対戦よろしくお願いします。
『おい、聞いたか? あのギルドの話』
『あぁ…リカタ・ジュタでも有数のギルドだったのにな』
『確か何か事情があってメンバーに欠員が出て、樹海に挑んで……』
『そのまま誰一人、帰ってこなかったって話だぜ』
「―――はっ!!!」
ベッドから飛び起きる。
早鐘を打つ心臓を落ち着かせながら、ユズは周りの様子を伺う。
そこにはいつも通り、穏やかに眠っている仲間たちがいた。
「ゆ………め………?」
そう、夢だ。
ただし、最悪に近い部類の。
作ったゲームを酷評されるとかそんなレベルではない。
自分以外のパーティメンバーが、樹海で倒れる夢だった。それは、考えたくない最悪の未来の可能性だった。
嫌な汗を、袖で拭う。
「私は……どうしたら……」
誰に問うでもない独り言をこぼし、ユズはベッドから這い出た。
寝直す気にはなれない。恐ろしい夢の内容を忘れるように、探索の準備を始めた。
世界樹の迷宮、第3階層、砂塵ノ仙閣。
ギルド『ミレニアム』は、サボテンの森林の中で激闘を繰り広げていた。
「ユウカ!こいつ…!」
「えぇ…全力で倒すわよ!!」
相対するのは、巨大な
砂塵ノ仙閣の上階層付近で確認され、「デスマンティス」と名付けられた個体だ。
鋭利で重厚な鎌を持ち、力を溜めてからの急所狙いの攻撃の危険性が報告されている。先行したギルドの何人かが痛い目を見たとしていた程だ。死人まで出ているらしい。
デスマンティスが鎌を交差する。力を溜め始めた合図だ。
ユウカはそれに対して、ユズに目配せをする。
「あれを!」
「はい!」
ユズはバックパックから、掌大の塊を取り出すと、火をつけてそれを投げつける。
弧を描いて飛んだそれは、蟷螂の目の前ですさまじい轟音を放った。
これこそ―――イチジョウ工房の最新製品・轟音弾だ。デスマンティスの報告を受け、最近受注が増した道具である。
その効果は、いま目の前で起こった。
デスマンティスは、轟音弾の放った爆音に驚いて、死を招く構えを解除した。
「みんな!」
「おっけーユウカ!術式全開だぁー!」
「外さ―――ないっ!」
「凍砕斬!!」
間髪入れずに、ユウカの号令の下、モモイ・ミドリ・アリスの三人が総攻撃を仕掛ける。
雷と複数の銃弾が蟷螂を貫き、アリスの氷剣が完全に懐に入った。そして、跳躍したユウカの両刃剣が、蟷螂の喉元に食い込んだ。
「ギィィィ!!」
蟷螂が関節を軋ませたような悲鳴をあげる。
確実に効いている。そして、トドメを刺すべく、剣に力を込めた。
「はあああああっ!!!」
「ギシィィィィィイイイイ!」
しがみつくユウカを振り落として細切れにしようとするデスマンティス。しかし、これまでの冒険を乗り越えてきた冒険者たちは、そのスキを逃さない。
「食らえーー!!」
「これで終わらせる!!」
モモイの術式が蟷螂の腹を、ミドリの銃撃が蟷螂の肩を、それぞれ貫いた。
力を失ったように、デスマンティスがゆっくりと倒れ、どう、と砂煙をあげた。
「はぁ……はぁ……ここから先はこんなのと戦っていかないといけないの…?」
「モンスターがだんだんと強くなっていますね……」
肩で息をしながら、これから先の険しい道を予見するユウカ。
アリスもまた、デスマンティスの鎌を切り取りながら同意する。
辺境伯の宮殿でミッションを受けたという事は、先に進まなければならないという事。
だがそれでも、ミレニアムサイエンススクールへの帰郷のためならば、止まっている時間はない。
「…………はぁ」
そのはずだが。
ギルド『ミレニアム』の中で、唯一……ユズだけが、妙に雰囲気が違った。
心が折れたわけではない。一時期挫けた時期もあったが、リノアの機転のお陰ですっかり復帰している。迷宮に拒絶反応が出たわけではない。
「ユズ?……どうしたんですか?」
「ううん。みんな、ケガがなくて良かったなって」
「確かに……この蟷螂、超危険だったんでしょ?」
「うん。確か、こいつにやられた冒険者が多いって話もあったくらいだし」
