ゲヘナへの道〜先生の熱愛疑惑騒動〜   作:星組

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頑張るあなたのすぐ横で

「(……手強いですわね)」

 

 黒舘ハルナはそんなことを考えながら、自分の仕事をこなしつつ、すぐ傍で物凄い勢いで手と目を動かしまくっている男女を観察していた。

 男は先生。

 女は本日の当番である生塩ノアである。

 

「ノア……あと何件?」

「34件ですね」

「遠いぃ……」

「因みにこちらのチェックが終了した後は、作成すべき書類があと――」

「ま、待ってくれ。ノア。ちょっと……待ってくれないか」

「ダメですよ〜。あと15件ですね。頑張りましょう♪」

「……OK。私今から超頑張る。超まじめ」

「集中モードですね。お供いたします」

 

 本日のデスクワーク。わりと多め。

 連邦捜査部S.C.H.A.L.Eのオフィス内はキーボードの打鍵音と、書類に万年筆を奔らせる調べが支配していた。最低限の会話で効率よく仕事を潰していく様は、部活動というよりも所轄の刑事や企業のデスマーチを連想させた。

 

 

「◯月✕日。1025。シャインタウン廊下での軍用ドローン誤作動による暴走を起こし、ヴァルキューレの生徒から救援要請。対処に向かう」

「報告書はこっち。事態はその日当番だったシロコとノノミが一緒に来てくれて鎮圧。ヴァルキューレの生徒に数名怪我人が出たけど、トリニティからサポートに来てくれたセリナが対応。ドローンの稼働基地は通りすがりのモエが同行、バグや故障箇所を修繕。無事解決。――あっ、今印刷してるのは、桜亭4番地での報告書ね」

「――はい。こちら、シャインタウンの報告書、確認いたしました。不備もないかと。サインをお願いします。先生」

「了解」

 

 

 それもその筈。こういった時に呼ばれる当番はほとんど固定されており、それは各学園のブレイン的な立ち位置だったり、単純にそういった作業が得意な生徒が選出されることがほとんどであり、今日来ている生徒はそのどちらにも該当する者だった。

 基本そういった生徒が一人ないし固めて数人当番に入っている場合、多くの生徒は察するのだ。

 

 あっ、今日は超忙しい日。修羅場なんだね……と。

 

 普段は当番(たまに複数)と、遊びに来る生徒らで賑わっているシャーレだが、そういったブレインな生徒らがいる日に行くと、すんごい量の書類を片付けていたり、小難しい案件を抱えているのがほとんどだった。

 なので行った時に先生は歓迎してくれるが、そうやってお時間もらい過ぎてしまうと、最終的に先生が無茶して可哀想なことになる確率が跳ね上がってしまう。

 

 

「先生の捺印が必要な書類はこちらにまとめておきました。内容は確認済みです。問題はなさそうですが……一応確認を」

「ありがとう。助かるよ。まぁこの辺はノアが大丈夫って判定してくれたなら、バシバシ捺してっちゃって大丈夫だとは思うけど……」

「……先生?」

「ち、ちゃんと確認しますっ!」

「ハイ。その方向で行きましょう♪」

 

 

 勿論、何か出来ることはないかと手伝いに行くのもありだし、そうすると先生は大喜びだし、確かに仕事をくれはするのだが……。

 大抵は手伝いに行った生徒の仕事が先に終わり、手持ち無沙汰になる。事務仕事が得意な生徒なら、そこから更に仕事を見つけられるのだろうが、当然というか、学生の身でありながらオフィスワークも出来る生徒の方が圧倒的に少数派だ。

 故に“そういう日”はほとんどの生徒はシャーレオフィスに行かず。頑張れ、先生! と陰ながらエールを送ったり、差し入れを持っていく程度に留めるのだ。

 ……たまにそんな日でもシャワー浴びに来るウサギがいたりするが、それは置いておこう。

 繰り返すが本日の当番は生塩ノアただ一人。言わずと知れたセミナーの書記であり、シャーレにおいてはオフィスワークをやらせたら3本の指に入る程に優秀な生徒。

 彼女が当番ということは、つまりはそういう日であり……現に今、先生は最初はひぃひぃ言ってたかと思えば一転してキリッとした表情でテキパキと仕事をこなしている。

 こなしてはいるのだが……。

 

