深海へようこそ   作:きすことおり

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二次検査当日。シミュレーターに座った私とライナーに与えられたミッションは、輸送ヘリの護衛だった。

「ナツキさんこっち終わりました!」

「ありがと、私も……今っ!」

独立傭兵のACをミサイルで包囲し、アサルトブーストで接近してキックをお見舞いする。敵ACは破壊され、プラズマを撒き散らしながら倒れた。

私の後ろを輸送ヘリが通過していく。振り返ってそれを見れば、さらに奥にはライナーのACが飛んでいた。

あれから練習を重ね、ライナーと私の連携は向上していた。パイルバンカーを担いだ二脚のライナーが自由に飛び回るのを、私の四脚がミサイルで徹底的に支援する形にして、どのミッションでも対応できるようにした。そのおかげか、本番となった今日の結果も、悪くないものになっていた。

「ポイント5通過、確認しました。ナツキさん、ミッション完了です!」

「お疲れライナー、結構いい線いってたんじゃない?」

「えへへ、ナツキさんのおかげですよ」

私の隣に着陸したライナーは、パイルバンカーを持ち上げて左右に振る。ならば、と私も左手につけた太陽守を軽く振った。

 

その時だった。

途切れ途切れの通信が入る。

 

『……──ミラ・ヴェル……に伝達、任務の追加を通──す。敵ACの撃破を……』

「えっ? 待って、ライナー、今、」

ライナーの方を向くと敵軍タグが貼られていて、愕然とする。彼はまだ動かない。ライナーではなく、今の相手に通信を入れる。

「司令部、こちらミラ・ヴェルナツキー。ミッション目標について伝達をお願いします」

がガッ、とノイズが走ったのち、流暢な声が聞こえた。

『ミラ・ヴェルナツキー。こちらヴェスパー第八隊長、ペイターです。新たな目標を設定しましたので、撃破をお願いします』

嘘だろ、と唇を噛んだ。現在の私とライナーは、ヴェスパーの指揮命令系統下にある。ヴェスパーの上席の命令には従わなければならない。だが背景が見えない。同じ指揮下に入っているのに、互いに殺しあう必要がどこにあるのか? こういった内容も含めた検査なのだろうか。

しかし、理由を聞いたところで意味はないのだろうとため息をつく。上からの命令であれば、末端はそれを受け入れるしかない。

「……第八隊長、承知しました」

私もライナーも、まだ動かない。仕留めるには今が格好のチャンスだ。私はジンチョウをジャンプさせ、ホバリングをしようとして──

ライナーのACゲラーデが、パイルを展開して飛び掛かってきた。まずい、避けきれない!

「ライナーも同じ命令ってわけね……!」

コックピットに設置された大きなボタンを殴るように押す。ACの背中からプラズマ放射機関が飛び出て、バリバリと稲妻を迸らせながらチャージを始める。杭が私のコアに触れる寸前で、ようやく光が全身を覆った。パルスアーマーに弾かれたライナーのパイルバンカーを見て手汗が噴き出す。危なかった、少し遅れたら終わっていた。

ホバリングしながら急いで距離を取っていると、ライナーから通信が入った。

「ナツキさん、手加減してもいいんですよ!」

私は思わず舌打ちをする。

「ライナーが本気でやれって言ったんでしょ!」

「それとこれとは別です!」

肩に積んだ6連ミサイルと右手のハンドミサイルを撃つ。ミッションの後だから残弾が少ない、慎重に当てねば……と思ったら、弾数がミッション開始時に戻っていた。よく見ればAPもパルスアーマーの回数も回復している。なるほど試験としてこの展開も折り込み済だったということか。しかし趣味が悪い。

ライナーのレーザーオービッドの射程から逃げるが、アサルトブーストを使ったライナーの猛攻により逃げきれず、被弾が痛い。

結局ライナーに否定されたけども採用した三連レーザーキャノンで脅してやろうか、と思いつつ、ミサイルに留める。焦るな。相手はパイルを持っている。向こうは弾数無制限だが、こちらはフルチャージ4回で虎の子が死ぬ。

「ナツキさんはパイロットになりたくないんですよね!」

言うな。折角覚悟決めてきたのに。

「僕の飛びたい気持ち、譲れないんです!」

やめてよ。

私が手加減すれば、このあとすぐ私はファクトリー行きだ。でもライナーは空に近づく。

私が全力で行けば、私はパイロットとして死に一歩近づく。ライナーは空から遠ざかる。

「なんでそんなに強いんですか、ナツキさん……」

いつの間にか相手のAPは半分まで削れている。こちらが優勢だ。

私はどっちの選択肢もとれないままなのに、何故ライナーの方が折れそうになっているの。

ライナーって、こんなに弱かったっけ……?

