海賊殺し   作:ドラマ・ドラマ

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同じ眼をしている。


5.槍使い

黒龍(こくりゅう)”――その異名を抱いた男は、元は名の知れた賞金稼ぎであった。護衛、傭兵、暗殺に至るまで裏稼業のあらゆる依頼を請け負い、武をもって海を渡り歩いた武闘派の海賊である。かつて単身で海軍支部へ斬り込み、大佐の首級を挙げて帰還した豪傑。その腕前は、嵐の神雷が槍へ宿ったと謳われ、“豪槍神雷”の名で知られた。

 

歳は四十をとうに越える。短く刈り込んだ黒髪、長身にして瘦躯。その体躯に纏う肩当てから小手、軍靴の先に至るまで、すべてが深い墨色に統一されていた。その無彩の装束ゆえ、海賊たちからは“船上の黒い死神”と畏れられた。

 

徒党を好まず、名のある海賊団の誘いを悉く断ってきた孤狼の男。だが、女と子供には不思議なほど柔らかかった。精悍な顔立ちと、背に差した影のような孤独、さらに比類なき武勇が加わり、女海賊の方から言い寄られることも珍しくなかった。

 

彼の槍さばきは、いかなる斬撃も受け流し、返す一撃で敵を粉砕する。放たれる技の威力は凄まじく、荒天の海をその一槍で割った――そんな荒唐無稽な逸話すら語り継がれている。

 

霧の濃く立ち込める波止場で、男は静かに佇んでいた。足元には長槍が横たえられ、彼は海へ向けて祈りを捧げている。そこは密造酒や禁制品を扱う倉庫の一角。彼はその護り手として雇われ、泥棒や同業者の侵入を警戒していた。

 

かつてこの男は、“海賊殺し”と共に同じ志を胸に抱き、汗と血を交わした稽古仲間であった。

 

◆◆◆

 

「“黒龍”とまで謳われた男が、今は密輸倉庫の番犬とはな」

 

白い霧を裂きながら発せられたその声には、再会の喜びなど一片もない。数年ぶりに姿を見せた古い同業者――その言葉の端々には、細い針のような棘が潜んでいた。霧の幕の向こうで、“海賊殺し”は既に剣の柄へと手を添えている。

 

黒衣の戦士は、諦観を水に溶かすような淡々とした声で応じた。

 

「……どうしても、やるというのか」

 

返す言葉は鋭かった。“海賊殺し”が鞘を滑らせ、冷ややかに吐き捨てる。

 

「今さら命乞いか?」

 

風が翻り、霧が裂けた。その隙間から覗いた剣士の双眸には、鋼のように冷たい怒りと、深い憎悪の光が宿っていた。

 

「今日は……いや、いい」

 

分厚い霧が揺らぎ、再会した旧友を哀しげに包み込む。賞金稼ぎ時代に互いの背を預け合った戦友。その邂逅を、空の灰色はあたかも悲劇として描こうとしていた。黒衣の戦士は一度だけ空を仰ぎ、雇い主の命に従うよう、静かに構えへと身を沈めた。

 

―――強くなったな。

 

声にはしない。ただ、武を極めた者として素直にそう思わせるほど、剣士の全身から放たれる闘気は満ち満ちていた。

 

抜き身の剣と長槍が、霧に溶けた水滴をまとい、禍々しい黒光を湛える。収束された“覇気”が刃を覆い、二つの武器は夜の闇そのものを叩き固めたかのような深い黒を帯びていた。

 

戦士の手にあるのは、平三角形の大身槍。刃文は淀みなく走る直刃、樋の底には龍が浮彫りに刻まれ、猛り狂う神獣がそこに棲むかのような鋭さと美しさを湛えている。男は右肩を前へ押し出し、槍の柄を水平に倒すように身の横へと置く――突きに特化した、一分の隙も許さぬ構えであった。

 

◆◆◆

 

殺気が臨界へと達した瞬間、決闘の幕は静かに、しかし確実に上がった。

 

黒い疾風――“黒龍”が放つ初撃は、直線の怒号となって剣士へ奔る。長槍が迅雷となり、剣士の胸を一点に貫かんと迫った。剣士は正面から放たれた刺突を、上体を鋭く捻ってかわす。その身のひねりをそのまま反撃へと転じ、返す刃が戦士の頭蓋を閃光となって切り裂こうとする。

 

斬撃は皮一枚を裂き、槍使いの額に細い血の筋を描いた。滴り落ちる赤が霧に溶ける。

 

剣士は手首を翻し、第二撃を弾丸のように放つ。白霧の中で眩い光条が軌跡を描き、空間に一瞬の裂け目を作った。双方は激突の反動で後方へと跳び退き、同時に構えを整える。深い呼吸が霧を震わせ、次の刹那――二筋の雷光がすれ違った。

 

刀身と槍身が宙に触れ合った瞬間、金属は咆哮を上げる。刃音と火花が炸裂し、霧を切り裂く衝撃が耳朶を叩く。地上に雷鳴が落ちたかのような猛烈な激闘。刀と槍が閃くたび、白い霧は紅を帯びて脈動するように染まっていった。

 

龍と虎がぶつかり合う乱舞――それは時を超え、再び現前した光景である。

 

