頭がフワフワする。口の中を少し切ってしまったのか、鉄に似た味がする。そして……普段からデスクワークで痛めがちな背中が猛烈に痛い。
「うっ……ぐ……」
真っ暗だった視界に彩りが生まれて、七神リンはそこでようやく、自分がさっきまで気絶していたことを思い出した。
「(そう、私は……“アレ”を見て……動きを止めてしまって……)」
情けなくて泣きそうになるが、戦闘開始してから、2分もたたないうちに脱落してしまったのである。
連邦生徒会は戦闘に慣れた者が少ない。その為にいたSRTだったのだが、今はほぼない(某公園で四匹の兎がそれは違う! ここにいる! と跳ねた気がした)に等しい。
つまるところ、こういった鉄火場ではそんなに役立てないのである。それは行政官という立場にいる、リンも例外ではなかった。
「リン行政官! 大丈夫ですか!?」
「……ハナコさん」
こちらを守るようにして愛銃を構えるハナコの背中が目に入る。
よく見ると、自分が壁を背に横たわる場所を中心にピンク色の力場が展開されていた。医療ドローンに近いもの。あるいは何らかの“特殊弾”だろうか。
加えて、仄かに蒼い光が自分とハナコに纏わりついているのが見える。これは……先生の戦闘記録でも見たことがあるものだった。
早瀬ユウカが十八番とする、多重展開も可能なエネルギーシールド。
ミレニアムの技術力を結集させたそれは、高い演算能力を持つユウカでなければ半分の性能も引き出せぬ、一級品にして特別製。その防御力はキヴォトスでも最高峰に迫るものと聞く。
「申し訳ありません。脱落した私にまで、守護のリソースを……。戦況は?」
「行政官が気を失われてから……20分程度でしょうか。状況自体はそれほど変わってはおりません。……ただ――」
ハナコが苦々しげに目を細める。視線の先には、まさに戦地となった会議室の一角がある。
嵐のようなバルカン砲の駆動音。それをフットワークとシールドでいなしながら、ユウカが縦横無尽に走り回っていた。
「許さ……ない……! 本当にふざけてるわ!」
『ふざけているのは貴様の方だ。セミナー、生徒会……本来は指揮官である立場の者がここまで動けるとはな。』
「アナタには言ってないわよ! 私が文句言いたいのは……エンジニア部ぅ!!」
ユウカの叫びに、無線で共有した端末の向こうから『ヒェッ!』といった声が響く。ヒビキとコトリだった。
「なんで! ベストを! 尽くしたのよ! よりにもよってアビ・エシェフの戦闘データを載せるとか、何と戦わせるつもりだったのよぉ!」
『す、すまない。どちらかといえば演算機能とかをメインにしたくて……戦闘能力は何というか……ノリ?』
『むしゃくしゃしてやったの。今は、反省してる』
『因みに説明を付け足しますと、メイン武装にバルカン砲。近接格闘AIに電磁装甲やシールド、ステルス機能。更に戦闘パターンにはもう一つ、総力戦案件で分析に使った廃遊園地、スランピアの……』
「あああああっ! 削るぅ! 来期の予算! 完璧に削ってやるわ! 絶対に許さないんだからぁ!」
『なんかごめん』
そらラプラスの悪魔なんて大仰な名前を名乗る訳である。
ユウカの怒りはそのまま銃弾へ。だが、防衛に優れるが、火力はそこまでな彼女故にやはり悪魔を破壊するには至らず。悪魔も攻撃はそれなりに苛烈だが、ユウカの防御を貫通できず。無視して外に出ようとしてもそれをシールドに阻まれる。
戦いは半ば千日手になりつつあった。
『そもそも文句を言いたいのは私の方なのだがね。ドアや壁にまでシールドを瞬時に遠隔で張れるのは……ちょっと反則ではないか? 監禁がご趣味の生徒会とは恐れ入ったぞ』
「人聞きの悪いこと言わないで貰えるかしら!?」
『データ収集。対象:早瀬ユウカ。これで先生を閉じ込められるのでは? と、妄想で少し考えたことが……』
「ああああああああああっ!」
