「貴女ですね? フロイトが推薦したとかいう駝鳥は」
一次試験から一週間経った、ある日の第二隊長執務室にて。閣下は深々と座って目の前の立派な机を指で叩きつつ、下から私を睨みつける。
(閣下、初めて一対一で喋ったけど威厳凄いな)
どうしてこんなことに。第二隊長直々に呼び出しを受けて机の前に立たされている私の背中で、冷や汗がどっと吹き出している。
「一体どんな鳴き声でフロイトを懐柔したのか。このアーキバスで囀る暇があるとは、めでたいことだ」
「いや首席が勝手に」
「煩く囀っているのは、貴女の成績です」
この人相手の話聞かないタイプだぁ……と思う暇もなく、私の端末の通知が鳴った。閣下が顎を軽く揺らす。見ろ、ということだろう。ポケットから端末を取り出して、閣下から届いたデータを開封する。一番上には私の名前、下にはD判定の文字と、ずらずらとグラフと数値が並ぶ。
「臨時検査の精密結果が出ました。羽虫は最初から相手にするべきでないと、何度言っても……ですが。飛べない鳥にフロイトが興味を示すことはない」
スネイルは断言した。
プライドが高そうな閣下がここまでフロイトに信を置いているのは、正直なところとても意外だった。傲慢なスネイルが己を次席でよしとしている理由が何かは知らないが、フロイトのあまねく全てに不満があるわけではないのだろう。
「ヴェスパーの首席が使えない人間を推薦したという実績を残した愚行を、その鳥頭でよく考えることです」
私は端末から顔を上げる。鋭く細まった目の閣下と視線が重なる。
閣下は社内政治のことを言っているのだろう。首席は絶対的な強さであらねばならない。フロイトが推薦状を書いたのにそいつがクソであれば、彼の審美眼に疑惑が出る。
(でも実際、私はD判定を取るような『駄鳥』だし)
それでも仕事だ。体裁だけは整えなければ。
「第二隊長閣下、恐れながら申し上げます」
「いいでしょう、許可します」
「ありがとうございます。測定結果の通り、私の能力はご期待に添えるものではありませんでした。ベストを尽くしましたが、フロイト首席隊長の推薦を裏切る形となってしまい、申し訳ありません」
折目正しく頭を下げる。カーペットとお見合いになった。
「ベストは尽くした、ですか」
閣下は私の頭越しに言い捨てる。あれ、案外私の話を聞いてきたじゃないか。しかしまだ頭は上げられない。閣下から許可は出ていない。私がカーペットから飛び出た繊維を眺めていると、閣下は続ける。
「私にも覚えがあるのですよ。強化人間手術の後には調整を行います。体と脳の反応を合わせるため、調整作業ではベストを出し続ける必要がある」
……何故閣下は違う話を始めた?
意図がわからない。カーペットの繊維に助けを求めても、答えは来ない。代わりに持ちっぱなしの端末が震えた。通知だ。
「頭を上げなさい」
恐る恐る頭を上げて、端末を見る。新しく来たデータの名前は、
(一次検査合格通知……!?)
画面を見たまま私が絶句していると、閣下は続ける。
「本当に、貴女の脳から肉体への出力に相当のラグがあるのならば……その愚鈍な肉体は捨てるべきだ。強化人間手術もありますが、ファクトリーに送るのも一手でしょう」
閣下はついに椅子から立ち上がる。鋭い目はそのまま、だが薄い唇には酷薄な笑みが浮かんでいた。冷や汗は私の背中だけでなく手のひらからも吹き出し、端末が滑り落ちないように必死で握った。
「いいですか、『忠告はしました』。貴女は勤務態度、仕事の成果も良好だ。アーキバスに利する行動を考えることはできるでしょう」
──バレている。閣下が断言しないのは、情けをかけているからだ。情けがなかったら? 考えるだけで悍ましい。
これがヴェスパー。晩鐘を告げる部隊。
「ミラ・ヴェルナツキー。二次試験では貴女が鳥頭でないことを示しなさい」
頭の中で鐘が鳴る。世界の変わる音は、残酷にも私を戦いへ押し出す。
鳴ってしまったのは紛れもなく、私のせいだった。