対戦よろしくお願いします。
「みんな……迷惑かけて、ごめんね?」
「い…良いんだよ!ユズ!」
「そうね。迷惑だなんて思ってないわ」
「元気になって良かった…!」
「これでユズ復活ですね!!」
ユズの部屋から鳴き声が響き渡った後。
リノアに連れられ、泣きはらした顔のユズは、すっきりしたような顔で他のメンバーと顔を合わせた。
昨日探索から帰ってきた際に見られた悲壮な顔はない。どうやら、リノアの助力もあって立ち直ったようだ。
抱き合うモモイとユズとアリス。ミドリとユウカ。それを外目に微笑むリノア。
「迷惑かけた分……その。探索で取り戻すから!」
そう宣言したユズに、ユウカとリノア、ミドリは顔を見合わせた。
心意気は良いが、精神的に摩耗しているはずのユズを、世界樹の迷宮に同行させても良いものか。
明らかに無理をしている様子のユズになんて答えようかと思っていると、リノアが微笑みながらこう言った。
「……では、ユズちゃん。今日は私と一緒に、別のお仕事をしてみませんか?」
「……え?」
予想していなかった言葉に、ユズは目を丸くした。
「お仕事……ですか?」
「ええ。リカタ・ジュタには、冒険者向けの診療所があります。探索で怪我をした方や、体調を崩した方の治療を行っている場所です」
リノアは穏やかに続ける。
「そこで、少しだけ手伝いをしてみませんか?」
「で、でも……私、まだ迷宮に戻れていないですし……」
「だからこそ、です」
リノアは優しく微笑んだ。
迷惑をかけた分、探索で取り戻すといったユズだが、決して冒険者の仕事とは、強い魔物を戦って倒すことだけではない。
「冒険者の力は、迷宮で魔物を倒すことだけではありません。傷ついた人を助けること、仲間がまた歩けるように支えること……それも、立派な冒険者の仕事です」
その言葉で、『ミレニアム』の5人は、以前リノアがアルケミストとして村を守ろうとした話を思い出していた。
「メディックという職業は、誰かが倒れた時に必要とされるものです。だったら……今のユズちゃんだからこそ、できることがあると思うんです」
「私に……できること……」
ユズは小さく呟いた。
昨日まで、自分は何もできなかったと思っていた。
魔物を前に震えた。
仲間に心配をかけた。
部長なのに、みんなを引っ張れなかった。
だからこそ、戦わなければ。
強くならなければ。
そう思っていた。
しかし。
「……分かりました」
少し迷った後、ユズは頷いた。
「やってみたいです」
「はい。それでは、行きましょうか」
リノアは嬉しそうに笑った。
―――リカタ・ジュタ診療所。
そこは、冒険者たちが集う街らしく、朝から多くの人で賑わっていた。
「うわ……結構、人がいるね」
付き添いで来たモモイが、診療所の中を見渡す。
包帯を巻いた冒険者。
杖をつきながら歩く採集者。
探索中に体調を崩した商人。
世界樹の迷宮に挑む者がいる限り、ここに怪我人が途切れることはない。
それだけではない。ここには、冒険者とは思えない、普通の人々もやって来ていた。
怪我をした職人、体調を崩した人々、顔の赤い子どもとそれに付いてきてる母親。
「大丈夫、ユズ?」
ミドリが心配そうに尋ねる。
「うん……」
ユズは小さく頷いた。
まだ怖さは残っている。
知らない人と話す事は怖い。
何より、昨日の送電鬼の姿を思い出せば、胸が締め付けられる。
ーーーでも。
「やってみます」
ユズはそう言って、診療所の扉を開いた。
「リノアさん、お疲れ様です」
中に入ると、診療所の職員が声をかけてきた。
肩がびくついたユズとは対照的に、リノアは人当たりのいい笑みで応えた。
「今日はこの子が手伝ってくれるんです」
「この子が?」
視線がユズへ向く。
ユズは慌てて頭を下げた。
「あ、あの……ギルド『ミレニアム』のユズ・ハナオカです。えぇっと…メディックとして、まだ未熟ですが……よろしくお願いします」
「メディック……」
職員は少し驚いた後、柔らかく笑った。
「それなら、頼りになりますね」
「え……?」
「ギルドのメディックは大抵探索に行ってしまいますからね、ここは万年人手不足のようなもので」
「そう、なんですか……?」
「心配しないで……って言っても難しいかな? まぁ最初は誰でも不安なもんだ」
その言葉に、ユズは少しだけ目を伏せた。
不安。
その気持ちは、今の自分が一番よく分かるものだった。
探索を進めていくのが…魔物が、怖い。
そう思ったことがないといえば、嘘になる。
何より、ついさっきまで不安で潰れそうになっていたからだ。
そんなユズの心を置き去りに、仕事は始まった。
最初の患者は、若い冒険者だった。
「いてて……」
新人冒険者を名乗った彼は、最初の冒険でギラファビートルに手酷くやられてしまったという。
腕に傷を負い、苦しそうな表情を浮かべている。
「大丈夫です。すぐ処置しますね」
