ロビックスが倒れ、しばらくの間、沈黙が訪れた。
本当に倒したかを確認するかのように、誰も動けず………しかし、暫く経ってもロビックスが起き上がる気配もない。
おめでとう!君達は、第二階層を踏破したのである!
「よっ…しゃあ〜〜!!! 勝ったぁ〜!!」
「ちょっ…モモイ……まだ、治療が終わってない…!」
「全くよ、大人しくしてなさい! ミドリの次に重傷なんだから!!」
「え?」
「なんでミドリが分からないって顔してんのよ。あなたロビックスの目にやられた事もう忘れたの?」
「あ……」
復活したとはいえ、ミドリは一度ロビックスの眼光にやられていた事を思い出す。確かに今は大丈夫だが、後遺症があるかもしれない。大人しく治療を受けることにした。
「ねぇねぇ、ところでさ、誰かなにか思い出した?」
「思い出したって…………あ、そっか」
モモイが話題に出した事でようやく思い出した『ミレニアム』一同。ロビックス戦が激しかったため、今まで忘れていたが、そもそも帰るための手がかりを見つけることが目的だったはず。
「アリスは何か思い出した?」
「えっ…あ、アリスですか!?」
「そりゃそうでしょ。イピリアの時はトドメ刺した私が思い出したんだから、今回はロビックスにトドメ刺したアリスが思い出しそうじゃない?」
「いえ、その、アリスは……」
期待するように近づくモモイにアリスが困っていると。
ふと、ミドリが…身体を震わせた。
「………お」
「ミドリ?」
「思い出したーーーーーーーーっ!!!!!」
そう。
イピリアの撃破後のモモイのように……ミドリもまた、失われた記憶が、脳裏に蘇ってきたというのだ。
————
……これは、多分お姉ちゃんの記憶の後。
私達が、キヴォトスからここに来るまでの間の記憶だと思う。
『お姉ちゃん! ユウカ! ユズ! どこにいるの!!?』
色んな色が混ざりあった、不思議な空間に飛ばされたんだ。私は、そこで謎の声と会話をしたんだ。
『おかしい、確かにさっきまで一緒にいたのに…!
それにここどこ!? 明らかに普通の場所じゃない…!』
【ここは、■■■の空間】
『えっ!? だ、誰!?』
【このまま行けば、■■の世界へたどり着く】
『な、なに? ところどころ聞こえないんだけど!?』
その声は、私の言葉に対して、何も返事をしなかった。
まるで、一方通行に会話をしているか、こっちの意思を無視してるみたいだった。
【巻き込まれてしまった餞別に…お前たちの願いを叶えてやろう】
『いやそんな急に、「力が欲しいか」的なこと言われても……』
【力が無ければ、お前たちは生き残れないぞ】
『ええっ!?』
【その世界では、お前たちの常識は通用しない。銃も持っていく事は出来ない】
『そ、そんなに緊迫してるの!!?
じゃ、じゃあえっと、え〜っと……そうだ!私は———』
『———なんでも出来るようになりたい!
皆が困った時に、助けられるように……!!』
…そう答えた後、光に包まれて。
気がついたら、リカタ・ジュタに立っていたんだ。
思い出したのはここまで。嘘みたいな話だけど……これは、確かに私の記憶だよ。
————
「そうでしたか……ミドリ、そんなやり取りがあったのですね。アリスは………知りませんでした」
「まぁ…そもそも嘘みたいな状況でここにいる訳だし、今更疑いはしないけどね」
現実離れした内容ではあったが、ミドリが思い出した内容なのは確かだ。アリスは息をつき、ユウカもリカタ・ジュタの経験を経て信用していた。
「お前たち、ってことは…私達全員が、同じやり取りをしてそうだね。リカタ・ジュタに来た時の装備は…その時の願いで貰ったもの…なのかな?」
「私はなんでも出来るように、って言ったから万能職のガンナー、ってこと?」
「それにしたって、『なんでもできるように』って、小学生じゃないんだからさ~ミドリ」
「う、うるさいな……あんな状況で言葉を整理なんて出来るわけないでしょ」
「まぁでも…言われてみれば、願いを叶える~みたいなこと、イピリアも言ってた気がするよ」
「ほんと?」
あいつの言うことだからテキトーな出まかせだと思ってたけどね、と付け加えるモモイ。
モモイが淡碧ノ樹海で経験したイピリアとの対話と、ミドリが思い出した内容にあった『願いを叶える』会話。
不可解な内容ではあるが、リカタ・ジュタにいる状況と、冒険者としての力が開花しつつあることが、この事実を裏付けている。
とはいえ……もし、ミドリが思い出したやり取りを全員がしていて、そして願った通りの力を授けた、という仮説を立てた場合……腑に落ちない点が1個、あった。
