今日は妙に絡んでくる人が多いわね。
自治区のパトロールの最中、お決まりのようにデストロイヤーからエネルギー弾を連射して人を吹き飛ばしつつ、空崎ヒナは首を傾げた。
本日のスケジュールはそこまでタイトではない(その実、常人から見たら頭がおかしい時間配分なのだが)ので、サクッと終わらせて風紀委員会の本部に戻り、溜まっていた書類と、多分万魔殿から課せられる無茶振り書類を消化しよう。
そう思っていたのだ。ところが……。
「火宮チナツぅ! 覚悟ぉ!」
何だか知らないが、やたら後輩が襲撃されるのである。どうなっているのだろう?
因みにパトロールは基本的に空崎ヒナ一人で戦力的には充分なのではあるが、その後のアフターケア(ボコした相手の応急処置など、諸々の雑務)が必要なので、基本的には他の風紀委員に少し後ろから走り回ってもらうか、アコやイオリ。そして今日のようにチナツと行動を共にする事が多い。
勿論、本当に余裕がない日はひたすらヒナが動いて、後で自分で雑務する。なんてこともあるのだが。
閑話休題。
ともかく。今日はいつもより余裕がある日であった筈なのだ。
「うおおー! 野郎ぶっ殺してやるぅ!」
「お覚悟を! いざ尋常に……勝負!」
「羨ましい……羨ましいぃい!」
「神よ……あえて罪を冒します。死ねぇえ!」
そして何より、その中には明らかにゲヘナではない生徒も混じっているのが問題だった。
格好はスケバンなのに、装備が科学的でインドアな様子。恐らくはミレニアム生。
七囚人、狐坂ワカモのコスプレをした多分百鬼夜行の生徒。
私服だが、ヴァルキューレで支給されてる装備を使ってる生徒。
ヘルメットを被ってるが、何かシスター服を着ている。……どうみてもトリニティのシスターフッド。
なんだコレ、カオスか。しかもみんな涙を流してる。泣きたいのはこっちだというのに。他自治区の生徒との戦闘は面倒なのだ。
まぁ、ここはゲヘナなので遠慮なく吹き飛ばすけども。
「あ、あの! えっと……失礼します!」
だが、一番不憫なのはチナツだろう。謎のヘイトが彼女に向かっていて、対処に苦労していた。容赦なく注射器のアンプル弾を叩き込んでいるのは流石だが、当人は目に見えて困惑していた。
「……ほぼ無いと思うけど、チナツ、彼女達に何かした?」
「い、いえ。思いあたるものは、何も」
「まぁ、そうでしょうね」
これがイオリなら、反応が面白い。罠にかかるリアクションがいいから。というゲヘナ的な理由で温泉開発部辺りに狙われたり。なんてことは想像できる。
アコも似たような理由で万魔殿にやられては、よせばいいのに、バッチリなレスポンスを返してるのをよく見る。
だが、ここにいるのはチナツである。割と風紀委員会側にもいる頭ゲヘナな生徒らのブレーキ役になったり、苦手な人が多い書類仕事をたくさん引き受けてくれたり。……あんまり恨まれたり、貶めて楽しもうとする輩が出てきにくい子。
要するに立ち回りが上手い、縁の下の力持ち。それがヒナから見たチナツへの評価だった。
「くっ……これが正妻の余裕ってかぁ?」
積み上げられた不良や不審な生徒らは、悔しげな視線をチナツに向けている。……本当にどうしたというのか。
確かにこちらは制裁する側だが、余裕なんてない。寧ろ貴女達のせいで処理する書類が増えたんだが?
「まぁ、いいわ。チナツ。後は回収役の風紀委員に任せましょう。戻るわよ」
「了解しました。あっ、ヒナ委員長。そういえば昨日シャーレの当番に行った時、先生からお菓子を頂きました。よければ皆で食べて……と」
「――っ、先生から?」
「(シャーレ……当番……)」
「(混浴したことある男女が、オフィスで二人きり……?)」
「(これって……)」
後ろにうち捨てられた生徒らが目玉をかっ開いているのにヒナは気づかない。
先生から、お菓子。これだけでヒナはウキウキでツヤツヤになりそうだった。
「先生、元気そうだった?」
「例によって、二徹していた事が判明したので……ベッドに叩き込みました。栄養注射もしましたし、八時間以上は寝ていただいたので……元気になられていましたよ」
「そ、そう……(先生ったら、また無茶をして……)」
「(ベッドに、押し倒したですって!? ※以下聞き間違いです)」
「(先生の栄養注射を叩き込まれた? もう隠しもしないのか!? てか、どんなプレイ……)」
「(いいえ、注射はきっと……暗喩でしょう。そして八時間も元気に……嗚呼、神よ……なんてこと……)」
後ろの生徒らの妄想が暴走して全員が悶えていたのだが、もうソワソワしていたヒナは足早に歩きだしてしまっていた。
先生からの差し入れには……いつもメッセージカードがついてくるのだ。
「そんな手間かけなくても」と先生に言った時、「私がつけたいんだよ。頑張ってるヒナに」と返してくれたのが、ヒナは忘れられなかった。
凄く嬉しくて。そしてそれはいつだって、ヒナのエネルギーになっていたから。
「いい紅茶も買っておきました。少しだけ休憩して、午後も頑張りましょう」
