ゲヘナへの道〜先生の熱愛疑惑騒動〜   作:星組

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あなたを癒やす湯上がりに。皆の脳を灼いていく

 先生の浴衣脱がせた事件は、一瞬で暗転した。

 いや、もっと見せろや! という声は果たして先生の胸板をという意味か、こうなった経緯か。あるいはその先か。おそらくは全部だろう。

 だが、旅館に到着した二人の映像からして、そういった込み入った事情はこれから明かされるのかもしれない。

 ウタハ曰く、あれはメモリアルロビーに搭載されたAIが演出した、盛り上がる冒頭部分というやつのようだ。

 余計な機能を……と奇しくも先生とチナツが全く同じことを考えていたりしたのだが、それは誰も知る由もなかった。

 

「(ホント……伏兵というか、なんというか。リオ会長の横領並みな衝撃を受ける日が来るなんて思わなかったわ……」

 

 次々とキャノン砲レベルの砲撃を飛ばしてくるメモリアルロビーを眺めながら、早瀬ユウカはどうしてか昔のことを思い出していた。ダメージ量の凄まじさによる現実逃避ともいう。

 それは先生がキヴォトスに来てからしばらく経った辺りのこと。休日に街中をノアと一緒に散策していたら、クロノスが発売したゴシップ誌が目に入って、ユウカは思わずそれを手にとってしまった。

 見出しが卑怯だったのだ。

 

『シャーレの先生、深掘り大作戦!』

 

 頭の悪いタイトルのコラムね。と当時は鼻で笑いながらも、それが先生について大規模に調べた(らしい)内容だと分かってしまったら、気がつくと財布の紐が緩んでしまった。

 当時はまだシャーレに所属していなかったノアが、目をパチパチさせながらこちらを眺めてきたのは……今思い出すとちょっと恥ずかしい。だが、これがきっかけでノアもまた先生に興味を持つことになり、最終的には彼女もシャーレに所属することになったのだから、人生とは分からないものである。

 

 コラムにはキヴォトスに来た先生による最初の戦術指揮に始まり。

 その後に起きた様々な事件や問題解決、各地の小競り合いの鎮圧など、シャーレの生徒らと協力してこなしてきた活躍の数々が載せられていた。

 そういえば、このコラムから最古参メンバーらに『シャーレの13人』なんて呼ばれ方が定着し始めていた気がする。

 何せ数ページも使って戦闘力やら、先生との相性もとい、相棒度なんて訳わからない数字をでっち上げて、面白おかしく13人の紹介が写真付きで(いつ撮ったのだろう?)掲載されていたのだから。

 シャーレの注目度は、当時からそれだけ高かったのである。

 ……因みに女房役もとい相棒枠がハルナだったのは今でもちょっと納得がいかない。もとい、お時間いただいて抗議してやりたいが、それはいい。……見返すとどの写真でも先生の隣をキープしていやがり、思わず雑誌を持つ手に力が入ってミシミシ言ってた気もしていたが、それもまだいいのである。

 

 ここまで来たら認めよう。早瀬ユウカは先生に対して……多分他の生徒らより深い。親愛の情がある。

 ガチ恋勢なんてちょっと腹立つ言われ方も許容しよう。当たらずとも遠からずというやつである。

 だって現に先生がちょっと他の生徒らといい感じになっていると……思わず身を乗り出しそうになってしまうのだから。

 

 ライバルが多いのは分かっていた。先生を信頼する視線の中に、尊敬や友愛とは違う熱を帯びたものが混じっているのも知ってはいる。だが、それと同時に先生はどこまでも先生だというのも承知していた。

 だからユウカが把握している限り怪しげな。あるいは明らかにガチ恋勢な生徒は何名かは挙げられる(カズサやキキョウ、ミカとかミカとかミカ)が、明確な脅威として認識していたのは……それこそハルナくらいだった。これに関しては、他の生徒らからも猛烈な勢いで同意を得られるだろう。

 他にもミネやナギサ、ミモリにと把握していなかった伏兵(多すぎぃ!)まで出てくるわ、何かノアも思ってたより怪しいわ。ミヤコも何かミヤコだわで……。こうなると他にも知らないだけで潜在ガチ恋勢がいるのかもしれないが……今はいい。

 特にミネとか今ユウカの中では脅威度が爆上がりしてるが気の所為だ。生徒らの中で共通の分かりやすい卑しか女がハルナだった。

 

