられています! まるで虫かごに閉じ込められた蜘蛛! さあ、どうやって抜け出すのか!?>>

 

 バ群の後方の中で、アンチヴェノムは大外を走っている。どう見ても、このレースでの勝ち目が無いような立ち位置だ。

 しかし、それでも多胡トレーナーはアンチヴェノムが必ず勝利してくれると信じている。いや、勝利してもらわないと困る。

 これまで、いろいろとアンチヴェノムの正体を隠すために手を回してきたが、そろそろ日の目を浴びて注目されるべきだと彼は思っている。

 

「君たちの言うことは正しい。確かに、ヴェノムに寄生されていなければ、アンチヴェノムはこの舞台にすら立っていなかった」

「ヴェノムは彼女の身体の状況を的確に把握し、レースでのペース配分も完璧にしてくれる。まさにジョッキーと言ったところかな?」

「それに加えて、ヴェノムはアンチヴェノムの足りない筋力を補う外骨格の役目も果たしている。だが、あくまでヴェノムが引き出せるのは、宿主の限界の力だけだ」

 

 ウマ娘は人間より体は頑丈だが、あくまで人間より力を発揮することが出来るだけで、体自体はその力に対して比較的脆い。

 彼女たちは自分の持てるすべての限界をレースに注ぎ込み、そしてガラスの足を失って夢砕けるものも多くはない。

 アグネスタキオンもその一人だった。速さの向こう側へ、超高速の走りは彼女の足に限界を迎えさせ、引退を余儀なくさせた。

 

「ウマ娘は持って生まれた身体能力と、それをどこまで引き出すことのできるかが鍵。常に100%の限界を出せるヴェノムはあまりにも便利すぎるねぇ」

「レースで100%の力を出してしまえば、あとに残るのは途轍もない疲労感と苦痛でしょう。ヴェノムさんが怪我を治せるといっても、痛みまでは消えません。彼女は底知れない精神力で、毎回全力を出し切って走っている……」

「アンチヴェノムは元は三流のウマ娘だ。だが、ヴェノムの力と、彼女の根性があって、初めてこの舞台に立てている。私はそれを誇らしく思うよ」

 

<<さあ、第4コーナーに差し掛かった! ここでレースが動くか!? マシロスパイダーへの包囲網も健在! さあ、どのウマ娘が勝利をつかむのか!!>>

 

 多胡トレーナーは手すりを握って、アンチヴェノムの姿を見ていた。

 彼は昔、事故で左足を失ったウマ娘の為に高性能な義足を作った。だが、その義足を履いたウマ娘は、足を失う前の自己ベストよりも速いタイムを叩きだしたのだ。それが物議を醸した。

『これは義足の域を越えたサイボーグ化ではないのか?』

『健常な身体から機械式の義肢に替える事を希望する者が現れたらどうするのか?』

『ドーピング同様、倫理的に許されるのか?』

 懸念と批判が高まった結果、彼の義肢の技術はレースの根幹を揺るがすとされ、障碍者のウマ娘を支援する場所を奪われていった。

 まるでマッドサイエンティストの如くバッシングに晒された多胡だが、彼の夢は最高の義肢を作る事だけだった。障碍者のウマ娘でも健常者と同じようにレースが楽しめる環境を作る為に。

 強度と軽さを両立させた素材の選定、小さなスペースに入れられる小型かつ大容量のバッテリー、本来トレーナーに必要ない医師免許を取ってまで手に入れたバ体に関する知識。生身の脚と同じように動かせて尚且つウマ娘の怪力に耐えられる神経伝達システムとアクチュエーターの開発。

 己の全てを注ぎ込んで作り上げた最高の義足は確かに期待通りの結果を出した。

 しかし、それは倫理を盾にした、嫌悪と感情論によってあまりにも簡単に潰された。それほど社会は障碍者のウマ娘には冷ややかだ。

 

