これもきっと妖怪のせいに違いない(願望)   作:R1zA

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今までで一番の難産だった
お久しぶりです




 

 

 

 

「──とまあ、ここまでがケータくんの視点から見たお話でウィス」

 

 

 黒一色の、何もない空間。

 なまえのないばしょ。

 

 何処からともなく現れた、まるでスポットライトのような光に照らされたウィスパーがじっと『あなた』を見ている。

 その背後にいつの間にか現れていたテレビには、現在進行形でたじたじになっているケータの映像*1が映し出されていた。

 

 

「いやー、この超敏腕妖怪執事のワタクシから見ても、いっそ清々しいくらいのクソボケっぷりでしたねぇ。ケータくんは」

 

 

 フヨフヨ浮かびながら、やれやれとでも言いたげに肩をすくめるウィスパー。

 彼が懐から取り出したリモコンのボタンを押すと、プツリという音と共に、その映像は途切れた。

 

 

 

「──さて、次のお話に移るところですが」

 

 

 そう言って、此方へと向き直ってくる。

 

 

「みなさんは好きな人が居た時に、その人が自分を好きであって欲しい。 そう思っていたりしませんか?」

 

 

「もっと言えば──自分以外は眼中に無く、四六時中自分のことを想ってくれるくらいには好きでいて欲しい……と思ったことはありますか?」

 

 

 ──―それこそ、いっそ病的な程に。

 

 

「これらの考えを誇張した果てに行き着くのが、所謂ヤンデレというやつでウィスね」

 

 

 またしても何処からともなく取り出してきた妖怪パッドをチラ見しながら、ウィスパーは続けた。

 

 

「えーっと、ヤンデレとは……『病みとデレの合成語で、簡単に説明すると、相手への好意が強く高まり過ぎた結果、病的な精神状態になってしまうこと*2』──だそうでウィス。 」

 

 

 いやあ、怖い話ですねぇ……、と何処か他人事のように言いながら煎餅を食べるウィスパー。

 一体何処からその煎餅を出したのかは、もちろん不明である。

 

 謎空間にロジックを求めてはいけない。

 

 

「それにしても、我が主人ことケータくんには困ったものですよ 」 

 

 

 古来より妖怪とは畏れられてきたもの。

 妖怪ウォッチの存在が無ければ出逢うことすらなかったはずの自分たちと、対等に「ともだち」になろうとする人間がどれ程に稀有で、かけがえのない存在なのか。

 ソレをまるで理解していなかった。

 

 楽観視していたとも言える。

 だからこそ、妖怪たちにとって彼の存在は、ある意味では麻薬の類よりたちが悪かった。

 

 

妖怪(われわれ)に対して人と変わらぬ姿勢を貫き、如何なる環境に放り込まれても、どこまでも『平凡』の枠組みに収まる人の子……手元に留めたくなるのは当然でしょう」

 

 

 その光は眩しすぎたのだ。

 ソレはまさしく麻薬のようで、一度その温もりを知ってしまえば、最早逃れようとは思えず、離れることなど叶わない。

 故に彼等は執着する。

 

 

「それこそワタクシがいなければ、彼は今頃誰かしらの妖怪に──」

 

 

 そこまで言ったところで、ハッとしたような表情で口を塞いだ。

 

 

「──おっと失礼。 つい口を滑らせてしまいそうになりましたが、このお話はまた別の機会に」

 

 

 そう言って、右手を胸に当てて一礼する。

 

 

「ということで、今回のお話は──」

 

 

 ぽちっとな。

 そう言ってウィスパーがリモコンでテレビの電源をつけると、先程までとは別の映像が流れ始めた。

 

 

「この世界で普通に過ごしていた彼と、両親を除けば最も長く関わっている彼女。 一体何を以て、二人はあのような関係に行き着いたのか、気になりはしませんか?」

 

 

 

「と言うことで今回はその一端、知られざる物語を──」

 

 

 ウィスパーがじっとあなたの方を見つめ、不敵に微笑む。

 

 

()()()と共に覗いてみるとしましょう──」

 

 

 

 

 ◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 私には一人、幼馴染みがいる。

 

 

 天野 景太くん。

 お互いに同い年の中では家が一番近くて、仲の良い人はケータ君って呼んでいる。

 

 

 幼稚園、小学校と今までずっと同じクラスで、家が近いからよく遊んだり、一緒に登校したりしていた。

 休み時間の間は、大抵クマくんかカンチくん、偶にマオくんと話している。 一人の時は、大人の人が読むような厚めの本を静かにめくっていることも多かった。

 

