対戦よろしくお願いします。
角鹿の生息域をくぐり抜けて、リンダに鹿肉のステーキをご馳走された明くる日。
ユウカ達ギルド『ミレニアム』の最大の関心は、モモイが聞いたという謎の呼び声のことであった。
モモイが聞いたというその声は、鹿に囲まれたその際にモモイを導いて以降、何の手がかりもなかった。他の冒険者が聞いたという話もない。
そのことは、5人が「ミレニアムに帰る手がかりかもしれない」と思わせるには十分だった。
「と、思って樹海に戻ってきたものの…」
「モモイ、聞こえる?」
「……うぅん…まったく聞こえないよ」
「手がかり、無くなっちゃいましたね…」
前回進んだ辺りまで戻ってきた5人は、モモイを気にかけつつ周囲を探索する。
しかし、特にめぼしいものは何も見つからず、モモイもあの時聞こえた声は聞こえなくなったという。
ここまで聞こえないとなると、聞いた本人でさえ、あの声はピンチの時に聞こえた幻聴だったのでは、とも思うようになってしまう。
「気のせい、にしては引っかかると思うんだけどなぁ…」
「モモイ、その声は他に何か言ってませんでしたか? 鹿を潜り抜ける道以外に…」
「え!? えーーーっとぉ……」
アリスの質問に、必死で記憶を辿る。
ミレニアムに帰る手がかりになるかもしれないのだ、その表情は至って必死だ。
そして、数十秒頭に指を押し付けて、考えていたモモイは思い出した。
「そうだ……あの声、今にして思えば奥の方へ誘っていたかもしれない」
モモイに聞こえたあの声は、樹海の、迷宮の更なる奥へと呼んでいたものであるかもしれない、と。
この鹿の縄張りを安全に抜ける方法を教えたのも、その樹海の奥地へと進んで欲しいからなのではないだろうか? と付け加えて。
「……確かに、ここは徹底的に探しても何も見つからなかったけど…」
「ここから先、ってなるとまた危険なんじゃ……」
「危険があるのは、迷宮に入った時から分かり切っていたことです」
「今以上に慎重に進まないといけないね…」
モモイにしか聞こえない声は、ミレニアムに帰る手がかりかもしれないし、冒険者を誘い込む狡猾な罠かもしれない。それは、鹿の生息域を潜り抜けた今でも脳裏にある考えだ。
だが、今探索した範囲内で手がかりが見つからないのであれば、探す範囲を広げていくしかない。
ユズやミドリが懸念する通り、更なる危険が待っている。だからこそ、慎重に探索をしていく。
その方針で、5人は地図が書けていない範囲へ、探索の足を踏み込む事となる。
「扉がまたあるね」
「開けます!」
そうして、扉を開けた先、アリス達の前に広がったのは……相も変わらぬ硬葉樹林の道。真新しいものといえば、かつては人工物の一部だったのだろう、レンガの壁が崩れたような瓦礫と。
「グルルルル……」
眼光をギンギンに光らせ、獲物を探さんと喉を鳴らす怪獣だった。
鹿を優位に越している巨躯、青色の鱗を纏った竜の肌、ヤワな生き物など踏み潰してしまいそうな巨大な脚に、見ただけで怯んでしまいそうな歯並びの鋭利な牙。
ソイツは、ミレニアムの図鑑に載っていた生き物で例えるならば―――そう、完全にティラノサウルスだった。
「「「「「……………………………」」」」」
5人は、扉をそっ閉じした。
「ミンナ…カエロウ…?」
「ユズーーーー!まだ何も進んでないから!糸使わないで!!」
「お姉ちゃん何言ってるの! 見るからにヤバいやつだったじゃんアレ!」
「アリス知ってます! あれはティラノサウルス・レックスという生き物です!」
「あり得ない……アレはとうの昔に絶滅したはずじゃあ………」
半泣きになりながら糸を取り出して帰ろうとするユズを筆頭に、混乱に陥った。
無理もない。自分達が勝てるビジョンの見えない恐竜が扉の先にいると知ったら、こうもなろう。
「お姉ちゃんアレ倒して進もうって言うの!?」
「そうじゃないけどさ! 何かこう……アイツをかわす方法があるはずだよ!」
「どうやって!?」
「え、えーと…」
「出てこないじゃん! 私下手なことして襲われるの絶対イヤだからね!」
