炎のポケモントレーナー 作:sasori
スコヴィランの口から放射された炎を、対戦相手のオオスバメは身体を回転させて躱していく。そのまま旋回軌道を描くように、オオスバメはスコヴィランの背後に回った。
スコヴィランは完全にオオスバメの位置を見失っているようだ。
「そのまま燕返し!」
背後から急襲を受けたスコヴィランは、タイプ相性もあるのかその場に膝を付くほどの大きな傷を負った様子を見せる。
イグニは冷静にスコヴィランとオオスバメの戦いを観察していた。素早さは完全にオオスバメに負けており、タイプ相性も不利。
その中でスコヴィランがどんな戦いを見せるのか。イグニはスコヴィランが自分に向けて何かアクションを起こさない限り、手出しをするつもりはなかった。
彼が見つめる先で、スコヴィランが放つ技は尽くオオスバメに躱され、反対に相手の技はスコヴィランに何度も直撃していた。
既に倒れていてもおかしくはないが、そこでイグニはスコヴィランの動きが最初と微妙に変化している事に気づく。オオスバメからの技が身体に直撃する寸前に、僅かだが受け身を取っているのだ。
自分に啖呵を切るだけはあって、スコヴィランはバトルのセンスはあるようだった。だが、このままでは勝てないだろう。イグニがそう思った直後だった。
スコヴィランはほんの一瞬ほど、赤色の頭部についている黒い目をイグニの方へと向ける。
普通なら見逃すほどの些細な動きだったが、イグニにはその仕草の意味を当然のように理解した。彼にとって炎ポケモンの感情の機微は手に取るように分かる。
小さな笑みを浮かべたイグニは、スコヴィランに向けて鋭い声を飛ばす。
「......左斜め後ろに向かって嚙みつく」
スコヴィランは反射的にその言葉に従って、緑色の頭部で嚙みつきに行くと、丁度その場所を通ったオオスバメの胴体に直撃する。
「なっ!?」
初めて命令を出したかと思えば、オオスバメの動きが完全に読まれていた事に青年は驚きを隠せない。
スコヴィランはオオスバメに嚙みついたまま、地面を引きずられていくが、そのまま口を離さない。
「お前の本気をぶつけろ」
スコヴィランはもう片方の赤色の頭部の口を、身動きが取れないオオスバメに向ける。
それを見た青年は、まずいと言葉に出すが既に遅かった。
大きな炎の濁流がスコヴィランの口から放たれ、オオスバメを覆いつくしていく。オオスバメの動きは次第に弱くなり、やがて炎が治まる頃にはオオスバメは既に目を回していた。
青年の手持ちには、他に戦えるポケモンはいなかった。
「俺の負けだ......」
青年は意気消沈した様子で、その場を去っていく。
バトルに勝ったイグニは、少しの間スコヴィランと見つめ合っていた。スコヴィランは変わらず闘争心を秘めていたが、その瞳はより力強くイグニを見つめていた。
イグニとスコヴィランの間で、無駄な言葉は必要なかった。彼はスコヴィランをボールに戻すと、シダケタウンに向けて歩き出した。
イグニは道中のポケモンバトルのほとんどを、スコヴィランに任せていた。戦いたがりであったためである。
彼は早くもスコヴィランというポケモンの特徴を掴んでいた。素早さは特別早くはないが、火力に関しては目を見張るものがあった。
それならイグニがするべき事は決まっていた。スコヴィランが戦いやすいように、そして一番力が発揮出来るように場を整えるだけである。
それは相手の隙を作るであったり、動きを止めるであったり、奇襲のような戦法をしたりと様々である。
イグニはスコヴィランを使ったポケモンバトルを通して、自分の戦い方に少し変化が生じている事に気づく。
もしかすると、洞窟でマグマ団と名乗る者と戦った事がきっかけなのかもしれない。あの時はイグニ自身、自分の全力を出して戦ったバトルであった。