 

 赤色がトレードマークで、基本的にはいつも、白と赤を基調とした服を着ている。

 

 

 ──いつだったか、お店では見たこともないような奇妙な時計を、彼が腕につけるようになった。

 

 無性に気になって尋ねてみたこともあったけれど、その時の彼はどこかバツが悪そうに、「お爺ちゃんからの貰いものなんだ」と曖昧な返事ではぐらかすだけだった。

 

 あんなに分かりやすく動揺する彼を見たのは、それが初めてだったかもしれない。

 

 

 容姿に関しては、幼馴染としての贔屓目がいくらか混じっている自覚はあるけれど、客観的に見てもそこそこ格好いい部類に入っていると思う。

 それに、彼と話していると、他の同級生の男子とはどこか違う、妙な大人っぽさを感じることがあった。 まるで、何歳も年上のお兄さんと話しているかのような錯覚。 

 

 彼が背伸びをして大人ぶっているわけではない。

 彼が自然体であればあるほど、本当にそう感じてしまうのだから不思議でならなかった。

 

 

 

 そんなケータ君だけど、彼にもちょっとだけ変わった所がある。

 

 

 ──普通が一番。

 それが彼の口癖だった。

 

 少し前、放課後の教室で、彼がマオ君とそんな話を交わしているのを、通りすがりに見てしまったことがある。

 窓際でひそひそと話す二人の声は小さかったけれど、すれ違いざま、普段の小学生らしからぬマオ君の真面目なトーンが、偶然私の耳に冷たく残った。

 

 

『マオ君はどう思うのさ?』

『隣の芝生は青く見える、とも言うしね。 君が普通を追い求める一方で、非日常に強く惹かれる人も居る』

 

 

 去り際に一瞬、視線が交差した気がした。

 

 

『まあ───案外近くに居るんじゃない?』

 

 

 ケータくんはその後も何かを言っていたみたいだけど、私が聞き取れたのはそこまでだった。

 

 私から見れば、彼は普通の枠に収まるような人ではない。むしろ、普通にすごい人だ。

 それでいて誰にでも優しくて、『たのみごと』があれば大体解決してくれる。

 

 

 彼はよく、自分のことを普通だと言う。

 でもハッキリ言って、多くの人が想像する「平凡(ふつう)な人間」という意味の普通とは違う。

 彼は本当に凄いんだから、そんなに自分を卑下しなくてもいいのに、と私はいつもどこか歯痒く思っていた。

 

 

 ……あの時二人のしていた会話。

 その言葉の裏にある本当の意味を、私が身をもって理解することになるのは、もう少し先の話。

 

 

 

 閑話休題(話を変えるね)

 

 

 

 ──私は時々、変な体験をしたことがある。

 

 霊感って、聞いたことあるかな。

 それを持っている人は普通は見えないものが見えたり、寄ってきちゃうことがあるみたいなの。

 

 

 ──私は『ある』側の人だった。

 とは言っても、輪郭までハッキリと見えるわけではない。何か得体の知れない気配を朧げに感じたり、視界の端を何かが通り過ぎたような気がする程度。

 

 それでも十分おかしいとは思う。

 ただの見間違いや気のせいだと思い込もうとしているけど、ソレを感じる機会が多すぎる。

 

 

 ……でも、そんな私の不確かな話を、真面目に聞いてくれた男の子がいた。

 

 

 その男の子……ケータくんと私は、同じ幼稚園に通っていた。 仲良くなったきっかけは、もう今ではほとんど覚えていない。

 けれど、ごく自然な成り行きで距離が縮まって、気がつけば毎日のように一緒にいたことだけは鮮明に覚えてる。

 

 

 ある日、私が何気なく今までの変な出来事や体験について零すと、彼は小さく息を呑んだ。

 

 

『───見えるの? 妖怪。ごめん、もう少し詳しく聞かせて!』

 

 

 それにしても、なぜ「妖怪」なのだろう。

 目に見えないものなら幽霊やオバケなど、他にもいくらでも表現はあったはずなのに。

 

 困惑する私をよそに、彼はその後も「霊感が……」とか、「もしも主人公なら……」と、小さな頭を抱えてブツブツとうんうん唸っていた。

 当時の私には彼の言葉の意味が全く理解できなかったけれど、彼がこんなに必死な様相だったのは、後にも先にもこの時くらいだった。

 

 

 

 ──そんな風に、少し変わったところはあったけれど。

 小学校に入ってからもこの関係が大きく変わることはなかった。

 

