深海へようこそ   作:きすことおり

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アーキバスAC搭乗適性検査、最終フェーズ本番。

最新のシミュレーターが並んでいる部屋は空調が追い付いていないのか、排気熱でほんのりとあたたかい。指定されたシミュレーターの前で私が立ち止まると、後ろについてきいていたヴェスパー第五隊長──ホーキンスが声をかけた。

「ミラ君、緊張してるかい?」

私は首を横に振った。

「いいえ、不思議と穏やかです」

「それはすごいねぇ。フロイト君を相手にするのは、私でも緊張する」

「第五隊長でも、ですか」

ホーキンスは頷いた。

「でも、あんなに楽しそうなフロイト君を見るのは久しぶりだ」

「楽しそうな主席隊長に付き合っていたら、命がいくつあっても足りないんじゃないですか?」

「ははは、言えてるねぇ」

ホーキンスの笑顔につられて、私も笑う。本当に、フロイトはとんでもない男だと心の底から思う。

「それでも、人間の命は一つしかない。ミラ君、覚悟はできたかい?」

ホーキンスの目が鋭く光る。言外に、ヴェスパーに入る心づもりができているかについても問われているような気がした。

私はファクトリーにも行きたくないし、パイロットにもなりたくない。婚約者もいなくなってしまったし、私の命を無理して守る必要もそこまでない。

私は今後どんな私になりたいか、まだ決断はついていない。でも、やりたいことだけは決まっていた。

「フロイト主席隊長を殺す覚悟はできてます」

「なら上々だ! 最高だよミラ君。フロイト君を倒せると思えるなら、大丈夫だ」

ホーキンスは私の肩を叩く。絶妙な力加減のエールが、私のはやる心臓をくすぐって、心地よい。

「あ、ごめん。こういうのセクハラだね。すまない」

「いいえ、お気になさらず。こういう激励、私は好きです」

「そうか、ありがとう」

私は狭いシミュレーターの中に潜る。ヘルメットを被り、コンソールを操作してジンチョウを呼び出す。アセンブルを変更し、5分間のテストモードで私の感覚とジンチョウの感覚を馴染ませる。

最終検査は、ヴェスパーの番号付きとの一騎打ちだ。隊長たちが最後に候補生の実力を見極める場所である。勝敗は結果と直結しない。そりゃあそうだ、普段ACに乗りなれていない候補生がヴェスパーの番号付きに勝てるわけがない。

私はここで、フロイトに全力を出して、興味を失わせなければならない。私という可能性を全部見せて、それ以上の進展がないことを分からせる。

不安はない。フロイトは恐ろしく強い。私がどれだけ頑張って追いすがっても、きっとアイツが勝つ。でも、だからこそ安心できる。壊れないサンドバッグは、私の腕が壊れるまで全力で殴ることができる。

ジンチョウとのキャリブレーションが完了する。仮想空間が変更されると、ガリア多重ダムにフロイトの乗機──ロックスミスが立っていた。

フロイトから通信が入る。

「調整は終わったか?」

返事はいらない。お互いCOMの声を聞けば、火蓋を切るタイミングはわかるだろう。

深呼吸を一つ。ここからは長い潜水になる。深く深く、フロイトの深淵の底までたどり着けるように、酸素を肺に詰め込んだ。

ボタンを押す。さあジンチョウ、行くよ!

 

「メインシステム 戦闘モード起動」

 

開幕早々、ロックスミスがアサルトブーストでジンチョウに迫ってきた。よし、予想通り!