 黒舘ハルナ、マジで先生と距離が近いわ。頻繁に先生との匂わせ投稿するわ。顔もスタイルも抜群にいいわ。そもそも愛する殿方なんて先生に面と向かって口にするわ……。絶許ポイントを挙げ出したらきりがないレベルである。

 更に始末に負えないのは、先生もなんだかんだでハルナと波長が合い気味だったのも、彼女の危険度を跳ね上げる一因となっていたと言えよう。シャーレ設立から見続けた……もとい見せつけられていたユウカが言うのだから間違いない。

 外食率。任務への同行率。当番の回数も……間違いなく彼女が一番多い。テロリストというハルナの最大にして唯一の欠点すらフットワークの軽さに繋げてしまうのだから、レギュレーション違反にも程があった。

 

 ……そう。『あった』

 所詮過去形である。危険度S黒舘ハルナなんて生ぬるい。数ある伏兵らの中からぬるりと現れて、爆速で周りを置き去りにした危険度EX……否、Lunaticな女は格が違いすぎたのである。

 

『(そ、そんな。出来るだけ早くと思い慌てて予約したせいで、プランの確認を怠ってしまった……? せ、先生とカップルだなんて……先生はどう思って……』

 

 

 目に見える脅威などたかが知れている。本当に恐ろしいのは……目に見えない脅威と……誰もなし得ていないアドバンテージだということをユウカは今、嫌というほど見せつけられていた。

 丁度旅館に到着し、カップルプランだとそこでようやく気づくチナツ。

 いや、そんなことある!? とツッコミたいが、なんやかんやでゲヘナのとんでもない仕事量を見てしまったので、慌てて予約はありえなくもないと思えてしまう。

 

 

『実は私が間違えて……』

『ではお二方はカップルではなく……?』

『いえ、間違ってません。すいません、まだ慣れていないだけで』

『せ、せせせ先生!?』

 

 が、そんな小さな同情は、今や木っ端微塵に砕かれた。

 勿論この後に先生が言ったように温泉を楽しむためというのもあったのだろう。

 でもよくよく考えたら、カップルプランじゃなくとも生徒と二人きりで宿泊ってどうなの?

 というか、混浴で薄々そうかなって思っていたが、貸切の露天風呂って……エ駄死案件では? だって明らかにそういうことする二人が利用するものですよねぇ!? 何よりも……。

 

「(隠れ蓑の嘘とはいえ……先生が認めちゃった……恋人って……明確に宣言……)」

 

 ユウカは胸が締め付けられていた。何ならジュジュッ! と、脳が灼けつくような幻聴・幻覚すら感じている。多分この場にいる……そしてリモート中のガチ恋勢らも同じ状況。同じ痛みを味わっているのだろう。

 それは、キヴォトスにいる一握りの生徒らが欲して止まなかったのに、誰も手に入れられなかった絆の称号。

 それを……画面にいる少女は、先生の隣でそれを享受していた。

 旅館の支配人の、仲が良いようで羨ましいというコメントがひたすらループする。

 羨ましい。そう……とんでもなく羨ましいのだ!

 だってこうしてカップル用の露天風呂を用意させたということは……“先生から”! 誘っていることには変わりないのである。つまり……。

 

『先生さえ宜しければ、その……お風呂、一緒に入りますか?』

 

 そうして……たったの数秒でキヴォトスを大いに揺らした映像が公開された。

 

 淡雪が静かに舞い落ちる冬の露天温泉。

 難易度Lunaticな先生バリアーを突破したチナツは、混浴というプラチナ級トロフィーを手にしていた。

 

「(……まずいわね。叫びたいわ。やっぱりこれ、どっからどう見ても……)」

「アウトォオオ!!」

「(ありがとうコハル、最高よ。いや本当そうよねぇ!)」

 

 全キヴォトスの生徒らが、満場一致で叫びたくなるくらいには、その絵面は背徳的というか……明らかにイケナイ雰囲気だった。

 

 やっぱりタオル小さすぎ! だとか、すっごいナチュラルに一緒にお風呂入ってるけど……ダメよねコレぇ!? とか言いたいことは山程あるが……今は何より、いつかに聞き逃した、チナツと先生の会話が重要だった。