先に進みたいモモイと、恐竜をなんとかしないと意味が無いというミドリ。
議論がヒートアップしていくのを止めたのは、アリスだった。
「落ち着いて下さい、モモイ。ミドリ」
「アリスちゃん……?」
「アリスも、モモイの聞いた声の正体が気になります。ですが、あの恐竜はかなり強そうでした。もし出来るならば、戦わないで済む方法を探るべきです」
「そ、そんなことをアリスが言うなんて…!?」
「時には戦わないことも勇気です」
「……あ、貴女そんなことも言えたのね…?」
「げ、ゲームの勇者も戦ってばかりじゃありませんでした!」
アリスの知識のアテは兎も角、この樹海では勝てない戦いは避ける方が賢明だ。己の命が懸かっているなら尚更に。
だが、あの恐竜を出し抜かなければ先に進むのも難しいのも事実。
そう思ったところで、アリスは続きを口にした。
「あの恐竜がいた部屋……入ってすぐの所に別の扉があることに気付きましたか?」
「えっ……そうだったっけ!? やばい気付かなかった!」
「まずあそこに入って、その先を見てみましょう。先に進む道なら良し、行き止まりでも、あそこで恐竜の対策をじっくり考えられるはずです!」
「で、でもさ、アリスちゃん……その扉、開かなかったらどうするの…?」
アリスの言う事が事実なら、恐竜の危機をすぐに逃れる事ができるだろう。
ただし、ユズの言う通り扉が開かないかもしれないのだ。もしそうなったら、元の入り口に戻る前に恐竜に追い付かれる可能性も無きにしも非ずだ。
それらの可能性を併せて……アリスは、作戦を立てた。
「アリスとユウカで恐竜の様子を見ます。3人で全力で扉を開けて下さい。もし撤退の合図までに開かなかったら、全員で逃げましょう」
「わ、分かった…!」
「ユウカ、アリスも殿に立つのでお願いします!」
「…当然でしょ。アリスちゃんだけに後ろを任せるワケにいかないじゃない」
意を決して、5人は扉を開ける。
再び、恐竜の姿が見えた。幸い、今は後ろを向いているのかすぐに襲ってくる気配はないが、悠長にもしていられない。
「あ、あった!扉だ!」
「一気に開けるよ!せーのっ!」
モモイ・ユズ・ミドリの3人で扉を開け始める。蔦が絡まっているのか、入り口の扉よりは固い。
すぐに開かないそれが、3人の気持ちを逸らせる。
そして、すぐに恐ろしい咆哮が聞こえた。
「気付かれた! こっちに来るわよ!」
そう。あの恐ろしき恐竜が、5人の少女冒険者に気付き、襲いかからんとしだしたのである!
「こ…のっ!」
「早く開いて……!!」
「うん…しょ!!」
3人も全力で扉を開けんとする。
恐竜が駆け出した。向かってくる先は無論、扉を開けんとしている冒険者たちだ!
「は、早い…! これは、すぐに撤退を…!」
ユウカが恐竜の予想外の早さに驚き、撤退の指示を出そうとした時。
ガゴゴン、と石製の扉が大きく開いた音がした!
「開いたーーーー!! ユウカ!アリス!!こっち!!!」
恐竜が襲い掛かる勢いで駆け寄り、噛みつかんとしたところでモモイの声が聞こえ、アリスとユウカは反射的に扉へ飛び込む!
すかさずモモイとミドリが扉を閉めたのと、石の扉に何か大きなものがガツンとぶつかる音がしたのは、ほぼ同時だった。
「ふぃーーーー、あっぶねー!」
「良かった……!」
一息つくモモイとミドリ。
しかし……ここにおいて危険な魔物というのは、なにも鹿や恐竜だけではない。
「モモイ……早速で悪いけど、立って術式の準備を。ミドリとユズも下がって」
「モンスターが出てきます!」
真ん丸の体躯をしたボールアニマルの群れ。
緑色の甲羅を纏ったはさみカブト。
恐竜に追われて精神がすり減った冒険者を襲い、食らおうとする魔物たちも牙を向くという事だ。
「はぁ…はぁ…さっきの恐竜に、比べれば、これくらい…!」
「そうだよ!あんたたちなんか、全然怖くないんだから!!」
「風穴を開けてあげる」
だが。先程まで巨大な恐竜―――駆け寄る襲撃者を相手に生きるか死ぬかの攻防を繰り広げた5人だ。
今更こんな魔物たちとなど、怖れることなど何もないのである!