 そんな、走ることを許されない彼女たちを、多胡トレーナーはどうにかして助けたかった。たとえ、悪魔に魂を売ろうとも。

 

「あなたのことは尊敬しているんだよドクターオクトパス。あなたは技術者としても科学者としても私よりはるかに優れている。しかし、今は社会に認められず、はぐれ者として生きている。私にとって、あなたがアンチヴェノムくんに賭ける情熱というのは理解しているし、同情もしているつもりさ」

「私もです。私も、ヴェノムさんとアンチヴェノムさんがどこまで行くか、その先を知りたい……確かに、これは倫理的にも許されないことかもしれない。だけど、走ることが許されなかった彼女の境遇に同情してしまっている……人食いの化け物に寄生されていても、アンジュさんの走りを見てたら……それはスポーツマンシップに外れていても」

「君たちの口が堅いことは知ってるよ。ありがとう……私も常にこれは良くないことだと思っている。だが、本当に良くないことは、夢を持った弱きものを見捨てることだと思ってるんだよ……本当に都合の良い言葉だ。だが、しっかりと見届けたい。彼女がレースに勝ち、栄光を受ける姿を」

 

 

 □   □   □

 

 第3コーナーに入った後も、ライバルたちはマシロへのブロックを緩めなかった。

 パワーに自信のあるライナスホルン、執拗にマークを続けるエレクトロスター。各々、ウマ娘がきっちりと閉じ込めている。

 マシロスパイダーはじっくりとペースを維持しつつも、それでも多方向からのブロックはきついのか攻めあぐねている状態だ。

 このまま、マシロを疲弊させ、そして隙を見て追い込む・差しで勝負を仕掛けようというのが全員の総意だろう。

 

(やっぱり、ここまでマークされちゃうと、走りづらいなぁ……けど、みんなそろそろ浮足立ってくる)

 

 マシロは前にいるウマ娘も、側面や後ろにいるウマ娘の位置を感覚で把握していた。

 スパイダーセンスと呼ばれる、彼女のレース把握能力はバ群の構成を的確に判断し、蜘蛛の糸を探ろうとしている。

 緑のターフが蹄鉄で蹴り散らされ、疾走するウマ娘の隊列は第4コーナーに差し掛かってから状況が一転した。

 

(そろそろ崩れるっ! まだ、まだだ……今っ!)

 

 徹底したマークの中、最後のコーナーをめぐる争いで、各々の勝利を意識するウマ娘たちの緊張の糸が張り詰める。

 勝ちたい、その欲求のまま、各々のエゴが交差するところに、バ群の中に一筋の道が出来た。

 ジグザグに張り詰められたそのロードは、まるで釈迦が垂らした蜘蛛の糸。マシロはそれを信じて一気に加速をかける。

 

<<ここでマシロスパイダー仕掛けた!ウェブスリンガー! まるで、相手を蜘蛛の巣にからめとらせ、悠々と獲物を刈り取る彼女の美技! 馬群の隙間を見つけ、さっそうとすり抜けていくその姿は、軽快な蜘蛛のステップ!>>

 

 走る足の幅を変幻自在に縮めては伸ばし、ストライドとピッチを使いこなし、その天性の柔軟な脚質で相手の意識外から抜き去る。

 まるで、8本足の蜘蛛を思わせる、変幻自在のステップで一気にバ群を抜き去った。

 これが、マシロのお家芸。ウェブスリンガー。蜘蛛の巣を自分のテリトリーとして走り抜ける追い込みバの本領。

 

(これで、今日も私の勝ちだーーー)

 

 その時、後ろに「何か」を感じた。

 

(ッ!? なに、この悪寒?)