「(……今日こそはと思いましたが……それとも、やはり本当に、何もない……のでしょうか?)」

 

 

 二人きり。ダメですわ絶対。の勢いで不意討ちでシャーレに朝から突撃した黒舘ハルナは、書類作業の手を緩めぬまま、二人に注意を向け続けていた。

 集中が必要なところに押しかけたのだから、仕事の一つや二つは当然手伝いはする。だが、それはそれとして己の目的……もとい確認を果たすつもりではあった。

 

 端的に言うならば黒舘ハルナは先生ガチ恋勢(この呼び方、何か頭悪く聞こえるわね。とジュンコは笑っていた)として……現状では生塩ノアを最も警戒しているのである。

 

 

 例のメモリアルロビーの会合以来、ハルナは一部からこのような声を……もとい、自分への呼称をよく聞くようになった。

 

 ガチ恋勢筆頭〜ただしチナツが出てくるまで〜

 先生と一番距離が近かった女。尚風呂は入ってない模様。

 ラムネで討伐出来るテロリスト(笑)

 他、色々。

 

 自身もインフルエンサーだからこそ目につくそれらは、全てがアンダーグラウンドな掲示板だったり、SNSの片隅から生まれてきた“囀り”である。

 元よりハルナは積極的に先生にアタックしていたり、先生と行動を共にすることが多い。

 故にこういった声は今更であり、それはチナツというダークホースが出てきてからも変わらない。

 

 まず、筆頭なのは変わりませんが? と言いたい。チナツが出ようが、自分の想いは誰にも負けないという自負があるのだから。

 お風呂ならそのうち絶対にご一緒いたします。そう決めているので、これもいい。まさか先生は断ったりしないだろう。

 ラムネは大大大ダメージだったので一週間くらいヘコんだ上に、炭酸が飲めなくなったりしたが、今はもう上書きの決意を決めている。いつかの飴玉は受け取ってくれなかったので、ラムネは一緒に飲んでいただきますわ。方法は勿論……“分けてさしあげる感じで”

 ――尚、いざやろうとすると多分恥じらってしまいそうだが、それは今は考慮しないものとする。

 

 ともかく、問題なのは別のこと……皆が気づいていない、ある疑惑についてだった。

 同じくガチ恋勢(本人は否定)なカズサも叫んだ笑えない仮説。即ち――先生、超難攻不落説。その理由を肉付けする新たな要素こそ……先生に誰か特定の想い人がいる説――である。

 奇しくもトリニティの才女である浦和ハナコやミレニアムのジョーカー的な黒崎コユキと同じ結論。

 そこに至る根拠は……単純な付き合いの長さからくる、直感めいたものだった。

 

 さまざまな先生との関わりが、あの会合では垣間見れた。

 しかし、チナツの特大火力が注目されがちだが、結局のところ、あのサキュバスですら先生を堕とすことは叶わなかったことに、誰も危機感を抱いていないことが問題だった。

 あそこまでして、先生は不動。だがそれでいて自由人もかくやに生徒にセクハラやら、ちょっと危うい関わりはする。

 どこまでも生徒らには中立でどこまでも平等。だから揺らがないのか。

 

 だが、ハルナは知っている。先生だって人間だ。

 まだキヴォトスに先生が来て間もない頃。ちょっとした食事の場や誘惑した時のほんの刹那に……彼の素が出た時があった。

 それはキヴォトスで月日を重ねるうちに先生は上手に隠すようになったが、それでも100%とはいかない。

 隣で長く先生を見つめているハルナだからこそ分かる……寧ろ気付けるのはハルナくらいな微妙な揺らぎ。

 それが妙に多いのは……先生が生塩ノアといる時。“ある一定の時期”を経てからそんな気がしてならなくて、以来当番や任務で一緒の時には観察を欠かさなかった。勿論、あのメモリアルロビー会の時もだ。