 

 家が近所で、親同士の仲もいい。だから当然のように一緒に遊び、当然のように一緒に登下校をする。

 時折お互いの家に遊びに行っては並んで宿題を片付けたり、休日に二人で映画を観に出かけたりもした。

 

 

 私の知る限り、彼にとって異性の友達の中で私が一番の仲良しだったし、私にとっても彼がそうだった。

 お互いにとって、異性の友達の中で一番特別な距離にいる。 それは当時の私にとって、疑うまでもない当たり前の日常だった。

 

 

 だからだろうか。

 その当たり前の日常が、ある日を境に少しずつ歪み始めていくだなんて、当時の私は考えもしなかった。

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

 一つ目の転機は、四年生の夏休み。

 皆でおおもり山へ虫取りに行った次の日から、彼が見たことのない、不思議な時計を付け始めた時。

 

 

 そう、彼がお爺ちゃんから貰ったと言っていたあの時計だ。 あの時計を肌身離さず身につけるようになってから、彼は目に見えて一人で外出することが増えた。

 たまには一緒に宿題でもしようと家を訪ねてみた時も、結構な頻度で留守にしていることが多かった。

 

 

 一体どこで何をしてるんだろう? 

 

 

 そんな中、偶然彼を見かける機会があった。

 声をかけようと思って近づき、そして、私は思わず足を止めた。

 

 

「(ケータくんの近くに、何か……いる?)」

 

 

 一瞬、本当にほんの一瞬だけ。

 彼のすぐ横の空間に、白いソフトクリームのような何かが、ふわふわと浮いているのが見えた気がした。

 

 

「何なの、あれ……」

 

 

 真夏の強い日差しのせいで、頭がおかしくなってしまったのだろうか。

 見間違いかと思って目を擦り、もう一度同じ場所を見ると、やはりそこには何も居なかった。

 

 

「うーん…………気のせい、だったのかな」

 

 

 そうやって無理やり納得するしか、当時の私には自分の奇妙な感覚を説明する方法がなかった。

 遠ざかっていく彼の背中を見送りながら、私はただ、その場にぽつんと立ち尽くしていることしかできなかった。

 

 

 

 

 ──思えばこの頃からだった。

 彼の身体に、それまでになかった傷が増え始めたのは。

 

 本人はただ派手にこけてしまっただけだと、いつものようにおどけて言っていた。

 実際に、2週間もあれば完治する程度の浅い擦り傷や打撲ではあったけれど、自分はとてもそれだけとは思えなかった。

 

 

 彼はきっと、何か大きな秘密を抱えている。

 そしてその秘密に関わる出来事で、彼が痛い思いをしているかもしれないと思うと、胸がキュッと締め付けられるように痛む。

 

 

 ──もしも、もしもの話だ。

 彼がこのまま、私の知らない、遠くへと行ってしまう事があるかもしれない。

 

 

 そして、いつの日か、離れ離れになってしまうとしたら? 

 

 

「(───あれ?)」

 

 

 そんな思考が脳裏を過った時。

 胸の奥を冷たい、底知れない違和感が駆け抜けていった。

 

 

「(……帰ろっか)」

 

 

 ぽつりと胸中で呟き、私は踵を返して、家路へと就いた。

 

 どうして、あんなことを思ったんだろう。

 ケータくんが遠くに行ってしまうなんて、そんなわけがないのに。

 

 

 でも、一度生じた違和感は夜になっても消えることはなく、次から次へと頭の中に浮かんできて、一つの線を紡ぎ始めた。

 

 あの不思議な時計、留守がちになった彼の家、増えていく怪我、そして──彼のすぐ横に見えた、あの白い影。

 

 

 ──いつから、彼はあんなに大人びた顔をするようになったのだろう。

 

 

 気のせいだと片付けるには、あまりにもピースが揃いすぎていた。

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 あの日から、一年と少しの月日が流れた。

 私たちは小学五年生になり、季節は秋を迎えている。

 

 学校からの帰り道、私はいつものようにケータくんと並んで、茜色に染まる坂道を歩いていた。 冷たくなり始めた秋風が、カサカサと乾いた音を立てて足元の落ち葉を揺らしていく。

 

 

 ……この一年間、彼の周りの『おかしな変化』が止まることはなかった。

 

 

 時折、周りに人がいない時に、誰もいない空間に向かって独り言を話す姿は多少の違和感こそあれど、最早『普通』のものとして受け容れられている。

 これはきっと、ケータくんの人徳があったから。

 