 カップル用のお風呂を共にして、この二人は何を話すのか。というかナニをしたのか。

 現状確定で浴衣はだけたり、耳かきからのお耳マッサージは判明しているが……。

 いやはや、当人が言う通り、人生は何が起きるかわからない。だが冷静に考えれば一番の被害者は色々暴かれている先生で、次点でチナツだろう。

 そう考える理性はユウカをはじめ、他の生徒らにもあったのだが……。知りたくないが、知りたい。その心が勝ってしまった。

 

『いつかは……もしかしたら、こんな未来も……』

『未来?』

『あっ、い、いえ! 気にしないでください……もし本当にそうなれたなら……そんな素敵な日々のことを、思わない訳ではないのですが……』

 

 ん? と、ユウカは首を傾げた。

 もう何回目? となるが、結構とんでもないことを……。

 

『生徒と先生で――、今は十分過ぎるほど幸せなんです。本当に……』

 

 言ってやがるなぁ! この女!

 何かイケナイ恋一歩手前を楽しんでない? 結ばれない関係を一番美味しいとこで味わってるわよね?

 てか空気感が、こう……昼ドラみたい。いや、むしろ不倫だこれー!

 おかしいじゃない! なんで齢15でそんな未亡人めいた色気を放てるのよ! コユキやモモイの可愛らしさを見習いなさ……いや、てか今更だけど、あの子達と同い年、ですって? ウソでしょ?

 

 思わずユウカは暴走し、そのままグリンとチナツに顔を向ける。ついでに周りも見渡した。

 

 ヒナはカチンコチンに固まっている。顔は耳まで真っ赤っ赤だった。

 ミカはどっかの便利屋の社長みたいに白目を剥いているし、キキョウは反吐が出ると顔にはっきりと書いてある。

 ミヤコは……何か目つき悪っ! な状態だし、ノアは……親友たるユウカをして、今まで見たことがないくらいに無表情だった。こんなのコユキが見たら即ジャンピング土下座しかねない雰囲気である。

 カズサとは目があった。彼女もまた、周りの反応を伺っていたらしく。何だかシンパシーを感じてしまう。

 そしてそのまま、ユウカはカズサと同時にハルナへ顔を向けて……。

 瞬間、二人は純粋な恐怖で戦慄した。汗が重力に逆らうように、ゾワリと這い上っていく。そんな錯覚を覚える。

 ハルナは……何故か小さく笑っていた。細められた真紅の目は獲物を見つけた肉食獣のそれ。店を爆破する時の……ハルナのテロリストとしての一面だった。

 

「(ああ、ダメだわ……これ。あの時の……本気でヤバい店を見つけた時の……先生を振り切ってまで、爆破から大暴れした時並みに……感情が荒ぶってる……)」

 

 笑顔で。あるいはムスッとしながら店を爆破するハルナは……時々見る。先生は怒るし、シャーレの13人(基本その時はマイナス4人)らで鎮圧するのが常だが……。

 一度だけ。全員が鎮圧を躊躇して……。ハルナが見たこともないくらいに怒り狂い、単独で敵陣に突撃し、愛銃のアイディールを下手人に乱発した上で店を爆破した時があった。

 

『五ツ星料理人簒奪事件』

 

 美食研究会ばかりか、シャーレの13人全員が満場一致で食と料理人への冒涜だと感じた、後味の悪い案件だった。(外食やデリバリーがしばらく無理になった)

 あの時のハルナは……まさに修羅と化していた。美食研究会=テロリストをいつも否定する(どっからどう見てもテロリストだけれども)彼女が、テロリストと呼ばれてもいい。むしろなるとまで言い放ったのだから。

 つまり何が言いたいのかというと、このテロリストはこうなれば多分手段を選ばなくなる。

 チナツと先生の恋人宣言が大ダメージだったのは疑いようがなく、なおかつこうして三歩先どころか十歩は先の段階に行かれたのを見せつけられたのなら……。彼女はもう迷うまい。

 混浴より凄いことくらい絶対にヤる。マジモンのエロテロリストになって先生に迫り、間違いなく翌朝辺りに過去一過激な匂わせ投稿をすることだろう。そんな未来がありありと想像できた。

 

「……ヤバくない?」

「ヤバいわね。このままじゃ先生がハルナに……」

「いや、それもだけどさ。見なよ」

 

