ブルア界樹の迷宮   作:伝説の超三毛猫

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 ここは、慈悲の水さえ枯れ果てた、砂漠の海
 草地を砂にし、樹林を仙人掌(サボテン)に変えた死の樹海
 その砂の海の真ん中には、砂に埋もれてしまいそうな、細長い塔の数々があると云う
 いったいその塔には、どのような宝があると云うのか
 そもそも、塔が突き刺さったどこかに宝などあるのだろうか
 少なくとも、涙も枯れるほどの痛みと絶望はありそうではあったが



第三階層
 砂塵(サジン)仙閣(センカク)

【挿絵表示】



第三階層 砂塵ノ仙閣
ユウカとリノア


 謹慎の解けたギルド『ミレニアム』は、第三階層の直前の樹海磁軸で転移をし、10階の上り階段の前に来ていた。ここを登れば、第三階層に突入する。

 先に探索をしている冒険者たちもいるが、どういった階層なのかは、モモイがネタバレを防ぐために聞かなかったのもあり、不明だ。

 

「じゃあ、登るわよ」

 

 ユウカの掛け声に、全員が頷いた。そして、ユウカが、上階に上る階段に、足をかけた。

 

 

 いつも以上に長く感じる階段を抜けた先は―――ひと言で表せば、砂漠だった。

 

 一瞬にして肌にまとわりつく湿気が消え失せ、代わりに皮膚が焼けるような強烈な熱と、肺の水分を一気に奪っていくような乾燥した空気が全身を襲った。

 足元は、ところどころ雑草が顔を覗かせているものの、そのほとんどが細かく乾いた砂に覆われている。一歩踏み出すごとに、靴がザリ、ザリと音を立てて深く沈み込んだ。

 

 そして、この階層が「樹海」であることを主張するかのように、周囲には巨大な植物が林立していた。

 それは、キヴォトスで知られる木々ではない。人の身長を優に超え、中にはビルほどの太さと高さを持つものもある、異様な大きさのサボテンの群れだった。

 全身を硬質なトゲで覆い、巨大な枝を四方八方に伸ばしたサボテンの巨木たちは、まるで古代の怪物が静かに立ち尽くしているかのようだ。

 

「うわあ……」

 

 モモイは思わず息を飲んだ。ミドリはすぐにゴーグルを装着し、目を細める。

 

「すごい乾燥ね。湿気だらけだった前階層とは真逆だわ。熱中症に注意しないと」

 

 ユウカは額の汗を拭いながら、即座に警戒を強めた。

 第三階層―――人呼んで、砂塵ノ仙閣。その名は、まさにこの灼熱の光景を表していた。

 

「これが、第三階層……」

 

「砂漠です!水分のアイテムは、定期的に補給しないといけませんね…!」

 

「ええ。幸い、私たちは謹慎を受けてたおかげで、探索解禁後すぐに来た他の冒険者でごった返してはいないようだけど……」

 

 先導していたアリスが、そっと地面の砂をすくった。

 

「この砂…すごく細かいです。熱を帯びやすくて、足を取られやすい……気をつけて進む必要があると思います」

 

 その発言に反対する者はいない。

 一方モモイはというと、巨大なサボテンの幹を見上げながら、おそるおそるユズに尋ねる。

 

「ねぇユズ、このデカいサボテンの木って、水とか取れないのかな? 理科の授業で、サボテンは体内に水を蓄えるって聞いたけど」

 

 ユズは目を凝らし、巨大サボテンを注意深く観察した。

 

「う……ん。あの大きさだと、確かに水は蓄えているはずだけど………表皮が硬すぎて、採集するには専用の道具が必要かもしれない。それに……毒のあるサボテンかもしれないから、下手に触らないほうがいい、と思う……」

 

 ミレニアムで得た、キヴォトスの常識も……ここでは、通用しないかもしれない。各々警戒を緩めることなく、『ミレニアム』は探索を始めることになる。

 

 

 

 

 巨大なサボテンの幹が作り出す僅かな日陰を辿る。

 環境が変われば、そこに住まう魔物も変わる。

 赤い体色から、炎を放つ火炎ネズミ。

 自由自在に空を飛び飛びかかりつつ、倒されたら身がすくむような悲鳴をあげる痺れゼミ。

 砂漠の空を舞いながら襲い掛かる、赤い甲殻を持った羽ばたきカブト。

 エリマキトカゲのような魔物もいた。そいつはミレニアムサイエンススクールのデータベースで見た爬虫類とは違い、二足で立ち、鼻先の角で積極的に襲い掛かってきた。

 