 少し言い方は悪いけれど、本当はもう少し気味悪がられてもおかしくは無かった。

 

 

「(見てジバニャン。 じゃーん、いい感じの枝)」

『おー……。 じゃなくて、一緒に帰ってるんだからフミちゃんの方に話しかけたらどうニャン?』

「(いや、なんか考え事してるっぽいからさ……。 邪魔するのも悪いと思って)」

 

 

 あらゆる事象を気のせいだと誤魔化すには、あまりにも長すぎる時間を、私は隣で過ごしてきてしまった。

 

 

 長く伸びた二人の影が、夕暮れのアスファルトの上で静かに揺れている。 

 ふと彼の横顔を見つめていると、胸の奥で一年間ずっと燻り続けていたあの日の焦燥感が、不意に大きな塊となって込み上げてきた。

 

 

「───ねえ、ケータくん」

「……? どうしたの?」

 

 

 不安感に背中を押されるようにして、私はふと歩みを止め、彼の背中に向かって言葉を紡いでいた。

 

 

「私たち……これからも、ずっと一緒だよね?」

 

 

 夕日に照らされた茜色の坂道で、長く伸びた二人の影が止まる。

 突拍子もない私の問いかけに、ケータくんは一瞬だけ驚いたように足を止めた。

 けれど、すぐにいつもの優しい笑みを浮かべて、私のほうへと振り返る。

 

 

「───うん、約束するよ。 これから先に何があっても、必ず此処に戻ってくる」

 

 

 これから先。

 まるで、近い未来に何か大きな出来事が待ち受けているかのような言い草だった。

 

 

 それでも。

 その真っ直ぐな言葉を聞けただけで、この一年間、私の胸の奥でぐるぐると渦巻いていた霧のような不安が、すっと晴れていくのが分かった。

 

 

「……うん。そうだよね!」 

 

 

 私は胸の支えが取れたような安堵感から、精いっぱいの笑顔を彼に返した。

 

 

 ──けれど、日常に終わりを告げる報せは、私が思っていたよりもずっと、唐突に訪れた。

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 秋が過ぎ、凍えるような冬を越えて、季節が三月に差し掛かった頃。

 五年生の終わりを告げる修了式を間近に控えた、休日明けのある日の朝のことだった。 

 

 

 登校して席に着き、いつものように朝の会が始まる。

 神妙な顔で教壇に立った担任の先生が、パンパンと手を叩いて騒がしい教室を静めると、出席簿を片手にどこか寂しげな声を響かせた。

 

 

「みんな、静かに。 今日は授業の前に、クラスのみんなに少し大切な連絡があります。 ──実は、天野くんがお父さんの仕事の都合で、この春からUSAに引っ越すことになりました」

「──ぇ」

 

 

 先生の口から告げられたその一言に、教室が一瞬にして大きなざわめきに包まれる。

 

 

『えっ、マジで!?』

『USAってアメリカ!?』

 

 

 と口々に驚くクラスメイトたちの声が、どこか遠くの出来事のように私の耳の奥を通り抜けていった。

 

 あまりの衝撃に、私の思考は完全に停止していた。

 嘘でしょ、と心の中で呟きながら、私は吸い寄せられるように窓際の、彼の席へと視線を向ける。

 

 

「──ッ!? まさか──ッ!?」

 

 

 けれど、そこにいたケータくんの様子は、明らかに普通ではなかった。

 クラスの視線を一身に浴びる中、彼の手元──机の下で、彼は衣服の袖を乱暴に捲り上げ、あの不思議な時計越しに、教卓の上を食い入るように見つめていた。

 

 

「あ……いや、違うんだ!  ごめんなケータ! 今のは、その、言うつもりじゃなくて……!」

 

 

 追い打ちをかけるように、教壇の先生が突然、自分の口を両手で押さえながら慌てふためき始めた。

 まるで、言ってはいけない秘密をうっかり漏らしてしまったかのような、酷く不自然な取り乱し方だった。

 

 

「あー……、いや。 どのみち自分から言おうと思ってたので。 先生は気にしないでください……」

よりによってこのタイミングで口すべらしが先生に取り憑くとは……

昨日から踏んだり蹴ったりニャンねぇ……

 

 

 先生の奇妙な慌てようと、それを見て眉間を押さえながら苦い顔をするケータくん。

 まるで、私の見えないところで、何かおかしな『事件』が起きているかのような──

 

 

 だけど、そんな周りの奇妙な空気さえ、今の私にはどうでもよかった。

 

