炎のポケモントレーナー   作:sasori

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第一話 祖父の敗北の記憶と孫の決意

 プロのポケモントレーナーになるための資格は何か。ブレイズがそう聞かれたら迷いなくこう答えるだろう。

 

 ポケモンに嫌われないことだと。

 

 意外に思うかもしれないが、これは純然たる事実だった。

 

 大半のトレーナーは、まず野生のポケモンを捕まえる事に苦労する。自分に置き換えれば分かりやすい。突然住処に踏み入った存在に、誰が捕まろうと思うのか。

 

 まずここで、大半のポケモントレーナーは脱落する。ポケモンに嫌われる人間は、そもそもポケモンを捕まえる難易度が高いのだ。それはプロとして致命的だった。

 

 そして、仮に捕まえれたとして、そのポケモンがトレーナーの思う通りにバトルで真価を発揮するとは限らない。

 

 ポケモンバトルが好きではないトレーナーがいるように、バトルが嫌いなポケモンもいる。

 

 そんなポケモンと、バトル好きなポケモン、どちらがバトルで優れているかは一目瞭然だろう。

 

 信頼関係を築けていないのなら尚更だ。

 

 バトル好きなポケモンを捕まえるか、捕まえたポケモンをバトル好きにさせるか、それはトレーナー次第。

 

 とはいえ、ポケモンの中にはトレーナーのためだけに、自ら進んでバトルをする存在もいる。

 

 これこそが、トレーナーとポケモンの相性が良いと言える。特にポケモンのタイプによって、相性がはっきりと分かれるトレーナーは多い。

 

 ブレイズ自身、炎タイプのポケモンと相性がいい。孫のアスナも同様にそうで、イグニは言わずもがなである。

 

 無論、中にはどんなタイプのポケモンも扱う事が出来るトレーナーもいる。だが、嫌われないというのは、好かれないという事も意味する。そういうトレーナーは、一匹のポケモンと真に信頼関係を築くのに時間がかかる事が多い。

 

 どちらのタイプのトレーナーも、長所と短所があるが、ブレイズの個人的な意見を言うと、前者の一つのタイプに特化したトレーナーの方がいいのではないか、最近彼はそう思い始めた。

 

 以前の彼ならそんな事など考えもしなかったが、イグニの存在を目の当たりにしたブレイズは、そう思わずにはいられなかった。

 

 

 イグニがポケモントレーナーとしてどこまでいけるのか。ブレイズはそれを見てみたい気持ちが日に日に増していくが、そんな彼の思いを裏腹に、イグニはその欠片も見せなかった。

 

 ブレイズは何とかしてイグニにプロのポケモントレーナーを目指させようと、試行錯誤を繰り返していた。

 

 だが、それはブレイズが思いもしなかった場面で、解決する事になる。

 

 

 

「いけぇー! お爺ちゃん!」

 

 画面の前で叫んでいるのは、アスナという少女だった。赤い髪を振り回しながら、画面に向かって腕を振り回している。

 

 それとは正反対に、まるで興味なさげに画面を見つめているが、姉のアスナよりも更に真紅に染まった髪をしたイグニという幼い少年だ。

 

 画面に映し出されているのは、昔のブレイズの公式大会のポケモンバトルだった。彼は孫達によく自分のポケモンバトルを視聴させていた。それはポケモンバトルがどれくらい素晴らしいかを、孫達に教え込むためであった。

 

 

 激しいバトルの末、今よりも年若いブレイズが、ポケモンバトルに勝利した瞬間が画面に映し出される。

 

「やったー! 流石はお爺ちゃん!」

 

 アスナは喜びを露わにすると、その後すぐに別のポケモンバトルが保存された記憶媒体を、収納箱から取出そうとする。

 

 その様子をイグニは不思議な表情で見つめる。

 

 理由は簡単だった。イグニにとってポケモンバトルを見る事は、面白さを感じていないからだ。

 

(どうしてアスナ姉さんは、あんなにポケモンバトルを見るのが好きなんだろう。結果なんて最初から分かりきっているのに)

 

 イグニにとって、最初から結果が分かっている試合なんて、詰まらない以外の何物でもない。トレーナーの最初のポケモンを見れば、そのトレーナーのレベルがどれくらいかなんてある程度分かる。

 

 何より自分の祖父の強さを、イグニはよく理解していた。

 

 イグニの視線をよそに、アスナは収納箱の奥底に眠っていた記憶媒体を悪戦苦闘しながら取り出すと、すぐに再生装置に入れる。

 

 画面に映像が流れた瞬間だった。

 

「そ、それは」

 

 祖父が焦ったような声を出すが、イグニには既に周りの音は聞こえていなかった。

 

 画面に映し出された光景から、何故だか目が離せなかったのだ。

 

 今よりも若い祖父と向かい合っていたのは、祖父の更に二回り以上も年若い青年だった。

 

 その青年が繰り出して来たのはエアームド。

 

 そのポケモンを一目見た瞬間、イグニは祖父とその青年のどちらが勝つか分からなかった。それはイグニがポケモンバトルを見て初めての事だった。

 