 どれもこれも、砂漠とサボテンの階層に入った『ミレニアム』にとっては、未知の脅威であった。

 だが、これまでに得た冒険の知識から予想を立て、着実に撃破していく。

 新たな魔物、新たな攻撃に驚きつつ、脅威を振り払い、先へ先へと足を進めていって、一時間ほど進んだ頃。

 

「あ、あれって……」

 

 ミドリが指差した先に、見覚えのある黒髪の少女が、岩陰で何かを掘り起こしている姿があった。

 

「リノアです! アリス達はリノアを発見しました!」

 

 アリスが声を上げた。

 ユウカたちは駆け寄り、声をかける。

 

「リノア!来ていたのね!」

 

 リノアは疲れた顔を上げて、驚きと安堵が混じった表情を浮かべた。

 

「ミレニアムの皆……!良かった、無事で」

 

「リノアさん。何をしてるんですか?」

 

「いま、ギルドの採取クエストで、この階層特有の薬草を掘ってるの。あなたたち、この階層は初めてでしょう?暑さ対策はしっかりね。特にこの時間帯は」

 

 リノアはそう言いながら、手際よく麻の布で包んだ水筒を差し出してくれる。ユウカは礼を言って受け取った。

 

「ありがとう。私たちはこれから、この階層を探索するわ。ところで、ブランはどうしてるの? ここにはいないみたいだけど」

 

 ユウカが思った事を尋ねる。

 すると、モモイが少し意地悪な調子で、こんなことを言ったのだ。

 

「ブランの事だからさ、金になる素材でも探してるんじゃない? ほら~、この前冒険の理由も『金だ』って言ってたみたいだし?」

 

 モモイの軽口を聞いた瞬間、リノアの表情が一瞬硬くなった。

 

「モモイちゃん……」

 

 リノアは小さくため息をついた。

 

「お金の為、って言うんなら、私だって同じよ。それに、ブランが『金だ』と言う時、それは自分のためじゃないの」

 

 ユウカはモモイの肩を軽く叩き、真剣な目でリノアを見た。

 

「どういうことかしら、リノアさん?

 よければ聞かせてもらえるかしら。ブランがそこまでしてお金を求める、明確な目的があるんですよね?」

 

 リノアはスコップを置き、周囲を警戒するように見回した。

 

「はい、その事ならいくらでも。でも…こんな場所で立ち話する内容じゃありません。この先に、小さなオアシスがある採取スポットがあるの。そこで少し休憩しましょう? 詳しいことはそこで話しますね」

 

 五人はリノアに案内され、巨大サボテンの根元から湧き出す水源と、その日陰を利用した小さな休憩スポットへと辿り着いた。

 他のメンバーが魔物への警戒と周辺での資材の採掘、水分補給を行っている間、リノアはユウカと並んで座り、採取の手を動かし始めた。

 

「ごめんなさいね。わざわざ、私の、個人的な話のために」

 

「構わないわ。それにこっちこそごめんなさいね。きっと、私達なんかよりも先に進んでただろうに」

 

「それこそ大丈夫ですよ。私はただ採取していただけですので」

 

「…それにしても、モモイはすぐ採取に行っちゃって………ブランの過去が気になるとか言ってたのは何だったのよ」

 

 ユウカは、先程までブランの行方を気にしていたハズのモモイが、目の前で素材の採取にいそしんでいるのを見て、もうブランのことはそっちのけかとぼやく。

 

「あはは…気に病まないでください、ユウカちゃん」

 

「ありがとう。とはいえ、話は私が聞いておくわ。ブランが何にそこまで熱心なのか、私も気になっていたもの」

 

 リノアは静かに話し始めた。

 

「ブランがあんな風にお金に執着するのは……私達が生まれ育った村に、多額の借金があるからなんです」

 

 ユウカは思わず採取していた薬草を取り落としそうになった。その、あまりに切実で衝撃的な理由に言葉を失う。

 

「借金……?」

 

「ええ。今から十年前、私たちの故郷を流行り病が襲ったんです。

 それはとても恐ろしい病で、治すには都でしか買えない高い薬と、腕の立つ医者が必要だったんです。

 私たちの村は決して裕福ではなくて、その費用を賄うために、村全体で多額の借金をしました」

 