 ノアが自分と同じガチ恋勢なのは疑いようもない。

 

「そろそろ、コーヒーでもいれましょうか。ハルナさんは、砂糖なし、ミルク少しですよね?」

「……まぁ、よろしいのですか? ありがとうございます。いただきますわ」

 

 先生に配分は聞かない。彼が仕事の時に微妙に変わる砂糖とミルクの量。その条件は把握しているのだろう。

 長く共にいるシャーレの十三人のメンバーでさえ、それを把握しているのはほんの僅かであり、その上で完璧に当てることも困難だというのに。

 先生を理解しているアピール&先生が喜ぶという強力なマウントにハルナの尻尾や片翼が不機嫌そうにヒクヒク痙攣しだした。

 

「どうぞ。今はミルクなし。砂糖多めですよね?」

「うん。助かるよ。いつもありがとう」

「いえいえ。――はい、ハルナさんも」

「か、感謝いたしますわ」

 

 なんですの? なんなんですの!? 今耳元で囁く必要ありましたか!? ほんの刹那ですが、見つめ合ってから先生がはにかんで……そこに悪戯っぽい微笑み……何か腹立ちますわ!

 

 勿論、そんな内心はおくびにも出さず、ハルナはお上品にコーヒーを受け取る。油断すればマグカップがガタガタ震えて中身をぶちこぼしそうになるが、それは何とか耐えきった。

 

「(前々から感じてましたが、おかしい……絶対何かありますわ! ……根拠はないですが……他でもない、この(わたくし)がこんなにも心がざわめくなんて……!)」

 

 これがユウカやミヤコなら微笑ましく思うだけで終わり。

 カズサやキキョウならば何か頑張っておりますわね。と嘲笑し。

 ミカならば逆にこっちが先生へ接近すれば目に見えて動揺したり、お上品さがなくなるだろう。

 だが、彼女だけだ。何故か生塩ノアの場合は、謎の危機感がはしるのだ。

 いわゆる、女の勘。なんだそれはと笑われそうなものだが、ハルナは己の感覚を疑ってはいなかった。

 

 今日だって朝にシャーレオフィスに突撃したら最初は誰もいなくて、後から二人揃ってやってきたのだ。

 曰くモーニングコーヒーと軽食を楽しみながらミーティングをしていたらしい。

 だが、居住区の休憩室や自習室にも人影はなかったのだ。一体どこで? めぼしいカフェは近くにあるが、そこだって窓越しだが覗いてきた。

 まさか二人だけの秘密の場所なんて……もしあるとしたら笑えない。このままいくと食への冒涜以外の理由で初めて爆弾を使っちゃいそうだった。

 

「(こうなれば……先生に二人きりで話したいことがあるとお伝えして、夕食を共にしていただきましょう! Eat or DieならぬSearch&Destroy……! 気になるならいっそ聞いてしまうのが一番ですわ!)」

 

 それ絶対意味違うわよ! と突っ込むジュンコはここにいない為、ハルナの脳内暴走は加速していく。

 ――ピコン。ピコンと鳴る自分のスマートフォンに気がつくのは、もう少し先の事であった。

 

 

 

 ※

 

 

 最初は……彼女自身が持つ特異な能力に対する、個人的かつ単純な興味だったんだと思う。いや、もしかしたら……根底には羨ましさだとか、理不尽かつ一方的な嫉妬すら混じっていたのかもしれない。

 ユウカから話を聞いていた、絶対的な記憶能力を持つ生徒。

 彼女が初めてシャーレに来た時に私との間に奇妙な沈黙と緊張を含んだ見つめ合いが起きてしまったのは、先生として反省すべき失態だった。

 ――どことなく透明感を感じる彼女の雰囲気や声。白いパーソナルカラーに不思議な郷愁を覚えてしまったのもある。一目惚れというやつでは……ない筈だ。美しい女の子であることは間違いないし、多分今ならば会った中で最もをつけてしまいそうになる。これだけは私の胸の奥底へしまっておくことにしよう。