「でも、願いを叶えるとか力を与えるとか言って、中途半端な気もするわ」
「どういうこと?」
「だって私達、ここに来てすぐに強くなったわけじゃないもの。明確になにか手に入れた、となればすぐに気づきそうなものじゃない?」
「…確かに!! そういや私達、ここに来たばかりの頃から無双ー、なんてしてなかったじゃん!」
もしミドリが聞いたという「力が欲しいか?」といった存在が、本当に力を授けたのであれば、もっとはっきりと効果がわかるはず。
「そう…だね。ユウカ先輩の言う通りだ」
「あれ? もしかして、謎が増えただけだったりする?」
「い、いえ! そんなことは無いと思います!」
いくら考えても、それ以降の情報が出ることはなかった。
だが……この件で分かったことが一つ、ある。
「ボスを倒せば、みんなの記憶が戻る……それが、偶然じゃないも分かったし」
「そうです! きっとこれからも、迷宮の探索を続ければ手がかりも見つかるはずです!」
世界樹の迷宮に挑み、ボスを倒せば………記憶が、元の世界へ帰る為の手がかりが見つかる。
それが、明確になったのである。『ミレニアム』の冒険者の少女達は………特にミドリは、頑張った意味がしっかりあったことの喜びに、胸を撫で下ろしたのであった。
「(そういえば、ピンチの時に現れたマキと先生、一体何だったんだろう)」
ちなみにミドリは、ロビックス戦で、意識が沈んだ後に現れたマキと先生について、何か考えるように頭を捻ったが。
「(……よく分からないけど、帰ったら二人にお礼言っとこう)」
ひとまずは、確かに前進した調査と、目の前の状況を整理してリカタ・ジュタに帰ることに意識を割くことにした。
「……よし、これで終わったよ。今のところ、なんともないみたい」
「ありがと、ユズ」
ロビックスに斬られたモモイを治し終わったユズの手当を受けながら、ミドリは今後の事をユウカに尋ねてみる。
「ねぇ、ユウカ。どうやってここから戻ろうか?」
「そうね…一度誰かと合流したいわね」
「アリアドネの糸は……あ」
手持ちのアリアドネの糸はリスに奪われた後だ。リスもロビックスに殺されている上に、アリアドネの糸もズタズタに引き裂かれている。街へ戻る機能は失われていた。
「……来た道戻る?」
「まぁ…それが安牌かもね」
「こ、ここから歩いて帰らないといけないの…?」
「うーん……ブランとリノアさんのどっちかと合流できれば、なんとかなるかも…」
即座に街へと帰ることが不可能になった以上、アナログな方法で帰るしかない。
帰り道も安全とは必ずしも言い難い中で、一緒に樹海に入った冒険者たちと合流するべきだ―――と、そう思って立ち上がった直後。
「これは……!? お前ら、何をしている!? この状況はどうした!!」
「ぶ、ブラン……!?」
赤髪のソードマン・ブランが、キノコの茂みをかき分けて現れたのである。
信じらない光景に混乱するブランに、ユウカが状況を説明していく。
するとブランは、安心したかのような呆れたかのような顔をして……それから、しばらく考えるかのような素振りをした後、懐から巻貝のような何かを取り出した。
「リノア、こちらブラン。1度しか言わないからよく聞け。ギルド『ミレニアム』と討伐済みのロビックスを発見した。『ミレニアム』がやったらしい」
『―――!!!!』
「うるせぇな! いいか、俺は今から上層の樹海磁軸へ行く。お前も生き残り連れて付いてこい」
巻貝をしまったブランは、「今のその道具はなに!!?」と言わんばかりのモモイ達をスルーし、ロビックスが佇んでいた場所の更に奥へと歩いていく。
「え、そっち更に奥じゃないの!!?」
「黙ってついてこい。ロビックスと戦って満身創痍なんだろうが。遅れて野垂れ死んでも知らんぞ」
ぶっきらぼうに、だが迷いなく歩いていくブランに顔を見合わせるユウカ達。
一体、その先に帰る道があるのだろうか。だが、ブランの樹海を生き残る術については理解し始めていたので、半信半疑ながらも、彼の後をついていく。
「これだ」
そうしてブランが指し示したのは、一本の柱であった。
紫の光が上へ上へと昇っていくのがわかる。光は空の上まで昇って行って、どこへつながっているのか見えない。
「これは?」
「樹海磁軸。触れば、リカタ・ジュタに帰れる代物さ」
「どういう原理なんですか!?」
「俺が知るか。さっさと帰るぞ」
それだけ言うと、ブランは戸惑うユウカを一瞥さえせず、さっさと樹海磁軸に触ってしまう。
姿が消え、静かになった樹海磁軸の周囲を囲む『ミレニアム』の冒険者は、互いに顔を見合わせることしかできなかった。
「………どうする?」
