深海へようこそ   作:きすことおり

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スネイルとの面談が終わった後、私は青い顔のまま経理チームの執務室で仕事をしていた。やらないと仕事は消えない。過去にどれだけ楽しいことや辛いことがあったとしても、現在にはやるかやらないか、二つの選択肢しかない。

席を離れていた際に大量に舞い込んでいたチャットとメールをひたすらチェックしていると、同僚が隣に立った。

「よ、閣下どうだった?」

「やばすぎ」

「絞られたかー」

私のマウスを持つ手の近くに、同僚が飴を一つ置く。食わねばやってられない。すぐに袋を剥がして口の中に放り込む。

同僚が言う。

「そうだ、先進局のアイスワーム砲なんだけどさ。さっき連絡来て、第三フェーズ開発オンスケだって」

「わー助かるー」

「代わりに寸法仕様が犠牲になってまーす」

「そっかー……いや待て!」

そそくさと逃げようとしている同僚のジャケット

をむんずと掴んですがる。

「もし、もしだよ? 輸送コンテナがサイズアップしたら輸送費バカ高くなるんだけど」

「お、大正解じゃん頭いいー」

指を鳴らした同僚に私は詰め寄る。

「最初は『第四隊長の機体にも搭載できるように』だったでしょ!? ギリギリまで詰めた寸法仕様で、だからなんとか18規格コンテナに収まるねって!」

「閣下が『まあ、私が積んで出ればいいでしょう』って仕様通しちゃったんだよね」

「あのボケナスッ……!」

閣下のAC、オープンフェイスが思い浮かぶ。同僚の雑なモノマネも、閣下を思い起こさせてくるから腹が立つ。先ほどの面談の件もあるのでこんな悪口聞かれたら即ファクトリー送りだろうけども、悪態をつかずにいられない。コストダウンという文字を知らんのか、あのごんぶと茄子は。だからあんな重量二脚に乗ってるんだきっと。

ぴろん、と端末が鳴る。私用端末の方だ。見れば婚約者からの新着メッセージで、ついほくそ笑む。荒んだ心が癒される。

「ま、頑張るしかないか」

色々あるけど、しんどい時に頑張れる理由があるのはいいことだ。

「好きだねー……」

同僚の呆れた声がする。私は適当に言う。

「そりゃ好きだからねー」

「うーわ惚気」

「触れたアンタが悪い」

同僚をそっちのけにして返信する。アーキバスの回線を使っているので通信の中身は全て傍受されているが、ルビコンで端末が使えるだけ有難い。

彼からすぐ返信が来た。

『仕事は大丈夫?』

私の指が止まる。ゆっくりと唾を飲んでから、また動かす。

『うん、なんとか』

『本当に? ミラさんは頑張り屋さんだから、たまには休まないと』

『そうだね。あのさ、私の出向が終わったら休みとってバカンス行こうよ』

『いいね! バカンス……というよりは、ハネムーンじゃない?』

「ふふ」

甘い響きについ声が出る。隣の同僚はうわ、と少し引いて、そのまま席に戻って行った。

そろそろサボりをやめるか、とポケットに私用端末をしまう。すると丁度私の上司が声をかけてきた。

「おーい、ちょっといいか」

慌てて私は返事をする。

「チーフ、いかがしました?」

「スネイル閣下から領収書来てた、処理よろしく」

「承知、ってベイラム宛ですか」

決済システムのフローを見た私は肩を落とす。アーキバス経済圏の通貨ではなくCOAM払いとなると、少し手間だ。

「閣下ってたまにベイラムや大豊のACパーツ買いますよね。弊社系列以外の武器に興味なんてなさそうですが……勉強熱心なことで」

「知らないのか? それ、主席隊長の買ったパーツだぞ」

「は!? ならどうして閣下が処理してるんですか」

驚きで腹の底から大きな声が出てしまった。チーフは軽く笑うという。

「主席隊長はこういう事務仕事やらないんだよな。ま、人に命令できる立場だし、いいんじゃねぇの?」

「そう言われてみれば、そうですね」

私は適当に首肯する。添付ファイルの購入品目一覧を眺めていると、見覚えのない型番がずらりと並んでいる。試作品段階で購入しているのだろうか。ACに対する執着を感じる。

