大変長らくお待たせいたしました。対戦よろしくお願いします。
「おい…いつまで泣いている、ユズ・ハナオカ」
月だけが照らす夜道の中、ブランはユズを見下ろしていた。
その声色に、モモイに語り掛けているかのような不快感はない。むしろ、落ち着き払っている。
だが、ユズは涙で声が上ずり、しゃくりあげてしまっているため、うまく説明できないでいた。
どれくらいそうしていただろうか。ユズの涙を堪える声だけが響く夜のリカタ・ジュタの沈黙を、ブランが静かに破った。
「……何度か、今のお前みたいになっちまった冒険者に出会ったことがある」
「―――ぐすっ…、ふぇ…?」
「俺はそういう連中には決まってこう言うようにしていた。
―――さっさとこの街から去れ。世界樹の探索なんぞ辞めちまえ、と」
「!」
ユズは短く息を呑んだまま、金縛りにあったように動けなくなった。
考えないようにしていたことだった。迷宮で自分が、仲間が傷つくたび、脳裏によぎったことだった。
この日、色濃く浮かんでは必死に蓋をしてきた「最悪の想像」を、目の前の男に真っ向から突き付けられたような衝撃を受けた。
―――自分たちはミレニアムに帰ることすら叶わず、見ず知らずのこの世界で骨を埋めることになるのでは、と。
何か、言わなければ。でも、喉の奥が熱く焼けたように塞がって、音にならない。
そんなことを考えている間に、ブランは次の言葉を言い放った。
「この言葉を聞いたヤツの末路は二つだけだ。
大人しく古巣へ帰り、二度と迷宮に近づかなくなるヤツと………判断が鈍って樹海へ行ったっきり、
「!? そ、そ、それ、は」
「それが嫌なら泣くんじゃねぇぞ、ユズ・ハナオカ」
「!!」
「泣いたら弱さに慣れる」
ブランの表情は、一貫して硬いままだ。
その硬さから、研ぎ澄まされた刃物のような言葉を次々と突き刺していく。
「涙で止まってくれる魔物なんかいねぇ。戦場で泣いても、目の前が曇るだけだろうが。一瞬の隙がお前自身と仲間の死に直結する。それがこの樹海の理だ」
恐ろしいほどに徹底的な生存戦略だ。
だがそれは同時に、かつてリコを守れなかった自分自身への呪詛のようにも聞こえた。
「涙は何も救わねぇ。なら、そんなものに価値はないだろ」
吐き捨てて去っていく背中を、ユズはただ、涙で霞んだ瞳で見送ることしかできなかった。夜の冷気が、震える肩に重くのしかかっていた。
涙は、まだ止まらない。
ただ―――
『それが嫌なら泣くんじゃねぇぞ』
その言葉だけが、宿に帰っても、頭の中で小さく繰り返されていた。
翌朝———リカタ・ジュタの街を照らす朝日は残酷なほどに明るかった。
宿屋の窓から差し込む光は、砂漠の熱気を予感させる。モモイやミドリ、アリス、そしてユウカは、階下で今日の探索準備や買い出しに追われていた。
だが、部長であるはずのユズは、身支度も中途半端なまま、自室のベッドの端で膝を抱えていた。
モモイやアリスは、そんなユズを心配し、声をかけようとしたのだが………ユウカやミドリに、無暗に励ましてもダメだ、という判断に止められて、どう声をかければいいのかを考えているうちに迷走し、時間だけが過ぎていく。
そこで、ああでもないこうでもないと悩む『ミレニアム』の前に現れたのは、リノアだった。
「少し、お話いいですか?」
「え? 別に、構わないけれど……」
リノアは、いつものように笑顔を浮かべ、いつものようにユウカの隣に座り、話を始めた。
曰く、ユズに会わせて欲しい。話しておきたいことがある、と。
ユズの現在の状態を知っている4人は顔を見合わせた。
精神的に限界が近づきつつあるユズに、顔見知りとはいえミレニアム生以外と話す余裕があるだろうか、と。
「あの~、リノアさん。ユズなんですが、ちょっと体調が悪くって……」
「迷宮で、泣き出してしまったそうですね」
「!!? どうして、それを……」
「ブランから聞きました」
リノアは話した。
ユズが、限界を迎えて夜も眠れないまま町を歩いていたこと。それを見ていたブランが話したこと。
それを知るや否や、モモイが眉を吊り上げて、烈火のごとく怒りだした。
「信じられない!!泣いてるユズに、そんなこと言ったの!!?」
飛び出そうとするモモイを抑えるユウカとアリス。
だが、他の三人も心情は似ている。
モモイが飛び出そうとしなければ、他の誰かが行動していたに違いない。
しかし、それをなだめたのは、意外にもリノアだった。
「確かに、ブランの言いようは誤解を招くものです」
ブランを責めるのではなく、むしろ庇っているようにも聞こえる。
その姿に、モモイの矛先はリノアに向かった。
「リノアさん!? まさかブランを庇うつもりなの!?
