海賊殺し   作:ドラマ・ドラマ

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2.爆弾魔

北の海(ノースブルー)特有の、骨の芯まで冷やす霜冷(しもび)えの風が、切り立った岩壁に囲まれた入り江を荒々しく叩きつけていた。

 

かつては湖のように穏やかで、島の子ども達が水遊びをし、漁師達が疲れを(いや)した静謐(せいひつ)な場所だった。深緑の森と青い水面が織りなす光景は神秘的で、この海域では(まれ)なほど平和な時間が流れていた。

 

だが今、その面影はない。非合法を生業(なりわい)とする荒くれ者達が巣食うようになって以来、入り江は一年中、陽気とも狂騒(きょうそう)ともつかない音楽に満たされ、怒声と罵声(ばせい)が飛び交い、時折、婦女子の悲鳴(ひめい)が岩壁に木霊(こだま)する混沌(こんとん)の巣へと変貌(へんぼう)した。喧騒(けんそう)と暴力が支配する無法者の楽園――。

 

入り江の最奥、荒波に(えぐ)られ口を開いた天然の洞窟。その闇の空洞に、数隻の海賊船が静かに碇泊していた。寒風に(あお)られ、黒い海賊旗が大きくはためく。

 

その旗に描かれているのは、頭蓋(ずがい)が割れた骸骨。頭頂部の亀裂(きれつ)からは火花が散り、髑髏(どくろ)の歯列には今にも燃え尽きそうな導火線が(くわ)えられている。

 

――“爆弾魔”の海賊団。北の海の市民にとっては、死の予告状そのものだった。

 

この船団が縄張りを築いてからというもの、周辺の町や港では昼夜の別なく爆破が繰り返され、一般市民を巻き込んだ無差別テロが常態化(じょうたいか)し、海の治安は最悪の深度へ沈み込んでいた。

 

だが、暴虐(ぼうぎゃく)に対し黙っている者ばかりではない。噂を聞きつけた賞金稼ぎ達が、爆弾魔の旗を見つけるたび、乗組員を一人残らず海の藻屑(もくず)に変えていった。

 

十の海賊船が沈み、百の手下が血泡と消えた頃――ひとりの賞金稼ぎが“海賊殺し”の異名を背負い、ついに首魁(しゅかい)の愛船が停泊するこの島へ上陸した。

 

そして、まるで作業のような無慈悲さで海賊船に乗り込む。

 

次の瞬間には、船内は地獄へと反転していた。狭い通路に血潮(ちしお)が散り、悪漢どもは反撃の姿勢すら整えられぬまま、次々と斬り伏せられていく。命乞いと断末魔が重なり、岩場にこだまする風は冷気を含んで灰色の空へと舞い上がる。それはまるで、テロリスト達の今際の叫びを鎮魂歌(レクイエム)に変え、犠牲者の魂を天へ返すかのように――。

 

“海賊殺し”の剣は、一閃ごとに血風(けっぷう)を裂き、犯罪者達の首を容赦なく()ね飛ばしていった。断罪は加速し、凶賊の巣窟(そうくつ)に生存者は最早いない。甲板(かんぱん)に残されているのは――対峙する二人だけ。

 

海賊船からは黒煙が昇り、内部は火薬と血の蒸気で満ちていた。(しお)の香りに火薬の匂いが混ざった風が頬を(かす)める。焼け焦げた上着。爆風で負った肩の火傷(やけど)に、冷たい涼気が沁みる。

 

“爆弾魔”。その名の通り、全身のあらゆる部位を起爆させる悪魔の実の能力者。怒号と殺意を一つにして()え、剣士の華麗なる斬撃を、短柄の手槍で叩き払う。

 

――海賊は嫌いだ。

 

自己都合を正義と詭弁(きべん)で飾り、卑劣な蛮行を矮小化する。近隣諸国へ悪意を()き散らし続けてきた“爆弾魔”の所業は、筆舌(ひつぜつ)に尽くしがたい鬼畜の犯罪に他ならない。

 

海賊船の船長は、下卑(げび)た笑いを喉奥で震わせ、手槍を舌で舐めながら言った。

 

「嬲り殺しにしてやる」

 

「下種が……地獄で被害者達に()びろ」

 

「貴様が地獄を語るのか?殺しが趣味の快楽殺人者がッ!」

 

「懸賞は“生死を問わず”だ。政府が海賊を殺すことを認めている。――私は法に(のっと)るだけだ」

 

大海賊時代。処刑台で放たれた海賊王の言葉が災厄の種子(しゅし)となり、法を過信した愚物(ぐぶつ)どもが虐殺と無秩序を社会へ蔓延(まんえん)させた。

 