 カズサが顔を引き攣らせながら、画面を指さす。そういえばハルナに戦慄しすぎてメモリアルロビーから目を離していた。

 二人はいつの間にか温泉から上がり、夕食を待っているようだったが……。

 

『夕食を済ませて少ししたら……もう一回温泉楽しもうかな』

『……でしたら、私も先生と一緒に入ります』

 

 いや、エロテロリストこっちにもいたわ。

 思わずユウカの額に青筋が浮かぶ。何なのコイツら、ナチュラルに二回戦……じゃなくて、二回も風呂入ったの? そんなのまるで本当に……。

 

『今はその、カップルですし、先生のことは私が守ります』

 

 いや守れてないじゃない! 寧ろ貞操奪いそうじゃない! ユウカはそう叫びたくなった。

 画面の先生も! 呑気に微笑んでないで……。

 

「……嘘、でしょ……?」

 

 本当に笑い事じゃない光景が広がっていた。

 二人でまたお風呂まではいい。後から入って来たチナツに先生の目が釘付けだったのも……ギリギリ許そう。

 何か先生の肩こりやらから、もっともらしい、微妙に白々しい会話を経て、気がついたらチナツが先生の髪を洗い、背中を流すことになっていた。

 いや、何故!?

 

 因みに画面内でチナツと先生が湯船から上がる時、先生はその場で目をふさいだ。思い出の中では身体を洗う際に常にチナツの方を見なかったが、こういった映像ではそうはいくまい。不慮のラッキースケベを未然に防ぐ策だった。

 実際その判断は正しかった。

 メモリアルロビー内のチナツは今、先生の後ろにいたが……タオルの防御力というか、カバーできる範囲が著しく狭かった。

 その状態で先生に今みたいにシャンプーなんてしたらどうなるか。

 

「ほぼ、モロ出しじゃないですかぁ! これ先生が振り向いたら大変なことになってしまうじゃないですかぁ!」

「お前も横乳モロ出しだがな。いやそもそもこれ……既に大変なことになってるだろ」

「急に冷静にならないでくれませんかねぇ!? 違和感が凄いのでぇ!」

「服装に違和感ある奴が何か言ってるなぁ?」

「ぶっ殺されたいんですか!」

 

 アコとマコトの漫才ですら、ある意味癒しだった。

 キヴォトス広しといえど、先生にシャンプーしてあげたことがある生徒は流石にいまい。

 ……この女、ことごとく初めてを獲得していないだろうか?

 というか……。

 

「(せ、先生の……裸……!)」

 

 ミヤコの時も思ってしまったのが癪だが、そこだけはグッジョブと言わざるを得なかった。ユウカは取り敢えずガン見して目に焼き付けようとして……。

 

 

『んっ……しょ。……ふっ……んっ……』

 

 シャンプーの次は、妙に艶めかしい息遣いのまま先生の身体を洗っていくチナツ(ノイズ)も取り入れて、再び脳がジュボッ! と炙り焼きにされる。

 もう止めて! チナツ! 先生ガチ恋勢らのライフはとっくに0だよ! 

 オーバーキルを通り越して、これじゃイジメですっ! 格ゲー初心者にユズをぶつけるような所業ですっ! 

 なんて具合にモモイとアリスが震えながら叫ぶが、画面のチナツは止まらない。

 優しく、先生の肩から背中、腰から腕へ洗っていく。ねっとりと手の指と指の間まで洗い始めた辺りで、アイリは顔を真っ赤にしながら目を覆った。

 ちょっとエッチすぎない? ヴァルキューレ案件じゃないこれ? ……てか流石に前までは洗わないわよね? そうだよね? とユウカやその場にいた全員が固唾を飲んで見守る中でチナツのご奉仕は続いていく。

 そして……。

 

『あ、あの……チナツ……』

『――――あっ!? し、失礼しました! っ、えっと……つ、続けていきますね!』

 

 それは不幸な事故だった。先生からしたら約得かもしれないが。

 具体的に何が起きてしまったかというと、ほぼ裸の少女が一生懸命に凝り固まった男の身体を磨いていたら……。少女の身体が起伏に富んでいたが故のアクシデントが起きてしまった。つまり……。

 

「(Rabbit2! Rabbit2ぅ〜! こちらRabbit1! マジでした! 危惧してましたが、マジで当ててやがりました! 私の時に全然動じなかった辻褄が合ってしまいました!)」

「(こちらRabbit2。ドンマイだ。切り替えろ。サイズ……じゃなくて、戦力が違う)」

「(もうちょっと何かないんですかっ!)」

「(あってたまるかバカウサ隊長)」

 

 そんなやり取りがSRT式ハンドサインの無駄遣いで行われている傍で……生徒らはもうツッコミすら出来ない状態だった。

 

 もうダメだ……おしまいだぁ……。

 何かおっぱい当ててから、喘ぎがしっとりしてない?