 

<<第4コーナーを抜けて最後の直線! マシロスパイダーがエクスバルチャーを抜き去る!! ん? いや、大外からとんでもない速さのウマ娘が迫ってきます……これは、アンチヴェノム! アンチヴェノムが大外からとんでもない加速で迫ってくる!!>>

 

 自分の勝利を疑わなかったマシロスパイダーは、改めて背筋が凍る経験をした。これは二度目だ。

 京都記念の時に、自分の背中を追ってすさまじい執念で迫ってきた、あの子のドス黒い感情。

 マシロは背中からどんどんと迫ってくるすさまじい威圧感を振り切りながら、全力で最後の直線を駆け上がった。

 4ハロン棒が見える。あと、400mで結果が決まってしまう。

 

『あいつは囲まれたことで下手に体力を使いすぎた。だが、こっちはだれも見向きもしねえ。体力もばっちり、ここでぶっ飛ばしていこうぜ相棒!! And now we run!!』

「ああ、私の背中を見せつけてやる!!」

 

 第4コーナーからすでに加速をかけ、トップスピードで大外から飛んでくるのはアンチヴェノムだ。

 彼女は確かにマシロの才能には敵わないが、ただ唯一持っている力がある。

 それは、ヴェノムによる的確な体力調整と、そして恵まれたパワー。

 マシロがバ群を抜き去る姿を追いながら、ヴェノムもまた最短距離で強引にバ群の中を抜き去り、そしてもっとも自由な大外から末脚を見せつけた。

 

<<速い速い! アンチヴェノム大外を一気にまくっていく! 既にマシロスパイダーとの差は1バ身、とんでもない末脚だ!!>>

 

 体中に張り巡らされた黒いヴェノムの皮膚が食い込み、しっかりとしたパワーを引き出してくれる。

 必死にマシロも足を動かすが、だが体が思った以上に体力を消耗していて思うように動かない。

 ブロックによって、すり減らした体力と走行距離、それによってマシロは全力を思うように出せず加速も不十分なようだ。

 しかし、アンチヴェノムは悠々と肩で風を切り、土を蹴り上げながら力強いストライドで一気にまくっていく。

 

『はははっ! 最高だ! 俺の腹がはち切れんばかりに脳汁ドバドバだっ!! やれ、やっちまえ!! 全員狩り殺せ!! ガハハハ!!』

「好きなだけ食え!その力も全部私のだ!」

 

<<抜いた! アンチヴェノムがマシロスパイダーを抜いて一気にトップに躍り出た!! 止まらない! 全く勢いが止まらない!! とんでもない力強さで、ターフを駆け抜けるのはアンチヴェノム! それを追随するマシロは追いつけない! 1バ身、2バ身と追い越していく! 不敗神話をここで終わらせるのか!?>>

 

 マシロスパイダーの視界に初めて入った、他人の背中。

 真っ黒な服と月毛が、ついさっきまで見えていた勝利への道を塗り潰していく。

 

(嘘っ!? 嘘だ嘘だ!? 私が負ける?? 嫌だ、絶対に、嫌だァアアアア!!!)

 

 確かにマシロは天性の才能を持つ最強のウマ娘だ。真っ向勝負で彼女に勝てるウマ娘はいないだろう。

 滝のような汗を流しながら、必死にその体を動かして、足を思いっきり振るわせても、目の前にいるアンチヴェノムに追いつけない絶望感。脳裏によぎる敗北の光景。

 自分の今持てるすべての力を使っても、まったく差が埋まらない。自分が今、誰かの背中を見て走っていることに屈辱すら感じる。

 ヒーローとしてのプライドが崩れていく。マシロは歯を食いしばり、必死に駆け上がるが――――

 

蜘蛛の糸は、無情にも断ち切られた。

 

<<アンチヴェノム突き抜けたぁ!! なんとなんと、まさかの地方出身ダークホース!! アンチヴェノムが中央G1初制覇です!!>>

 

 観客席から一斉に悲鳴があがった。マシロ自身も、観客のほとんどがマシロの勝利を疑わなかったのだから。

 誰も注目すらしていなかった、10番人気のヴェノムがまさかの勝ちウマ。この光景を誰もが望んでいなかった。

 

