海賊殺し   作:ドラマ・ドラマ

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3.蜂女

海賊王が最期の言葉は、腕に覚えのある無頼(ぶらい)の徒を海へと駆り立て、男たちの胸奥に眠る野生を揺さぶった。ある者はその言葉を盲信(もうしん)し、ある者は鼻で笑って(たわむ)れと斬り捨てた。真実か虚構(きょこう)か——浪漫(ろまん)か詐欺か。答えを得るには、海賊王のみが辿り着いたという偉大なる航路(グランドライン)の果てまで、自らの船で踏み込むしかない。

 

希望に背中を押される者もいれば、疑念を抱えたまま(かじ)を切る者もいる。野望と憧憬(どうけい)が渦を巻き、社会のはみ出し者たちは人生逆転の好機に酔いしれた。しかし善良な市民は、治安の悪化と混乱の連鎖が予兆する暗黒時代の訪れを悟り、胸に重い(なまり)を沈めていく。

 

空は死人の眼のように(にご)った灰雲に(おお)われ、海は体温を奪う鋼鉄色に沈んでいた。

 

海賊王が残した波紋(はもん)は、凶暴な狂瀾怒濤(きょうらんどとう)となって世界を呑み込む。野生と狂気は感染する。“強さこそが正義”という(ゆが)んだ教義が大陸を走り抜け、暴力を信奉(しんぽう)する者たちは各地で戦闘を繰り返す。文明は音を立てて崩れ落ち、時代はまるで悪魔が笑うかのように混迷(こんめい)を極めた。偉大なる航路(グランドライン)は、叫喚(きょうかん)が渦巻く鬼哭啾啾(きこくしゅうしゅう)たる海賊の墓場へと姿を変える。

 

報復、手打ち、解散、合併。裏切りは常態化(じょうたいか)し、同盟は朝露(あさつゆ)のように(はかな)い。海賊王の(のこ)したとされる宝を求め、世界中の海賊が同じ航路(こうろ)に群れ集まり、そして散っていった。

 

出現と消滅を繰り返す渦潮(うずしお)のような競争の果て、生き残った者は“選ばれた強者”として海に君臨(くんりん)する。幾重(いくえ)もの船団、広大な縄張り、圧倒的な傘下(さんか)勢力。彼らが起こす衝突は、もはや“戦闘”ではなく、“戦争”そのものだった。

 

空位となった海賊王の座を巡る覇権争いは熾烈(しれつ)さを増すばかり。勝者は生き延び、敗者は波間に沈む。そして大半の海賊が思い知る。自分は“頂”を掴む器などではなく、ただ道端に転がる路傍(ろぼう)の石に過ぎなかったと。

 

想像すらしていなかった超越者の一撃は天災と変わらず、大言壮語(たいげんそうご)はひと息で砕け散る。折られる鼻っ柱。(あら)わになる弱さと愚かさ。己と相手の力量評価がいかに滑稽(こっけい)だったか、膝をつき命乞いをしながら痛感する。

 

屈服(くっぷく)した後には、“上納金”という名の鎖が待ち受けた。庇護(ひご)の対価、看板の使用料。その名目で、定期的に金が吸い上げられる。

 

下位の海賊は、稼いだ金を上納しなければ立場すら維持できず、(おこた)れば船も仲間も、時に命さえ失う。反対に、上に立つ者は動かずとも金が流れ込み、船長は幹部昇格を夢見て“海賊行為”に励む。

 

強盗、博打、密輸、人身売買、女衒(ぜげん)、麻薬。あらゆる犯罪で市民を(しぼ)り取り、収穫を上位者へと差し出す。

 

全ては“貢献度”によって命運が決まる世界。上納した額が天秤にかけられ、裁きが下る。生死すら金次第。世界政府における世界貴族と同じ構造が、()()海賊にもそのまま適用されていた。強者が弱者を搾取(さくしゅ)する——それはこの時代の冷徹(れいてつ)な絶対法則だった。

 

嵐は止む気配すらなく、遠くの雷鳴が(とどろ)き、果てのない海を(あお)り立てていた。

 

◆◆◆

 

“海賊殺し”が足を踏み入れた島には、すでに地獄が根を張っていた。

 

一年前——。凶暴な部下を率いた女海賊が突如として王国へ侵攻した。平らかな日々は一夜にして崩れ去り、島は海賊団の暴力に蹂躙(じゅうりん)された。王国軍も、周辺海域の巡回を担っていた海軍も、抗う間もなく叩き伏せられ、海に沈められた。女海賊は抵抗勢力を根こそぎ潰すと、王位を簒奪(さんだつ)し、冷徹な圧政を()いた。