 てかこれ……先生の、その……アレも見えてるんじゃ……。

 大丈夫ですか? 痛かったら言って下さいねは……何か、もう……さぁ。

 あ、終わった。よかった、流石に全部は洗わないか。

 洗ってたらキヴォトスの空がまた赤くなったかもね。なんて。

 

 そんなコメントを聞いていたユウカは、唐突に不安になった。

 流石にちょっとそういうのはあってもメモロビでは映さない……わよね?

 もはや先生とチナツが致していた可能性が前提に食い込んでいる状態である。だんだん麻痺して来たとも言う。

 そうこうしていたら先生はのぼせてしまい……画像は暗転し、二人は旅館の部屋に戻っていた。

 横たわる先生に団扇で風を送るチナツ。お互いに格好は浴衣。耳かきのくだりで見てはいたが、ユウカをはじめとしたガチ恋勢生徒らに再び追加ダメージが入る。

 

 攻撃性能高すぎない? 一応救護担当でしょ。と思わずユウカは言いかけて……ミネを見てから口を閉ざした。言わぬが花というやつだ。

 

「……火宮チナツ」

「は、はい?」

 

 そこで不意に何かに気づいたらしいキキョウが啞然とした顔で。画面に視線を固定したまま、乾いた声を出す。

 

「先生は、湯当たりしたのよね?」

「は、はい」

「お風呂で……ふらふらして?」

「えっと……はい」

「記憶が飛ぶくらい?」

「み、みたいです……」

「……先生を運んだのは?」

「わ、私……です」

「濡れた先生は?」

「わ、私が……拭きました」

「先生の服は……どうしたの?」

「…………わ、私が」

「…………着せただけ? 本当に? 貴女が?」

「…………そ、それはどういう?」

「気絶させて、人工呼吸を……とか言ってた女が、裸の先生を目の前にして何もしなかったと?」

「…………」

「…………先生、どうした?」

「…………ナ、ナニも……シテません……ヨ?」

 

 君みたいな勘のいい猫は嫌いだよ。

 とは言わなかったものの、チナツは冷や汗ダラダラで、必死にキキョウから目を逸らしていた。

 画面ではチナツが先生の胸をはだけさせて聴診器を当て……何か緊張している様子が映し出されていた。冒頭へはこうつながるのかと呑気に考える者は皆無だった。絶許案件があまりにも多すぎる。あとやっぱり、雰囲気が何かエロかった。

 ユウカは本日数回目の脳破壊を受け、震えながら縋るように先生の方を見る。

 

 

「(ははっ、吸って〜吐いて〜って言うチナツ、可愛かったなぁ)」

「(あっ、目が……書類の山を見る時と一緒)」

 

 この時点で先生は遠くを見ながら現実逃避していた。そういや思い出してみると、パンツもちゃんと履かされていた。つまりはそういうことである。

 

「ほ、本当です! 流石に介抱に専念しました! 心配が勝りましたので!」

「でも裸は見たのよね? 何にも感じなかったと?」

「………た、逞しいなぁ……とは。あ、あと、心音の確認で、胸に耳を当てたくらい、で」

 

 なんてやってたら画面の先生は聴診器に興味を持ちはじめていた。すると、チナツはじっと先生を見つめてから……。

 

『もし、ご興味があれば……聴いて……みますか?』

 

 柔らかそうな唇を動かして、またしても爆弾発言が飛び出した。

 アビドスの砂嵐でももうちょっと加減するというのに、火宮チナツはノンストップ過ぎた。

 

「(てか、待って! 待ちなさい! 聴かせるって……まさか……!)」

 

 ユウカの目の前で、先生が聴診器を持つ。

 一瞬白衣の先生がちょっと優しくも影のある笑顔で迫ってくる妄想が始まりかけて……。

 銀色が、チナツの柔らかな膨らみに「ふにゅっ」と押し当てられた所で、スンッと現実に立ち戻る。

 