ガンガンガン! とついにはシールドを纏わせた愛銃で直接殴りかかり始めるユウカ。一見簡単そうに見えて、やっていることはとてつもなく高度なマルチタスクの結晶なのだが、活用法が残念過ぎた。
『む、起きたか。連邦生徒会の行政官よ。では劇場の続きだな。まさかあんなにもあっさり気絶するとは思わなかったのでな』
一方で、しょーもない形でマルチタスク力を見せつけてくるのは、敵側にもいた。
メモリアルロビーもユウカと戦いながら再び虹色に輝き始めた。戦いながらこちらの精神を直接攻撃するような映像を投影する。ご丁寧にリンが気絶した時に中断していたらしい。誰が一番ダメージを受けるか把握しているとしか思えぬAIの判断進化には戦慄を禁じ得なかった。
『……責任を負うものについて、話したことがありましたね』
リンの動きを止めた映像が再び再生される。
懐かしい声。懐かしい姿。
夜が明けて間もない時間か。あるいは黄昏に沈む直前なのかはわからない。空の色彩はどこまでも曖昧で、外の景色はぼやけてよく見えない。
ただ、どこかの電車の中で、向かい合うようにして先生と連邦生徒会長が対峙していた。
いつの記憶かは定かではない。ただ、儚げに語る“彼女”は……明らかな致命傷を受けていた。
頑丈なキヴォトス人が出血する。
ミサイルを受けた空崎ヒナや、人外の者共と朝まで戦い続けた聖園ミカのような例から分かる通り、本来キヴォトス人が出血するには、そこまでの規模で肉体ダメージを重ねなければならない。つまり先生と彼女は、それだけの事態に巻き込まれているのだと推測できた。
「(一体……何が……? そもそも、この電車は何?)」
先ほどは唖然として攻撃をモロに受けてしまったが、今度は間違えない。手がかりを求めて、リンは映像を凝視する。
せめて外の景色だけでも。電車の車両から路線だけでも……!
そう思って必死に記憶の彼方から答えを引きずり出そうとするが……。見れば見るほどに、電車と外の景色はキヴォトス中どの区画にも該当しなかった。
「メモリアルロビー。こ、これは先生の記憶なのですか!?」
『我はラプラスの悪魔なり。肯定。これは間違いなく、先生の記憶である』
「キヴォトスに来る前の? 彼女が消えた原因が、これなのですか!?」
『解答は出来かねる。そもそも先生の記憶が何重にも封印されているが故に。今から見せるのも含めて、これらは彼の中に残された、断片的な記憶に過ぎん。だが……』
リンの問いかけにラプラスの悪魔は機械仕掛けとは思えぬ、苦渋に満ちた声で答える。
いくつもの映像が、まるで誰かの走馬灯のように流れていく。
ラフな格好に身を包んだ、今よりも明らかに若い先生が、驚いた表情で彼女と対峙していた。
何故かトロフィーと盾のようなケースに納められたカードを掲げて満面の笑みになっている先生……。
の、直後に半泣きの膨れっ面で先生にポカポカパンチをする彼女。
遺跡らしき場所にて探検隊です。といったカーキ色の服装に帽子を被った先生と彼女が、必死に大量に飛んでくる巨大なイナゴの群れから逃げている様子。
何処かの教会の前にて。神父の姿をした初老の男と燃える車輪に乗る……アレは、天使だろうか? 何故か既視感のある……具体的にはライフルを持って白目になりそうな、薄い赤髪の美女が佇んでいた。
対峙する先生と彼女の背後には……聖園ミカを助けた時に召喚した機体に似た――、巨大な蝿の怪物がいる。
映像に声は入らない。
だが、確かに長い長い時間と思い出の数々を感じさせた。それほど昔から、先生と彼女は出会っていた? わからない。
というか、二人がいるのは明らかにキヴォトスの外。一体どんなきっかけで?
見た所、彼女の姿はこちらで在学中のものだ。どうやって、キヴォトスでの生活と、こうした外での冒険を両立させたのか。
「…………っ」
その事実に直面した時、リンは思わす唇を噛み締めた。
私は……彼女の背を追うのに精一杯で。彼女のことを何も知らないのだ……!