 

民には重税が課され、街では非道が公然と横行した。国は獣性を(まと)った賊どもに支配され、世界政府は「貢献度が低い」という理由だけで、この国を切り捨てた。かくして、救いの手が差し伸べられることは二度となかった。

 

女王を騙る海賊は、国民への“定時連絡”と称し、日々処刑を敢行した。王を侮辱した者。虚偽(きょぎ)の報告をした者。逆らう意思を示した者。敬意が足りぬ者。理由など、彼女にとって意味を持たない。“気に障った”というだけで捕縛(ほばく)され、弁明の機会すらなく、刃の下へ送られた。受刑者たちは女王への呪詛(じゅそ)を残し、無念とともに死後の闇へ落ちていった。

 

囚人が(あふ)れ返ると、森の奥に巨大な収容所が建てられ、以後、森は“王の許可なき者は踏み入れば死”の禁忌(きんき)の地となった。

 

――そして、今日。

 

“海賊殺し”が島に上陸して最初に行った仕事は、血の匂いが濃い“殺処分”だった。港町でみかじめ料を強要するチンピラを斬り伏せると、その喧噪に気づいた兵士たちが雲霞(うんか)の如く押し寄せた。

 

曰く——「殺人罪の現行犯で逮捕する」。薄汚れた甲冑(かっちゅう)の列が口々に叫ぶ。

 

だが、その剣士は一切意を介さない。腰の刀が、乾いた音を立てて鞘走(さやばし)る。

 

刹那(せつな)血飛沫(ちしぶき)が光の筋を描き、兵士たちは次々と地に崩れた。静寂が戻ると同時に、街の民は怯えながらも事の真相を語り始める。

 

——国を侵した海賊たちは、今や“国の兵士”として女王に仕え、悪徳の片棒(かたぼう)を担いでいること。 

——処刑と収容を司る、森のさらに奥の“禁断の区画”が存在すること。

 

市民が「森には近づくな」と口を揃えて訴える。しかし、剣士は刀についた血を地に払い落とし、簡素に礼を述べただけだった。

 

そして、誰の制止も聞かず——一人、森へと歩みを進める。

 

冷酷無比な女王とその一味。圧倒的な力で島を支配する暴虐の象徴。

 

それらを、この手で討つために。

 

静寂を切り裂く風が、剣士の背を押した。

 

◇◇◇

 

―――やはり、海賊は滅ぼすべきだ。

 

森は夜の底で息を潜め、ただ“結果”だけが木々に残されていた。枝から吊るされた小さな影――その無念が、湿った空気に濃く沈んでいる。

 

奥から、焚き火の揺らぎと嘲笑(ちょうしょう)が重なって聞こえた。剣士は迷いなく踏み込み、闇を裂くように走る。

 

そこでは狂乱(きょうらん)の宴が繰り広げられていた。暴力と恍惚(こうこつ)。壊すためだけに生きる者たちの、歪んだ祭り。

 

「たすけて……誰か……」

 

震える声。少年は木に縛られ、何人もの兵に押さえつけられていた。剣士は瞬間、呼吸を忘れた。あらゆる善意が踏みにじられる光景に、胸の奥で何かが軋む。

 

その時だ。

 

「ハキャキャキャキャキャ!」

 

頭上を裂くような笑い声。見上げると、空中に“女”が浮かんでいた。人の形をしてはいる。だが背に生えた透明な羽は、虫のそれ。高速で振動する二枚の(はね)が、嘲笑を振り撒きながら女の体を宙に留めている。赤橙(せきとう)の衣装。細い腰の下には、異様な(ふく)らみ――毒の腹部。

 

女王。悪魔の実の能力者にして、この国を蹂躙(じゅうりん)する“蜂女”。

 

ひと振りで空気が裂け、彼女は一直線に少年へと襲いかかった。毒針が閃く。少年の体がびくりと跳ね、口から押し殺した悲鳴が漏れる。兵士達はその苦悶(くもん)を見て、腹を抱えて笑った。

 

剣士は、拳が震えるのを感じた。

 

―――海賊は嫌いだ。

 

怒りが、限界まで膨張(ぼうちょう)していく。静かな狂気が、胸の奥から(あふ)れ出した。

 

刃を抜くと同時に、剣士は木陰(こかげ)から飛び出した。視界に入った兵士たちを、一直線に断つ。

 