『We oun this! 俺たちの勝利だ!!』

「私たちの、勝ちだっ!!」

 

 彼女たちにとってこれが最高の景色だった。

 誰にも見向きもされない。社会から疎外された自分たちが、恵まれたやつらをなぎ倒して征服する悦び。

 弱者として生きてきた障碍者のウマ娘が、健常者しか許されなかった最高峰の光景を味わう高揚感。

 汗まみれで体力を使い果たしたアンチヴェノムは根性で拳を握りしめ、ざわつく観客に向けて大声で吠えた。

 立つのもやっとの疲弊しきった体を、強靭な精神力だけが支える。

 

「ウォオオオオオオオ!!」

『最高だ!勝利の味だぜェ!!』

 

 獣のような咆哮。いまだにレースの結果を信じられない観客たちはお互いに顔を見合わせる。

 その場にいた者たちは未だに夢を見ている気分なのだろう。悪夢を。

 

「負けちゃった……私……負け、た」

 

 膝をついて、ターフを見下ろしたマシロも、不敗が終わってしまったこと、初めて味わった敗北の味に失意の底に落とされた。

 

(みんな、こんな気持ちだったんだ……)

 

 怪我で去年の有馬記念を見送り、今回初めて挑んだ国内シニアG1。これまで以上にトレーニングに打ち込んだし、身体のケアにも手は抜かなかった。

 包囲される事を想定して入念に対策も立てた。

 そして間違いなく全力を出した。それでも負けた。

 だがそれは皆同じだ。今自分が感じているこの感情も、一人の勝者を除いた全員が味わうもの。

 

溢れそうになる涙を堪える。

 

(泣くな!まだ一回目じゃないか!みんなこれに耐えて頑張ってるんだ!)

 

 ヒーローは人前で泣いてはいけない。こういう時こそ、応援してくれた皆には笑顔で「大丈夫だよ」と言わなければ。

 強迫観念にも似たヒーローとしての矜持を支えに、マシロスパイダーは顔を上げた。

 

「We are Venom! We are Venom! We are Venom!」

 

 突如、観客席から流れ出した、アンチヴェノムを称えるファンのフレーズ。

 彼女の走りに魅せられた、観客席にいるごく一部の人たちが、アンチヴェノムの勝利を称えた。

 それは波及して、まるで大きな津波のようになって、勝者を賛美するファンファーレが飛び交う。

 

「We are Venom! We are Venom! We are Venom!」

 

『はは、あいつらもヴェノムか! いいね、人気者になるってのは悪くねえなアンジュ!』

「そうだな……勝利の景色も最高だけど、賛美されるっていうのは悪くねぇ……祝福だ、ウマ娘として最高の名誉だっ!」

『俺も最高だぜ、アイツを抜いた時に出た脳内物質が今まで食った中で一番濃くて美味かった! 病み付きになりそうだ!』

 

 ウマ娘の中から選りすぐられたエリートたちが、自分の目の前で敗北する姿を眺めて愉悦を覚える。

 足を動かせなかった障碍者の人生が一転し、今では夢のG1を得たウマ娘になり得たのだ。

 

 すべてはヴェノムと出会ったことで人生が変わった。たとえ、悪魔の契約だとしても、この気持ちはまさしく生きている証だ。

 

「やっぱり、あの時一緒に走った君に負けるとはね……すごかったよ。完敗だ……」

「マシロスパイダー……私の事、覚えてたのか」

 

 マシロスパイダーは汗と赤くなった目を袖でぬぐいながら、すっと手を差し出してきた。

 あの最強の三冠ウマ娘が、今目の前で自分を対等な相手として見ている。

 アンチヴェノムは相手のしょぼくれた顔に笑いもせず、小さく微笑んで返した。

 

