炎のポケモントレーナー 作:sasori
ホウエン地方にあるフエンタウンで生まれた、ある一人の幼い男の子は、普通の人とはどこか違っていた。
男の子の祖父である、元四天王のブレイズがそれを確信したのは、まだ男の子が物心つく間もない頃だ。
いつものように、女の子らしからず活発的に家の中を動き回る孫のアスナをよそに、ブレイズはポロックの作成に勤しんでいた。
事故が起きたのは、そのすぐ後だった。
孫のアスナが湯を沸かしている薬缶に手をぶつけ、倒してしまったのだ。偶然、その近くにいた弟のイグニに薬缶から飛び出した熱湯が降りかかった。
アスナの泣き叫ぶ声で、それに気づいたブレイズは、大慌てですぐにイグニを病院へと連れていった。
そして、医者から伝えられたのは、一片も火傷が存在しない健康的な肌であるという事実だった。
不思議な事もあるものだと、この時のブレイズは深く考え込まなかった。
しかし、後にこの出来事を振り返った彼は、あの時の薬缶に入っていた湯は間違いなく沸騰しており、ほんの少量湯がかかったアスナの肌が少し火傷気味に赤くなっている程から、イグニの異常性が際立っている事を強く認識する事になる。
イグニの不思議なエピソードはいくつも存在した。
それはイグニが外で遊ぶようになった年齢ぐらいの時である。
ある日の事、祖父であるブレイズは、外で遊んでいるイグニから目を一瞬離してしまい、イグニを見失ってしまう。
慌ててブレイズは周囲を隈なく捜索する。
フエンタウンは近くに火山がある影響で、炎タイプのポケモンが町中に入り込む事がある。滅多にある訳ではないが、人に危害を与える危険性が強い凶暴な炎ポケモンが、まだ小さいイグニと出会ったら大変なことになる。
その思いで捜索したブレイズは、すぐにイグニを見つける事になる。
ブレイズがイグニを見つけた時、彼は思わず目を大きく見開く事になる。ブレイズの視界には、炎ポケモンの中でも強力なポケモン達が、イグニと戯れている光景が映っていたのだ。
バクーダをはじめとした複数のドンメル達に、コータス、ロコン、そして極め付きはマグカルゴだ。
「馬鹿な……」
思わずブレイズは言葉を零す。
まず炎ポケモンというのは、他のポケモンよりも慎重に扱わなければいけない事で有名である。
何故なら人間が近づくだけで、その身に纏ったポケモンの炎に焼かれてしまうからだ。
ポケモンとの信頼関係を構築する事により、ようやく出力を抑えた炎ポケモンと接する事が可能だ。
その中でも、マグカルゴというポケモンは特別であった。何故なら溶岩ポケモンと呼ばれる名の通り、その身に溶岩を纏っているからだ。
例え、マグカルゴと高い信頼を築いたトレーナーであっても、容易にその身へ触れる事は叶わない。
だが、ブレイズの目にはそのマグカルゴと平然と触れ合っているイグニの姿が見える。
この神秘的な光景からブレイズは目を離せなかった。それは今すぐにもイグニの方へと向かって、野生の炎ポケモンから離させたい。そんなブレイズの思いを抑える程であった。
「イグニ……お前は……」
ブレイズの心の内など露知らずに、イグニは近くまで来た祖父に、不思議そうな表情を向けるだけだった。
こうした出来事により、イグニの異常性に薄々と気づきはじめていたブレイズは、それを確信させる更なる衝撃的な出来事に出くわす。
ブレイズはイグニが野生の炎ポケモンと戯れている出来事がきっかけで、イグニを見守る事は滅多になくなった。イグニなら大丈夫だろうというそんな思いがあったのだ。
あれからもイグニは、よく外で炎ポケモンと遊んでいた。通常ならフエンタウンであろうとも、そんな頻繫に町中に炎ポケモンが入り込む事はない。
しかし、まるでイグニに誘われているかのように、彼の周りに集ってくるのだ。
この事から、ブレイズはイグニから炎ポケモンを離す事を早々にあきらめた。
そして、いつものようにブレイズがイグニを迎えに行くと、久しぶりに彼は驚く事になる。
元四天王であるブレイズが見た事もないポケモンが、イグニと戯れているのだ。
そのポケモンをブレイズは詳しく観察する。
外側が橙色になっている大きく尖ったV字の耳に、大きく丸い顔には大きな青い目と小さな鼻、口があり、口には上顎に1対の牙が生えている。
体は顔と比較して小柄でクリーム色をしている。細い腕と球状の脚があり、両手の指は3本で、両足の指は2本ある。腰からは先が三つに分かれている羽が生えていた。
外見だけで言えば、可愛らしいポケモンだろう。だが、ブレイズの勘が囁いてた。このポケモンは見た目通りの弱いポケモンではないと。
「ティニ! ティニ!」
そのポケモンは嬉しそうに、イグニの周囲を飛び交いながら、時にはその身体をイグニに擦り付けていた。
その仕草に我に返ったブレイズは、元々の目的であるイグニを家に連れ帰る事にする。
すると、そのポケモンも後ろを付いてくるではないか。暫くすれば、どこかにいくだろうと思っていたブレイズだが、ポケモンはなんと家の中にまで付いてきてしまう。
「何そのポケモン! 可愛い!」
アスナがイグニの頭に乗っているポケモンを両手で捕まえようとするが、呆気なく躱され、そのままイグニの服の中へと潜っていった。
その様子を見たブレイズは追い出す事を諦めた。
我が家に新しく加わったポケモンだが、ブレイズは並のトレーナーよりもポケモン知識が豊富であると自負している自分が見たことも無いポケモンに、久しく忘れていた知的好奇心を刺激される。
そして、そのポケモンをあらゆる伝手を使って調べた結果、ようやくその正体を突き詰める事に成功するのだった。
「勝利ポケモン、ビクティニ……まさか幻のポケモンだとは」
ブレイズは手元の資料に目を落とす。それはとても古い文献であり、彼が別地方から取り寄せたものだった。そこにはビクティニらしき姿と、そのポケモンについて少ないながらも特徴が書かれている。
伝説のポケモンや、幻のポケモン等は滅多に人の前に姿を現さない。そして、通常のポケモンとは違って特殊な力を持っている事で有名だ。
ビクティニもそれに漏れずに、ある力をもっているようだった。
文献によれば、ビクティニを連れたトレーナーは常勝すると書かれている。そして、体内で無限のエネルギーを作り出す事が可能で、触れた相手にエネルギーを分け与える事もできるらしい。
これが本当なら凄まじい能力だ。
常勝するというのがどこまで本当なのか分からないが、トレーナーにとっては求めてやまない能力だろう。
ブレイズは孫のイグニの姿を思い浮かべる。
彼は不思議と何故か、イグニのポケモンとしてビクティニは相応しいと思ってしまった。ビクティニに相応しいトレーナーがイグニではなく。
文献によればビクティニは炎タイプのポケモン。
幻のポケモンすらも魅了してしまう、その不可思議な能力。ブレイズはようやく確信する。
「火に最も愛された存在」
イグニという存在が生まれた事に、ブレイズは何らかの運命を感じずにはいられなかった。