「いやアウトォ! さっきからもう……! いっぱいアウトォ!」

「これ、かなり恥ずかしいですね……、じゃないだろ! 誘っておいて顔真っ赤には……! お前ぇ!」

「ヴァルキューレ仕事してぇ!」

「は〜い。今日は休暇で〜す」

「休暇なわけあるか。警備に来てるだろうが」

「ンアー! これお医者さんごっこです! お医者さんごっこしてます!」

「あわわわ……検査がどうしてこうなるの!? 絶対おかしいじゃんね!」

「ん? 次はお熱測る……んなぁああ!?」

「おでこ……くっつけ……て……」

「体温計を! 使えぇ!」

「キキッ! もうしらん! やってしまえ! もっとやれぇ!」

 

 焼け野原というべきかなんというべきか。

 もはや爆心地と化したシャーレの中で怒号が飛び交う。

 ユウカは太ももから……いや、全身から力が抜けていくのがわかり、気がつけば隣に座るノアにもたれかかってしまっていた。

 

「ととっ、大丈夫ですか? ユウカちゃん?」

「ええ、大丈夫よ。致命傷なだけ」

「それは……ダメなのでは?」

「……ノアは……?」

「私は致命傷ではありませんが……そうですね。不可能と分かってても、記憶を放棄したい気分です」

「(……いや、それノアにとって完全にタブーなんじゃ?)」

 

 つまりはお互い重傷な満身創痍か。と、乾いた笑いが漏れた。

 

「私だって温泉に……ウフフ。でも、先輩なら後輩の恋を応援するべきなのかしら? だって私じゃ……先生をあんなに癒せないし、ドキドキもさせられない。戦いなら役に立てるけど、こっちの戦いは……ウフフ。どう思う? アコ?」

「ヒ、ヒナちゃん落ち着いて! それアコちゃんじゃない! 月餅だよ! お菓子籠に入ってたやつだから!」

「あわわ! ど、どうしよう? シナシナってか、もはや……砂じゃない!」

「だ、大丈夫ですよヒナ委員長さん! 温泉! 先生を皆で温泉に誘いましょう!」

「ん。そこで先生を襲うべき。恋は戦わなければ勝てない」

「シロコ先輩!?」

「ん。いつ襲う? 私も同行する」

「ん、もう一人の私だ。これは頼もしい」

「「「「シロコちゃんっ(先輩)!?」」」」

 

 

 視界の端ではヒナがついに砂みたいにサラサラになり、ホシノやアビドスの面々が必死に慰めていた。

 何かとんでもない計画が聞こえてきたが、その時は全力で阻止するものとする。……いや、便乗もありだろうか?

 てか、やたらスタイルのいい獣耳生徒がいきなりエントリーしてきて警備組は騒然としている。……まぁ、知り合いっぽいならいいけど。

 

 一方向こうでは、チナツがアコに持ち上げられてめっちゃ揺すられていて、それを見たマコトが爆笑していた。

 

「ぎ、行政官! 目が、目が回るので下ろしてくださぃ〜」

「どうしてくれるんですか! どうしてくれるんですかぁ! ヒナ委員長がショックで私を認識できなく……うわぁあ! このムチムチサキュバスぅ!」

「ア、アコちゃん落ち着けぇ! もはや悪口に……!」

「さ、サキュバ……エッチなのはダメぇ! 死刑!」

「(……そういえば、サキュバスがエッチな魔物だと知ってるんですね。コハルちゃん……うふふ)」

「キキッ、最高だぁ火宮チナツ。ぶっちゃけたまにドン引きしたが、よい余興だった。大義である。そうだ月餅行政官、ちょっと空崎ヒナのそばいってみろ。今ならお菓子として、横乳に噛みつくヒナが見れるかもしれん」

「…………」

「ア、アコちゃん? アコちゃぁん!? ウソだろ!? 早まるな! ちょっといいかもって迷うな! 色々アウトだから! 尊厳は捨てるなぁ!」

「ええ……コイツマジか」

 

 いいぞもっとやれと内心思ったのは、女の子として落第なので胸に秘める。

 風紀委員会大丈夫かな? なんて思いつつ。さり気なくイオリと一緒にコハルがツッコミやらをやってるのを見て微笑ましくなる。――ハナコと目が合うと唇に人差し指を当てて内緒の仕草をしてきた――……うん、エデン条約成功してるわね。ヨシッ!