ユズは緊張しながらも、包帯と薬を手に取った。
手順を確認する。
傷の状態を見る。
必要な薬を選ぶ。
患部を清潔にする。
ユウカやアリスの怪我を治す時を思い出しながらてきぱきと治療を始めていく。
それは、リカタ・ジュタに来る前……ゲーム開発部の一員として支えていた時とは大きく違うが、根本は同じだった。
―――自分のできることで、誰かを笑顔にしたい。
「少し痛むかもしれません」
「……はい」
「大丈夫です。すぐ終わりますから」
ユズはできるだけ優しい声で言った。
震えていた手は、いつの間にか落ち着いていた。
「終わりました」
「……ありがとうございます」
新人冒険者は、包帯の巻かれた腕を見て目を細めた。
「丁寧ですね」
「え?」
「もうダメかと思いました。手が動かなくなったら、冒険者を辞めるしかないし」
その言葉に、ユズの胸が小さく跳ねた。
「でも、あなたが手当てしてくれて……またこれでまた、探索に行けます!」
「…………あの、…無理は、なさらないでください」
「分かってます。…ありがとうございました!」
その一言が、ユズの心に残った。
その後も、ユズは何人もの患者を診た。
足を捻った冒険者。
初めて樹海に挑み、不安で眠れなくなっていた少年。
熱を出した子供と、その母親。
仕事中に転落してしまい、骨折したという若大工。
その一人一人に、ユズは声をかけた。
「大丈夫です」
「焦らなくていいですよ」
「また歩けるようになりますから」
「安心してね」
気が付けば、診療所の中でユズを呼ぶ声が増えていた。
その声に対応して、右へ左へと動き回り、それぞれの怪我の治療や、体調不良の診察をしている内に、魔物への恐怖が薄れていっているような気がした。
「ユズ……すごいじゃん。あんなにてきぱき指示出して……」
待合室で見守っていたモモイが、呆然と呟く。
ギルド『ミレニアム』の残り4人も、資材の運び出しなどの仕事を順々に行いながらも、ユズを見守っていた。
「そうね…人見知りしてたのが、嘘のよう……」
「ええ。ゲームのデバッグやプログラミングをしている時のユズと同じ……正確で、とても思慮深い手当てです」
「流石、アリスのパーティーのメディックです!」
一時期はどうなるかと思ったのだろう。ユウカは、安堵のため息をついた。
ミドリも誇らしそうに微笑んだ。アリスも、ユズの活躍を純粋に喜んでいた。
そんな休憩中、リノアが温かいお茶を差し差し出した。
「どうですか、ユズちゃん?」
「……不思議です」
ユズは自分の手を見る。
「昨日まで、私は何もできないと思っていました」
「……」
「魔物も倒せない。みんなを守れない。部長なのに、怖がって……」
樹海の探索において、ユズはほとんど前に出ない。
また、モモイやミドリと違って、魔物にトドメを刺すということもなかった。
「だけど今日、怪我した人たちを治して……ありがとうって言われました」
例えば、大怪我をしていた新人冒険者。
もう冒険者稼業を諦めるしかないと思い込んでいたらしく、ユズの治療を受けて非常に表情が明るくなっていた。
例えば、毒を受けて帰ってきた冒険者。
メディックとして生きるために必死にかき集めた知識が、ベッドで青くなっていた彼女を救った。
真っ青だった顔に少しだけ血色を取り戻した女性冒険者が、「ありがとね…」と言いつつ穏やかな寝息を立て始めて、そこでようやくホッとした。
例えば、熱が出た子供の親。
苦い薬に抵抗していた子供を宥めるのははじめてやった。
ユズなりに必死だったが、リノアや職員の手も借りて、ようやく薬を飲んでくれた時は、母親が頭を下げてまでお礼を言ってくれた。
他にも、他にも、他にも―――
―――多くの怪我人や体調不良者がいたが、それらを診てきたユズは少しだけ笑った。
「私でも、誰かの役に立てるんですね」
「もちろんです」
リノアが頷いた、その時だった。
「急患です! 13階から戻ってきた冒険者が……っ!」
荒々しく診療所の扉が開かれ、担架が運び込まれてきた。
乗せられていたのは、全身砂まみれ、血まみれで、青ざめた顔で激しく呼吸を乱している男性冒険者だった。
「ひっ……はぁっ……! 体が、全身が……痺れっ……ひゅー、あ、うぅぅっ、頭が………!」
「な…何コレ!!? 大怪我じゃん!!!」
男性は過呼吸を起こし、恐怖で暴れていた。
外傷は深く、精神的にも完全に参っている。
昨日までの―――送電鬼と朽ちた街並みを見て過呼吸を起こしそうになった、自分自身の姿と重なった。
職員たちが抑え込もうとするが、男性のパニックは収まらない。
ユズの足が、恐怖で竦みそうになる。
―――『涙は何も救わねぇ』
脳裏に、ブランの冷酷な声が蘇る。
「(……ううん。ブランさんの言う通りだ。泣いているだけじゃ、この人は救えない。でも……)」
ユズは震える足で一歩を踏み出し、男性の担架の横へ駆け寄った。