いくらなんでも、ユズにそんな酷いことを言っといて―――」
「それだけじゃないんですよ」
「どういうことですか?」
アリスが尋ねると、リノアは淀みなくこう答えた。
「実際に、精神的に限界を迎えてしまったギルドも多いんです。そもそも迷宮とは、過酷な場所ですから……」
「そ、それって………」
「ユズちゃんは、それに似た状況になってしまっているのではないでしょうか」
そもそも、世界樹の迷宮は危険な場所だ。
いくつものギルドがその内で命を散らしているのだ。
それ以上の冒険者たちが、あまりの過酷さに精神を病んでいても可笑しくない。
「だ、だったらどうすればいいの?」
「……それを何とかするために、少し、ユズちゃんと話がしたいんです」
「……分かりました。ユズの部屋は階上です。案内します」
ユウカはリノアの真摯な眼差しを受け止め、静かに頷いた。
モモイもまだ納得がいかない様子で唇を噛んでいたが、リノアの醸し出す穏やかで揺るぎない空気の前に、それ以上抗うことはできなかった。
階段を上り、廊下の奥にある部屋の前で止まる。
ユウカがノックをしようと伸ばした手を、リノアは制した。
「ここからは、私一人で行かせてください」
「……はい。お願いします」
ユウカたちは少し離れた廊下で見守ることにし、リノアは一呼吸置いてから、優しく扉を叩いた。
トントン、と静かな音が響く。
「……は、はい……。どなたですか……?」
部屋の中から返ってきたのは、か細く、今にも消えてしまいそうな声だった。
「リノアです。ユズちゃん、少し入ってもいいかしら?」
「……っ! リ、リノアさん……? あ、あの、私……今、ちょっと……」
「お邪魔するわね」
拒絶の言葉を優しく遮り、リノアは静かにドアを開けた。
部屋の中は薄暗かった。
カーテンが締め切られ、朝の光を拒むように暗がりが落ちている。
そのベッドの隅で、膝を抱えて小さくなっているユズの姿があった。
昨夜から一睡もしていないのだろう。その目の下には濃い隈が落ち、髪はボサボサで、今にも壊れてしまいそうな儚さを纏っていた。
「……あ……」
ユズは慌てて袖で顔を覆い、必死に涙を拭おうとした。
脳裏に浮かぶのは、ゆうべのブランの冷酷な言葉。
『泣いたら弱さに慣れる』
『涙は何も救わねぇ』
泣いちゃダメだ。
泣いたら、弱さに慣れてしまう。
本当に自分はダメになってしまう。
ブランさんに『弱さに慣れた奴』だと呆れられてしまう。
ミレニアムの部長として、みんなの足を引っ張ってしまう――そう自分を追い詰めるほどに、肩の震えは止まらなくなった。
「……ブランに、何か言われたのでしょう?」
リノアは静かな足取りでベッドへと歩み寄り、ユズの隣に腰掛けた。
ふわりと、野に咲く花のような優しい香りが漂う。
「……っ、ぶ、ブランさんは……間違って、ないです……。私が……私が弱いから……っ。迷宮で泣き出して、みんなに迷惑かけて……。泣いてる場合じゃないのに……っ」
ユズは溢れそうになる涙を必死に手で拭い、歯を食いしばった。
声がしゃくりあがり、胸が苦しくなるほどに自分を締め付けている。
―――明らかに泣いていないフリだ。
リノアはそんなユズの痛々しい姿を、ただ悲しそうに、けれど深く温かい眼差しで見つめていた。
「ブランの言う通りよ。あの人はね、本当のことを言っているわ」
「え……?」
「ブランは、そうやって『感情』を殺すことでしか、この樹海で生き残って来られなかったの」
ユズは、はっとした。
かつて受けた……リコの遺品を持って帰ってくる依頼。
その話が出てきた時……ブランは、一度も泣いていなかったことを思い出したからだ。
ブランにとっては、唯一の弟子であったことにも関わらず。
リノアの手が、そっとユズの強張った背中に添えられた。
「でもね、ユズちゃん。それは『ブランの生き方』であって、あなたたちの生き方ではないの」
「私たちの……?」
