ツッコミが圧倒的に足りなかった。……いや、違う。早々に訂正するべきというか、本質は別にあるというべきか。
事実、メモリアルロビーの映像が切り替わる度に、キヴォトス各地でほぼ似たような怒号というか、文句が飛び交っていたくらいなのだから、一応ツッコミ自体は足りていたのかもしれない。
だから正しくは、ツッコミが追いつかない。それが真実だった。
そもそも、栄養注射が入荷したまではいい。何でズボン下ろしてお尻に刺す必要があるのか?
勿論、それが医療上合理的ならばいい。でも、それにしたって先生はどうして少しの躊躇もなく爆速で脱いだのか。倫理と恥じらいは?
……というか前に、ベッドに叩き込んで栄養注射打ったって言ってなかったかしら?
え、じゃあベッドの上でズボン下ろしたってこと?
コハルちゃんではないですが……それはアウトで、死刑では?
注射案件だけで、これだけの……いや、これ以上にクレームというか、厳しいコメントが述べられたのである。必然、今垂れ流されている日常の一コマ一コマにも生徒達の苦言がそれはもう飛び交った。
『はい? 少しは笑えと? ……二人きりの時だけなら、可能です』
な、何か卑しいぞこの一年。
常に笑え! いや、やっぱダメだ。そうしたらより魅力が……。
何か距離近い。近くない?
Rabbit2、応答願います。いつかに私を卑しいと言いましたね? 撤回して下さい。こっちの方が卑しいです。間違いありません。
張り合うなバカが。お前も卑しいのは変わらんぞ色ボケ兎隊長め。
『(取り敢えず気絶させて、人工呼吸をすれば……それは、ノーカウント?)』
『チナツ?』
『はい? 何を考えているか、ですか? 何でもありません』
オイオイオイオイ! 待て待て待てぇ!
何かすっごいこと考えてる!
カウントはされますねぇ! 主に有罪の!
キキッ! 実に思考がゲヘナじゃあないか……いや、流石にここまではこう、何か……うん。
マコト議長と共感する日が来るなんて信じたくなかったですよ……。
チューしたいってことか! 先生とチューしたいのかこの生徒は!?
チェリノちゃん、そのくらいで……。ほら、風紀委員さん顔が真っ赤に……。
真っ赤になりたいのはこっちなんだけど。勿論怒りで。
散々な言われようだが、それも仕方なかった。日常会話数回でこれとか、具体的な思い出まで映されたらどうなってしまうというのか。
先生のズボンを脱がすような女が同じ旅館にカップルコースで宿泊とか……。
何も起きない訳がないだろう! 先生がいるんだから! 何もしない筈がないだろう! あの卑しいゲヘナむちむちサキュバスが!
生徒達は更なる爆撃を予感して震える他なかった。
他にも何か温泉宿で(混浴した時とは違う日の出来事らしい)薬膳茶を作り、パタパタ駆け回るチナツに先生が癒されてる構図だったり。
お土産売り場で何かいちゃついてたり。
そして……。
場面はゲヘナに書類仕事の手伝いで訪れた先生を、チナツがとある部屋に誘うものに切り替わった。
その部屋は全体的に綺麗ではあるが、物がそれなりに置かれていて。だが、散らかっているという訳ではなく。どちらかといえば生活感のある私室といった印象を受けた。
「ここ……は……!」
「なっ! なぁあっ!?」
「……ッスゥ〜。……いや、まだだ。まだ慌てる時間じゃない」
風紀委員の面々はそこに心当たりがあるのか、ヒナが目を見開き、アコが激おこ顔で先生を睨みつけ、イオリはコハルの影響でアウトォ! と叫びかけるも何とか冷静になっていた。
「えっ? え? 何?……は?」
「何が起きて…………し、私室? え、ベッド?」
困惑してから展開が動いて、ユウカとカズサ。及びガチ恋勢らは全員が虚無顔になる。
何かナチュラルに自室に招いたような事を言っていた。これは絶許の……。
「…………………はい!?」
と思ってたら何かとんでもねぇ量の書類が登場し、さっきとは別の意味で困惑の……否、宇宙を知った猫みたいな顔が量産された。
何年分なの? と、画面の先生が顔を引き攣らせると、一週間分かつ、ヒナが決裁処理済みという、またしても驚愕の事実が叩きつけられた。
ゲヘナ……別の意味でもやばくない?
ヒナちゃん……あの、休めてる?