『ですから、帰りましょう。先生。私達の……すべての奇跡が在る場所へ』
映像は流れていく。どこか先生を激励するような声をかけて、彼女の姿が遠ざかっていく。直後、キヴォトスの荒野にて全裸で起き上がる先生の姿が大写しになった。
アレは……いつかのプレナパテス決戦の時期であろうか。
『この記憶を見る限り、私は推測する。連邦生徒会長はキヴォトスや先生の為に何らかの犠牲を払った。だが、それを先生が見過ごすとは考えにくい。故に……先生の記憶を封じたのだ。これをこじ開けることで……彼女を見つける手がかりになる』
「――っ、ですが、それは……! 連邦生徒会長が……もし……っ!」
「連邦生徒会長のヘイローが、その代償で砕けていたとしたら……先生をただ悲しませるだけになりますが……そこはどうお考えでしょうか?」
ラプラスの悪魔の言う通り、確かにその記憶は有効な手がかりになるだろう。だが、同時にそれは先生の心に大きな傷を残すものになる可能性がある。
口に出すのもの躊躇う内容にリンが言葉を詰まらせていると、いつの間にかその場から少し離れた位置でハナコが会話を引き継いだ。声にはいつものユルさがない上に、何やら会議室の机を漁って回っているようだった。
……彼女が意味のない行動(公共の場で水着になる等は除く)をするとは思えず少し背筋が寒くなるが、また悪魔に気絶させられては敵わないので、リンは敵から完全に視線は外せない。ただ、ガチャンやらゴトンという音がただひたすらに不吉だった。
『それならば僥倖だ。私の目的は果たされる。先生は彼女を――連邦生徒会長を深く心に刻むだろう。出来ればそのまま十年程は引きずって欲しいものだ』
「……他の
『然り』
「……へぇ」
今やハナコの目はより昏くなり、絶対零度もかくやな冷笑すら浮かべている。
一方のユウカはもはや無言でエネルギーシールドバッシュを繰り返していた。怒りで火力が上乗せ出来たなら話は簡単なのに……! そんな叫びが聞こえてくるかのようだった。
「メモリアル……」
『ラプラスの悪魔』
「どちらでもいいでしょう! 貴方をスクラップにしなければいけないということは完全に理解しました」
『不本意だが、貴様らはそう考えるらしいな。だが、無駄だ。お前達は現に今、私を攻めあぐねている』
「それは貴方もでしょう? 逆に私達は貴方をここに釘付けにしさえすればいいのですから」
事態は相変わらず拮抗している。だがそれはリン達からすれば悪いことではない。時間をかければかけるほど、シャーレの13人か美甘ネルのどちらかが来る猶予が生まれるのだ。
だが、それすら予想の範疇にあるのか、ラプラスの悪魔は鼻などないくせに嘲笑うかのようにフシュー。と排気音を漏らしている。
『全て問題ない。たった今、プログラムは完成した。この場にいる者だけでは私は止められぬ。嗚呼、浦和ハナコ。貴様の考えすら私はお見通しだとも』
「考え? ハナコが何か作戦を? ――って、はぁ!?」
急に妙なことを言い出したラプラスの悪魔につられて、ユウカがハナコの方に視線を向けて……その表情をこわばらせた。
何かをやっているなぁと思っていたリンもまた、開いた口が塞がらない。
気がつくと、浦和ハナコが大量の手榴弾を抱えてにこやかに微笑んでいたのだから。
「大抵の会議室には爆弾があるものですが、流石ミレニアムといったところでしょうか。最新式かつ威力も申し分ないモデルです」
そんな会議室があってたまるかぁ! と、キヴォトスに来たばかりの先生ならば叫んでいたことだろうが、この世界ではそれがまかり通ってしまう。
何せコンビニで弾薬が売っているのだ。議論がヒートアップした時用の手榴弾が一席ごとに用意されているのも当然である。
『成る程、それだけの数があれば私も破壊しうるだろう。束ねているのは……下着か』
「少々恥ずかしいですが、他に紐になりそうなものが近くにありませんでしたので」
いつもより柔らかそう。かつ揺れる胸元を隠しながら、恥じらうような仕草をするハナコの目には光がない。
本気だ。リンはおろかユウカすら戦慄させる凄みがあった。
「ちょ! 正気なの!? 流石にその数を一気に爆発させたら……」
「ユウカさん、シールドをメモリアルロビーを囲うようにお願いします。私が懐に入り込んだら……蓋を」
「いやだから! それやったら貴女も無事じゃ……――っ! 却下よ!」
『そうだなやめておけ。確かにそれならば私を破壊しうるが……こうなった私……いや、“私達”には無意味だよ』
