炎のポケモントレーナー 作:sasori
日差しが照りつける中、イグニは黙々と歩を進めていた。フエンタウンを出発してから数時間が経過し、目的地であるキンセツシティまであと僅かという場所まで辿り着いてた。
これまでの道程で、イグニは出会ったトレーナーと何度かバトルをしていた。そのどれもがビクティニによる一方的な展開による勝利だ。
ビクティニの力は想像以上だとイグニは感じる。祖父から聞かされていた、ビクティニが幻のポケモンだという事実は間違いではなさそうだ。本来ならあまり人目に触れさせない方がいいかもしれない。
だが、ビクティニはスイッチが入ったかのようにやる気を出し、イグニに強請るようにバトルに出たがっていたため、ロコンではなくビクティニをバトルに出し続けた。
自分の肩で上機嫌な様子のビクティニを見ると、自分の決断は間違っていないようにも思える。とはいえ、ロコンにも経験を積ませたい所だ。
暫く歩き続ければ、建物群が見えて来る。どうやらキンセツシティに着いたようだ。
街に入ると、人々の喧騒や車の音が耳に飛び込んで来る。フエンタウンとは違う、大都市特有の雰囲気だ。イグニは小さい頃に祖父に連れられて来たことがあるが、その時よりも更に発展しているようだった。
まずはポケットセンターでビクティニを回復させる。その後イグニはロビーのベンチに座り、これからの予定を組み立てていると、壁に貼ってある貼り紙が目に付いた。
「初心者向けのポケモン大会か。出場条件は、ジムバッジの所持が一つ以下のトレーナー」
(同年代のトレーナーがどれくらいのレベルか気になる。道中で出会ったコウシロウ程の腕を持ったトレーナーがいれば、面白くなるな)
イグニはジム戦に挑む前に大会に出場する事を決める。そして大会に出場させるポケモンは、経験を積ませるためにロコンに決めた。もっとも、ビクティニを出してしまうと、駆け出しレベルの相手では蹂躙してしまい、面白くないというのも理由の一つである。
その後、彼は大会までの間は、街の図書館でポケモンの分布について調べる日々を過ごした。
そして数日後、ビギナー大会の開催日が訪れる。
『――さあ、今年もやってまいりました。第十七回目若草大会の開催です! 解説はお馴染みのジムリーダー、テッセンさんが務めます。今日はよろしくお願いします』
『ふっふっふっ、毎年のこの時期は非常に楽しみじゃな。未来のあるトレーナーを見守るのは、老人の特権でもある』
実況の言葉と解説のテッセンの言葉が試合会場に響き渡る。
イグニは知らなかった事だが、彼が出場する大会はホウエン地方ではそれなりに有名な大会だった。ホウエン地方最大の都市キンセツシティで開かれる事もあり、出場トレーナーの数も多く、ルーキーに限定される大会の中では一番大きかった。決勝戦ともなれば、テレビで放映される程である。
祖父のポケモンバトルばかり見ていたイグニからすれば、詳しく知らないのも当然であった。
そして、一回戦目の戦いが幕を明ける。何人かのトレーナーの戦いが終わり、イグニの出番となった。
『続いてDブロックの戦いです。対戦カードはハヤテ選手とイグニ選手。どちらもバッジ数の所持がゼロ同士の戦いとなります』
イグニの対戦相手のハヤテは、見るからに初心者の雰囲気を漂わせていた。周囲の観客の姿からか、緊張している様子が伺える。それはイグニも同様だったが、祖父のポケモンバトルの姿を、時折自分に置き換えてイメージしていた事もあり、比較的落ち着いていた。
だからといって、イグニが手加減をするつもりはない。どんな相手でも全力を尽くす。ハヤテは緊張した様子も見せながらもジグザグマを繰り出し、イグニはロコンを繰り出す。その瞬間だった。
『おおっと!? 突如、フィールドの日差しが強くなりました! これはどういう事でしょうか』
『これは……特性『日照り』じゃな。非常に珍しい特性ではあるが、極一部のロコンが持ち合わせていると言われている』
『なるほど『日照り』ですね。どのような効果があるのでしょうか?』