これは……何といいますか……。
ん。私なら不慮の事故で燃やす。
シロコ先輩!? い、いやでも。確かにこの量は……マンモス校にして三大学園の一つとはいえ……あわわ。
生徒拉致れば解決だ〜という冗談を述べていた(あくまで一部が)アビドスの精鋭らは、この現実に思わず震え上がる。
聞けばゲヘナの風紀委員らは、このような仕事は苦手というか、あまり好まないらしく。
ほぼヒナとアコ。そしてチナツがこういった分野は回しているらしい。なんだそれ地獄かね? ……ゲヘナだったわ。
そんな畏怖を含んだコメントをよそに、画面では先生とチナツがテキパキと共に書類仕事をこなしていく。
「(あ、集中モードね)」
「(本当に仕事量が凄まじい時だけ見れる、ちょっと希少な瞬間ですね)」
「(こうしてお仕事した後にご褒美タイムでご一緒するたい焼きの味が……格別でしてよ)」
「(総決算中も、いつもこれくらい集中してくれないかしら。いや私にじゃなくて、仕事に。……まぁ、アレはアレで楽しいのだけども)」
ユウカやノア、ハルナにアオイ。他にも超真面目な状態の先生を見たことがある生徒は……それなりにいたのだが、やはりこうして見れるのはやはり嬉しいらしく。得意気に、ドキドキしながら眺めてしまう。知らない生徒らが目を輝かせているのにもちょっと愉悦を感じていたりもした。
もっともそれらは、早送り5倍速で動き出した書類消化映像で引き攣ったものになるのだけれども。
二人がかりで、わりとペース早め。なんなら仕分けだけみたいなものでも、半日以上。……生徒らの中で、ゲヘナ怖いの新たな要素が追加された瞬間だった。
『終わりましたね。……ふぅ、いつの間に夜に……』
だが、忘れてはいけない。本当に怖いのは、書類なんてものではないことを。
先生とチナツの間で何の気なしの雑談が始まったかと思えば……。不思議な沈黙が訪れて、チナツと先生の視線が合う。
『(こんな遅い時間に、実質的に私の部屋で先生と、ふたりっきり……?)』
……アレ? 何か雲行きが怪しいぞ?
顔を赤らめる必要は? ないわよね!?
待って。『どうしたの?』って問いに飛び退くのはいいけど……何でその先がベッドの上になるわけ?
ざわめきが起こる。
チナツは顔を赤らめつつも目を泳がせていた。
『あまり、意識はしていませんでしたが、この状況はその……あまりよくないといいますか』
いや、良くないのはお前の思考だぁ! という叫びが、キヴォトス中で響き渡ったのは言うまでも無かった。
『先生? 何か言っていただかないと、その……あまり沈黙が続くと、かえって変な感じに……いえ、その催促とかではないのですが……』
その空気! 一番作ってるの! お前ぇ!!
わかった! コイツムッツリだ! 間違いない!
ん! ゲヘナむちむちムッツリ赤タイツサキュバス!
長いよ! でも全部正しいから困るぅ!
アウト! 何かもう空気がアウト!
ンアー! これ、多分、エッチなゲームで出てくるスチルです! ミドリが隠してたゲームにあるやつです! ユズに途中でプレイを止められたやつです!
アリスぅ!? ちょっ! それはシーッ! お口チャック!
本日もう何回目か。数えるのも面倒になった阿鼻叫喚がここに生れる。
一言一言に全員がツッコミを入れても尚、それらを置き去りにチナツはマップ兵器も真っ青な勢いで新たな火種をばら撒いていく。
コクマーでもこんなに炎上範囲は広く無かったし、なんならあっちは遮蔽物でどうにか防げるというのに。加えて……。
『(イカン。何故見惚れた私! 可愛かったけども! てか何だ!? 不思議なデジャヴが……イカン! とにかくイカン! 私の先生レーダーが、何でもいいから喋れって言ってる!)チナツ! 大丈夫? 顔が赤いけど、もしかして疲れて体調が……』
先生やっぱり、ゲヘナの生徒に対して色々と……。
この状況でこの反応に察しないのは大人として……いや、大人だから?
生徒らからの総ツッコミが入る中、先生は平常運転だった。
ただ、何か感じ入るものがあったのか、少しだけ落ち着いたチナツを見る目は優しくも、どこか遠くを観ているようにも見えた。
そんな中でもチナツの猛攻は続いていく。
困ってしまいますも。なんなんでしょうね、これは。なんて台詞にも、生徒らは総じて「お前が言うな!」「困ってるのは! 私達っ!」「何なんだよこの状況はぁ!」と、変わらず苦言というかツッコミが入る。入るのだが……。
『先生と一緒にいるというだけで、何故だかいつも通りではいられなくて……本当に困りましたね……色々と……』
クソッ! 誰かアイツを止めろ!