 その日は一日中、頭が真っ白だった。

 午前中の授業から放課後に至るまで、私たちは一言も言葉を交わすことがないまま、ただ重苦しい時間だけが過ぎていく。 

 

 

 

 そして、放課後。

 これといった会話の無いまま、いつも通りに並んで校門を出た私たちは、夕暮れに染まり始めた帰り道を歩いていた。

 

 

 コツコツと、アスファルトを叩く二人の足音だけが虚しく響く。 

 隣を歩くケータくんは、いつものように私に話しかけてこようとはせず、どこか気まずそうにじっと地面を見つめたまま押し黙っている。

 

 

 沈黙に耐えかねて、私が小さく息を吸い込んだ、その時だった。

 

 

「……ごめん。 本当は自分の口から伝えようと思ってたんだけど」

 

 

 不意に、隣を歩く彼の口から声が漏れた。

 

 

「見ての通り……こんな形になっちゃったから。 先生が悪い訳でもないんだけど」

「……ううん。ケータくんが謝ることじゃないよ。でも……」

 

 

 私は俯き、握りしめた拳の震えを隠すように、スカートの縁をきゅっと掴んだ。

 

 

「でも、本当に……行っちゃうんだね」

 

 

 こうして言葉を交わすことで、より強くその事実が重く伸し掛かってくる。

 私の問いかけに対して、彼は否定の言葉を返してはくれなかった。

 

 彼の意志でどうにもならない。

 そんなことはとうに分かっている。 

 

 

 それでも、行き場のない思いが自分の内から漏れそうになると、目頭が熱くなる。

 俯いて、少し滲んだ私の視界に、ゆっくりと歩みを止めた彼のスニーカーが映った。

 

 

 心配だけは掛けさせたくない。

 これから大変なのは私じゃなくて、文化も、言葉も違う異国へと旅立つ彼の方だ。

 それなのに、私が勝手に寂しがって、これ以上の迷惑や余計な気苦労を掛けるなんて駄目だ。

 

 そう自分に言い聞かせて、溢れそうになる涙を必死に堪える。

 

 

 次の瞬間。

 そんな私の手をごく自然に、優しく包み込むように取って、彼はいつものように、柔らかく笑った。

 

 

「……ここだと人通りも多いし、場所を変えよっか」

 

 

 手を引かれるままに歩き、私たちは近くの公園へと足を向けた。

 偶然にも他に人は居らず、貸し切り状態の静かな園内で、私はベンチに腰を下ろした。

 

 私の前に立った彼は、ポケットから何かを取り出し、俯いて涙を堪える私の顔を覗き込むと、悪戯っぽく口元を緩めた。

 

 

「───ほら、泣かないで」

 

 

 彼がそう言って、私の目の前で軽やかに指を弾いた。

 パチン、と夕暮れの公園に乾いた音が響く。

 

 彼の指先が鳴った次の瞬間、一枚の小さなメダルが滑り落ちるようにして私の掌の上へと転がり込んできた。

 

 

 驚いて目を見開く私の手の中に収まったのは、不思議な模様が刻まれた、プラスチック製のメダルだった。

 中央には、どこかケータくんに似た面影を宿した、お腹に星のついた青くて可愛いキャラクターの姿が描かれている。

 

 

「……これは、なんなの?」 

 

 

 私が首を傾げて尋ねると、彼は少し困ったように頬を掻いて、目元を緩めた。

 

 

「───事情があって、まだ詳しい説明は出来ないんだけど」

 

 

 そう言って彼は、私の隣に腰を下ろした。

 

 

「あげるよ、それ。 大切な……俺の身代わりみたいなものなんだ」

 

 

 ケータくんの口から出た突拍子もない言葉に、私は思わず目を見開き、手元のメダルへと視線を落とした。

 

 こうして近くでまじまじと見るのは初めてだった。

 以前部屋に行った時に、色は違ったものの何度か同じような形のメダルを机の上に置いてあったのを見たことがある。

 

 お店で売っているどんなプラスチックのおもちゃとも違う、まるで微かに熱を帯びているかのような、不思議な存在感が手のひらから伝わってきた。

 

 

「でも、身代わりって……?」

「端的に言うならって話で、厳密には違うけど。大事なのは──それをフミちゃんに持っててほしいってこと」

 

 

 そう言って、彼は言葉を続ける。

 

 

「それは繋いだ(えにし)、絆の証。 だからまあ───俺が帰るまでの、お守り代わりかな?」

 