 リノアは砂を払い、続けた。

 

「ブランは当時から、村で一番腕のいい若手でした。ですから彼は、その借金を自分の責任だと思い詰めた。自分がもっと強ければ、もっと早く薬を運べていれば、死なずに済んだ人がいたはずだと……。だから彼は冒険者になり、その稼ぎのほとんどを村に送り続けているんです。自分の食費まで削って」

 

「えっ……でも、この前、ブランさん、シチューを食べてて」

 

「アレは一番安いメニューですからね。基本的に、ブランはそれしか食べませんよ」

 

 話を聞いていたユウカは絶句した。

 先日のブランの言葉――「金だ。それ以外に何がある」というぶっきらぼうな響きが、今では全く違う重みを持って脳裏に蘇る。それは欲などではなく、守るべき故郷と、消えない自責の念からくる悲痛な誓いだったのだ。

 

「彼は不器用だから、誰にも弱音を吐けないんです。あんなんですから、同情されるのもすっごく嫌いで。お金の使い道も、私以外は誰も知りません。

 ……でも、私は知っています。彼が本当は誰よりも優しくて、誰よりも村の子供たちの未来を願っていることを」

 

 リノアはふっと遠くを見つめた。その瞳は、灼熱の砂漠ではなく、もっと遠い、失われた穏やかな日々を見ているようだった。

 

「……ねぇ、ユウカちゃん」

 

「えっ、何かしら?」

 

「あなたを見ていると……私の、もう一人の親友を思い出すんです」

 

 そうして、戻ってきたリノアの瞳が、ユウカの目と合った時。

 その時放たれたリノアの言葉に、ユウカの心臓がトクンと跳ねた。

 

「五年前に病で死んでしまった、ブランとは別の親友です。彼女もあなたと同じ、理知的で、計算が得意で……でしっかり者な、大事な人でした。…………名前もものすごく似ていたから、初めて会った時は生まれ変わりかと思っちゃいました」

 

「そ、その人の名前って…」

 

「ユウちゃんと言います。ブランもよく知っている子でした」

 

 リノアは寂しそうに微笑み、ユウカの手をそっと取った。

 

「ユウカちゃんも、これまで以上に、一生懸命な様子が分かります。……まるで、失くしてはいけない記録を、必死に守り抜こうとしているみたいです」

 

 ユウカの視界が、一瞬だけ揺らいだ。

 流石に、自分たちが別世界から来たことや、キヴォトスという別世界で、セミナーの会計であることを話すわけにはいかない。けれど、このリノアの真摯な眼差しに、嘘をつき続けることはできなかった。

 

「奇遇ね。リノアを見ていると……私も、親友を思い出すの」

 

 ユウカは視線を落とし――自分の親友が、いつも隣で記録をつけていた、あの光景を思い出した。

 時たま自分をからかってくる面倒な面もありつつ………しかし、最も大切な親友が、メモを取る姿を。

 

「今は、離ればなれで会えないわ。次にいつ会えるのか……いえ、生きて会えるかもわからない。でも、私にとって彼女は、ただの親友以上の存在なの。幼い頃からずっと一緒で……隣にいないなんて、考えられなかった。それくらい…大切な、友達よ」

 

「…………その子の、名前は?」

 

「…ノア。髪の色は違うけど……それ以外は、貴女そっくり」

 

「あ…あ、あはは…それは……すごい偶然ですね」

 

 ユウカの声が、少しだけ震えた。

 リノアの声も、普段ユウカ達が聞く声とは少し違う、大人びた女性のものではなく、年相応の少女の声をしていた。

 しかし、ユウカは「でもね」と顔をあげた。

 

「いつか会えた時、胸を張って『私はやるべきことをやった』と言いたい。……ノアが待ってる、あの場所に帰りたい。だから私は、どんなに荒唐無稽な場所でも、止まるわけにはいかないのよ」

 

 リノアは黙ってユウカの話を聞いていた。

 事情を知らないリノアは、当然ユウカの出身など分かるわけがない。

 だがそこには、異世界の住人と転移者という壁を超えた、同じ「大切な人を想う少女」としての心があった。

 

「……ユウカちゃんと話せて良かった。なんだか、心が軽くなりました。ブランが、あなたたちを放っておけない理由が、少しだけ分かった気がします」

 

 リノアは立ち上がり、砂を払った。そして、近くの巨大サボテンを指差す。

 