文句が追いつかないっ! 本当に何なんですか貴女ァ!
ケセドのオートマタの大軍より物量戦仕掛けてくるぅ!
それほぼ! 告白ぅ!
流し目やめろォ! 何かエロいィ!
てかスタイルも色気も……これで一年生!?
火宮チナツ……恐ろしい子。
因みに現地の生徒らは気づいていなかったが、キヴォトスのSNSは今、こんな感じに大変なことになっていた。
火宮チナツ。
何なんでしょうね(半ギレ)
風紀を乱す風紀委員。
ゲヘナむちむちムッツリ赤タイツサキュバス。
等がトレンド入り。そして、同時に一部の生徒達は気づいてしまった。
このサキュバス……じゃなくて、一年生は次元というか、視点が違うのだと。
私のお姫様発言で喜んだり。距離感が違くて一歩先に行ってたり。膝枕だとか、やれこんなことした。あんなことしてもらった。なんて具合に私達がキャッキャウフフと喜んでいる中で。
だってアンタ……仮に先生が辛抱堪らんと押し倒しに来たら……余裕で受け入れる気満々でしたよね?
何なら今から始めるのだとハイレグレオタード……もとい覚悟キメてましたよね?(リモート中のサクラコが可愛らしくクシャミしていた)
『私が勝手に先走ってしまっただけですので……』
やっぱり、私だけ……ですよね。そんなチナツの呟きと共に映像は暗転する。
爪痕がえげつなかった。この呟きすら先生には聞こえていたのだとしたら……。
予想を超えた超火力。加えてこんなやりとりしてた二人が、これから温泉行くという事実に生徒らはもう頭が痛くなってきていた。
「あれ? まだ続きが……モモトーク?」
誰かが映像を指さすと、そこには先生とのやりとりが公開されていく。
こんなのまで出せるのか。凄いなメモリアルロビーという意見と、いやもう何か……危険過ぎない!? このシステム! と白目になるチヒロがいたとかいなかったとか。
ともかく。そこにはお礼とまた何かあったらお手伝いをお願いしたいという旨のチナツからのメッセージがあった。
そして……。
『その時はきちんと別の場所を……あ』
『えっと……すみません……その……』
ヒナは書類をめっちゃ頑張ろうとその瞬間決意した。
ユウカは次の確定申告なり、領収書整理はギリギリまで延ばそうと画策する。そうすればもしかしたら私も夜に二人きりに……! か、かんぺき〜!
一方でノアはパジャマの染み……先生に取って貰うべきだったでしょうか? なんてとんでもないことを考えていたし、カズサとキキョウは無意識に耳が不機嫌そうに動いていた。……この後の展開が、ある程度読めるからである。
すなわち……。
『同じ場所で、大丈夫です』
そのメッセージが浮かんだ時、そういうことだよなぁ!? と、全員が心の中でスタンディングし、一斉に怒号を上げた。
コイツ……次は仕留める気では!?
だってそうじゃなきゃこの文面にはならんよなぁ!? というか、日付経ってるならもしかして既に致してしまったとか……!?
卑しい! 卑しい過ぎる!
「……ちょっと何かこう……攻めすぎでは? 風紀とは?」
思わずミヤコがそう進言する。
因みに全員は「いや、でもお前が言うなと!」とツッコミたかったが、何も言わなかった。
月雪ミヤコ。メモリアルロビーでは先生と無人島いくわ、何か子作り願望らしきもの(見る人によってはそう見える)垣間見せるわ。手繋ぎ散歩にストレッチ。裸で後ろから抱きつくわ、果ては寝てる横でカウントダウン。
……チナツの混浴で薄れてるが、こうしてみるとこのウサギ隊長も大概であった。変わらない正義とは? 閑話休題。
「あの、えっと……」
チナツは盛大に目を泳がせながら、アワアワしている。
先生に目を向けると、先生は目を泳がせながら「ちゃうねん」と呟いた。
「違うんだ。何かちょっとこう……何故かわからないけど、チナツ相手だと気がついたらとんでもないことになっていて、後でわりと反省してるんだ。もはや神秘だよ」
「……先生、じゃあ私へのセクハラも反省をしてるのか?」
「アレはセクハラじゃない。イオリが可愛いだけだよ」
「やろう、ぶっころしてやるぅ!」
ウガー! と叫ぶイオリは、何か仲良くなったらしいコハルに羽交い締めにされて止められていた。
一方で、他の生徒達は今までなんやかんやで一線は越えさせなかった先生がこうもラインを許すのは、文字通り何かあるのではないか。なんてオカルトじみたことを考え始めていた。現実逃避ともいう。