 激しいポケモンバトルが繰り広げられるが、段々と祖父は苦しい表情をしていくのが見えた。それは、今まで見たバトルの中で祖父が初めて見せる表情だった。

 

 そして戦いは終焉を迎える。

 

 結果は青年が手持ちの半分を残しての勝利だった。

 

 呆然とした祖父の表情が目に映る。

 

「噓……お爺ちゃん負けちゃった」

 

 それを見た、アスナは信じられような表情を浮かべる。

 

 だが、それ以上に驚いているのがイグニだった。

 

「そのバトルは…「どうして負けたの?」」

 

 祖父のブレイズの言葉を遮ったのは、イグニだった。

 

 それにびっくりしたのは、ブレイズである。

 

 今までポケモンバトルに興味を示さなかったのだ。突然の事に無理もなかった。

 

 そしてブレイズがイグニの顔を見ると、更に驚きに目を見張る事になる。

 

 イグニの目に、まるでマグマの如し熱い感情が秘められている事に、ブレイズは気づいたのである。

 

 今まであまり感情を表に出さないイグニを知るブレイズからすれば、大変珍しい事であると感じる。

 

 とはいえ、それに納得する思いもどこかにあった。炎タイプと相性がいいトレーナーは、総じて熱い思いを持ち合わせている事が多い。

 

 炎ポケモンに過剰な程愛されるイグニが、まるでアスナの正反対かのような性格をしている事がおかしいのだ。

 

 そんなブレイズの思考をよそに、イグニは再度自分の祖父に問いかけた。

 

「どうして負けたの?」と。

 

 子どもながらの純真無垢な問いかけに、ブレイズは思わず言葉に詰まる。

 

 孫達が視聴した動画は、ブレイズにとって一番見せたくないポケモンバトルだった。

 

 何せ自分が四天王を引退する切っ掛けになった、ポケモンバトルなのだから。

 

 ブレイズからすれば、恥ずべき戦いだが、捨てる訳にもいかず奥底に眠らしていたものだ。

 

 そして暫くして、少し落ち着きを取り戻したブレイズは、ゆっくりと口を開いた。

 

「動画で私に勝った青年の名前はツワブキダイゴ。現ホウエンチャンピオンと呼ばれる男であり、この地方で一番強いポケモントレーナーだ。流石の私も天才と言われる彼には敵わなかったという訳だ」

 

「そんなすごい人がいるんだ……」

 

 アスナは自分の祖父よりも強いトレーナーがいる事に驚く。

 

 だが、イグニはそんな祖父の答えを聞いても、変わらないどころか、より感情を込めた瞳を祖父に向けた。

 

 イグニのその様子を見たブレイズは、イグニが大人しい性格だという認識は間違いだという事を悟る。

 

 イグニは誰よりも熱い感情を持ち合わせているが故に、それを容易に表に出さないだけだった。

 

 

「……お爺ちゃんの……お爺ちゃんのポケモンなら勝てた」

 

「っ!」

 

 イグニの言葉を聞いたブレイズは、すぐさま画面に視線を向けた。

 

 そこには、まるで魂の抜け殻のような姿をした自分が画面に映っていた。その自分のあまりに酷い様子を見たブレイズは、ようやく孫のイグニの言葉の意図を理解する。

 

「……そうか、そういうことか。ははっ……お前の言う通りだイグニ」

 

 少なくとも自分のポケモンは、ダイゴのポケモンには負けていなかった。ブレイズは孫の言葉でそう理解させられた。

 

 そう、イグニが最初に思った事は、二人の内どちらが勝つのか分からないという事だ。

 

 だが、結果はダイゴの手持ちを三体残しての快勝。

 

 祖父が負けた事に対して、イグニは何故だか悔しい気持ちが溢れて止まらなかった。

 

 その様子を見たブレイズは、この世に神がいるのなら、イグニは火の神に愛された存在である事を確信する。イグニが言うには、自分はポケモンの力を引き出せていないから負けたのだ。いや、正確に言うならば、どうして力を引き出さないのか、だ。

 

 元四天王の自分にそれを言えるのは、この世でイグニただ一人だけだろう。

 

 今映像を見返せば嫌でも認識される。今まで自分が向き合おうとしなかったからだが、あの時、ポケモントレーナーを引退した事に少しだけだが後悔の念が湧き起こる。

 

 祖父のその様子を見たイグニがぽつりと呟いた。

 

「……俺、ポケモントレーナーになる。そしてお爺ちゃんの代わりにチャンピオンになってあげる」

 

「っ……イグニお前は……」

 

 力強い瞳がイグニから祖父のブレイズへと向けられる。その瞳を見た彼は思わず孫のイグニを強く抱きしめた。

 

 「ええ!? 私も、私もポケモントレーナーになる!」

 

 そう叫んだアスナはそのまま二人に抱きついた。

 

 「……痛い」

 

 イグニの呟きは小さく搔き消えた。

 

 

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