聖園ミカにとっての桐藤ナギサは? と聞かれたら、頭が良くて物腰柔らかな淑女……の皮をかぶった面白ぇ幼馴染である。
ただ誤解しないでほしいが、こんな評価を下してはいても、ミカはナギサのことが大好きだ。
なんやかんやで付き合いは長いし、ナギサは超がつくほどお人好しというか、身内に甘いので……。ミカもその優しさに何度も救われ、癒されて、たまに美味しい思いをさせてもらっていた。
例えば、やらかした時の隠蔽。課題などの手伝い。ロールケーキを筆頭にプロ級なお菓子の数々。いつだって、どんなに忙しくてもミカが話しかければ気に掛けてくれる安心感に、同い年ながらお姉ちゃん味を感じることもしばしばである。
加えてティーパーティーのホストとしての立ち回りも一応(ここ重要)完璧。
そう、普段は完璧なのだ。でなければエデン条約やら色々起きた後、何かとゴタゴタしたトリニティで、ティーパーティーのホストとしてやっていける筈もない。
ミカ本人はアレだし。セイアもまた病弱かつ、実は結構抜けてるというか直情的なとこもある為、なんやかんやで事実上ワンオペで生徒会長を長いことやってたりもする。
その最中で趣味にまで手を伸ばして、いつかの謝肉祭では絵画の個展まで開いたり、手作りクッキーを販売してまでいた。
控えめに言わなくても高スペックのスーパーお嬢様なのである。凄いと思うし、そこは素直に尊敬している。
ただ、そういった女の子として素敵な要素がある反面、不測の事態で時々ヒステリックになったり。わりと抜けているというか天然というか。
つまるところ、まぁ格好いいけど結局ナギちゃんは素直でおバカさんじゃんね。大好き。
というのが、ミカの中でのナギサだった。多分生徒会長よりは、趣味に全振りしてた方が彼女の魅力が大爆発するのでは? なんて密かに思ってたりもした。
だからこそ、先生がメモリアルロビーにて可愛い生徒として彼女が映し出された時、ミカは心の底から「あっ、ヤバい」と感じていたのだ。
まず幼馴染としての贔屓目を抜きに、ナギサは見た目が良し。更にはミカが真似しようとしても身につけられぬ、圧倒的な品が彼女にはあるのだ。
それが先生の琴線に触れるものだったら?
可能性は大いにある。いつかの事件でミネ団長が美しいものとしてあげられていたのを思い出す。彼女も黙ってれば美人さんだ。
なら喋っても美人(平時は)なナギちゃんだったら……?
「(どうしよう……マジなら勝てないよぉ。意外とナギちゃん可愛いとこあるし。なんやかんやで愛情深いし……うう……そんなぁ……)」
聖園ミカ。恋するお姫様な彼女は、思わぬ伏兵の出現に焦りまくっていた。
ただでさえ、火宮チナツとかいうゲヘナの女が先生を誑かしている疑惑があるなかで、身内からのフレンドリーファイアでミカの情緒はジェットコースターに乗せられたが如く。
故に彼女は。いや、この場にいた生徒達は忘れていた。
メモリアルロビーにかけられていたのは、“あの”先生であり。彼が言っていた通り、生徒を可愛らしいと感じた思い出はたくさんある。その範囲は限りなく広いのだということを。
因みにメモリアルロビーの可愛いのテーマでナギサが出た時……先生は少し焦った様子で「や、止めない?」と無駄な足掻きをしていたことを付け加えておく。
おかげで生徒達は勘違いしてしまった。これはやましいことあるんだな!? と。
とうの先生は、ナギサの性格だとか立場の複雑さを知っていたので、彼女の名誉を守る為の行動だったりしたのだが、そんな事情は考慮されなかった。先生が生徒に勝てる筈もなく、無情にも思い出は流れていき……。こうして、爆弾は放たれた。
――数分後、シャーレの視聴覚室は阿鼻叫喚と化すこととなる。
……シャーレに限らずここ最近のキヴォトスずっとそんな感じじゃんね。なんて思わなくもないが、それはそれ。
もう誰にも止められなかった。
『ほのかに香るベルガモットの風味が、爽やかでよいですね』
ブフォッ! と、吹き出す気配が何処かでしていた。マコトだった。
周りを見渡すと、天井を見上げて口をパクパクさせるイオリだとか、必死に頬を膨らませて笑いを堪えるアコが見える。
