「うわ、ジャムった!?」
ジンチョウに積んだ、右手のハンドミサイルと左肩のミサイルがエラーを起こしている。どうやら中で弾が詰まったようだ。このままだとどちらも巨大な文鎮だ、急いでどちらもパージする。
それはライナーも同じようで、ライナーもマシンガンとミサイルをパージした。いくら私が身軽になってスピードが速まったとはいえ、相手もそれは同じ。むしろ、攻撃まで時間のかかる私の太陽守と三連レーザーキャノンで追い詰めるのは難しい。このままでは、ライナーがずっとレーザーオービッドを展開しながら私の周りを飛んでいるだけで、私のAPはゼロになる。
でも、それでいいんじゃないか? ここまで本気を出した。ライナーのAPは残り三〇〇〇、いい線いってると思う。ここでサボっても、そんなに不自然じゃないし。私は検査に落ちて普通の人生に戻れるし、ライナーは空を飛べる。
その時だった。
「ナツキさん」
「何」
ライナーが話しかけてきた。勝利を確信しているのか、自信に満ち溢れた声だ。
「ナツキさんは本当に綺麗に飛びますね。ですが、僕だって負けません……!」
私の中で、何かがはじける音がした。
血管なのか、シナプスなのか、堪忍袋の緒だったか。何もわからないけど、何かが体の中で爆発した。
気がついたときには残数1のパルスアーマーのボタンを押していて、アサルトブーストでライナーに突っ込んでいた。右肩の三連レーザーキャノンのチャージが終わり、斉射!
渾身の一撃を、ライナーは身軽になった体で難なく避けた。
「だから二連にしておいたほうがいいって言ったじゃないですか」
「うるさい」
太陽守でライナーの行く手を阻む。逃げられるが、ライナーのEN残量は確実に減らせている。レーザーキャノンをノンチャージで小刻みに放ち、ライナーを追い詰める。残弾ゼロ。仕方ない。でも、ようやっとライナーの懐に入った!
「ナツキさん、アーマー切れてますよ!」
ライナーがパイルを展開する。
あ、こいつ馬鹿だ。ご丁寧にチャージしている。そりゃあ、私の方がAP多いからって、チャージしないと一撃で倒せないからって、でも短絡的だ。
だって、私のキックの方が速い!
「ライナー。今まで空飛んでるって思ってたの?」
「え」
ジンチョウのキックが、パイルよりも早くライナーのACゲラーデにめり込んだ。大きくふっとばされたライナーに太陽守を振り、スタッガーに陥れる。ここでようやくレーザーキャノンをパージして、太陽守も捨てて、最速でライナーに突っ込む。
ジンチョウが、右手を大きく振りかぶる。
「ここ、海の中だよ」
ライナーの返答を聞くまでもなく、コアにジンチョウのパンチが届く。ACゲラーデはこの瞬間をもってAPがゼロとなり、大破した。
「僕も、ナツキさんも、飛んでた、のに」
ライナーの小さな声が途切れると、コックピットに検査終了の字が浮かんだ。
真っ暗になったシミュレーターの中で、操縦桿を持っていた私の手が震えている。
私より立派な背景を持つライナーを弱いだなんて、思いたくなかった。でも薄々気が付いてはいた。実際、弱かった。私が四脚として支援に回り、練習中も一対一で戦うことはなかったから、気づかないフリができただけだ。
ライナーの夢を殺してしまった。いつものように淡々とAIを殺し続ける日々が続いていたのなら、こんな罪悪感を感じることはなかっただろう。
だけど。強くてごめんなさい、なんて言ってはならない。それは分かっていた。
もしライナーが私に会わなかった場合──今日の試験の相手が、違う人間だったとする。最後まで検査をパスしてパイロットになったとする。
それでもライナーがいつか、強さに蹂躙される日はきっと来る。
レッドガンのミシガンは強いと聞く。アイスワーム撃破に向けて提携に向けて動いているレイヴンも、相当だという。企業の後ろ盾を持たずに生き延びている独立傭兵たちだっている。RaDも敵に回したくないと、参謀チームが言っていた。ルビコン解放戦線も舐めてかかると刈り取られる。その先も、顔も名前も知らない誰かに。
ライナーが本当に棺桶になってしまう前に、助けてあげただけ。電子の海の中なら、まだ死なずに済む。
「……正常性バイアス、気持ち悪い」
舌打ちをする。イフに逃げるな。そんな気持ちで殺したんじゃない。今までダラダラあげた理由は、全部本心じゃない。自分を正当化する幻想だ。
本当は。
あの時、実弾武器が詰まって私が諦める寸前に。ライナーが「ナツキさんは本当に綺麗に飛ぶ」といったからだ。
私は飛んでない。泳いでいるだけ。
私が飛んだら誰かが悲しむから、海の中で十分だと必死に自己暗示をかけているのに。私自身が翼につけていた拘束具が緩んでしまいそうで、どうしても許せなかった。
揺らいだ心を校正するために、私は呟く。
「私は飛んでない、海にいる、飛びたくない、空には行かない、飛んじゃダメ、泳ぐ、飛ばない、潜る、飛ぶな、ジンチョウは飛ばない、飛べない……うん、私は飛ばない」
キャリブレーション完了。
ジンチョウのデータ読み込みをリセットしてシミュレーターを這って出ようとすると、入り口にはペイターがいて、手を差し出してきた。私は甘えてその手を取る。
「ミラ・ヴェルナツキー殿。二次検査、ご苦労様でした」
小さくお疲れ様です、と返す。
「以上をもちまして、二次検査は終了となります。本日はみなし勤務の措置をとりますので、現時刻をもって勤務解放となります。ごゆっくりお休みください」
わかりました、と言ってヘルメットを外す。乾いた外の空気が心地いい。でも気分は完全には晴れない。
「……一つ聞いてもよろしいでしょうか」
私の言葉にペイターは頷く。
「なんでしょう」
「二次検査ではミッション遂行の可否ではなく、動きを見るとおっしゃっていましたよね。ライナーは私との対戦では敗北しましたが、本検査は結果と合否は直結しませんよね?」
ペイターは首肯した。
「貴女のご認識の通りです。結果は他の被験者の検査が全て終了した後に審議されますので、私から申し述べることはできません」
ペイターは咳払いをする。
「仮定の話ではありますが……私の裁量で審議結果を決定できるのであれば、ライナー・フランツは落とします」
「……そうですか」
私が落胆してつぶやくと、ペイターは顔色を変えずにいう。
「ご自身の心配ではなく、人の心配が先に出てくるのですね」
「僚機として共同練習していましたから」
「私には理解しかねますが……」
ペイターの表情は変わらない。薄情だなと思うが、特に怒りは抱かなかった。実際に戦場に立つ人間は、そんな悠長なことはできないだろう。
「今日はありがたく休ませていただきます。ヘルメットここに置いておきますね」
私はシミュレーター内の椅子にヘルメットを置く。部屋を去ろうとすると、ペイターがいう。
「ご自身の結果は気にならないのですか?」
──飛ばないのですか? そう問われているようにも聞こえた。
しかし、キャリブレーションされた心に翼はいらない。首を軽く横に振って、私はシミュレーター室を出る。
ああでもどうしよう。もし二次検査で合格したら、次は最終検査だ。モラトリアムはあと一回しかない。聞いとけばよかったかな。ペイターに「お前も落とす」と言われれば安心できたかも。
でも、もしペイターが「貴女を推薦します」と言ったならば。
……やっぱり聞かなくてよかった。私に翼はいらない。