深海へようこそ   作:きすことおり

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1年前に発行した本の書き下ろし部分を再録します。
解放√後
本編よりも恋愛要素が強くなっております。ご注意ください。
数度に分けて更新します。


波打ち際にて
1


 

 いつの間にかヴェスパー第七隊長まで登り詰めていた私は、ザイレム戦線が開始される前に第三隊長オキーフから引き抜きの打診を受けて、アーキバスから離反した。

 ザイレムでの戦いで、レイヴンとラスティの手によってルビコンは解放された。私はオキーフが名乗った独立傭兵集団「オーバーシアー」の一員として、かつての同僚であるラスティやレイヴンとその友人のエアの協力の元、解放戦線が直接手を下しにくい案件や、コーラルの調査に動くようになった。

 今日は技研都市で暴走したアイビスを一機破壊してきた。ACジンチョウと共にガレージに戻り、身支度をしてからオキーフのいるコントロールルームへ入る。

「オキーフさん、ただいま帰投しました」

「ご苦労だった、ヴェルナツキー。貴女の方が早かったか。昼飯ならリビングに置いてる」

「ありがとうございます。今日のメニューはなんですか?」

「ミールワームミートボールだ」

「ああ、いつものですね……リンゴンベリーはついてますか?」

「勿論」

「流石リーダー!」

「ヴェルナツキー。その呼び方はやめてくれと言っただろう」

 オキーフがまた口に煙草を持っていく前に、私は今日の戦闘データを送る。オキーフが画面を眺めているのを見て、そういえば言わなければならないことがあったと柏手を打つ。

「そうでした。先ほどの作戦で、僚機のパイロットから食事に誘われまして。明日夜出かけます」

「待て。今、なんと」

 オキーフが眉を上げる。私は首をかしげて繰り返す。

「ん? ですから、今日の仕事仲間と明日食事に行ってきます。ほら、解放戦線からの助っ人の」

「フロイトは?」

「え?」

 オーバーシアーは現在3人いる。オキーフと私と、もう一人。コントロールルームに、足音静かに男が入ってくる。

「オキーフ、終わったぞ……なるほど、今日はミラの方が早かったか」

 フロイトはパイロットスーツのまま、ヘルメットを腕からぶらさげて言う。私はフロイトに話しかける。

「お疲れフロイト。そっちはどうだった?」

「面白かったぞ、あのバトルジャンキーのアイビスだった」

「えっ!? それって壊れる間際で逃げる個体だよね!?」

「ああ。また戦えると嬉しいんだが」

 熱く会話をする私たちに、オキーフが待ったをかける。

「フロイト、先に報告しろ。そのアイビスシリーズの情報はエアも知りたがっている」

「ああ」

 フロイトとオキーフが今日の報告を始めたところで、私は昼ご飯を食べようとコントロールルームを後にする。

「うーん、明日何着ていこうかな」

「「待て!」」

 私がドアをくぐる間際に明日の算段を考えていると、オキーフとフロイトが叫ぶ。思考を中断された私は振り返って、少し声を張る。

「何!?」

 私の顔を見たフロイトがいう。

「明日ってなんだ」

「え、あ、そうか、フロイトにはいってなかったっけ。明日夜、解放戦線のパイロットとご飯行くから」

「男か?」

「男だけど」

 フロイトは私の返事を聞くと、大股かつ早足で歩み寄ってきた。顔は微妙にうつむき加減で、何を考えているのか分からない。

「なになになに!?」

 私は後ろにあとずさりをするが、三歩で廊下の壁にぶつかった。フロイトは壁に私を追い込むと、その手で私の顎を掬って視線を合わせる。

「俺がいるのに?」

「え、うん」

「おいおい、それはダメだろ」

「なんで?」

「なんで……って、俺とミラは付き合っているじゃないか」

「え? そうなの?」

「は?」

「ん?」

 目を丸くしたフロイトのさらに奥、遠くの椅子に座ったオキーフがゆっくりと片手で頭を抱えるのが見えた。

 

 ★

 

冷蔵庫からジャム瓶を取り出してから、ダイニングテーブルに置かれた山盛りのミールワームミートボールを取り分ける。ミートボールの隣にある小さなミルクパンにおたまを入れて、中のクリームソースを掬ってミートボールにかける。皿の余白にリンゴンベリーのジャムを添えることも忘れない。

作り置きにも便利なオキーフの得意料理だ。うん、美味しい。素朴な肉感と懐かしさを感じるクリームソースに、リンゴンベリーの酸っぱさがたまらない。いつ食べても好きな味だ。

……好き、か。

既に二桁分の年数分過去になってしまった、ティーンの頃のような心地だ。頬にリンゴンベリーがじわじわと広がる。

「フロイトって私のこと好きだったんだ……」

「ヴェルナツキー、貴女は本気でそう言っていたのか」

「わっ、オキーフさんですか。びっくりしたじゃないですか」

リビングに入ってきたオキーフが、コーヒーマシンの前に立った。オキーフは朝に粉にしたコーヒーをマシンにセットして、その隙にマグカップを洗う。私はまたミートボールに向かいながらいう。

「ミートボール、とても美味しいです。いつもありがとうございます」

「そうか」

「はい」

離れたところから、圧力を使い分けるコーヒーマシンの音がする。心地の良い昼下がりだ。

地獄のように黒いフィーカが並々と注がれたマグカップを持ったオキーフが私の向かい側に座ると、端末を触る。これは「話したくない」というサインではない。各々好きに過ごしているだけである。