 多くの人は彼女に神秘的で超然的な印象を持つだろうけど、大切な友達がいて。面白いことを探し、それを生み出せるなら全力を尽くす。からかい上手でお茶目なとこもある、普通な女の子。それが彼女だった。

 少なくとも……私の秘密を……重荷を背負わせていい存在でなかったのは確かなのに……。

 彼女はあろうことか、喜んでくれた。秘密の共有をある意味で楽しんでいて。私個人も救われて……いつしか、気がつけば――。

 

 

「ふんぬぐぐ…ぐぎゅぅうううっ――! さっさと! 斃れなさいよ!」

『要望を否認する。使命を全うするまで私は斃れる訳にはいかず。されど、先ずはこの場において最も障害になりうる貴殿の心を折る』

 

 物凄い複雑な顔で。形容しがたいうめき声を上げながら、ユウカはメモリアルロビーに攻撃を加える。が、ダメ。

 驚異的なまでの固さでメモリアルロビーは銃弾を弾きながら、ゲーミングPCもビックリに……いっそユウカのイライラを逆撫でするように上半身部分をぐるぐる回しながら、謎めいた言葉と共に虹色に輝いていた。

 

『映像再生。《運動のお手伝い》』

 

 

『フフッ……先生、そういったお顔も素敵ですね♡』

『ノ、ノアァ……あの、そろそろ限界……』

『ダメですよぉ? まだ残ってますから』

 

 ノアにスクワットをさせられている。先生が。

 ただそれだけなのだが……妙にこう……イケナイ感じなのは何故なのか。

 普通にボディタッチしてるし。筋肉の説明はわかるが、先生のそこを指でなぞる必要性は? 息を切らす先生もだが、ノアのカウントダウンも妙にこうエッチなのは……何なの!?

 その後に普通にエモイ話が出てきて温度差が凄い。

 というか、運動前なんてノアが普通に先生に手料理振る舞ってるわ、先生も妙にリラックスしてるわ、ノアが先生を管理(意味深)する宣言するわ……いや、何なの!?(二回目)

 

 

『映像再生《ご褒美の時間》』

 

 

 それは、シャーレでの仕事を集中して終わらせた後の出来事らしかった。

 頑張ったらご褒美あげます。という爆弾発言の後。妙にソワソワする先生とそれをからかうノアの図がそこにあった。

 

『はい。何でもいいですよ? ただし――エッチなこと以外……ですけど♪』

 

 何なの!?(三回目)

 また先生の耳元で……というか、明らかに己の声の良さを理解しているとしか思えないんですけど! いや、正直それしても許されちゃいそうなくらいにはいい声だけども!

 と、突っ込んでたら、先生はノアに膝枕で耳かきをリクエスト。

 やっぱり脚フェチ……! と戦慄するヒビキの震え声を耳にしながら、ユウカはその時、心の中でガラガラと色々な物が崩れていく幻影を見た。

 

「(ウソ……先生から、おねだり……そんな……)」

 

 ノノミも、ミネも、チナツすら、基本的には彼女達から提案したり、物理的に気絶させて膝枕だったり耳かきするという流れだったのに……まさかの先生から。

 そんなに……そんなにノアの脚がいいんですか? 耳かきされたかったんですか? ……いや、ぶっちゃけ凄く気持ちは分かるけど、やっぱり複雑で……

 

「うっ……ううっ……」

 

 思わずユウカの動きが止まる。その瞬間、メモリアルロビーは変形させたバルカン砲をユウカに向けて……。

 

「はっちゃー!」

 

 直後、横合いからコユキが滑り込んできて、間一髪ユウカを救出した。

 

「あ、ありがとう……コユキ」

「にはははっ! ユウカ先輩、これで私による緊急回避、三回目ですよぉ? いい加減慣れ……いや、ごめんなさい、無茶言いました。流石に無理ですよね、これは」

「急に真顔にならないでよ……でも、本当に助かってるわ。ここにコユキがいてよかった……」

「にはっ! もっと感謝していいんですよぉ? 崇め奉ってください! ……にしても……」

 

 コユキが映像に目を向ける。

 