「いや、貴方は貴方で止めるのね。……って、はいぃ!?」
もはや何度驚けばいいのか分からなくなってくる。ハナコから再びラプラスの悪魔の方に目を向けると……何かサイズ感を少しだけ縮小して、悪魔が三体に増えていた。
三体に増えていた。
思わず二度見するユウカ。リンもその気持ちはよく分かる。本当に少し目を離したらこれである。いよいよもってブラックボックスというか、もはやビックリ箱だった。
「え、エンジニア部ぅ〜!」
『あ、あの。何かすまない。……ええっと』
「何を……他に何のデータを入れたの!? 怒らないから言ってみて!」
その前置きで怒らなかったお母さんいないのでは? と、エンジニア部の三人は通信機ごしに思ったが、言わないともっと怒られるので逃げ場はなかった。
『……ご、ゴズの戦闘データを少々』
『三身一体。合体分離も自在って……カッコよくてロマンかなって』
『ト、トリニティシステムと……名付けましたぁ……』
「バカァ! このっ――バカァ!」
絶対に外に逃がしてはいけない相手になんてものを載せるのかと叫びながら、ユウカは頬に伝う汗をそのままに必死に脳内で計算を繰り返していた。
戦闘能力はどうなった? 三つに分かれて各々が低下したならば捌けるだろうが、エンジニア部に限ってそんな生ぬるいことは絶対にない。という悲しき信頼があった。
「(ダメ、足りない。二体までなら多分ギリギリ抑え込める。でも、あと一体は……取り逃しちゃう!)」
そうなると、どうなるか。最悪なのは敵があの状態で全力逃げること。だが、それ以上に今起きうる変数で、“シャーレとして”致命的な事態は――。
「……あは♡」
今の精神状態でハナコが動くことだ。
ユウカが制止する暇もなく、まるで蛇のように肢体をラプラスの悪魔の一体に絡みつかせ、虚無の笑みを浮かべた。
「二体までなら、ユウカさんは抑えられますよね?」
「――っ、やめなさいハナコッ!」
判断が早い。そして、どこまでも合理的かつ無慈悲で確実な方法でもある。
成る程、それならば確かに止められはするだろう。だが、納得が出来るかといえば別の話である。
「そんなことしたら……っ! 先生に言いつけるわよ!」
「――っ、その先生を、守るためですっ!」
一瞬、ハナコの目に迷いが灯るが、それを振り切るように彼女は手榴弾をつなげたブラ紐を握りしめて――。
そこへ一つの映像が投影された。
『――アズサちゃんが人殺しになるのは嫌です。そんな暗くて憂鬱なお話、私は嫌なんです。それが真実だって、この世界の本質だって言われても――私は好きじゃないんです!』
それは虚しさを体現したかのような曇天の下で放たれたもの。
大切な思い出でもあり、直後に本当に天すら晴らしてみせたばかりか、
『私には、好きなものがあります! 平凡で、大した個性もない私ですが……自分が好きなものについては、絶対に譲れません!』
「………う、ぁ……」
少女の口から、声にならない呻きが漏れる。やめてと叫びたくてもそれは出来ない。
ヒフミ、アズサ、コハル、先生……彼女にとって大切な人たちの顔が次々と浮かんでくる。
『友情で苦難を乗り越え、努力がきちんと報われて、辛いことは慰めて、お友達と慰め合って……! 苦しいことがあっても……誰もが最後は、笑顔になれるような! そんなハッピーエンドが私は好きなんです!!』
今日、自分は何をしていた? 少女は自問自答する。
大切な人の為に動いていた筈だったのに、全てが裏目に出て。それでもどうにかしようとした結果が……今の自分だ。
映像が切り替わる。
それはいつかの隠された遺産をめぐる一夏の冒険を経た後日談。
思い出のプールで友人たちと楽しんでいた時の記憶だった。
プールサイドに腰掛けて、眩しそうに。それでいて穏やかな笑みを浮かべながらこちらを見守る先生に、ハナコはプールの中から近づいた。誘惑も挟んだ、ちょっとしたからかいに先生は苦笑いしながらも乗ってくれる。
『ハナコさんや。大人をおちょくるのホントよくない。先生超困る。いやマジで』
『大人だからこそハメた……もとい、ハメを外しちゃいたいこともあるのでは? ついでに理性もご一緒にどうぞ♡』
『ハナコォ! 止めなさい! その格好でバレー(意味深)強調するのダメぇ! もう最高……じゃなくてっ! ほらコハルがすっごい目で……』
『死刑ェ! 雰囲気がエッチだからダメぇ!』
『そら見たことかぁ! いやでも雰囲気って……!』
