深海へようこそ   作:きすことおり

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「な……なにこれっ!?」

未だ表示される私の固まった寝顔のドアップを見ながら発狂しそうになる。動画を見ている間、時折優雅にフィーカを飲んでいたオキーフへ詰め寄る。

「なにこれなにこれ! 私、なん、あの、オキーフさん!?」

「俺は命令されたから無罪だ」

「フロイトに動画送ったんですか!?」

「命令だからな」

「リーダーは部下の命令を聞く必要ないですよね!」

「できる上司は部下の意見を聞き入れるものだ」

「ぐぎぎぎ……」

私は歯噛みして、でもだからといって今更どうすることもできないと悟って、体を思い切り椅子の背もたれに預ける。

「さいっ、あく……」

動画の止まった画面は私の寝顔ばかりクローズアップされている。私の顔を勝手に撮ったことは百歩譲って許すとしても、さらにムカついてくる要因として、私を見るフロイトの表情の緩みっぷりがあった。

これでは、本当にフロイトが私を好きみたいではないか。

私は左を見て、とんでもないことがあったソファを見やる。するとさらにその先、窓ガラスの向こうでロックスミスが飛んでいくのが見えた。

「あれ、フロイトってこの後任務でしたっけ」

「いいや。ショックを受けたからレイヴンのところに行って戦ってくると言っていた」

「マジでなんなのアイツ……」

私は盛大なため息をつく。本当に気持ちが悪い。

フロイトが私にちゃんと説明する前に、別の鳥のところに飛んでいくのが嫌だなんて、そんなこと。

「んなわけ、あるかっての」

ロックスミスのブースターの音が遠ざかり、やがて昼下がりの静かなリビングへ戻っていく。私の皿に乗った最後のミールワームミートボールを、切り分けもせず丸ごと一つ口にほおばった。

 

 

ルビコン3にも、繁華街のようなものが少しずつ賑わいを取り戻している。解放戦線から一般市民への配給箇所をはじめとして、労働がある場所から徐々に屋台が軒を連ねるようになった。特に発展が顕著であるのが、バートラム宇宙港近辺だ。徐々にルビコン外の惑星との交易が復活し、今ではルビコン屈指の繁華街として様々な文化が入り乱れている。

そんな宇宙港の近くにある比較的治安のいい飲み屋街で、私は昨日の任務で僚機として行動を共にした解放戦線のパイロットを待っていた。ルビコン外部の人も多く使用するこの通りでは、私の地元の郷土料理を取り扱っている店もあるようだ。

「おーい! ミラ!」

聞き覚えのある声がした。昨日の任務中、無線でさんざん聞いた声だ。私はそちらを向いて手を振ろうとして、固まった。

近寄ってくる影は二つ。一つは元気のよいガタイのいい男で、声色からしても解放戦線のパイロットで間違いない。

もう一つが問題だ。その男は控えめに笑うのが癖で、どう見ても戦闘からは無縁な柔らかさを持つ。その男が着ているコートは私が昔、その男の誕生日にプレゼントしたものだ。

「ミラさん、久しぶり」

間違いない。解放戦線のパイロットよりも、何度も見た姿である。

私の元婚約者の、レオさんだ。肌を刺すルビコンの寒波の中に現れた陽だまりのような男が、私の心をかき乱す。私の震える唇は、言葉を一つも紡いでくれやしない。

「ミラ、こちらはレオさん。最近ルビコンで取引を始めた重工業メーカーの担当営業だ」

パイロットののんきな紹介が、まったく耳に入らない。私はうつむきながら無理やり唇を動かしたが、鈍い雨垂れのような声しか出なかった。

「……レオさん、なんでこんなところに」

「ミラさんがルビコンにいるって聞いてたから、なんとしてでも行かなくちゃって」

レオの細く薄められた目は優しく、私はかつての穏やかな日々を思い出す。

ぼんやりと浸っていると、解放戦線のパイロットがいう。

「それじゃ、あとは二人でごゆっくり」

「えっ!?」

私が驚けば、パイロットは頬をかく。

「あー……騙したみたいですまんな。レオさんの希望で今日の会をセッティングしたんだ。それに俺はこの後ミーティングでな。じゃ! また任務で一緒になったらよろしくな!」