 

「先生、私も温泉を所望します。無理ならドラム缶風呂を。並べて入るのはもうNGです。絶対に一緒に入ります」

「ミヤコ、ステイステイ。待ってくれ」

「せ、先生……わ、私もドラム缶一緒に……ほら、屋根裏部屋住んでるし! ドラム缶風呂だってへっちゃらだよ!」

「いや、何を言ってるんだミカァァア!」

「体温どころか、肌も密着させたいって言ってるの。まさか断らないよね? あの子とはあそこまでしたのに?」

「あ、あのね……キキョウ?」

「あ〜あ〜。だから襲われちゃうよって言ったのにね?」

 

 先生はミヤコ、ミカ、キキョウに囲まれていて、カズサはそれを遠巻きに、いかにも興味ありませんよ〜といった空気を装って眺めていた。

 てか、ドラム缶って……カップル旅館の露天風呂から数十段は格落ちしてるわ、ロマンチックさも欠片もないけど、アンタ達はそれでいいの? ユウカはなりふり構わぬ獣達の恐ろしさに震えるしかなかった。

 

 そして……。

 最後にハルナの方を見る。他の面々がアレだ。最も警戒すべき、欲望に忠実な彼女はしっかり見張らないと……と、思った所でユウカはおや? と首を傾げた。

 ハルナが、震えている。その顔には明確な絶望が宿っていた。

 

「そん……な。そんな……」

 

 震えながら、潤んだ瞳でハルナは未だ流れるメモリアルロビーを観ていた。

 あれほど強かなハルナの心が、明らかにポッキリ折れていた。一体何が?

 ユウカが顔を上げる。メモリアルロビーには温泉や恋人プレイ(絶許)を楽しんだあと、マッサージ機で淫らな(?)姿を見せた後のチナツが……先生と一緒にジュースのラムネを楽しんでいた。

 

「あっ……(察し)」

 

 そこでユウカは味のある顔で苦笑いする。もう大体読めてしまったのだ。

 

「美食にとって大切なのは料理と相手、そして時期。それと同じくらいシチュエーションも無くてはならない存在です」

 

 頼んでもいないのに何か講義が始まった。とは言わないであげるのがユウカなりの優しさだった。

 

「一番好きな相手と一番好きなものを食べる。なるほど、真の美食といえるでしょう。ですが、美食とは単一ではなく多様性と可能性に満ちているものですわ」

 

 震えながらハルナは言葉を紡いでいく。

 チナツと先生が楽しげにラムネの瓶にあるビー玉の音を楽しみながら、昔の思い出話などに花を咲かせていた。

 

「カップル限定の、山奥の秘湯で二人きり。素敵な時間を過ごし、湯で肌を磨き上げ、互いに見惚れ合い、お部屋では睦み合う。そうして気分転換に……手を繋いでお散歩……!」

「手、繋いでなくない?」

「飲んだ後に繋ぐに決まっているでしょう!? (わたくし)ならそういたしますわ! それが最高の余韻になり、ラムネの味がより引き立つのですか……ほらぁ!」

 

 半泣きで画面を指さすハルナ。確かにラムネを飲み終えた二人は目的もなく共に歩き始め……何かチナツがよろめいて、先生がそれを支える。

 そのままお互いを守り合うという名目で二人は腕を組んで歩き出した。ピキピキとユウカの太ももの筋肉が痙攣した。

 腕を組んだことで先生はどことは言わないがチナツの柔らかさを。チナツは先生の腕の太さや逞しさを感じているのだろう。

 どこからどうみても、ただのカップルだった。

 

「もう……もう(わたくし)は、最高のラムネを味わう日を永久に失ってしまったのです。これを見てしまった以上、必ずや今日という日が脳裏にちらついて……先生と二人きりでも先生はチナツさんを思い出して……」

「いや、明らかにラムネより凄いこと……」

「身体なら、私が全身を使って隅々まで洗いましょう。お風呂に入ったなら、先生の視線を独り占めに。お部屋でもたっぷり、色々と。……チナツさん以上に先生を癒して、最高を味わっていただきます。ですが、食の感動とは……心に刻まれるもの。そして今(わたくし)は……明確な敗北を感じてしまった……」

「(だんだんめんどくさくなってきたわね)」

 