だが。どうしても表情が晴れない。
「ユズ、あなたはどうなの?ケガとかしてない?」
「えっ!?……ううん、大丈夫です、ユウカ先輩」
しかし、それだけなのだ。
探索に支障はなく、戦闘では迷うことなく治療をしていたし、指示も上の空とかではない。
わずかな違和感をぬぐえないまま、一行は探索を続けることになる。
―――砂塵ノ仙閣の上層階………世界樹の迷宮・14階。
階段を登った先に見えたのは、一面に広がる砂だった。
その砂漠は、表面がまるで大河のように流れ動いている。
「……これは、また」
「い、一面が、流砂……!?」
「どうなってるのコレ…?」
ブランとともに希少な金属を探した時とは比べ物にならない。
一歩踏み出せばたちまち足を攫われて流されそうな流砂が、そこかしこに流れている。動いていない砂を見つけるのが困難なくらいだ。
「結構流れも速いし、これじゃ進む方向が制限されちゃいそう…」
「進む方向が制限されるどころじゃないわよ」
「うん……直線だけじゃなくって曲がっているところもあるから、地図をしっかり書かないとどこにいるのかあっという間に分からなくなるよ」
「ミドリ、悪いけどお願いしてもいい?」
「任せて。これはこれで、書きごたえがありそうだから」
ユズにお願いされ、羊皮紙とペンを片手に地図書きに燃えるミドリ。
何も言わなくてもバッチリ書いてくれそうな勢いは、もはやいっぱしのマッパーである。
だが、そうでなくてはこの流砂まみれのエリアは突破できない。
「どの道も流砂だらけだ……これじゃ、避けて進むことさえできないよ」
「覚悟を決めるしかありませんね」
「全身が砂だらけになりそうだけど……ほかに道もないか」
5人は覚悟を決めた。
せめてものルールとして、誰かが足を取られて砂に流されたら、全員で同じ流れの砂に乗ろう、と決めておいて………そして、意を決して流砂の上に乗った!
「なーがーさーれーるー」
「まるで自動移動床ですね!」
「流された方向、時間をしっかり記憶しておかないと流れまで地図に書けないよね。どう進んでるかは流されながらでも書けるけど」
「書けないわよ普通!!?」
「うちの妹の地図書きスキルがどんどん人間離れしていく……」
砂に流されながら地図を書いていくミドリをよそに、『ミレニアム』は樹海の先へと進んでいく。
「みんな、いるわね?」
「うん!いるよ!」
「ここで逸れたら大変だからね…」
流砂に乗って進むミレニアム。
ミドリは流されながらも地図を描き続けている。
そんな中、目の前の流砂が大きく別れているところに出くわす。
「分かれ道です!」
「厄介ね……」
アリスの声とは裏腹に、ユウカは絞り出すかのような声をあげた。
流砂の流れは厄介だ。流れが素早く、逆らって動く事は不可能。つまり、間違えた道を選んでも簡単に後戻りが出来ない。アリアドネの糸を浪費するなら良い方で、最悪迷宮内ではぐれることとなる。
しかし、そこでミドリが地図を広げた。
「大丈夫、これまで描いてきた地図がある」
そこには、ミドリ自身が記録してきた砂の流れがすべてあった。
流砂に流されながら記録する離れ業を見せた彼女だが、それがあってこそ、これまで通った流砂がすべて書かれている。そこに、間違いはもちろんない。
「これをもとに次の道を進もう。左の道はさっき通ったから、右の道を行けば進める…と思う」
「成る程、これがあれば楽勝ね」
「どうもこの流砂、向きに法則性があるっぽいんだよね。真ん中に向かって伸びてるというか」
「流石ミドリ!アリス達の地図は完璧ですね!」
「あのスキルが早速役に立つなんて…」
なお、モモイだけは微妙な顔をした。
血の繋がった妹が変なマッピングスキルに目覚めた上に、それが役に立っていると褒められているのだから、複雑な心境になって当然である。
「……よし、それじゃあ右の流れに乗るわよ! みんな、離れないように——」
ユウカが合図を出し、全員で右の流砂へ踏み出そうとした…………まさにその瞬間だった。
———ズズズズズズ……ッ!!