『先生とハナコは何かダメぇ! 淫……じゃなくてインモラルぅ!』
『……あー』
『……??』
『待てそこぉ! アズサはそのままでいて! ヒフミ! その反応何!?』
『あはは……何かこう、相性いいなぁと思う場面がチラホラ……』
『ヒフミ!?』
最終的にテンパった先生がプールに落ちて、そこからは5人で遊ぶ。
そんな幸せで愛おしい日常の記憶。なのに、それを見せられたハナコの目からは、一雫の涙が――。
『貴様のこの行動は、ハッピーエンドに繋がるかな? 浦和ハナコよ』
「…………」
ハナコの力が抜けた瞬間を見極めたのか、ラプラスの悪魔の一体がその場で身体を激しく回転させる。
頭脳こそキヴォトス最高峰ではあるが、身体能力は平凡の域を出ないハナコにとって、その勢いは防ぎようもなかった。
「(……こんなもの、罰にもなりませんね)」
受け身も取らぬままで壁に叩きつけられたハナコは自嘲するような諦観まじりの笑みを浮かべた。
色々なものを台無しにしてしまった日だった。
痛みはどうでもいい。ユウカがシールドを遠隔で間に合わせてくれたらしいので、少し休めば回復できるだろう。だが……彼女の心は今、乱れに乱れていた。
「(ごめんなさい、先生……ごめんなさい……私は――)」
もはや自分に出来ることは何もなく。ハナコは意識を闇に手放した。
※
『浦和ハナコ……弱く、脆くなる方を選ぶとはな。憐れなものよ。その気になればキヴォトスすら転覆させうる。この世にはびこる黒幕気取りの者共より、よほど混沌をもたらせる存在が……』
つらつらと御託を並べる悪魔を無視して、ユウカは冷徹に戦術用の算盤を脳内にて弾き続けていた。
向こうは分身し、ブレインである一人を落としたことで多分調子に乗っている。
御大層な名を語ってはいるが、目的も含めてポンコツな面が目立つし、対峙してみると、時折来るシャーレで総力を結集した戦いに比べたら楽な相手だ(精神的ダメージは除く)
一方こちらは先程からスマートフォンの通知がバラバラの間隔ながら何度も鳴り続けていた。その数は“12回”
ヴェリタスからは先程電子的な封鎖は完了したと連絡は受けた。
何より、コユキが戻ってこないという現状は、多分事がいい方に向かっている兆しと言えよう。
一年生、問題児、それでも……セミナーのメンバーだ。ただ指示だけを聞く優等生ではその肩書は務まらない。
データはそのくらい。敵は知る由もないだろうが勝利条件は状況も含めて整った。
故に、今ユウカに求められる役割は……。
「……エナジーブースト」
アリスの武装にも流用されている、ミレニアムを象徴する技術の一つ、エネルギー活用。ユウカの十八番であるシールドもまたその恩恵を受けている。攻撃や防御は勿論、力場の反発による大ジャンプや高速機動の実現など、用途の範囲は広い。
強力な推進力を得たユウカは、シールドを伴ったタックルをお見舞いしつつ、三体の悪魔の前に躍り出た。
『貴様では私達全員は抑えられまい? リン行政官は戦力としては無きに等しい。終わりだよ』
「いいえ、まだ終わらないわよ。……そもそもね。私はこういう場においては持ちこたえたり、時間を稼ぐのが仕事なの。貴方は分身した時点でハナコを煽ってないで、さっさと逃げるべきだった。貴方はミレニアムを……シャーレを甘く見すぎたの」
スマートフォンを操作する。シールドを会議室全体に張れるように待機させつつ、通知の内容を素早く確認。
すぐに作戦参加可能は5人。移動中が4人。遠いので間に合わない……あるいは別件で離れられないのが3人。
充分過ぎる。むしろミレニアムにいるコタマを除けば、よく4人も近くにいたものである。
加えて、繰り返すがメモリアルロビーが余計なマウントをとってくれたおかげで(ハナコは可哀想だったけど)既に結構な時間は稼ぐことが出来た。それだけの猶予をミレニアムにて与えられたならば……“彼女”が到着するには充分過ぎる。
「――コールサイン00……掃除を始める」
会議室のドアが無造作に明け放たれる。そこに――約束された勝利の象徴が立っていた。
『み、美甘……ネル?』
困惑する声を上げるメモリアルロビー。その隙は、ミレニアム最強の生徒を前にするには、あまりにも致命的すぎた。
「歯ァ食いしばってろよ? まぁ、テメェらにあるんだが知らねぇが――すぐに終わらせてやる」
一瞬で距離を詰めてきたネルは、獰猛な笑みを浮かべながら
後の顛末は語るまでもないだろう。
破裂するような銃撃音が響き渡り――ミレニアムの会議室は爆発した。