 

 静かに、けれど強い意志を込めて言った。 

 その言葉を聞いた瞬間、私の脳裏に、あの秋の日の光景が鮮烈に蘇る。

 

 茜色に染まるいつもの坂道。冷たい秋風の中で、彼は私に向かって真っ直ぐに言ってくれた。

 

 

『───約束するよ。 これから先に何があっても、必ず此処に戻ってくる』

 

 

 ああ───そうだったんだ。

 あの日彼がくれた、少し大げさにも思えたあの約束。

 このメダルを私に委ねることこそが、彼なりの宣誓であり、約束の果たし方だったのだ。

 

 

「約束……覚えてて、くれたんだ」

「勿論。 忘れたりしないよ」

 

 

 彼から貰った青いメダルを両手でそっと包み込んだ。

 そして、その小さな輪郭を、祈るような思いで自分の胸元へとぎゅっと押し当てる。

 

 

 あの日からずっと胸を焦がしていたあの居心地の悪い違和感の正体が、今、鮮やかに解き明かされた気がした。

 

 

「(こんなタイミングで───言えるはずないよね)」 

 

 

 私は、彼のことが好きなのだ。

 ただの幼馴染なんかじゃなくて、誰よりも特別な存在として。

 

 

 だから怖かったんだ。

 彼が私を置いていってしまうんじゃないか、という不安に押し潰されてしまいそうで。

 それで何度も、お互いの繋がりが切れていないかを確認していた。

 

 

「───ねぇ、ケータくん」

 

 

 そこまで言って、小さく息を吸った。

 彼の方へと向き直り、目を合わせる。

 

 

「私、待ってるから。 だからいつか───全部、聞かせてね。 このメダルのこと、それと、他の秘密のことも」

「……うん。 その時が来たら、全部話すよ」

 

 

 

 

 ───そして、場面は冒頭へと切り替わる。

 

 

 

 

 ◆◇◆◇◆

 

 

 

 現在。

 私は帰ってきたケータくんの部屋で、机越しに彼と向き合っていた。

 

 私の手の中には、あの日からずっと肌身離さず持ち続けている、あの青いメダルが今も握られている。

 

 

「ふーん……美空さんのお父さんがUSAで働いてて、()()ゴールデンウィークの時に会ったんだ?」

「はい……」

 

 

 4月から7月までの、思っていたよりは短い期間だったものの、日本でも色々な出来事があった。

 帰ったらケータくんの家が取り壊されてた時なんかはかなり動揺したけど、お隣さんになれたから結果オーライかな。

 

 

「今は───それで納得してあげる。 今度向こうにも聞けばいいし」

「……えっ、知り合いだったの? 初耳なんだけど」

「何度か話したことはあるよ? 話しかけてくれたのは向こうからだったけど。 聞いてないの?」

 

 

 驚いたと言いたげに、彼はパチパチと目を見開いていた。

 去年も今年もクラスは違うし、私と美空さんが話してるイメージが湧かなかったのかもしれない。

 

 一月ほど前の話だ。

 彼女も似たような時計を左手につけていたから、それ関連の繋がりなんだろうとはすぐに検討がついた。

 

 今、そこを追及するつもりはない。

 それについてはもう、約束してるから。

 

 

 本題は別だ。

 

 

「──約束通り、帰ってきてくれたんだもんね」

 

 

 そう言って立ち上がり、ケータくんの隣へと座り直す。

 そして彼の右手を取り、私の両手で包み込んだ。

 

 

「ふ、フミちゃんさん……? (何で妖怪も居ないのに、こんな事になってるの……?)

 

 

 こうして彼と直に再開して、また一緒に過ごすようになってから、一つの思いが湧くようになった。

 ──もう二度と、彼をどこへも行かせたくない。

 

 

「……これからは、ずっと、ずっと一緒だよ?」

 

 

 あの日芽生えた純粋な恋心は、そこに至るまでに積み上げた軌跡と、長い月日を経て、狂おしいほどの情念へと少しずつ姿を変えつつあった。

 

 

 

*1
前話参照

*2
引用:Pixiv百科事典




うーん、これは純愛ですね。

木霊文花:無害型。 まだ小学生だし本人がいい子なので変な事は今のところしていない。


休止期間に妖怪ウォッチ4買ってクリアしてきたので、今後の更新に関するアンケートを設置するかもしれません。

今後の方針

  • 単話〜数話完結で色んなキャラ出して
  • 4のストーリーを軸に進めて欲しい
  • 要所の過去編
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