「え……!?」
足元の砂丘が、内部から崩落を起こすような音を立てて大きく蠢いた。
流砂の圧力によって堆積していた砂の壁が一気に決壊し、激しい落差を伴う濁流となって二つの分岐へと流れ込み始める。
「きゃあああっ!?」
「くっ……砂が……流れて……!?」
抗うことなど不可能な砂の奔流。
ユウカが必死に手を伸ばすが、流砂の落差によって視界が激しく揺さぶられた。
「みんな、手を繋いで——っ!!」
「ダメ、勢いが強すぎて——うわああああっ!?」
モモイの悲鳴が遠ざかる。
すぐ隣を流されていたはずのミドリとアリスの姿も、跳ね上がる砂煙の向こうへと消えていく。
「ユウカ先輩! モモイ! アリスちゃん……っ!?」
ユズは必死に声を張り上げた。
だが、足元の砂が容赦なく旋回し、視界が真っ白な砂埃に覆われる。
やがて、滑り落ちるような浮遊感のあと、ユズの身体は硬い乾いた地面の上に投げ出された。
――静寂。
風の音と、サラサラと砂が落ちる音だけが響いていた。
「あ……が……っ」
肘を擦りむいた痛みも感じないまま、ユズは慌てて跳ね起きた。
「みんなっ……モモイ……? ミドリ……!?」
返事はない。
声を張り上げるたび、喉の奥がカラカラに乾いてひりついていく。
見渡す限り、周囲は高く聳え立つサボテンの群生と、削られた岩肌に囲まれた小さな砂の窪地だった。
どこを見ても、仲間の姿はない。
「(どうしよう……離れ離れになっちゃった……?)」
あっという間に青ざめる。
途端に、今朝見たあの悪夢が、恐ろしいほどのリアリティを持って脳裏にフラッシュバックした。
『――そのまま誰一人、帰ってこなかったって話だぜ』
鼓動が跳ね上がる。
胸が苦しくなり、冷たい汗が背中を吹き出した。
夢の中では、仲間たちが樹海のどこかへ消えてしまっていた。
今は、誰も倒れていない。誰かがやられたわけでもない。
ただ離れ離れになっただけだ。頭では分かっている。
分かっている、はずなのに。
「……嘘……嘘でしょ……っ」
声が小刻みに震える。
膝がガクガクと笑い、今にもその場に崩れ落ちそうだった。
いつものように冷静に、状況を分析しようと頭を働かせようとする。だが、視界がじんわりと涙で滲み、まともな思考がまとまらない。
助けて、と喉まで出かかった。
ロッカーの中に閉じこもっていたあの頃のように、しゃがみ込んでしまいたかった。
辛く苦しい事から逃げるかのように引きこもっていれば、いつか誰かが、助けに来てくれると思ったから。
けれど――。
「(……だ、ダメ……。待ってるだけじゃ、ダメなんだ……)」
ユズは震える手で強く自分の頬を叩いた。
パシッ、と乾いた音が空間に響く。
診療所で救った冒険者の顔。
「泣きながらでも、手足を動かすことはできる」———自分を奮わせて手に入れたろ…自分自身で掴み取った答え。
そして、リノアの、ユウカの、モモイの、仲間の、温かい手を思い出す。
ユズは、荒い呼吸をなんとか整えながら、必死に周囲の地形に目を凝らした。
「……落ち着いて……私……」
自分はミドリのように正確な地図を描くスキルなんてない。
ユウカのように、瞬時に複雑な幾何学計算ができるわけでも、前に立って盾を構えることもできない。
けれど、自分には「観察」ができるはずだ。ゲームのマップを解析し、プログラムの破綻を見つけ出す時のように、この空間の法則を探すことなら。
ユズは足を震わせながらも、自分が滑り落ちてきた流砂の傾斜を見上げた。
「砂の流れは……上から下へ向かってた……。流速と……到達した時間からして、そんなに遠くまでは流されていないはず……」
さらに、周囲のサボテンの生え方と、足元に残るかすかな風の跡に目を向ける。
「確か……ミドリ、さっき言ってた……。『この階層の流砂は、真ん中に向かって合流してる箇所がある』って……」
記憶の糸をたぐる。
流される直前にミドリが見せてくれた、羊皮紙の地図。そこに描かれていた流線の矢印。
「右のルートと……左のルート。途中で分岐しても、もしあの合流地点に繋がっているとしたら……!」
ユズは杖を固く握り締め、砂に足をとられながらも、一歩を踏み出した。
怖くて、何度も立ち止まりそうになる。影が揺れるたびに魔物かと怯え、心臓が潰れそうになる。
それでも、ユズは前を見た。
自分がここで立ち止まっていたら、傷ついた仲間のもとへ駆けつけることすらできない。メディックとして、ゲーム開発部の部長として、みんなを支えると決めたのだから。
膝の砂を払い、記憶の中の地図と目の前の光景をすり合わせながら、砂丘の坂を一段一段、登っていく。