「正直、私達もギリギリだから、ホントに帰れるならそれに越したことはないけど」
「でも、ブランはツンデレですから、こういう時にアリス達を騙すことはしないと思います!」
「み、身も蓋もないね、アリスちゃん……」
「アイツももっと詳しく教えてくれていいのにー!」
先輩に置いていかれて、どうするか迷う少女達。
どう考えても説明不足のブランが悪いのだが、こうしてこの磁軸前で油を売っていても仕方がない。
「じゃあ……せーので触るわよ」
腹をくくったのであろう、ユウカの声に4人が頷く。そして、「せーの」の掛け声で同時に触り、リカタ・ジュタに帰還していったのであった。
ロビックス討伐作戦、成功。
途中、ロビックスの策略にはまり、何人かの冒険者の犠牲こそ出たものの、『ミレニアム』の活躍によって、ロビックスが倒されたと知った時、生き残った冒険者たちは喜んだものだ。今まで苦しめられた仕返しができた。これでようやっと第三階層に挑める。そのような考えを持ちながら、彼らはこの狂喜を酒で味わうように流し込んだものだ。
その際、ミレニアムの少女達は何をしていたかというと―――
「このバカ娘どもがぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
「いだいっ!」
「ぎゃっ!」
「あ゛ぅっ」
「いぎっ」
「うぅっ」
「勝てたから良かったようなものの!!!!!」
声が、地響きのように鳴り響いた。怒号が嵐のように吹き荒れる。もはや壁が割れるのではと思うほどだった。
雪見亭の裏手にある、常連の冒険者ですら滅多に入れない“裏の小部屋”。そこにずらりと正座させられた少女たちは、皆一様に背筋を伸ばして震えている。そこに、リンダのいかつい拳骨が、5人の脳天に順番に突き刺さった。
「何であたしの耳に、“ミレニアムがロビックスに突っ込んだ”なんて話が、真っ先に届くんだよォ!? ギルドの連中すっ飛ばして!! まず“あのリンダがキレるぞ”って噂になってんの! 恥ずかしくねえのかい!!」
顔を赤くして怒鳴るリンダの拳が、机にゴン!と突き刺さるように叩きつけられ、少女たちはびくぅっと肩をすくめた。
「だ……だってぇ……逃げたくても逃げられなかったんだもぉん…」
「言い訳はおよし!! そういう状況でも、這ってでも逃げるのが冒険者だよ! あんた、仲間に『死んでも仕方ない』なんて言い訳する気かい!!!」
「ひぃぃぃぃっ……!!?」
モモイの言い訳をも一刀両断して、怒鳴りつける様は、まるで本物の魔女である。
「アリス! 何でもかんでも戦おうとするんじゃないよ!! お前さんの剣は、守るためのもんだろ!? 戦いしか知らない子が、戦いで大事なものを失うってのを、あたしは何度も見てきた!」
「は…はい…っ……!」
「あ、あの……っ、モモイもアリスちゃんも、その場での最善を……」
「ユウカ!ユズ!!」
「「はいっ!!」」
「逃げられない状況に陥るなんて、油断のし過ぎだよッ!! 全体の位置関係も、連携も、敵の動きも――冒険者が見逃しちゃいけない情報を、丸ごと落としてんじゃないのかい!? それで“予定外の遭遇”とか、笑わせるんじゃないよ!」
「はい……!」
「す、すみません……」
一人ひとり、ぎろりと見まわしながら行う激しい説教は、おずおずと反論したモモイは勿論のこと、ミドリやユズ、そしてユウカまでもを震え上がらせる。
彼女たちが過ごしてきたキヴォトスにいた、最も信頼する先生ですらしなかったタイプの、凄まじい勢いの説教に、文字通り5人揃って震えるしかない。
「――特に、ミドリ!!」
「っ!?」
「お前さんはロビックスの策に引っかかってぶっ倒れたうえで、無理して立って……仲間の前で意地張ったんだろ?」
「……はい……」
「それは“強さ”じゃない。無茶だ。命の預かり物を、勝手に火の中に投げ込むな。あんたが倒れたら、残りの4人はどうなる!? わかってんのかい!」
「っ……ご、ごめんなさい……ッ!」
ミレニアムの戦いようは、ブランを通じてリンダに伝わっていた。ゆえに知っていたのだ。ミドリの行動が、どれだけ無茶だったか、どれだけ危うかったか。だからこそ、心底腹が立ったのだ。叱る言葉は、怒り以上に、恐怖と安堵の裏返しだった。
一歩間違えていれば命を落としていたのだ。その叱責に、ミドリの目から涙がぽろぽろと落ちてくる。
だがリンダの表情は、少しだけ緩んだ。
「……ま、それでもよく、生きて帰ったよ」
「……え……?」
「ほんとに、よく頑張ったね」
急に降ってきたその言葉に、少女たちは驚きと戸惑いに目を見張った。
怒鳴り声ではない。どこか、寂しげで、優しい声音だった。