ボールアニマルとはさみカブトを難なく撃破し、動かなくなった所をアリスに解体され価値ある素材に分けられていく作業を見つつ、逃げ込んだ先の部屋を調べていた。
「アリスはカブトから硬質の殻を手に入れた!」
「相変わらず手際良いわね……」
「それにしても、この先は何があるんだろう?」
「あんまり先に行き過ぎないでよ」
「あ、あの、これ…何だろう?」
そこでユズが見つけたのは、自然の道とは変わって目立つ、石畳であった。
リカタ・ジュタの迷宮では初めて見るタイプの、人工物。それを触って調べる5人だが、特に石畳以上の印象は感じられない。
「確かに珍しいケド、何の変哲もない石畳でしかないかもね」
「なんの仕掛けもないのかぁ~。なんか、拍子抜けだね」
「何を期待してたのさ…」
そう言いつつ、調査を終えようとして、何の気なしにミドリが石畳を軽く叩く。
すると―――コン、コン……と。普通の地面ではあり得ない反響音が響いた。
「え、今何したの!?」
「え? いや、石畳を叩いただけだけど……」
「ちょっと待って……」
気になったユウカが再び石畳を叩くと、やはりコン、コン…という反響音が。
察するに、どうやらこの石畳の下は空洞になっているようだ。
しかし、現段階では、彼女達にはその事実が重要だとは思えないようで。
「あっ、見て見てユウカ! この上でジャンプすると良い音が!」
「こらっ、モモイ! それで壊れたらどうするの!」
モモイに至っては、石畳の上で飛び跳ねて、音を楽しむありさまである。
だが、モモイが飛び跳ねても下が空洞であるハズの石畳が壊れて穴が開く様子は一切ない。
彼女達は、この石畳の下が空洞であることを頭の片隅に入れた上で、先に進むことにする。
モモイは、樹海の奥へと進みながらも、鹿の件で聞こえた呼び声に、常に注意を払っていた。
ゲームの主人公の設定として考えたことがある設定ではあったが、まさか自分に降りかかってくるとは思わなかったのだ。
しかも唐突に異世界転移した先でそんな事が起こる、などなぜ考えられようか。
中学2年生なら誰もが憧れそうな設定ではあったが、いざ自身が経験してみると、なんとも不気味なものだ。
『我…呼…かけに答…よ……』
脳に直接聞こえてくることも、声質も、ノイズがかかったように不鮮明なことも…そして、ノイズがかかると同時に自身の脳にも襲い掛かる不快感も。そして、その声を聞く度に「行かなきゃならない」という気持ちになるのも。
すべてが不気味であった。ミレニアムに帰る為に、その声に頼らざるを得ない点も。
「いつでも来い……!」
モモイは、彼女なりに最大限の警戒はしていたことだろう。
だが彼女は知らない。その声が、名状しがたき化け物の声である事を。
そして、世界樹の迷宮に彼女達が呼ばれた謎の第一歩であることを。
Tip!:空洞の石畳
探索中、ミドリ達が見つけたという石畳。床の下は空洞であるらしいが、人間数人乗る程度では何も起こらない。これが一体何を想定して、何の為に作り出され利用されていたのかは、もはや誰にも分からない。
魔物図鑑
駆け寄る襲撃者
かつての時代に絶滅したはずの恐竜。獲物を見つけると脇目もふらずに襲いかかってくる。牙には麻痺毒が分泌されており、噛まれた者は重傷を負うばかりか、逃げることさえ出来なくなることもある。
ここまで読んでくれた君は、この小説に感想を送ってもいいし、高評価をつけてもいい。
もちろん、存在しない記憶を投げるのも、違う世界線の透き通った世界樹の迷宮を創造するのも自由だ。
先生!頭を抱えてどうしたんですか!?
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“シカ……混乱…うっ頭が”
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“カマキリ…うぅぅぅ……”
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“カボチャは…カボチャだけは…”
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“ワイバーンだけは…”
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“殺戮の光刃……ジェダイ……”
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“カンガルー…アッパーはやめて…”
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“ク ラ イ ソ ウ ル”
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※その他の思い出を思い出す