 画面には、過労で倒れた先生に寄り添うノアの姿。まるで子どもをあやすように彼女の白い手が一定のリズムを刻みながらポン。ポンと先生の胸をタッチする。

 優しく、愛を感じる動き。やがて一瞬鳴動したアラームを即座に停止させながら、ノアはそっと……眠る先生に囁いた。

 

『ごめんなさい、先生。もしかしたら初めて、嘘をついてしまったかもしれません』

 

 ノアは少しだけ震えながらそう告白した。最終バスに間に合う時間には帰る。そう先生と約束していた彼女は……その時間を謀ったのだ。

 

『自分の言葉にも、記録にも誠実でありたいと思うのですが……残らないで欲しい。と、そう願うことが……最近は増えてしまいました』

 

 記録を重んじて、書記として、一歩引いた位置を保たんとする彼女を知るユウカにしてみればまたしても衝撃的な一言。

 その残らないで欲しいと願う原因は。言葉や記録への誠実さを投げ出したいと思わせる対象は……!

 

 

「ユウカ先輩は物理的に重いですが、ノア先輩は精神的に重いんですね。ある意味で名コンビでは?」

「コユキ。そっちに銃向けたくなるから、変なこと言わないでくれるかしら?」

 

 言うに事欠いて感想がそれかとユウカは叫びたかったのと、いつかに噂になった、ノア朝帰り事件の真相がこんなとこにあったのかと戦慄する。

 この時からだ。夜は必ず寮に戻っていたノアが……たまに帰ってきていない時がある。なんて噂が頻繁に流れ始めたのは。

 もしかしなくても、一回や二回ではない? なんて考えがよぎりかけた所で、ついさっきみた添い寝して本を読むノアの姿がリフレインして、脳が再び灼ける気配がした。

 泊まってたやん。さっきの思い出でも。

 そう気づいた時、二度目の衝撃が再び襲いかかってきた。もう幾度も体験しているが、このメモリアルロビーは……先生の心も映すのである。

 

『(……ああ、結局こうなってしまった。私はこれから先に何回も、先生失格だと自嘲することになるんだろう)』

 

 そして、やはり衝撃は終わらず。意識はまだ眠りの世界に行っていなかった先生は……ノアがシャワーを浴びに休憩室から出て行ったと同時に、深いため息をつきながら頭を抱えていた。

 

『(君はいつかに言ってくれたね。どの生徒にも平等であろうとする私の在り方と、書記として中立であろうとする自分は似ていて……故に私を尊敬していると。自分はまだ私ほどに意志を貫けていないとも。でもね……)』

 

 私もなんだよ。私だって……ご覧の通りだ。寧ろもっと酷いまである。

 先生の……見たこともない程に弱った独白は続く。

 

『(君の初めての相手()になれて、嬉しく思う自分がいる。“似たもの同士”とシンパシーを感じていたくせに、君の中に確かに起きた変化を……もしかしたら君にとっては忌むべきかもしれない願いを……真っ先に受け止めてあげたいと願う自分がいる。……私は、先生なのに……)』

 

 シャワーからノアが戻ってくる。先生をそっと覗き込んで。

少し迷った様子を見せながらも、一つ隣のベッドに彼女は潜り込んだ。

 暗闇の中で彼女は横たわる先生を見つめ続ける。やがて彼女は寂しさと嬉しさが入り混じった笑みを浮かべてから、そっと目を閉じた。

 

『おやすみなさい。先生。……びっくりさせちゃうかもしれませんが、許してくださいね』

『(おやすみ、ノア。……先生なのに、君との一夜に高揚してる“僕”を……ああ、うん。許さない方がいいな、コレ)』

 

 

「本当に何なんですかもう! 先生! 普段とキャラ違いすぎます!」

「先生も大概重いですねぇ……にはは……に、似たものカップル……」

「あー! あーっ! あああああああああああああああぁぁあっ!」

 

 ボソッと爆弾を落とすコユキにもうヤケクソだと言わんばかりにユウカはサブマシンガンを弾切れになるまで乱射する。

 リロードすら捨てて銃身で殴りかからんばかりの勢いであった。

 だが、メモリアルロビーの猛攻は止まらない。

 