ひらひらと手を振って、パイロットは宇宙港の防衛部がある方角へ去っていった。後に取り残されたのは、呆然とする私とレオの二人である。

「行こっか。ミラさん、久しぶりにボルシチ食べたいんじゃない?」

「私は、その」

「お互いに、色々言いたいことあると思う。だから、ゆっくり話そうよ。僕も、ミラさんと会えなかった時のことたくさん聞きたいな」

レオが照れくさそうに、だがゆっくりと誠実にいうものだから、私は全てを飲み込んでこくりと頷いた。

 

対面にレオが座った二人がけのテーブルに、店員がほかほかのボルシチをサーブする。ほんのりと酸っぱい香りが郷愁を呼び起こさせる。鮮やかな赤色に染まった大きな具を見て、心が弾む。小皿に乗ったサワークリームの量は少し心許ないが、ルビコンで食べられるだけありがたい。

開き直って料理を楽しむことにした私は、胸いっぱいに故郷の香りを吸い込んだ。

「うん、いい香り」

「ミラさんはルビコンで作ったりしてなかったの?」

「ビーツが手に入らなくって」

「なら難しいね……」

「だから食べるの、本当に久しぶり」

私はスプーンで牛肉を掬って汁と共にいただく。美味しい。少し冷えた体に優しくしみる酸味が、体の緊張を解きほぐす。

「これこれ。ボルシチ食べながら黒パンをもきゅもきゅ食べるのがいいんだよね」

「よかった、ミラさんが喜んでくれて」

レオはニコニコと笑いながら、パンをちぎって食べる。少し前のルビコンでは考えられなかった、平和そのものを享受する幸せを噛みしめる。まだルビコンに来る前、レオと同棲していた部屋のまどろみを思い出す。毎日朝起きたらおはようを言って、おやすみを共にする。そのまま一生これが続いていれば違う未来があったのかもしれない──と思えるのは、失ってしまった今だからこそ感じる胸の隙間風だ。

水を飲んだレオは、声色固く切り出した。

「僕は、今でもミラさんが好きだ」

ジャガイモを飲み込もうとした私の喉が止まろうとするが、ごくりと小さい喉仏が大きく動いた。

「あの写真の女性は、取引先の役員のご令嬢だった。抱かなければ取引を止めてやると言われた」

レオは目を伏せる。

「上司も『今回だけだから』って……逃げられなくて、ごめん」

頭を下げたレオに、私はいう。

「相談してくれれば、よかったのに」

「ミラさんに心配かけたくなかった。ただでさえ辺境惑星にいるのに」

「でも!」

唇を少し噛んでから、私は首を振った。

「やっぱりごめん。お互い辛いときこそ、一緒に頑張りたかった」

レオは顔を上げると、私を呆然として見つめていた。

「私だって、一回くらいなら我慢できたと思うから」

あの写真を見た時のことを思い出す。世界の骨組みが突然、ガラガラと崩れだすような。足の裏が急に冷えて、奈落に落ちるようなあの感覚は思い出したくもない。

するとレオは急に居住まいを正すと、私を睨んだ。

「ミラさんもAC搭乗試験に巻き込まれたときに、何も言ってくれなかったじゃないか」

「なんで知ってるの」

「僕も調べたんだ。ミラさんにもう一回会うために、あらゆる手を尽くしたからね」

レオが笑う。でも全然あの穏やかな顔じゃない。口の端を歪めて、それはまるで獲物を狙う蛇のような──

 

「ごめんねミラさん。コーラルってボルシチと色味似てるよね。そろそろ効いてくると思うんだけど」

 

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