「ええ。ブランは『泣いたら弱さに慣れる』と言ったけれど……私はそうは思わない」
リノアの目が、まっすぐにユズに向けられた。
「悲しい時に悲しみ、怖い時に恐怖を感じる。それは、あなたが人を愛し、大切な場所(日常)を覚えているという、何よりの『強さ』の証拠よ」
リノアの声は、どこまでも優しく、壊れそうなユズの心に染み込んでいく。
「自分の心に嘘をついて、悲しみに蓋をして……そうやって冷たくなった心で生き残ったとして、何が残るの? あなたが守りたいのは、そんな冷たくなった自分と仲間たちかしら?」
「あ……う……っ」
「ミレニアムの仲間たちはね、あなたが泣いているからって、あなたを見捨てたりしないわ。私は、信じてる」
先輩冒険者として、ユウカの友達として、ユズの味方として。
泣いているユズをひとりぼっちにはしない、と断言した。
モモイも、アリスも、ミドリも、ユウカも……決してそんな人ではない、と。
「あなたが泣くのは、誰よりもみんなのことを思って、誰よりもこの状況を必死に受け止めようとしているからだって、分かっているのよ」
リノアは、ユズの小さく震える手を、両手で優しく包み込んだ。
―――温かい。ブランの放った氷のような言葉で凍りついていたユズの心が、じわじわと解けていく。
「無理に強くならなくていいの。平気な振りをしなくていいのよ」
「で、でも……っ、ブランさんが……泣いたら……っ」
「いいのよ、ユズちゃん」
リノアは、ユズの頭をそっと自分の胸へと引き寄せた。
「今は、泣いてもいいんですよ」
その一言が、限界まで張り詰めていたユズの心の糸を、ぷつりと切った。
「ふぁ……ぁ……っ、うわぁぁぁぁぁぁんっ!!」
ユズはリノアの胸に顔をうずめ、子供のように大きな声を上げて泣き出した。
我慢していた恐怖、不甲斐なさ、そして「帰れないかもしれない」という底なしの不安。ブランの言葉に怯え、ずっと閉じ込めていた感情のすべてが、大粒の涙となって溢れ出していく。
リノアは何も言わず、ただその小さな背中を優しく撫で続けた。
Tip!:イベント
新・世界樹の迷宮2では、イベントスチルがあったりする。ストーリーモードを進めていけば、各パーティーメンバーごとに、1枚ずつくらいは専用のスチルを見ることが可能である。
ここまで読んでくれた君は、この小説に感想を送ってもいいし、高評価をつけてもいい。
送る感想は短くても長くても構わない。感想があることで作者のモチベーションが上がり、よりハイペースでリカタ・ジュタの樹海の謎が明らかになるだろう。
もちろん、存在しない記憶を投げるのも、違う世界線の透き通った世界樹の迷宮を創造するのも、また踏破した迷宮の思い出を語りに来るのも自由だ。
もっと詳しく書いて欲しい部分とかありますか?
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樹海の世界観
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様々なクエスト
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リカタ・ジュタの人々との交流
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他の生徒達についてのこと
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ブラン&リノアとの交流
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樹海の魔物のこと
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強敵との戦闘
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その他(さり気なく…)