上司は続けて言う。

「あと適性検査な。二次検査の組み合わせが発表されたから送るぞ」

「あー、はい」

上司から新規メッセージが一件届いた。開こうとして、またも上司から話しかけられる。

「てかお前、一次検査通るって何したんだ? 今回もD判定って聞いてたから、落ちたかと思って安心してたんだが」

「あー……」

私は目線を下げる。閣下に脅されてるんです、と言ったところで上司に何とかする術はない。第七隊長の不在を埋めるために尽力している上司を無駄に不安がらせるのは、憚られた。

「私もよくわからないです」

「ならどうしようもねぇな。ヴェルナツキーが経理抜けたら流石にしんどいんだが……ま、頑張ってな。俺からはそうとしか言えん」

「はい」

アーキバスの管理職として「試験で手を抜け」という指示ができないことを鑑みても、上司にしては歯切れの悪い言葉だった。私だってパイロットにはなりたくないので、はっきりと頑張りませんなんて言えないのが辛いところだ。

添付ファイルの組み合わせ表を見る。私の隣に書いてあった所属と名前を小さく読み上げる。

「EN第三班のライナー、かぁ」

 

⭐︎

 

二次検査は一次検査と異なり、僚機がいるのが大きな特徴だ。2機のACでランダムな模擬ミッションの遂行を求められる。内容は拠点制圧からデータ採取のスニーキングまで幅広く、試験開始直前まで内容は秘匿されている。ミッション遂行の様子を戦闘部隊が評価し、最終検査へ推薦する候補生を選考するのだ。

ルビコン基地ではヴェスパー部隊が評価者に指定されている。部隊の誰が検査に立ち会うかは分からない。正直なところ、フロイトでなければ誰でもいいので特に気にしていない。領収書を他人に押し付けるようなフロイトが、こういった地味な業務をするとも思えないし。

今回私の僚機に指定されていたのはACゲラーデ、搭乗者はEN第三班のライナー・フランツだ。フロイトに見つかってしまったあの日、私が起案書を押し付けたあの弱気な男である。

勤務時間を終えた私は、すぐさま基地内移動用ビークルに飛び乗った。前回のことがある、EN第三班はチャットも電話もまともにつながらないだろうと判断して、整備員の詰所に向かう。詰所の扉を開けると、オイルと埃に塗れた人たちが、驚いた顔をして私を見た。

そういやライナーの顔全然覚えてなかった。聞けばいいか。

「EN第三班のライナー、借りていいですか」

「えっええっ、あの、誰ですか……?」

一番扉に近い位置にいた男が慌てて椅子から立ち上がる。その覇気のなさでようやく思い出した。こいつがライナーだ。

「総務部門経理チームのミラ・ヴェルナツキーです。AC搭乗適性二次検査の件で打ち合わせを」

すると近くの上司らしき男が言う。

「いいぞー。ライナー、頑張れよ」

「あっでも、まだシフトの時間が、班長」

「姉ちゃん、隣の部屋にシミュレーター2台あるから使いな」

「助かります」

「まっ、まってくださ」

私はおどおどとするライナーを一瞥していう。

「上司の許可あるんだからさっさとやるよ」

「えっ、ええっ……」

「とりあえず模擬ミッションをいくつかやって、そのあとに方針決めればいいでしょ」

「は、はいっ!」

詰所の隣室に入れば、最新型のシミュレーターが鎮座していた。2台並んでいるうちの片方に座り、スリープ状態を解除する。社員コードとパスワードを入力すれば、すぐに私のACであるジンチョウが出てきた。

「ほんとに登録されてるし」

一次検査では規定の機体を使用したので、今日までジンチョウを呼び出すことはなかった。フロイトが登録したであろうデータをまじまじと見れば、フロイトに見つかったあの日のアセンが組んである。あの短時間で内部のジェネレーターとFCSすら判定できるとは。やはり恐ろしい男だ。

「ナツキさん、起動できましたか?」

ライナーが隣のシミュレーターの隙間から顔を出す。整備チーム所属なだけあってシミュレーターは普段から使っているのだろう、設定の手際はすごぶる良かった。

「うん、オッケー」

「分かりました、僕が仮想部屋立てるので入ってきてください」

「了解」

隣のシミュレーターと通信を繋ぐ。ロビーのような空間に、ライナーのACが現れた。ライナーの機体はその引っ込み思案な様子とは意外にも、パイルバンカーが目を引く中量二脚であった。

「ライナー、それは普段から使ってるの?」

「あ、はい。当たれば相手は死ぬので、重宝してます」

「そう……」

それならば、と私は四脚を選ぶ。ミサイルの追尾能力を重視し、ライナーのパイルバンカーを活かすことにする。

「じゃ、やろっか」

「はいっ、よろしくお願いします」

 

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