そして、男性の冷たく震える両手を、自分の両手でぎゅっと包み込んだ。
「大丈夫……! 大丈夫ですよ……!」
「うあ……っ、はぁ………かひゅ、ひゅー……」
「落ち着いて、息を吸い過ぎないようにしてください。……大丈夫、必ず助けます」
……怖かったのだろうか。
過呼吸になった男は何も喋らない。
だが、その恐怖はユズにもとてもよく分かった。
怖い。とっても怖い。自分も昨日、あの場所で怖くて泣き出した。
自分たちの世界も、全部壊れちゃうんじゃないかと……息が苦しくなったのだ。
ユズの言葉に、男性の暴れる動きがふっと止まった。
泳いでいた視線の焦点も、だんだんユズに合わさっていく。
「今から治療を始めれば、絶対に助かります。だから、ゆっくり息を吸ってください。……はい、すー、はー……」
ユズは自分の胸に手を当て、男性と一緒に深呼吸を繰り返した。
メディックとしての温かな治癒の術式が、ユズの手からじんわりと男性に伝わっていく。
「……す……はー……。……あ……っ」
数分後、男性の荒い呼吸が静まり、瞳に正気が戻ってきた。
男性はユズの顔を見つめ、ぽろぽろと涙をこぼした。
「……助かった……。俺……あそこで…変な化け物の電撃を、まともに…」
「いいんです。生きて帰ってきただけで、すごく立派です。……今は、ゆっくり休んでくださいね」
ユズが優しく微笑むと、男性は安心したように瞳を閉じ、深い眠りについた。
診療所の中が、静まり返っていた。
職員も、患者たちも、そしてモモイたちも、ユズの姿を息をのんで見つめていた。
「……ユズちゃん。見事な手当てでしたね」
リノアがそっとユズの肩に手を置く。
ユズは自分の手を見つめ、そして静かに、けれど力強く頷いた。
「はい……。私、分かりました。強い魔物を倒せなくても……怖くて足が震えても。目の前の人を助けるために、手を進めることはできるって」
ブランの言った「涙は何も救わない」という言葉。
それは半分正解で、半分は違う。
泣くだけでは誰も救えない。
けれど、涙を流しながらでも、人を救うために手足を動かすことはできる。
世界樹の迷宮。では、剣を振るう者だけが戦っているのではない。
炎や雷で敵を倒す者だけが、冒険者なのではない。
傷ついた誰かに手を差し伸べること。
倒れた仲間を、もう一度立ち上がらせること。
それもまた、迷宮に挑む者の戦いなのだ。
それが、ユズ・ハナオカが見つけた、メディックとしての最初の「答え」だった。
診療所の窓の外。
遠くの街頭の陰から、その様子を黙って見届けていた男がいた。
その男は、診療所の方を見て……それから見るべきものは見たと言わんばかりに、マントを翻し、樹海入り口の方角へと去っていく。
立ち去った男――ブランのその様子を、リノアだけが気づいて優しく微笑んでいた。
Tip!:ジョブ派遣クエスト
たまにクエストとしてあるもの。大抵メディックかアルケミストがいれば即座にクリアできる。該当するクラスがいない場合は代わりのアイテムを出せばクリア。今回ユズが挑んだクエストはそれである。
ここまで読んでくれた君は、この小説に感想を送ってもいいし、高評価をつけてもいい。また、ゲーム開発部+ユウカのリベンジ攻撃ボイスを考えてくれても構わない。
送る感想は短くても長くても構わない。感想があることで作者のモチベーションが上がり、よりハイペースでリカタ・ジュタの樹海の謎が明らかになるだろう。
もちろん、存在しない記憶を投げるのも、違う世界線の透き通った世界樹の迷宮を創造するのも、踏破した迷宮の思い出を語るのも自由だ。
もっと詳しく書いて欲しい部分とかありますか?
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樹海の世界観
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様々なクエスト
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リカタ・ジュタの人々との交流
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他の生徒達についてのこと
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ブラン&リノアとの交流
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樹海の魔物のこと
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強敵との戦闘
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その他(さり気なく…)