「僕の方が、ACのこと好きなのに……!」

ライナーの辛そうな声を聞いて、私は操縦桿を割れそうになるくらい強く握った。

 

ずっと、私はACが嫌いだ。

 

まだ四則演算を指を使いつつ声に出しながらやっていたくらい、私が幼かった頃のことだ。

父が死んだ。

父は公的機関のACパイロットだった。公的機関といっても、完全な統制を民草に敷いているわけではなかった。役割としては歴史に語られる地球圏の警察に近いが、後ろ盾も資金も足りない。強いものに巻かれつつ、でも弱きを助ける姿勢は輝いていた。母はよく言っていた。「お父さんはカッコいいんだよ」。私もそう思った。

たまに父が私をACのコックピットに入れてくれた。時折父と喧嘩した時は勝手に立てこもって、でも起動のためのキーは持ってないから、動かしたことはなかった。「俺の相棒なんだ」と、父はACを撫でながらよく言っていた。傷だらけだったけども、カッコよく見えた。

父はある任務に行って、ドッグタグ一枚になって戻って来た。父のAC……アーマードコアはその名称とは裏腹に、父のことを守ってくれなかった。葬儀が終わった後の伽藍堂のガレージで、「相棒だからって、お父さんを連れてかないでよ」という私の泣き声がやけに響いたのを、よく覚えている。

保険金も見舞金もたくさん出た。生活には困らなかった。母と質素に、しかし大きな愛情を受けて育った。

ずっと。ずっとずっとずっと、ACは嫌いだ。

アーマードコアなんて嘘だ、父を奪ったACなんて嫌いだ、そう思っていた。

なのに。

アーキバスに入社してしばらく経って、初めての適性検査を前に不安になっていた私を見たパイロットの同期が、ちょっといじってみなよと私をシミュレーターに座らせてきた時に。

 

なんて楽しいんだ、そう思ってしまったのだ!

 

初めて動かした仮想空間のACは、私の思い通りに動いた。もうあまり思い出せないお父さんに似たところがあったんだと、驚きつつも嬉かった。でも、もしこれが私の棺桶になってしまったら何人泣かすことになる? 私の攻撃で、誰かの棺桶を作ってしまったら? と絶望した。ACに泣かされた側だったから、私の抱いた感情の矛盾に苦しんだ。

でも、仮想空間なら……誰も死なない。そう思った私は、私でも止められなかった。深夜になれば人のいないシミュレーターに通い、ガチャガチャと好き勝手に動かして、朝になる前に寮へ帰る。バレたら適性検査を受けさせられるから、コソコソと。誰にも見つからないように、誰も泣かせることのないように。

楽しかった。操縦している時、嫌なことは全部忘れられた。

狂いそうだった。あれだけ嫌いだったACを好きになりそうな私自身が、嫌いだった。

もしかすると、もっと没頭できる趣味はあったかもしれない。でも、私は数多の娯楽の中で一番最初に、ACに出会ってしまったのだった。

私がアーキバスに入ってひとり立ちできたことで安心したのか、夫にしたい人を紹介する前に母も亡くなってしまった。お父さんのところに行っておいで、私は大丈夫。そう言ってお別れをした。

でも空を飛ぶわけにはいかなかった。私が死んだら、私の経験した悲しみを再生産してしまうことになる。婚約者にそんな思いはさせたくない。それに、顔も知らない誰かを殺して、同じような悲しみを産むのも嫌だった。

電子の海でジンチョウと泳ぐこと、それが私のできる最適なしあわせの形だ。

空は、飛ばない。

……ああ、そういえば。お父さんは「夜明け前の空をACで飛ぶと綺麗だぞ」と言って私に写真を見せてくれたことがある。

私はその時、なんて答えたんだっけ──

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