 二人でノアの部屋を模様替え。

 あら、ディフューザーなんて買ったんだ。いいじゃない。といつかに褒めたアレは……先生が選んだものだったらしい。

 

「ふぐ……」

「っと! はっちゃー!」

 

 コユキによる緊急回避。

 その先に叩きつけられるはシャーレにある二人だけの秘密の中庭。

 先生の心の逃避先にして、ノアとの逢瀬の場所。……一応ここはノアも偶然知ったらしい。

 時に哲学したり、内緒話したり。きっといつかにノアが話していた愛とは何か? という議題を交わしたのも、きっとここなのだろう。

 

 

「あう……」

「はっちゃー!」

 

 

 コユキは頑張る。

 だが矢は次々と装填されては放たれてくる。

 

『私は……ウミウシになりたい……』

 

 何かをやらかしたらしい先生は、ソファーで膝を抱えて落ち込んでいる。

 絶対に生徒達には見せない弱った姿を……ノアには見せていた。

 

『う〜ん。でしたら私は、アクアリウムでも買いましょうか。そうしたらお部屋で……先生を飼ってあげます』

『あ、それはちょっといい……訳はないなぁ流石に。いやでも今の私にはいっそ……』

『でも、そうなると少し寂しいですね。ウミウシになってしまったら……こうして私と触れ合うことも、お話することも出来なくなってしまいます』

 

 そっと先生の隣に寄り添うように腰掛けて、ノアがそんなことを言う。すると、某シスターフッドの長みたいなへにゃ顔だった先生は少しだけ持ち直し……やがて困ったように肩を竦めた。

 

『……それは、私も嫌だなぁ』

『……頑張れそうですか?』

『大人には、無理でも立ち上がらなきゃいけない時があるんだ』

『16時33分。落ち込んだ先生が痩せ我慢で立ち上がる。……膝が震えていました』

『それは……見て見ぬふりしておくれよぉ』

 

 時に友人のように。時に相棒のように。先生と書記。浮遊するような、似通った立ち位置で互いの隣を預け合っていた。

 

『映像再生、《誕生日》』

 

 可愛らしい、チェックのワンピースを着たノアが先生と夜の街中を歩いている。……えっ誕生日、学校でお祝いしてランチもしたけど……夜は先生と私服デート……? あっ鞄……私とお揃いで買ったやつ……うん、やっぱりノアによく似合ってて……。

 バーナーで炙られている気分になりながら、ユウカはその光景を見つめているしかない。

 

「はっちゃー!」と耳に声が届き、身体が意思に反した方へ運ばれるが、まだ映像から目を離せない。

 生まれた日を記して回想する行為に特に意味はないとされていますが、それでも祝ってもらえるのは嬉しい。そんなことを1年の頃は言っていたノアが……。

 今は少しだけ驚き、恥ずかしそうに。でも嬉しそうに微笑んで。

 

『誕生日、お祝いの言葉だけで十分なのですが……』

『遠慮しないで。私がノアに何かしてあげたいんだ』

『……何でもいいんですか?』

『勿論』

『……後悔いたしませんか? 後からやっぱりダメと言われたりしたら、その記録はずっと私の中に残ることになりますよ?』

『覆したりしないさ。ノアの誕生日にノアを悲しませることなんてするもんか』

 

 すいません、やっぱりおかしいです。

 生徒に何でも言われたら……先生いつも、それなりに予防線張ってませんでしたか? 相手による? そ、そうですか……。

 太ももが震えすぎて、体積が減っているかもしれないわ。ダイエット成功ね! なんてアホな考えでどうにか痛みを中和しながらも、ユウカは衝撃に備える。

 大丈夫。だってノアよ? 今先生が何でもするなんて、相手によっては自殺行為な言葉を発したのだとしても……。い、いくらなんでも公序良俗に反したことをあの子がするわけ――。

 

 

『……でしたら、今晩は私が眠るまで、本を読んでいただいてもいいですか? ふふっ』

 