そして――流砂重なり合い、広大な砂のプールを作っている開けた場所へと辿り着いた、その時だった。
………声がいくつも聞こえてきたのだ。
「――だから! あっちの流れから来たなら、絶対にこの合流地点に出るはずだって!」
「でもモモイ、もしユズが別の分岐に引き込まれてたら……!」
「大丈夫です! アリスは、ユズの強さを信じています!」
聞き覚えのある、騒がしくて、愛おしい声たちが風に乗って届いた。
「みんな……っ!?」
ユズが声を張り上げると、砂丘の下で周囲を探していた4人が一斉に振り向いた。
「ユズーーーッ!!」
真っ先に駆け出してきたのはモモイだった。勢い余って砂に脚を取られそうになりながらも、ユズの身体に飛びつくように抱きついてくる。
「よかったあぁぁぁ! 無事だった! どこも怪我してない!?」
「も、モモイ……苦しいよ……」
「無事で……本当に良かった……!」
駆け寄ってきたユウカが、心底胸を撫でおろすように大きなため息をついた。ミドリもアリスも、その顔に安堵の笑みを浮かべている。
「ミドリの言った通りだったわね。分岐した流砂は、全部この巨大な窪地に合流する構造になっていたみたい」
「えへへ、ちょっとヒヤヒヤしたけどね。ユズがこの場所に気づいて、ちゃんと歩いてきてくれて助かったよ」
ミドリが照れくさそうに頭を掻く。
ユズは、自分を囲む温かな仲間たちの顔を見回した。
夢の中のような残酷な結末なんて、どこにもない。みんな生きていて、笑っていて、自分を探してくれていた。
「……うん。ミドリの地図、思い出したから……」
「さすがユズ!さすがは私たち部長だね!」
モモイが嬉しそうにユズの背中をバシバシと叩く。
「……さて。ヒヤッとしたけれど、全員怪我もないことだし、少しここで息を整えましょう」
ユウカの提案に、全員が賛成してサボテンの陰へと腰を下ろした。
水筒の水で喉を潤しながら、モモイが「いやー、一時はどうなるかと思ったけど、やっぱりあたしたちのチームワークは最強だね!」と笑い、ミドリが「もう、あんな急な流砂の決壊には乗りたくないよ……」と苦笑交じりに肩をすくめる。
そんな何気ない、いつものやり取りを聞きながら、ユズはようやく深々と息を吐き出した。
「(……みんな、無事だ)」
不安や恐怖が完全に消えたわけではない。
この先には、ベテランギルドすら破滅させたという、恐ろしい魔物が待っている。
それでも――自分は、恐怖で竦みそうになりながらも、自分の足で一歩を踏み出し、仲間と再会することができた。
胸の奥に灯った確かな熱を感じながら、ユズは小さく、けれど温かく微笑んだ。
「……うん。行こう、みんな」
その言葉に、4人は顔を見合わせ、力強く頷き返したのだった。
Tip!:流砂
ゲームにおいては、指定した方向に冒険者たちを流すギミック。初代世界樹の迷宮や『新世界樹の迷宮』では第四階層・枯レ森に登場し冒険者たちを惑わせた。
ここまで読んでくれた君は、この小説に感想を送ってもいいし、高評価をつけてもいい。
送る感想は短くても長くても構わない。感想があることで作者のモチベーションが上がり、よりハイペースでリカタ・ジュタの樹海の謎が明らかになるだろう。
もちろん、存在しない記憶を投げるのも、違う世界線の透き通った世界樹の迷宮を創造するのも、また踏破した迷宮の思い出を語りに来るのも自由だ。
もっと詳しく書いて欲しい部分とかありますか?
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樹海の世界観
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様々なクエスト
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リカタ・ジュタの人々との交流
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他の生徒達についてのこと
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ブラン&リノアとの交流
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樹海の魔物のこと
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強敵との戦闘
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その他(さり気なく…)