船腹に白い飛沫(ひまつ)が立ち、氷の鞭のような風が肌を刺す。

 

“爆弾魔”は、吐息や髪の毛すら起爆できる。分泌物を手下に散布させ、付着した物品を市中に流通させることで物流そのものを破壊した。林檎、麦酒、積荷、薬――誰もが知らぬ間に死地へ足を踏み入れる。被害は甚大(じんだい)で、剣士の憤怒(ふんぬ)は身を焼くほどに高まっていた。

 

能力者の両眼が血光(けっこう)を帯びる。次の瞬間、手槍が鋭い軌跡(きせき)投擲(とうてき)された。

 

風切り音――。剣士は半身に滑り、軌道を(かわ)す。直後、揺れる木の床に突き刺さった手槍が爆ぜ、大量の破片が飛散した。

 

爆発の衝撃が聴覚を奪い、熱と煙が視界を遮る。手槍はもはや武器ではない。まさに小型の兵器であった。二次、三次と襲いかかり、賞金稼ぎを追い詰める。

 

船が大きく(きし)み、傾きが頂点へ達した瞬間――剣士はかんぱんを蹴り、宙へ跳んだ。狙うは“爆弾魔”の脳天、垂直の一撃。

 

――馬鹿が。空中でどうやって“これ”を躱す?

 

「黒焦げになれ‼」

 

“爆弾魔”は全身に仕込んだ手槍を、残らず上空へ向けて放り投げる。剣士は猫科の獣のようなしなやかさで空中を(ひるがえ)し、迫る槍の雨を避けた。

 

だが――。

 

海賊は(わら)う。狙い通りだと言わんばかりに。空中に()かれた手槍が、一斉に起爆する。火花が閃いた刹那(せつな)、爆炎が咲き乱れ、灼熱(しゃくねつ)が波間に預けられた足場を飲み込んだ。逃げ場などどこにもない。上空から落ちる剣士を、焼き尽くすように――。

 

―――勝った。

 

紅と黄が混じり合い、視界を()き尽くすような火の飛沫(ひまつ)が四方へ散った。爆炎の奔流(だくりゅう)が船の上面を呑み込み、渦を巻く熱風が天へと轟々と立ち上る。その光景こそが勝利の証だと、“爆弾魔”は疑いもしなかった。今ごろ敵は苦悶(くもん)しながら骨まで焦げ、空中で絶叫を上げている――そう確信した、まさにその刹那(せつな)

 

揺らぐ黒煙の向こう、視界の(はし)で白が閃いた。気づけば、喉元(のどもと)に冷ややかな白刃が当てられている。眼球をわずかに動かす。そこには、爆炎で(ほふ)ったはずの忌々(いまいま)しい賞金稼ぎの顔があった。

 

―――どうやって……?

 

能力者の瞳が(いぶか)る色を帯びる。だが、剣士は何も答えない。海賊は知らなかったのだ。常人には不可能な、空中での姿勢制御――極限まで鍛え抜いた肉体のみが扱える“月歩”という体技の存在を。

 

剣の刃を(くび)に押し当てたまま、賞金稼ぎは静かに問うた。

 

「……何故、無差別に市民を爆破した?」

 

「へッ、海賊が欲望のままに暴れりゃ何が悪い」

 

「……そうか。貴様には更生の余地はない。死ね」

 

言葉の連鎖で相手の注意をわずかに揺らがせる。能力者は鼻を鳴らし、なおも反抗の姿勢を崩さない。

 

「待て待て……更生?ハッ、笑わせんな。テメェ何様のつもりだ?裁判官でもねぇクセに……!」

 

「確かに、私は裁判官ではない。だが――賞金稼ぎである前に、“正義の執行者”だ」

 

次の瞬間、能力者の皮膚が赤橙(せきとう)に染まり始める。爆発の予兆。全身を兵器と化す悪魔の能力が、再びその牙を()こうとしていた。

 

「処刑人の間違いだろ……それとよォ、その“正義”ってのは一体――」

 

爆ぜようとした気配を、剣士は読み切っていた。

 

剣光一閃(けんこういっせん)

 

閃いた刃は迷いなく(くび)を断ち切り、悪党の目論見を瞬時に看破(かんぱ)して沈めた。

 

首が跳ねるよりも早く、剣士は静かに告げる。

 

「……私にとっての正義とは――“法”だ」

 

エメラルドグリーンの海を背景に、“爆弾魔”の首は、鈍い音を響かせて血に染まる床板へ転がり落ちると、波が飛沫(ひまつ)と共に巨悪の終焉(しゅうえん)を告げた。

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