今回のジンチョウのアセンは、シュナイダーのナハトライアーを中心に組み立てた、機動力重視の軽量二脚だ。担いできたパルスシールドランチャーでパルスシールドを二発放ち、フロイトの道を塞ぐ。右左と軽やかに避けるロックスミスの移動を予測しながら、ショットガンを撃つ。フロイトがレーザードローンを飛ばしてきたので、丁寧に避ける。操縦桿をミリ単位で動かして、EN残量をなるべく温存するように回避ルートを描く。

ロックスミスからドローンを除けば、ミサイルのような誘導力の強い武器がない。追尾火力はドローンに頼りきりで、ドローン抜きで攻撃を当てたいと思うならば、ほかの武器……拡散バズーカかレーザーブレードかアサルトライフルを使うことになる。しかし、この三つで敵にダメージを与えるには、対面に障害物がないことが大前提だ。

フロイトのレーザードローンが私の設置したパルスシールドを壊すなら、ミサイルでフロイトを追い詰める。パルスシールドを躱して近づいてきたのなら、ショットガンでスタッガーを狙う。

「やるな」

フロイトの声が聞こえる。私はナハトライアーの脚を軽やかに動かしながら応える。

「息止めてなくて大丈夫? 酸欠になるよ」

「お前もそうだろ鳥類」

フロイトのレーザーブレードが一閃し、滞留するパルスシールドを一度で全て消してきた。ブレードが全てのパルスシールドに届くギリギリの位置で振り切る、その的確な位置どりに舌を撒く。ブレードを振った後にできたロックスミスの硬直にショットガンを1発お見舞いして、すぐに距離を取る。

3秒待って、ミサイルの砲門を開く。フロイトの左右に回り込んだミサイルが軌道を変える。瞬間、ノンチャージで現れたフロイトのレーザードローン6基が、ミサイルの一弾一弾に激突して、全て消滅した。フロイトのレーザードローンはマニュアル操作だから、6基を同時に操作しながら、動くターゲットに全て当ててきたということだ。

わかってたけど、やっぱり気持ち悪いくらい強い……!

 

 

ヴェスパー第三隊長執務室にて。暗がりな部屋にモニターのブルーライトがぼんやりと浮かんでいる。それを見つめる瞳は4つ。部屋の主である第三隊長オキーフは、マグカップの中に入った泥水のようなフィーカをすすった。

「互角の戦いとはな」

オキーフがそういうと、隣でモニターをのぞき込む第四隊長ラスティが、折りたたみ椅子の背もたれに身を預けた。

「『フロイト主席隊長を殺す覚悟はできてます』、か……」

「お前も若さが眩しい年頃になったか」

「冗談きついぞ、オキーフ」

シミュレーターのリアルタイム映像を見ながら、オキーフは新しい煙草に火をつける。煙を立たせて肺に灰をなすりつけてから、こぼすように聞く。

「ラスティ。彼女に風切り羽が生えているように見えるか?」

「ペンギンにか?」

「ああ。フロイトはヴェルナツキーに羽を生やすと言っていた」

オキーフはコピー用紙をラスティに手渡す。紙をめくる音が、紫煙と混じって淀む。

「あのフロイトが? ここまでの小細工を?」

「彼女の地元がアーキバス経済圏内で助かった」

「はは、オキーフも人が悪い。しかし……写真一枚で心が変わるんだ、人間の心はいつも安い」

ラスティは添付されていた写真を眺めてデスクの上に置くと、人差し指で弾いてオキーフの前に滑らせる。オキーフは写真を一瞥して、視線をモニターに戻した。

「なら、レイヴンの写真はいらないか」

「待てオキーフ。持っているのか」

「お前の心も安いな、写真一枚で乱れる」

ラスティは歯噛みする。オキーフは短くなった煙草を灰皿に押し付けて、火を消した。

「だが、それこそ人間だ」

フロイトとミラの戦いは、未だ拮抗している。拮抗が続いているということが、ヴェスパーにとってはイレギュラーでもある。

「お前もフロイトも、鳥にお熱だな」

「オキーフ、冗談はその辺にしないか」

「付き合えラスティ、歳をとると軽口が止まらない」

「情報局の長官殿がそう言っても説得力がないぞ」

ラスティは勝手にオキーフの煙草を一本取り出して、ライターで火をつける。ぬくもりを手に持ちながら、ラスティは言う。

「海に潜れば潜るほど、水は冷たくなる。夜を過ごせば過ごすほど、空は寒くなる。それでも、人間はその先の光を求めて止まないのさ」

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