もう火宮チナツはサキュバスかもしれない。なんて突飛なのに信憑性がある学説をぶちまけてないとやってられなかった。
だっておかしいよ。何かもう雰囲気が、一回どころか数回はヤッちゃった空気出してるもん。3凸どころじゃない。市街地、屋内、野外どこでもOK状態である。
「ちょっと改めて確認させて欲しいんですが……温泉に入った。それだけなんですよね? チナツさんが先生を癒すために計画した旅館にて」
「カップルプランで宿泊込みでな。どうやら間違えたらしいぞぉ? 本当かはしらんがなぁ!」
「マコトバカ……じゃなくて議長は黙っていてください!」
「……お前今ナチュラルに議長をバカと申さなかったか? ん? 横乳バカ丸出……いや、行政官よ?」
「…………殺しますぅ!」
「アコちゃんステイステイ! 落ち着いて!」
漫才をする風紀委員と万魔殿。
ただ、質問自体は全員が気になる話ではあった。……何か前に似たような質問に目を泳がせていた気もするが、確認は大事だった。
「えっと……温泉は入って……」
「お宿に……お泊りして……」
沈黙。二人はアイコンタクトの後に真顔になり……。
「や、やっぱり見るの止めない?(止めませんか?)」
なんやかんやでワーカーホリック二人、やましいことはあったのか、往生際悪くも抵抗する。
当然、そんなものは受け入れられる筈もなく。
「白石ウタハァ!」
「よしきた任せろ!」
キキッ! とマコトが最高にいい笑顔でウタハに激を飛ばし、ウタハもノリノリでメモリアルロビーを起動する。
虹色が瞬いて、全員の視線が集中する。観たいけど観たくない。そんな感情を抱えながら、全員は衝撃に備えて……。
『浴衣を……失礼しますね』
チナツが先生の浴衣をはだけるシーンに遭遇し、無事全員総崩れになった。
現地は勿論、キヴォトスの各地にて、ゴシャァア! と、顔面から地面に倒れた者が続出したのである。
何でよ! どうしてそうなるのよ!
キャアア! せ、先生の胸板が……き、キャアア!♡
わぁ……♡ っと! 違う! 違うから!
エロいズルい酷いあんまりじゃないっ! もっと見せて!
き、着痩せ……いたしますのね。線は細いのにたくましいだなんて……!
…………っ。
ま、まぁ! 私も見たことあります! ありますから……!
憤慨するユウカ。
手で目隠しと見せかけて指の間から覗いているミカ。
カズサは普通に見惚れかけて誤魔化すし、キキョウは罵りながらも欲望を出す。ハルナの反応もまた素直なものだった。
ただ、先生の胸板公開によって諸行が流されかけたのはほんの一時だった。
よく考えなくても
それにいち早く気づいたノアは、枕を本気で投げつける時の恐ろしい笑みを浮かべていた。
その笑顔の威力たるや、あのミヤコが思わず顔を引き攣らせる程である。……それでもマウントを取る辺りは流石なのではあるけれど。
画面ではチナツが先生の胸に聴診器を当てておいて、何か恥じらっている。
恥じるべきは今のお前だと叫んだ者は一人や二人ではなかった。
「………ですか……!」
すると、地の底から響くような低い声がした。
見ると横乳どころか全身を震わせながら、アコがクックック……! と笑っていた。
隣にはシナシナを通り越してカラカラになったヒナがいるので、これが怒りの原因であるのは明らかだった。
「どういう、ことですか……どう見ても温泉どころか……!」
全てを察したイオリは耳を塞いだ。さり気なく近くの同志(ツッコミの)コハルにも促し、空気を読んでハナコも苦笑いしながら耳を塞ぐ。
それを見たホシノは盾を構えて、後輩たちに合図する。長年の連携の賜物か。精鋭5人は即座に防御陣形に移行した。
反応できたのはそこまでだった。
「これ! もうヤッてますよねぇ!? じゃないとおかしいじゃないですかぁ! この距離感んんっ!!」
全員の気持ちを代弁してアコのシャウトがこだまする。
もうどうにも止まらぬ中で
禁断の温泉カップルプランの全貌が、ついに明らかになる時が来たのである。
因みに先生の浴衣をはだけて恥じらうチナツさんは、ASMRにて……つまり公式です(定期)
感想、ここすき、誤字報告などいつもありがとうございます。励みになっております
次回は強火でガチ恋勢が焼かれつづけたり、ハルナが大ダメージを負う予定です。お楽しみに