「ロビックスに殺された奴を、残された奴を、あたしゃ何人も見てきた。あいつを倒したって話が広がったとき、街の連中がどれだけ安堵したか……あんたらが、どれだけ誇らしい存在になったか……知ってるかい?」
5人は俯いたまま、声も出せなかった。
「無事に帰ってきてくれて……ありがとね」
その一言が、胸の奥にまで沁みた。
全員、鼻をすすりながら、頭を深く下げた。
「―――でも、だ」
リンダの声が再び低く、しかし確かに強くなる。
「……次おんなじことやったら、タダじゃおかねえからな!」
「ヒィッ!?!?」
「また正座ですか!?」
「このまま帰っちゃダメですかぁ!?!?」
またもや肩が跳ね上がるモモイとミドリ、そしてユズ。
リンダはフッと笑って、彼女たちの頭にぽんぽんと手を置いた。ごつい手が、意外にもあたたかい。
「いいかい? 酒が飲めるってのは、まだ生きてるってことさ。
無茶してその権利、手放すようなバカは――もう二度と叱れなくなるからね」
そう言って扉を開け、「もう戻っていいよ」と告げてから去っていくリンダ。
扉が開きっぱなしになった後も、『ミレニアム』の5人は、キヴォトスでは絶対に無かったであろうタイプの説教の衝撃と、リンダの意外な優しさに誰も動き出せずにいた。
やがて……モモイが口を開く。
「あ、あはは………ゆ、ユウカまで叱られると思わなかったよ…」
「な……何よ……そんなに、お、おかしいかしら…?」
「ユウカは……その、モモイを叱るところが、印象的、で……」
「アリスちゃんまで……まぁ正直…こんな説教は生まれてはじめてよ…」
「…アリス、無茶したんでしょうか」
「そう……かもね。私も…あの時もっと、冷静に考えられたらなって、思ってて……」
モモイが、ユウカが、アリスが、ユズが、腰が抜けたような、軽口のたたき合いをしている中、真っ先に立ったのはミドリだった。
動きは緩慢で、手で壁に寄りかかりながらではあったが、先程まで泣いていた涙を強引に拭い、仲間たちに顔を向けた。
「私達、さ……もっと、強くなろうね」
「……うん」
「それでさ…ちゃんと胸張って、帰って来よう?」
泣きはらした目元の赤がまだ引かないうちの言葉に、全員が首を縦に振った。
そうして順々に彼女たちは立ち上がり、恋する雪見亭のカウンターまで戻っていく……のだが。
その間、「私達未成年だからお酒飲めないんだけど」というツッコミを全員が忘れ、ついに口にすることはなかったのであった。
Tip!:樹海磁軸
世界樹シリーズに登場する樹海内の各階層に配置されているワープ&セーブポイント。2階層目以下の階層の初めに必ず設置されている、チェックポイントのようなもの。
基本は6F(第二階層)、11F(第三階層)、16F(第四階層)、21F(第五階層)、26F(第六階層)に到達してから近くにある。どのような原理で機能しているかは不明。
ここまで読んでくれた君は、この小説に感想を送ってもいいし、高評価をつけてもいい。また、アンケートに答えてくれても構わない。
送る感想は短くても長くても構わない。感想があることで作者のモチベーションが上がり、よりハイペースでリカタ・ジュタの樹海の謎が明らかになるだろう。
もちろん、存在しない記憶を投げるのも、違う世界線の透き通った世界樹の迷宮を創造するのも、踏破した迷宮の思い出を語るのも自由だ。
もっと詳しく書いて欲しい部分とかありますか?
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樹海の世界観
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様々なクエスト
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リカタ・ジュタの人々との交流
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他の生徒達についてのこと
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ブラン&リノアとの交流
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樹海の魔物のこと
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強敵との戦闘
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その他(さり気なく…)