だから私はオキーフに躊躇なく話しかけた。

「オキーフさんは、フロイトが私のこと好きなの知ってたんですか?」

「ブッ」

「あっ! すみません、大丈夫ですか!?」

「ゲホッ、大丈夫、だ」

オキーフは数度咳き込むと、目を鋭くして僅かに身を乗り出した。

「認識を改めるべきは貴女だ、ヴェルナツキー。この間酒が手に入った時にああだったじゃないか」

「お酒を手に入れたのは覚えてます、でも私はお酒を飲まなかったはずですよ」

「いや、飲んでいたぞ」

「えっ!? 私、お酒に弱いので飲まないようにしているんですが」

「ハァ……俺のと間違えて飲んでいた」

オキーフの呆れたような目線に、私は恐る恐る聞く。

「……あの。まさか私、とんでもないことをやらかしたとかそういう……?」

「俺はあれを見て、二人は恋仲だと判断した」

「嘘だ!」

オキーフがフィーカをすする。優雅なその所作と対比して、私の脳内はミルクを落としたフィーカのように、マーブルの混沌の様相を描く。いったい何が起きたのか、聞くのも恐ろしい。

「酒の席は無礼講、というが……フロイトが『撮れ』と言うから、その日の動画は残っている」

オキーフが端末に触れると、画面には一件の動画のサムネイルが映し出された。サムネイルには簡単な宴をした日の料理が並んだダイニングテーブルと、遠目にフロイトが座る二人掛けのソファが映っている。私が画面から目を逸らして左を見れば、画面のそれと全く同じソファがあった。

「ヴェルナツキー。覚悟はいいか」

死刑宣告の重苦しさを振り払うように、私は首を縦に振った。オキーフが指で画面をタップすれば、大失態を犯したであろうあの日の様子が動き始めた。

 

ソファで酒をちびちびと飲むフロイトの顔に、紅が乗っている。一見静かに見える酒の席に、ミラの甘えた声が割り込んだ。

『ふょいよ~! こっちおいでよ~!』

オキーフの撮る画面の手前から現れたミラが、おぼつかない足取りでフロイトに近寄る。フロイトは顔を上げるとミラにいう。

『おいおい、ミラが来るのか』

『だってぇ……来てくれないと、さみしいじゃん』

『そうか。おいで』

フロイトはソファの片側に座りなおすと、空いた場所を手で軽く叩く。するとミラはソファには座らず、フロイトの膝と膝の間に割り込んで座った。

『今日は積極的じゃないか』

首を下に傾けてミラを見たフロイトに応えるように、ミラは上を見上げてフロイトを見つめ返す。

『あのねぇ……ふょいよはねぇ、ほんっとうに、きもちわるい!』

『『フッ』』

動画のフレームがぶれて、フロイトとオキーフの笑う声がする。

『ちょっときいてる!? 私はしんけんなんだから!』

オキーフを指さして頬を膨らませるミラの手を、フロイトが優しくつかんでフロイトの膝の上に持っていく。

『まあまあ、分かっているさ。それで、どうした?』

ミラはフロイトの手を軽く握ったり話したりしながら、ぽつぽつと話し出す。

『ほんとに、きもちわるいの。全然見てもないのに、血管をさわってくるとか。私がないてたら、涙をたべてくるとか』

『そうか?』

『そうなの!』

ふてくされたように言うミラが、つんとして顔を背ける。逃がさないとばかりに、フロイトは体を横に傾けてミラをのぞき込む。

逃げられないと思ったのか、ミラは小さく唸るとぽつりといった。

『でもね……しゅきなの』

『知ってる』

『んなわけ! だってふょいよは、むっ』

大声で反論したミラの口を、フロイトのそれが塞ぐ。ぬちゅ、びちゃ、と下品な水音が響く。絡み合う舌が見え隠れし、それはリンゴンベリーのジャムよりも熟れてドロドロとしていた。

『はあっ……おしゃけくさい』

『ミラも相当だぞ。もう休んだ方がいい』

『やだ……ふょいと、いなくなっちゃう』

ミラはもぞもぞと体を動かしてフロイトに向かい合うようにソファに座ると、フロイトの首に腕を回してぎゅっと抱き込んだ。

『やだぁ……しんじゃいや……』

わずかに鼻声が混じるミラの声が、徐々に濡れていく。ミラはフロイトのうなじに額をこすりつけると、太ももにも力を入れてフロイトの腰を捕まえる。

『なら一緒に休むか。ミラ、部屋まで頑張れるか?』

『がんばるって、えーしー?』

『今のミラを見たらジンチョウもびっくりするから、やめとこうな』

『うん……』

フロイトは器用にミラの脚をほどいて横抱きの体勢に変えると、そのまま立ち上がってカメラに近づく。

『オキーフ、ミラを部屋に連れていく。悪いが片づけを頼む』

フロイトにオキーフが返事をする。

『はぁ……うんざりする。後の酒はいただくぞ』

『助かる』

『ところでカメラはいつまで回せばいいんだ』

『ああ、もう少しミラの顔を撮ってくれ。後で送ってくれればいい』

『全く……』

オキーフが立ち上がったのか、フレームが動くと画面いっぱいにミラのとろけた顔が映し出された。まだ完全に眠ってはいないようだが、普段つり気味の眉毛がへにゃりと垂れ下がり、あどけなく見える。

『俺のオカズだからな。オキーフは別ので抜けよ』

『冗談を言うな。お手付きに手を出すほど枯れていない』

『そうか? バレンフラワーは相当しぶといが……』

『フロイト、浅ましい嫉妬はやめておけ』

『悪い。久しぶりの酒で口が滑った』

語気を強めたオキーフにフロイトが謝ると、そこで動画が止まった。

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