 あっ――。

 ジュボァ……と、燃え立つ音が侵食してくる。

 

 映像は切り替わり、何処かの寝室。いつかのような夜景が見えるその場所で、ノアは先生と同じベッドの中で安心したように微睡んでいた。

 

『もう、記録だけでは満足出来そうもありません……いつかに、主観に浸ろうとして溺れてしまうかもと言いました。だからそうならないように、先生の隣にいたいと……理想のお手本として』

『……うん、そんな話もしたね』

『あの時と変わらず。あの時以上に私は先生の全てを、記録に残したいんです』

『勿論。それがノアのやりたいことなら、私は応援するさ』

『……ありがとうございます。ごめんなさい。誕生日だからって、困らせてしまうことばかり言ってしまっていますね』

『……前も言っただろう? ノアだって………私の生徒なんだ。遠慮することなんかないんだよ』

 

 先生と生徒の距離感って何だろう。ユウカは何となくそんなことを考えた。

 ねぇ、私の生徒って言うところ、先生ってば妙に苦しそうに言ってない? 気の所為ですか?

 

『(ああ、そうですよね。先生ならそう言ってくれると思っていました。……これくらいは多分、他の生徒さんにも……言ってるし、言われ慣れてるのでしょうね)』

 

 

 ……アレ? 先生も大概ヤバい女誑しな悪い大人だけど……ひょっとして私の親友も?

 そうこう考えているうちに、ノアはそっと手を伸ばして、先生のパジャマの裾を掴む。……そういや先生のパジャマ姿とか新鮮だわ。これを少なくとも二回以上は見てるのズルくない?

 そんなユウカの叫びも虚しく。ノアは切なげな表情で先生により近づいて。

 

『この先も先生を記録し続けられるよう、ずっと(そこ)にいてくださいね……』

 

 夜のノアは、みたこともないくらい情熱的でした。

 てかこれやっぱり魔性の女じゃないのよ! いい加減にしなさいよ!

 当の本人はそのままスヤスヤと寝息を立て、後に残されたのは……。

 

『(……君の声を聞くと落ち着くのに、こうもかき乱されるのは本当に……ああ、……畜生)』

 

 悶々とする先生だった。

 こんな感じで、いつも身を焦がしながら耐え続けていたのだろうか?

 だからたまに変態になるのだろうか?

 ……いや、あれはアレで素な気もする。ただ、なんやかんやで先生の中には譲れないものはあり、それが『先生』であれという骨子を形作り、アイデンティティを護り続けているのは間違いなくて。

 ……まぁ、それはそれとして先生も男の子というやつなのだろう。

 淋しげに。傍らに置いたノアの為に選んだ何冊もの中から古い絵本を取り出した。

 

『僕は、 100万回も……そう言いかけてから、白い君にたずねたのだ。……傍にいたい。いてもいいだろうかと』

 

 やっぱり元の世界とは微妙に違う。けど内容はほぼ同じ物語。そういったものを見つけるたびに、先生の心は刺すような切なさが去来する。

 それを振り切るように手を伸ばし、白い君の天の川みたいな髪に触れた。

 顔には出さないが、心で女の子に鼻を伸ばしちゃうことはある。可愛くて仕方なくて奇行に走ったりもする。何かスタイルやら距離感おかしい子もいるから、健全な男として反応しかけちゃうこともある。けど、この感情はそのどれにも該当せず。だからこそやっぱり、先生失格だ。

 “僕”はどうしようもないくらいに……。

 

 

『(君が、愛おしいんだ……)』

 

 

 上手に焼けました♡と、ゲヘナ給食部員の下拵え担当の声が聞こえた気がした。というか、ウェルダン通り越して最早ユウカの脳は炭になりかけて……。

 

「はっちゃー! はっちゃー! はっ! ちゃ、あああー! ユウカ先輩ィ! 気持ちはお察ししますが、多少でいいんで動いて下さいぃ! ぶっちゃけ重……アダダダダ! バルカン砲結構痛い! 痛いですぅ!」