「ひとつ、教えておきますね。この階層の巨大サボテンの中には、硬質化した琥珀色の樹脂が生成されるものがあります。これは優れた緩衝材や滑り止めになる素材です。皆さんなら、何か使い道があるかもしれません」

 

「琥珀色の樹脂……。ありがとう、リノアさん。見つけたら、採取してみるわ」

 

「それから……忠告を。流砂が出てくるようになったら、足を踏み入れる前によく観察してください。

 実はこの階層、流砂を泳ぐ魚のような魔物がいるんです。先行した冒険者たちの何人かがそれで大怪我しました」

 

「分かったわ」

 

 ユウカはリノアからの話をメモにしたため、ウエストポーチにたたんでしまった。

 休憩を終えた『ミレニアム』の面々とリノアは、それぞれの探索へと戻るために立ち上がる。

 

「さあ、みんな。仕事に戻るわよ」

 

 ユウカの呼びかけに、モモイたちが駆け寄ってくる。

 リノアに別れを告げ、彼女から聞いた話を共有し、『ミレニアム』の少女たちは再び砂塵の中を歩き始めた。

 ユウカの背中は、先ほどよりも少しだけ力強くなっていた。

 サボテンの巨木が揺れる音を聞きながら、ユウカは前を見据えた。

 

「ここから先、もっと険しい道のりになるみたい。必ず帰るためにも、各々、気合を入れなさい!」

 

「「「「おー!!」」」」

 

 ミレニアムの少女たちの声が、熱風を切り裂いて砂塵の空へと響き渡った。

 

 

 

 

 

 その後、『ミレニアム』はキリの良い所まで探索を済ませ、アリアドネの糸で帰還する。

 新たに採取や魔物の素材から手に入れた素材をイチジョウ工房に提供し、新たな装備品の完成を待つその日の夜。『ミレニアム』が泊まる宿の部屋をノックする者が現れた。

 

「は~い、一体どなたで―――!!?」

 

 無警戒にドアを開けたモモイは、目の前に現れた壁のような長身に全身が強張った。

 その様子に、寝る準備に入っていたアリスやミドリ、羊皮紙に何かをまとめていたユウカやミドリにも緊張感が走る。

 夜中の来客の正体……それは、目つきの悪い、赤髪の青年―――ブランだった。

 

「ぶ、ブラン!!? いったい何の用―――」

 

「おい、ミレニアム」

 

 ブランは鋭い目つきと不機嫌そうな声色を崩さぬまま、思わぬ言葉を告げた。

 

「―――明日、一緒にクエストを行う。手伝え」

 

「「「「「……、は?」」」」」

 

 それは……唐突に巻き込まれる、砂漠の嵐並みの騒動の始まりであった。




Tip!:採取・伐採・採掘
迷宮の各所にある、素材スポット。調べることで、採取では葉・果実系が、伐採では木の幹・枝系が、採掘では鉱物・根菜系が素材として採れる。ただし、たまに『*ああっと!!』表記が出て、魔物に奇襲されることもある。


魔物図鑑
火炎ネズミ
「世界樹の迷宮1・4」などに登場。森ネズミの赤と黄色バージョン。動物としては珍しく炎を操ることができ、炎の前歯で脆い前衛を焼くことさえする。実験動物としての価値もあり、麻痺毒の実験体として有名だそう。

エリマキトカゲ
「世界樹の迷宮2」「新・世界樹の迷宮2」などに登場。ピンク色のエリマキトカゲ。基本的に角で突き上げてくるが、攻撃を受けたら傷舐めで回復を図る。


ここまで読んでくれた君は、この小説に感想を送ってもいいし、高評価をつけてもいい。
もちろん、存在しない記憶を投げるのも、違う世界線の透き通った世界樹の迷宮を創造するのも自由だ。

………おひさしぶりです。
そして、これが今年最後の投稿になると思います。
今年は他の連載もあり全然投稿出来なかったので、来年は投稿頻度を上げられればと思っています。
読んで下さりありがとうございました。

もっと詳しく書いて欲しい部分とかありますか?

  • 樹海の世界観
  • 様々なクエスト
  • リカタ・ジュタの人々との交流
  • 他の生徒達についてのこと
  • ブラン&リノアとの交流
  • 樹海の魔物のこと
  • 強敵との戦闘
  • その他(さり気なく…)
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