 何かもう、コイツ大丈夫じゃないか? 今ならラムネぶっかけたら脅威度0になりそうだ。というか、つまるところハルナは……。

 

「アレね。今、超羨ましくて、憤死しそうってこと?」

「ズルいですわ! ズルすぎますわ! ラムネ……(わたくし)も先生と素敵な旅館で味わいたかったのに……! もう二番煎じにしかならないなんて……美食を探求するものとしては致命的な敗北……いえ、死と言っても過言ではありませんわ……!」

 

 いつもなら、もうメモリアルロビーなんて爆破してやりますわ! と言いかねないが、今のハルナは崩れ落ちてしょんぼりしているだけだった。これなら大丈夫だろう。

 ……ただ、爆破でふと思ったが、メモリアルロビーについては危険性やらも含めて、後に皆で話し合う必要があるだろうか。

 

「……ふぅ」

 

 ユウカは思わずため息をつく。図らずも現地のガチ恋勢らの沈黙もとい脳破壊を全て見届けた。今にして思えばとんでもない1日だった。

 

 

「先生!」

「どういうこと!」

「主殿〜!」

「カムラッド! これはなんか……ダメだろ!」

「私だってこうして欲しい!」

 

 メモリアルロビーにはチナツが先生に誘われるままに同じ布団にもぐり込む姿が映し出されていた。もう何が出ても驚かないと思っていたが、まだ上があったらしい。

 お布団が暖かい? 絶対違う。先生と心がとか本当は思っているに決まってる。

 チェックアウト寸前の、十五分くらいだけした二度寝の思い出のようだ。

 ……いや、これゲヘナの行政官じゃないけど、ヤることヤッてましたって言われても不思議じゃないような……?

 

「で、ヤッたのか。夜は明確に映されなかったが?」

「無いからね!? アイ・アムティーチャー! OK?」

「アウトォ!」

「ウフフ。ノー♡」

「なんでぇ!?」

「いや、今までの映像思い出せよ! 完璧アウトだろぉ!」

 

 ちょっとだけ笑いが起きてる辺り、多分最後の一線は越えてないと皆悟ったのだろう。色んな部分のライン超えはいっぱいあったけど。

 だからこそこの後は……より騒がしくなり、皆が先生のお時間を頂きにくるのだろう。

 魔法の言葉「え? でもチナツとは◯◯してたよね?」という最強の武器を携えて。先生程じゃないが、頭が痛くなりそうだった。

 

 

「ねぇノア。愛って何かしらね?」

 

 なんとなく頭の体操というか息抜きがしたかった。ちょっと強火で炙られ過ぎたとも言う。

 するとノアはそうですね……と小首を傾げながら、さり気なくそのアメジストを思わせる瞳を彼に……先生に向けてから、クスリと微笑んだ。

 

「前に“先生と一緒に”休憩がてら議論した時は……躊躇わないこと。とおっしゃってましたね」

「…………へ、へぇ~」

「でも……確かに。自分の限界を超える為には……躊躇いを捨てる覚悟も、必要なのかもしれませんね」

「……ま、まぁ。確かに。そう……かも、ね?」

 

 プチュ♡ と、脳にアイスピックを突き立てられた幻覚を見た。

 いつの間に? 二人きりで? どこで? どうしてその話に? 何の躊躇いを捨てるの? 限界って? と無限に錯綜する思考をどうにか宥めながら、ユウカは辛うじて納得したような仕草を装った。

 ノアが目を細めながら「ごめんね。ユウカちゃん」と小さく呟いたことには……気づかないフリをしたままで。

 

 ……数学は真実を導くが、どうやら割り切れないものもあるらしい。

 それが、今回の騒動の果てにユウカが得た教訓だった。




過去の感想で返信が抜けていたものがありました。誠に申し訳ありません。感想やここすきは栄養になってます。いつもありがとうございます。

ユウカとカズサが戦慄するシーンはトリコでGTロボ初登場時のアレッぽいやつです(笑)

次回エピローグやり一応物語上は〆。後日談やら番外編、IFやらを追加して正式に終わりという感じになります
最後まで楽しんで貰えたら嬉しいです。

今更ですが、本作は本編だけでなくASMRや公式ショート動画等のネタバレも含んでいます。ご了承ください。
チナツのASMR買いましょう。声が可愛い。何かエロい。普通に卑しじゃなくて癒しもあり。オススメです
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