普段なら身内をそれもゲヘナに笑われたなら隕石かグーパンをもって贖いとするミカではあるものの……。
こればかりは、正直自分が堪えるのに全力を出さざるをえなかった。なんなら己に隕石を落としてでも止めたいくらいである。腹を抱えて笑ってしまいそうなのを。
「(な、ナギちゃん……っ! ププッ! もぅ、そういうとこ大好き!)」
最初はミカに限らず、その場とリモート参加していた一部のガチ恋勢が絶望し、他は驚愕していた。
ティーパーティーの桐藤ナギサ。言わずと知れたトリニティのトップであり、その清楚で上品なイメージは知れ渡っている。
そんな彼女が可愛い? つまりそれは……そんな姿を引き出したということは、先生とかなり親しい仲になっているということで……。
「(私だって先生に可愛いって言われたかった!)」
「(わ、私だってセミナーですよ! その……可愛い姿は、そりゃあ、あんまり見せてないかもですけど……)」
「(………先生のまばたきがいつもより増加してますね。何か隠したいことがあると?)」
「(……
「(Rabbit2、応答を! こちらRabbit1。思わぬ強敵が現れました。清楚で淑やか。廃棄弁当とか絶対食べなそうな生粋のお嬢様です! キャンプ生活では対抗不可能ないい匂いがしそうです!)」
「(こちらRabbit2。知るか。お前が何とかしろ)」
「(トリニティ……私も一応、トリニティなんだけど……まぁ、あんなお嬢様って雰囲気からは程遠い、か)」
「(なんなの。あの団長といい。羽……が好きなの? 体温が高い方が好みな訳? 私の傍じゃ足りないと?)」
ヒナが嘆き。ユウカがムムッと眉をひそめ、ノアは横目で先生を観察する。
ハルナがぷくりと頬を膨らませる傍らでミヤコはわざわざSRT式の手話でサキと連絡……もとい漫才を繰り広げ、カズサとキキョウはジトリとした目で画面を睨んでいた。
「わぁ、綺麗な人です! 女神様みたいです!」
「フム、先生はキュートよりはそういった方面がタイプなのですね。……つまり私では?」
「トキのその自信はどこからくるのさぁ。……でも、確かにアリスが言う通り、綺麗な人……」
「おいふざけるな先生! イブキを選ばなかったばかりか、よりにもよってトリニティのトップだとぉ!? 先生の目は節穴か? 鳥目か? 鳥目なのかぁ!?」
「マコト先輩落ち着いてください。私もちょっと納得いきませんけどね」
ガチ恋勢(サキは除く)の反応はさておき、概ね殆どが驚愕したり、ナギサの見た目麗しさに感嘆の息をついていた。
トリニティにて多くの生徒らにとっての憧れの象徴、ティーパーティーホストという肩書きは伊達ではない。
その雲行きが怪しくなったのは……ナギサが市販の紅茶(先生持ち込み)に文字通り胸を痛め、最近言葉が乱れたトリニティにマカロンをぶち込もうとしたあたりで、一部の生徒が「おや?」と異変に気づき。
コンブチャが昆布茶になった辺りで決壊する。
その瞬間、間違いなく全員の気持ちは一致していた。
先生、違う。違うのだ。私達が知りたかった先生視点の可愛さって、こういうんじゃない。でも。でも……。
この人、間違いなくお嬢様だ!
天然だ。天然がおるぞ!
クッソ! めっちゃいい声でボケるな!
そんなツッコミが聞こえてくるようで……ミカはどうにか口元をお上品に抑えつつ、淑女としての体裁を保っていた。
『(……これは、やはり昆布……!)』
「んぐっ! フフッ! ん〜っ!」
が、ダメ。耐えられなかった。嘘でしょ。私の幼馴染み、面白可愛いすぎない?
改良されたメモリアルロビーは、何と心の声まで反映してしまう。故に、ナギサが内心でアワアワしているのまで丸わかりだった。
誰がそこまでしろと言ったじゃんね。グッジョブ!
ミカはこっそりとエンジニア部の三人にサムズアップした。
尚、内なる声はナギサだけでは留まらず……。
『(ベルガモットってより……これ昆布だよなぁ……?)』
カタカタヘルメット団を長い間寄せ付けなかった、アビドスの精鋭五人がそこで脱落した。
伝えてあげなさいよ!
そうですよ先生! これはいくらなんでも……!