剣光が走るたび、血が夜気(やき)へ弾ける。反応すら許さず、次々と地面へ崩れ落ちていった。

 

「誰だ! 誰だ、誰だ!!」

 

空気が震えた。巨大な蜂の羽音――蜂女が急降下してくる。

 

だが剣士は、わずか半歩、空へ向かって跳んだ。刃が水平に薙がれる。

 

―――速い。

 

女王の身体が横に流れ、左肩から黒い羽が舞い落ちた。深々と刻まれた傷から、怒りが噴き出す。

 

「よくも……よくも……ッ!」

 

触角が震え、複眼がぎょろりと剣士を射抜いた。空へ退き、甲高い鳴き声で威嚇(いかく)する異形。闇の中でその輪郭(りんかく)は、冥府(めいふ)から現れた悪魔そのものだった。

 

「同じ言葉を繰り返すな」

 

挑発に、蜂女の怒気が爆ぜる。

 

「うるさいッ! うるさいッ!!」

 

半月刀が火花のように閃き、下から上へ軌跡(きせき)を描いた。

 

「化け物が……」

 

剣士の白刃が、深い闇を吸い込んだように――黒く染まる。

 

◆◆◆

 

「死ねッ、死ねッ、死ねぇッ!」

 

狂気を振り絞るような絶叫とともに、“蜂女”が空を裂いた。毒の羽音が鋭い弧を描き、半月刀が閃光のように振り下ろされる。

 

剣士は一歩、身体の軸をずらすだけでその猛撃を受け流した。刃が地を噛む直前、黒刀の切っ先が逆に女王の喉元を射抜く——はずだった。

 

だが複眼がわずかに揺れ、蜂女の頭部が反射的に傾く。切っ先は喉を外れ、触角から(あご)までを深く裂いただけで止まる。空中に赤い霧が散った。

 

蜂女は息を呑み、即座に腹を折って毒針を突き立てようとする。剣士はすでに一歩後方へ跳び退き、その動きを寸前で断ち切る。

 

女王は舌打ちし、血の(したた)る半月刀を握り直した。刃音が鋭く森に跳ね返る。

 

三合、四合——火花と血飛沫(ちしぶき)が混ざり合い、夜の闇を照らす一瞬の赤。殺戮(さつりく)の高揚が蜂女の嗜虐(しぎゃく)(あお)り、力を際限なく増幅させていた。

 

「アアァァッ!!」

 

叫喚(きょうかん)をあげ、羽ばたきが爆ぜ、異形が弾丸のように突進するその速度は、怒りと毒で研ぎ澄まされた刃そのもの。

 

だが剣士の黒刀は、その一閃を真正面で受け止めた。火花が夜空に散り、重圧が地を震わせる。

 

蜂女は跳ねるように地を蹴り、甲高い笑い声を響かせながら宙へ逃げた。

 

―――剣士風情が。空で生きるアタシに敵うはずが……。

 

空中での優位を確信し、距離を取って女王が羽を震わせる。

 

対して剣士は、懐から短柄の武器を取り出した。そのまま、ひと呼吸を置いて投擲(とうてき)する。

 

―――そんなもの、当たるわけ——。

 

蜂女は軽やかに身をひねり、軌道を逸らす。勝ち誇った瞬間、背後で閃光が弾けた。

 

爆音。熱風。衝突。

 

女王の身体は空中で弾かれ、無様に地上へ叩きつけられた。視界が揺れ、羽が焦げ落ち、感覚が消し飛んでいく。

 

剣士が歩み寄る。焼け(ただ)れた背。()げた羽。抉れた肉。さきほどまで空を支配していた異形は、もはやただの“落ちた害虫”だった。

 

黒刀が静かに掲げられた。刃に宿る死の光は、ひどく冷たい。

 

一閃。首が落ち、森の土に静かに転がった。

 

「悪党が作ったものでも……たまには役に立つんだな」

 

押収した海賊製の小型爆裂武器を手に、賞金稼ぎは淡々と呟いた。

 

爆風の余韻(よいん)が木々へ燃え移り、炎は夜を侵し始める。やがて火は黒煙を巻き上げ、海賊たちの残した悪臭を焼き払うかのように——三日三晩、森を燃やし尽くし続けた。




【狂瀾怒濤】ひどく乱れて手の施しようのないさま。荒れ狂いさかまく大波の意から。

【鬼哭啾啾】悲惨な死に方をした者の浮かばれない亡霊の泣き声が、恨めしげに響くさま。転じてものすごい気配が漂い迫りくるさま。
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