『効果は見ての通り、自分を中心とした空間の天候を疑似的に『日照り』にする。この天候状態には複数の効果があるが、代表的なのは炎タイプの技の威力が大きく上がることじゃ』
『なるほど。つまりはこの戦いは……』
『イグニ選手が有利じゃな』
だが、テッセンがイグニを有利と判断したのは、天候が『日照り』だからだけではない。彼はロコンをじっと見つめる。実況では語らなかったが、『日照り』の範囲はそのポケモンの力量に影響する。テッセンが見た所、『日照り』の範囲は初心者が扱うロコンが出せるものではなかった。
(この『日照り』の範囲から分かるロコンのレベルはそれなりのはず。じゃが妙じゃな……)
テッセンは違和感を感じていた。彼ほどのトレーナーであれば、ポケモンを見ただけである程度の力量が分かる。テッセンの中で、『日照り』の範囲から考えられるロコンのレベルと、純粋にロコンだけを見て判断したレベルとで大きな差があったのだ。
「ジグザグマ『体当たり』」
「ロコン『火の粉』だ」
ハヤテがジグザグマに『体当たり』を指示した瞬間、イグニはこの試合の勝利を確信した。
ロコンは自分に向かってくるジグザグマに対して、口の中で溜めた火を放出する。火は『火の粉』とは思えない程大きく、そのままジグザグマに直撃し全身を覆い尽くす。火が搔き消えると、その場に残されていたのは倒れたジグザグマだった。
『ジグザグマ戦闘不能だぁ! 『火の粉』とは思えない威力でしたが、これが『日照り』の影響なのか!?』
ロコンの『火の粉』は『日照り』の影響もあり、ジグザグマに大きな痛手を与える。故にハヤテがするべきは、『火の粉』の直撃を避ける立ち回りをしなければならなかった。
落ち込むと思われたハヤテだが、イグニにとって予想外の態度をとる。
「す、すげえ! あんたすげえな!」
その純粋な称賛にイグニは戸惑う。今まで赤の他人に褒められた事がないためだ。イグニは生まれながらにして特異な力を持っているせいか、フエンタウンでは家族以外の人々からは奇異な目で見られていた。
「……まあな」
照れるように顔を背けたイグニは、次のバトルの準備のためにその場を後にした。
やがて二回戦も始まり、イグニの出番となるが、その試合は一回戦目よりも遥かに簡単に突破するという、彼にとって予想外な結末になる。
『これはどういうことでしょうか。コウタ選手のポケモンであるドンメル、動きません』
イグニの対戦相手のポケモンであるドンメルは、トレーナーの指示を全く聞いていなかった。それも、まるで此方に攻撃する事に嫌がる素振りを見せている。
(ドンメル……)
コウタのドンメルの気持ちが伝わってきたイグニは、何とも言えない表情を浮かべる。
「どうして動かないんだよ! ドンメルゥ!」
『確かコウタ選手の一回戦目では、ドンメルは指示を聞いていたはずですが、これはどういう事でしょうかテッセンさん』
『ふむ……ポケモンも生き物じゃ。中には気まぐれなポケモンもいる。信頼関係を築けていない場合、こういう現象はありえない事ではない。しかし……』
その先の言葉をテッセンが声に出すことはなかった。確かにコウタとドンメルは信頼関係が不十分だ。しかし、試合の様子を見るに、ドンメルはただの気まぐれではない。
まるで相手に攻撃するのを嫌がる仕草……そして対戦相手はイグニという少年
(まさか……)
テッセンは突拍子もない考えが頭に浮かぶが、流石にありえないと思い、頭の片隅に追いやった。
『これは……どうやら棄権となるようですね。イグニ選手二回戦進出です!』
拍子抜けしてしまうイグニだが、こういう事が起こる可能性も頭のどこかには入れていた。彼にとって全ての炎タイプのポケモンは、友達以上の存在。イグニは物心ついた時からそんな感覚を抱いていた。それは炎タイプのポケモン自身にとっても同様なのかもしれない。
しかし、真に信頼関係を築けている相手ではそうはいかないだろう。
イグニはそれからも危なげなく勝ち進み、そして遂に決勝戦を迎える。