「真っ向勝負じゃまだまだ敵わない。だからこそ、今度は更に強くなった私の本気でぶっ潰す! 覚悟しとけよ、マシロ」

「そっちこそ、ヴェノムちゃん! ヒーローは負けても、最後は必ず勝つって相場が決まってるからね!」

「最後……有馬記念だな?」

「うん!次は絶対勝つから!」

『年末?半年後かよ!こんな美味ぇゴチソウが!? そんなの待てるか! おいアンジュ、コイツの次のレースはいつだ? それに出ろ!』

「あー……マシロ、次は何に出るつもりだっけ?」

「え? 分かんないなぁ。これに勝ったら凱旋門賞に行く予定だったけど、負けちゃったから多分白紙になるし」

 

 

 時に正義のためには毅然として大事なものもあきらめないと。たとえ夢でさえ。

 誰かが言ったセリフだが、それは正しい。世界は自分の思い通りに動いていないし、人間には能力に限界がある。

 

 しかし、大事なものを諦めきれるほど、人間はそんなに賢く出来ていない。

 

 それは、アンチヴェノムも、マシロスパイダーも同じだ。勝利の景色だけは、誰にも邪魔されたくない。

 絶対に自分が一番を取って見せる、たとえ誰かを蹴落として不幸にさせても。

 二人はぐっと握手をしながら、次は自分が必ず勝つと誓いあう。

 とても美しい物語を見せられた観客たちは拍手を送り、今後も白熱した勝負を繰り広げてくれるだろう二人の雄姿を眺めた。

 

 

 世界は公正には出来ていない。晴れ舞台に立てるのは、選ばれた人間のみなのである。

 その光が照らす陰の中に、無数の人たちが輝きを求めて這い上がってくるか、絶望して諦めるかだ。

 もしくは、違う光を探すか、人間やウマ娘の持つ能力は不公平な事には違いない。

 

 だが、もし悪魔に魂を売れば、自分を輝ける場所に導いてくれると約束してくれるのなら。

 ずっと日陰で生きて苦しむよりも、ずっとましだと思う人は少なくない――――

 

 

 悪魔と契約したもの、人はそれをヴィランと呼ぶだろう。

 

 

 □   □   □

 

 エピローグ、それはこの話の終わりではあるが、アンチヴェノムの物語の始まりにすぎない。

 

「『宝塚記念勝利のアンチヴェノムにドーピング疑惑!? 10年以上車いす生活だった少女が、いきなりG1制覇!?』だってよ」

「こうなることは予想してただろう? アンチヴェノム。これからが大変だぞ。マスコミにも追われるし、トレセンもURAからも疑われるだろうね」

 

 トレセン学園の多胡トレーナーの部室で、キャンディを口に含んでポケットに手突っ込んで立っているアンチヴェノム。

 パイプ椅子に座りながら多胡トレーナーは非常に上機嫌で、手に持った週刊誌を広げて読み上げた。

 

「『奇跡の秘訣はドーピングかサイボーグか? 車椅子ウマ娘G1制覇に潜む闇!』か。なんとも、煽るようなゴシップを書くやつだ。ご丁寧に、地方の時の記録も漁ってるみたいだね。江戸武六記者か……これからはもっとヴェノムをちゃんと隠さないと大変なことになるよ?」

「わかってる! 俺は賢いからな! 絶対にバレさせやしねえよ!」

「そうやって油断しそうなのが怖いんだよ。現に、多胡にもタキオンさんたちにもバレたじゃねえか。外では絶対に出てくるなよ、ヴェノム」

「俺をペット扱いするな! アンジュ!!」

 

 癇癪を起したヴェノムが暴れだし、アンジュは必死に体を制御して暴走を止めようとするが。

 パイプ椅子や机を蹴飛ばし、書類やコップが飛び交う始末だ。

 自分で自分を思いっきり殴るなんて光景は、そうそう見れるものじゃないなと多胡は眺めていた。

 