イグニは自分に合っているバトルスタイルというものを理解したのである。彼にとっては神髄とも言うべきものだ。
それは至極単純で、自分のポケモンの力を最大限に発揮させる事。それだけである。それさえ出来れば、どんな相手でも勝てる。イグニはそう再確信した。
その後、歩き続けてシダケタウンに到着したイグニはまずは一泊して身体を休める事にした。
シダケタウンは高原に位置し、名前の由来にもある通り、芝生が生い茂る町だ。火山灰が飛んでこないこともあり、空気が澄んで綺麗な事で有名だった。
コンテスト会場がある事も知られているが、イグニにとっては関係のない事だった。
そんな町を、イグニはビクティニと一緒に回っている最中に、町の北に洞窟の入口のようなものがある事に気づく。
気になったイグニが町の人間に尋ねると、どうやらカナズミシティとこのシダケタウンを繋ぐ未開通のトンネルらしい。
最新機器を使用して途中まで掘り進めていたが、ある事情により工事を中止し、そこから放置されているようだ。
少し気になったイグニは、トンネルの中に入る事にした。
奥へと進んで行き、暫くすると行き止まりの壁らしきものと、その傍に人影が見えた。近づいてみてみれば、一人の女性が壁に耳をあてたりして何やら壁を調べている様子だ。
ふと女性が振り返り、イグニの存在に気づく。
「......君は......もしかして最近旅に出た新人トレーナーかしら」
女性はイグニの装いを見てそう判断した。彼女の言葉をイグニは否定しなかった。
「もしかして、カナズミシティを目指してここまで来たのかしら。それなら残念だったわね。ここカナシダトンネルは行き止まりになっているわ」
「それは知っています。ここでは何を?」
イグニに問いかけられた女性は、視線を少し落として口を開いた。
「......この岩の向こうに私の彼がいるの。彼......私に会うためだけに......いえ、私だけのためじゃなくて、皆のためにトンネルを掘っているの。それも自分の手で」
女性から詳しく話を聞いたイグニは、少し考え込むように顎に手をやる。
もし、カナシダトンネルが開通すれば、自分はキンセツシティに戻らなくてもカナズミシティにここから直接行ける。
自分にとって利点があると思ったイグニは、壁に視線を向けた。壁というよりは、硬い岩盤のような大きな岩が塞がっているのが見える。
「開通まで後どれくらい掘り進めればいいのかは知っているんですか?」
「あと数メートルもないはずよ。ただ......」
言い呑んだ様子を見て、イグニは理解した。硬い岩盤故に上手く掘り進めれていないのだろう。
そこで、イグニはある事を思いつく。
「ビクティニ」
イグニの言葉を聞いたビクティニは、彼の懐から地面に降り立つと、口から軽く火を噴いて見せた。
どうやらやる気十分らしい。
「少し下がっていてください」
「何を......」
イグニが合図を出すと、ビクティニは瞬く間にV字型の炎を額に形作る。そして次の瞬間、ビクティニが目の前の岩盤に頭部をぶつけた。
一瞬、大きな揺れが起こると、暫くして岩盤の中心に小さな亀裂が走る。やがて亀裂は音と共に中心から外に向けて蜘蛛の巣状に広がっていき、岩盤全体に亀裂が入ったかと思えば、その場で小さな破片となって崩壊していく。
無数の小さな石が地面にぶつかる音を響かせながら、大きな土埃が舞う。
暫くして土埃が収まれば、地面には多くの石の破片が散らばっており、大人二人が通れる道が出来ていた。
「嘘......!?」
女性が唖然とした表情を浮かべる中、イグニは流石だとばかりにビクティニの頭を撫でる。
すると、出来た通路の奥から一人の男が姿を現す。
「ミチル!」
男はそう叫ぶと此方へと走ってきて、そのまま女性と抱き合った。
その様子を見たイグニは、静かにその場から立ち去るように、カナズミシティに向けてトンネルの先へと歩みを進めた。