「バルカン砲よりさぁ! もう止めたげてよぉ! ユウカのライフ0通り越してもうマイナスだよぉ! 見てるこっちの胸も痛いよぉ! あと今更だけど100キロのデマ流してごめぇん!」

「しかも戦う理由が自分に向かぬ先生の想いを護るためだなんて……おいたわしや、ユウカ……。流石にこの悪辣なメモリアルロビーを残せとは言えないですね……破棄が妥当かと(超欲しいです」

「コタマ先輩、隠せてない。隠せてないから。というか、短時間でAIが明らかに進化してるね。演出含めて的確に心を抉るのが上手くなってる。……ユウカ強く生きて。ぶっちゃけ逆転は厳しそうだけど」

「問題は、この場にいる面々じゃ火力が足りなそうって所ね……ユウカに当てられる火力は物凄いのに」

「そこぉ! 好き放題言ってるんじゃないわよぉ! あと流出は止められたのよね!? もし止められてなかったらヒップアタックお見舞いしてやるわよ!」

 

 めっちゃ頑張るコユキ。

 同情しつつ、過去の過ちもついでに水に流そうとするマキ。

 顔を引きつらせつつ欲望は隠さぬコタマ。

 ユウカへの所業とAIの進化に恐れ慄くハレ。

 そして、冷静に分析しつつもついでとばかりにユウカをチクリと刺すチヒロ。

 まさに言われたい放題である。言われたい放題すぎて、さすがのユウカも復活し、再び前衛の役割をこなしながら情報をまた集め始める。

 答えるヴェリタスの面々は何ともいえない顔になっていた。

 

「取り敢えず、ミレニアムタワーの電波的孤立は何とかなったよ! けど……」

「多分すぐに何があったか探りに来る連中が群がってくるから、この部屋にいたら、防ぎきれない」

「スパコン室で大々的にジャミングをかけたり、タワー内の避難誘導だったり、やることは多いです。何よりも……」

メモリアルロビー(ソイツ)の目的が分からないのが……不気味過ぎるわね」

 

 実際攻めきれなくて状況は悪いのに、そんな中でミレニアムタワーの電子的な防衛をしつつ、秘密裏に敵を処理しなければならないのだ。

 戦闘に長けた者は少なく、そもそも限定的ながら火力を出せそうなエンジニア部は、説教の為に今回はほとんど武装解除状態。ハナコやリンもまた、状況が状況なので外に助けも呼びにくい。

 明らかに人手が足りなかった。

 

 

「目的なんて……この機械はただ流出・拡散が目的なんでしょう? それなら……」

『否定。流出拡散は手段に過ぎず、目的にあらずということを補足する』

「……は?」

 

 思わぬところから返事が来て、ユウカは目を丸くする。

 無駄に聞き取りやすい電子音声は、メモリアルロビーからだった。

 

「目的は違うって……じゃあアナタ、一体何の為に……」

『それに関しては、我々は共闘の可能性があることを呈示する。これから見せるは、きっかけのエピソード。そこに先生の秘密があり、これをもって私は堂々と真の目的を告げよう』

「だからこれ以上先生とノアへの冒涜は! てか共闘って何をどうなったらそんな思考になるわけ!? 急にAIがポンコツにでもなったの!?」

『否。……貴殿にとっても、メリットになりうるはずだ。何故ならば……』

 

 メモリアルロビーは謎の上体回転を止めてユウカの方に向き直る。

 

 

『私の目的の一つは破局。つまり先生と件の女子生徒、生塩ノアの間にある恋慕の……破綻を招くことであるからだ』




今更ながらですが、ノアのASMRや若干の絆ダイアローグのネタバレありです。
先生が読んでいた絵本はわりと有名なもののオマージュだったりします。
あと、さり気なく本作本編でハルナがノアを警戒してる描写が2箇所くらいあったりします。お暇な時にでも探してみてくださいませ。

感想、ここすき、評価、誤字報告などいつもありがとうございます。何度も言ってますがとてもエネルギーになっています。



情報やら供給が大量に来すぎて宇宙猫になってます。
ティーパーティー大好きなのでフェス水着も嬉しいです。今夜から楽しみですね
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