「いい子なら大人しくしてくれ……ヴェノム、これからが本当に大変なんだ。この部室にすら、隠しカメラが設置されてる可能性だってある。本当に、慎重にならないといつか絶対にバレてしまうよ……私としてはそうなって欲しくないんだがね」

「おうよ! 俺たちはいい子だ! バレないようにやってくぜ! うまうま」

「ほんっっと、マジで私の体使って暴れるなよ! クソッ!!」

 

 多胡に与えられたチョコレートの板をぱくぱくと食べて大人しくなるヴェノムに、アンジュは呆れ顔。

 しかし、多胡の言う通り、G1を制覇してこれからが苦難の道であるのはアンジュも理解している。

 

「ほら、そろそろトレーニングに行ってこい! まだまだ、君は鍛え足りないんだからな」

「おうよ! そんじゃ行ってくるぜ!」

 

 部室を抜け出したアンジュはそのまま駆け足でジムへと向かっていった。

 多胡の言う通り、まだまだアンチヴェノムは鍛えがいがある余地が残っているのだ。

 

「まだ、足の筋力が足りない、と言っていたね多胡トレーナー」

「ああ、そうだ。あの子は確かに、ある程度走れるほどに筋力は回復した。並々ならぬ努力の結果だろう。だが、ヴェノム抜きではオープンすら勝てんよ」

「あなたの目標は、アンチヴェノムさんがヴェノムさんの力を借りずに、もう一度走れること……でしたね。それは可能なのでしょうか?」

 

 アンチヴェノムが去った後の部屋に、タキオンとカフェが入ってきた。

 今、トレセン学園の中でもアンチヴェノムの特異な経歴が問題視されているからだろう。

 

「地方から来た二度目の怪物、グレイゴーストの再来、次世代のオグリキャップかなんていわれてますけど……レースに出るまで障碍者だったウマ娘が、G1取るのは流石に出来すぎた話ですよね。それを疑う人の気持ちもわかります……」

「ああ、そうだな……本来なら、どんなに鍛えようとも、必ず全盛期を超えれば衰退していく。それまでに彼女が自力で全力でレースができるまで、鍛え上げることは不可能だ。だが、その不可能という壁を壊してほしいという気持ちが私にはあるんだよ」

「人間性や精神力に賭けてみたいというのは、非科学的だが悪くはない。私としては、ヴェノムのデータを採取出来れば、私の実験も進むからいいんだけどね」

 

 アンチヴェノムには彼女に対して欺瞞の目や否定的な人間は多いだろう。

 だが、そんなアンチがいても、アンチヴェノムは毒されない。

 少なからず支持者がいて、応援する人間たちがいて、ヴェノムはそういった人たちに支えられている。

 

「世界は公正には出来ていない。不幸な人間は不幸なまま死ぬし、幸運なものは幸運なまま死ぬ。世の中は不条理で出来ていて、すべての者が救われるわけではない。ああ、本当に残酷だ」

「それでも、夢を追うことに罪はない、と言いたそうな顔をしてますね。その結果が、たとえ破滅を迎えようとも……彼女の走り抜けた道は、きっと価値を失ったりはしませんからね……」

「見せてもらおうじゃないか、アンチヴェノムという個人がどのような痕跡を世界に残すのかを。彼女がアンジェリクロマンという名前を取り戻すのか」

 

 ヴェノムという毒を抱えながら、アンチヴェノムは秘密を抱えたまま走り続ける。

 走れないウマ娘は、ウマ娘じゃない。そんな毒を抱えたまま、アンチヴェノムは矛盾の中で栄光へと駆け上がっていく。

 

 

 We are Venom

 

 

 私たちがヴェノムだと、この世界を自由に生きる一人のウマ娘として、声高らかに彼女は叫びたがっている。




この話はこれで終わりです。
続きを書くとしたら僕ではなく、原案者の彼次第になります。
ここまで読んでくださった読者の方に感謝を。
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