復讐を糧に海賊を狩ると誓い、その志を“兄弟子”として支え続けた戦士。だが、二人の道は残酷なまでに無慈悲な時の流れによって、引き裂かれるように分かたれた。

 

◆◆◆

 

「―――何故、海賊になった」

 

霧を裂くような剣士の詰問に、戦士は口角だけを僅かに歪め、苦みの滲む笑みを浮かべた。

 

「とある海賊団を潰した……あの時だ。逃げ散った雑魚は追わず、賞金首だけを生け捕りにした」

 

言葉に重なるように閃光が交錯し、鋭い刃音が白霧の天蓋を震わせる。散った血飛沫は音もなく霧へ吸い込まれていった。

 

「だがな―――頭を失った賊どもが俺の住む街で暴れまわった。留守にしていた間に、嫁と娘が……」

 

「……残党の報復か」

 

剣士は呻くように応じながらも、戦士の昔語りに耳を傾けつつ十合ほど刃を交わす。火花が霧を紅く照らし、一瞬ごとに生死の境が揺らぐ。

 

「それで、そいつらは?」

 

「島から引き揚げた後、嵐に呑まれてな。全滅だ。俺が戻った頃には……とっくに鮫の餌さ」

 

戦士の瞳は、もはや感情の温度を持たぬ石像のように冷ややかだった。

 

「海軍支部を襲った理由は?」

 

問うと同時に、剣士へと水平に閃く斬撃。返すように剣士が受け流し、稲光のような衝撃が霧の層を切り裂いた。

 

「家族が巻き込まれる危険を海軍に訴えたが、事件が起きてからでなければ動けない、とよ。保護を求めても“海兵じゃない”からと突っぱねられた」

 

剣が撃ち込まれる。白霧の内で落雷めいた轟音と閃光が炸裂した。

 

「家族を食わせるために賞金稼ぎになったってのに……結局は、海賊を見逃した後悔と家族を守れなかった罪を―――訴えを退けた大佐へぶつけただけだ」

 

戦士の声は乾いた自嘲を含んでいた。直後、長槍が重い刺突を放つ。白雲を裂く電光のような一撃が剣士の左肩を穿ち、鮮血が弧を描く。

 

―――海賊は嫌いだ。それは、これからも変わらない。

 

「くっ……。復讐の矛先を海軍に向けるとはな。……迷惑な話だ」

 

剣士が嗄れた声で吐き捨てる。灰白色の霧は陽光を遮り、周囲は冬空の曇天のように沈んだ色を帯びていた。そこに鋼の衝突音だけが孤独にこだまする。

 

「晴れて賞金首になった挙句、今では“蝙蝠野郎”の倉庫番か。奴の口車に乗ったわけだ」

 

剣閃が右へ奔り、黒い小手が左へ飛ぶ。血風が巻き起こり、黒衣と大地が朱に染まる。

 

「あぁ……協力すれば家族を“眷属として生き返らせてやる”と囁かれてな。半信半疑だったが……他に縋る道もなかった」

 

◆◆◆

 

硬質な金属音が霧の帳に幾重にも反響し、剣と槍との激突はすでに百合を超えていた。それでも両者の腕も脚捌きも一片の淀みすら見せず、ただ研ぎ澄まされた動きだけが生の証として残っている。

 

「奴に死者を甦らせる力はない。“吸血鬼”ももう死んだ。半月前に海の底へ沈めた」

 

「そう……か」

 

―――君が言うのなら、本当なのだろう。嘘を憎んだ昔のままなら。

 

その瞬間、戦士の身体から力が抜け落ちた。烈しき闘気は霧散し、晴れ渡る夜天を思わせる瞳は虚空だけを見つめている。剣士は一閃で槍の穂先を断ち切り、次いで敗者の喉元へ黒刀を静かに突き立てた。

 

「今日は……二人の命日でな」

 

その陰りに剣士は一瞬だけ心を揺らした。だがすぐさま己を叱咤するように殺気を漲らせる。

 

「それが……何だ」

 

突如として戦いに落とされた終止符が、むしろ怒りを煽り立てた。堰を切ったような非難が胸を満たし、波濤のごとく押し寄せる。肩口から止まぬ出血。汗と血の金属臭が霧と潮風に混じり、鼻腔を焦がす。

 

―――海賊が嫌いだ。その感情だけは揺るがない。

 

「……最後に、言い残すことは?」

 

剣士はかつての好敵手を見下ろし、不快を隠しもせず問いかけた。強風が霧を剥ぎ取り、輪郭を取り戻した世界が白から灰へ、そして光へと色を変えてゆく。

 

「海賊を……野放しにするな。あいつらは……ただの犯罪者だ。そして……お前は堕ちるな、よ」

 

霧が晴れ、陽光が一条の刃のように差し込む。戦士は膝をつき、もはや棒と化した槍をそっと地へ置いた。瞳を閉じ、静かに顔を伏せる。

 

「あぁ……今、いくよ」

 

“海賊殺し”の剣が鮮血の光を帯びて振り下ろされ、家族を想い続けた一人の男に―――天国への近道を切り開いた。

 




【澎湃】水がみなぎって逆巻くさま。転じて、盛んな勢いで盛り上がるさま。
【波濤】大きな波。大波。
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