うへ〜ナギサちゃんェ……。
うんうん、成る程☆ これは確かに……。
ん、可愛い。………悔しいけど。
お茶会にあるまじき出汁という単語でフウカが顔を引き攣らせ、初めての味わいのくだりで、「そりゃそうでしょうよ」とルミが苦笑いする。
極めつけは……。
『(バレてませんよね? 香りはちょっとアレですが……)』
『(……どうしよう。伝えるべきか。いやでも正直………必死に取り繕って頑張ろうとするナギサが、少し。いや、かなり可愛いし……うん、このまま見てようかな)』
いや、鬼か! と、全員の突っ込みが入る。
ミカはもう笑い転げたかった。ナギちゃん、なんでバレないと思っちゃったの! おバカ過ぎない!?
純粋に幼馴染みがいつか誰かに騙されないか真剣に心配する中でナギサの頑張りは続き。そして……!
『昆布茶も美味しいよね!』
「……先生、そなたには人の心がないのかえ?」
散々泳がせておいての無慈悲な引導に、同じ上の立場として思うことがあったのか、キサキがそんなコメントを述べる。多くの生徒らがウンウンと頷く中で、先生はというと……頬をかきながら肩を竦めていた。
「まぁ、わりと意地悪しちゃったけども……この時、私はちょっと嬉しかったりもしたんだよ」
「嬉しかった?」
笑いのドツボから帰還したミカが、キョトンとして聞き返す。他の生徒らも、そんな思わぬ返しに興味津々な様子だった。
すると先生は、何だか染み染みとした様子でメモリアルロビーのスクリーンに視線を向ける。
画面には先生に襲いかかるナギサの姿。羽をバッサバッサさせながら先生の口にロールケーキをぶち込んでいた。イチゴ味のようだ。
「ナギサはね。ちょっと頑張りすぎちゃうとこがあったから。何よりも……私はいつかの時に、彼女に対して充分なフォローをしてあげられなかった気がしていてね。今でもそれがちょっと心の奥に引っ掛かっていたんだ」
思うところがあったのか、視界の端で浦和ハナコが目を伏せているのが見えた。ミカもまた、気まずい気持ちになる。
「そりゃあ、色々やらかしはしたけど、彼女もまた被害者で……孤独だった。こうしてお茶会に招待して貰って交流すればするほどに、あの時の彼女がどれほど追い詰められていて、不安と恐怖に苛まれていたのかがわかるようだった。その後もまぁ、わりと休む間もなく動いていたからね。色んな要因に胃を痛めながら」
だからこそ、こうしてお茶会のトラブルであたふたする姿に、少しだけホッとしたのだ。
こんな全力をあげなくてもいいことを可愛く頑張れるくらいには、肩の力を抜けているのだと。
……いえ、トリニティの首長的にはお茶を出せないのは憤死ものなので、そこは全力をあげないとダメなのですが。と、実はリモートでこの様子を見ていたナギサが、涙目でそう呟いていたりもするのだが、先生は知る由もなかった。
「だから、うん。私もこの時、ちょっと救われたんだ」
画面ではナギサが先生になだめられている。先生の胸に顔を埋めて、小さな手でポカポカパンチを浴びせている。
……アレ? 今更気づいたけど、さりげなく距離近くない? と、一部の生徒が違和感に気づいたりもしたが、何だか言い出せる雰囲気ではなかった。
映像が切り替わる。シャーレに当番で来ている様子のナギサは、ティーパーティーの席にいる時に比べてリラックスしているようにも見えた。
『(なんだか、安心したからか、眠くなってきました……)』
少しでも彼女の息抜きの場を提供してあげられたなら、先生として嬉しかった。そんな彼女がシャーレでちょっとだけコックリコクリと船を漕ぎかけていたのを見た時は、思わずガッツポーズをしたくなったという。それに加えて……。
「わわわ……何かウトウトする姿も上品なのに……」
「それでいて、可愛らしいですね……」
「でしょ? いや、私がいばることじゃないんだけどさ」
アイリとミモリのコメントに先生だけでなく、他の生徒らも同意する。
と思ったら、直後にハロウィンの時期にパンプキンスープペーストに騙された姿が映り、どっと笑いが起きる。
夜の密会的な感じでチョコレートを渡しつつ、トリニティやティーパーティーとしてではなく、一人の生徒として会う二人の姿には……ちょっとだけ賛否両論もとい「あれ? 何か急に重力増してない?」なんて苦言も述べられたが、考えて見れば先生にチョコを渡してない生徒がこの場にはいないので、そこはどうにか許された。
お嬢様としては大ダメージかもだけど、親しみやすさはきっと上がったよね。ミカはそんな微笑ましい気持ちで胸が暖かくなった。
可愛い。文句無しに。
しいて不満を述べるなら先生からの可愛い評価で見たかったのはもっとこう、直接的なものだったのだけど……まぁ、たまにはこういうのもいいよね。
そんな和やかな空気が充満して……。
不意に画面が切り替わる。
「おっ、そろそろ次の生徒かな。ランキングみたいなものでね。個人の要素を入力しないかぎりは、一定時間経つと勝手に移行するんだ」
ウタハの言葉に全員がへぇ……と呟く。
場所はどうやらブラックマーケット。どうやら先生が何らかの取引をしていて、そこに現れた生徒に鉢合わせた所だった。
「あ、やべ」と、先生が小さく呟いたのを、生徒達は聞き逃さなかった。
ありもしないヘッドセットを外そうとした先生。そもそも最初から音声認識だったことに気がつく。
つまり……逃げることは出来なかった。
現れたのは風紀委員である銀鏡イオリ。彼女は怪しい取引を目撃した為、その役割を果たそうとしていた。その内容は……。
「イオリの、小学時代の卒業……アルバム?」
凍りついた表情のまま、ヒナが搾り出すような声を出す。
何でブラックマーケットで? 何のために? その答えは簡単。先生は彼女のアルバムが誰かの手に渡らぬように。なんならシャーレの資料として必要だから確保したのだという。
「……ふ〜ん?」
無意識に、トリニティ以外の生徒に支援された時みたいな声がミカから漏れる。
可愛い幼馴染みに色々と癒され、緩んでいた金星を思わせる瞳がすっと据わり。気がつけば、口元には獰猛な笑みすら浮かんでいた。
似たような反応や気配は、周りからも立ち上がっていた。
思いは一つ。先生何してるの?
やがて画面はモモトークでのやり取りに移り……。
『小学生の時のイオリも可愛い』
『うるさい! 死ね!』
火に油が注がれた。
だからさぁ、可愛いってそういう感じじゃないんだわ。その場にいた生徒らの総意がそれだった。
先生は……大量の冷や汗をかきながら、待ったをかけるように手を前に出す。
「……先生、これは?」
「ち、違うんだよヒナ。イオリはね……弄ると面白……じゃなくて可愛いんだ」
リモート中の温泉開発部らが猛烈な勢いで同意していたが、この場には伝わらない。
そんな中で、画面では落とし穴にハマったイオリを撮影し、罵倒されて悦び、楽しんでいたり。泳ぎの練習。日焼け止め騒動(エッチなのはダメ! とコハルが叫んだ)
果ては砂風呂でめっちゃ頑張って、セメントの人魚が完成する。
へ、ヘンタイだ(です)ー!! とモモイとアリスが絶叫し。
あ、主殿。全力あげすぎでは? ……でもちょっと羨ましい気も……。と、イズナがモジモジする。
実際、一部の生徒は羨ましかった。ここまで先生が全力ではっちゃけている姿は……なかなか見れないからだ。
カムラッド! カムラッド! オイラの像を一緒に作ろう! 砂でこれなら雪でも出来るだろコレ! と、テンションを爆上げしているチェリノが先生には癒しだった。
背後に迫る、ヌッ。ヌッ。という謎効果音からの全力現実逃避ともいう。
「せ〜ん〜せ〜い〜!」
鬼がそこにいた。セミナーオオフトモモオーガ。というか、どう見ても怒っているユウカだった。
「生徒の模範となるべき先生が! なんでこんな子どもみたいなイタズラしまくってるんですかっ!」
「ひぇええ!」
雷が落ちる。追撃とばかりに何名かの生徒がユウカに加勢するが、特に止める者はいなかった。
結局、その後に出てきた『可愛い』も、殆どが「違う、そうじゃない」と言いたくなる内容だったのだという。
因みに、ナギサはこの騒動の後、妙に親しみを込めて接してくれる生徒が少し増えた上に……お出汁研究部とかいうお嬢様学校にて異端な部活に勧誘されたのだとか。
先生におもてなしとして最高な朝餉をお出しするナギサの絆エピソードは……少し未来の出来事である。
参考は
ナギサ絆エピソード・バレンタインエピソード・ホーム画面会話
イオリ通常&水着の絆エピソードより