「ええ、そうね。ありがとうチナツ」
にっこり笑い合いながら、ヒナはチナツと連れ立って本部に戻る。途中遠巻きに同じ風紀委員らからも妙な(生暖かい?)視線があったりもしたが、気にもとめず。二人は風紀委員の本部に到着し……。
そこには、剣先ツルギが待ち構えていた。
「……え」
「……っ!」
何故ここにいるのかはわからない。だが、尋常ならざる殺気を感じたヒナは咄嗟に臨戦態勢を取り、呆けた声を上げたチナツの斜め前へ躍り出た。
「何故ここに……ん?」
理由の問いかけは中断される。
剣先ツルギだと思ったのだ。だが、殺気はあるが、彼女の闘気はなかったことに違和感を覚えた。
彼女が戦闘時に見せる、奇々怪々な身体運びは間違いなくしているのに。
「……アレ?」
隣にいたチナツも気付いたのだろう。チグハグ。そうチグハグなのだ。
よく見たら服装も違う。
スカートは短いし、上着はもう何と表現したらいいか。ああ、奇々怪々が相応しいのか。何せ乳房の両側面が露出しているのだから。
……というか、よく見なくてもそれは自分の右腕と言っていい女子生徒。天雨アコだった。
「……アコ?」
「ぎ、行政官? どうし……」
「キェエエェエイ!!」
「ひゃああぁ!?」
普段の淑女……というにはたまにヒステリックだが、ともかく上品な立ち振る舞いは何処に置いてきたのか。
獣の如しな雄叫びを上げながら、彼女はこちらに……というかチナツに迫り、その細い肩を両手でロックする。
「ア、アコ? 一体どうしたの?」
意図せずヒナは声が震えてしまう。恐怖というよりは、理解が追いつかなかったからだ。
思わず周りを見渡すと、何故か他の風紀委員メンバーも……気まずそうというか、まるで痛ましいものでも見るかのようにヒナとついでにアコを見ていた。
その反面、チナツに対してはまた、不思議な視線だった。
尊敬、畏怖、嫉妬、好奇心。
情報部にいたこともあり、他人の視線に込められた感情に敏感だったヒナは、この場にいる全員が、何かとんでもない意志の奔流で混乱しているのを理解した。
理解はしたのだけど……。
「これですか! これで誘惑したのですね! この状況の引き金ぇえ!」
「ぎ、行政官!? な、なにを!? あうっ! い、痛いです!」
「おのれぇ! 私とそんなに変わらな……いえ、私より大きい……!? ま、まさか本当に……触られて大きくなんて迷信じゃ……!」
「あ、あの! アコ行政官! なんで……! ちょ、離して下さいぃ〜!」
でも現実逃避くらいはしたかった。
何が悲しくて自分の副官が血走った目で可愛い後輩の胸を鷲掴みにし、揉みしだいてる光景を見せつけられなければいけないのだろうか。
思わず愛銃、デストロイヤーに目を向ける。
撃ってもいいのではないだろうか? この子、今まさに風紀乱してるもん。
でも流石に事情とかは聞いたほうがいい気もする。アコはこんなだが。たまに暴走してやらかすものの、優秀なのは疑いようもないのだから。
特に戦術面における情報収集や処理能力。支援物資の円滑な運用。助けられた場面は山程あるし、それはシャーレの先生だって知っている。
だからこそ、重要な作戦において先生はミレニアムの『全知』と並んでアコにサポートを頼むことが多いのだ。
……何か分からないがムカムカしてきた。よし、撃っちゃおう。そうヒナは決めた。
何かあったのだとしても、後輩にセクハラはいかがなものか。
ヒナは静かに愛銃を掲げて――。
「キキッ、まぁ待て空崎ヒナ。気持ちはぶっちゃけ分からんでもないが……ここで撃つのはやめてもらおうか。イブキに当たりでもしたら、大事だ」
白い手袋が、その銃口を押し留める。
いつからそこにいたのか。見慣れた軍服姿と、自信満々な笑み。ゲヘナ学園のトップ、羽沼マコトがそこにいた。
「……珍しい。マコト自らが出向いてくるなんて。明日は手榴弾でも降るのかしら」
「ああ、それは愉快だな。お前達の仕事が倍以上に増えそうではないか! …………ふむ」
「本気で考えるのは止めて頂戴。……何の用?」
よく見れば来客用のソファーには万魔殿の戦車長、棗イロハと同じく万魔殿メンバーである丹花イブキの姿があった。他にも万魔殿の部員が数名。……よく見れば、全員が三年生。しかも古くからいるメンバーときた。
それを見たヒナの目がスッと細まった。
基本的にマコトはこちらへの嫌がらせは部下に任せるか、手紙や届け物等、間接的なものを選ぶ。風紀委員に足を運ぶのすらあまりやらないのだ。
そんな彼女が、こんな大所帯でこちらに来る。他にも色々と思い当たる要素はあり。となると……。
「厄介ごと? もしや雷帝の……?」
「違う。だがまぁ、厄介ではある。特に空崎ヒナお前にとっては非常に興味深い案件になるだろう。キキッ! 故に……そこでアホになっている行政官には話したが、改めて、風紀委員会と万魔殿で合同調査を提案したい。……他の学園も巻き込んでな」
「他の学園……そこまでのことが起きているの?」
「お前も今日一日、感じなかったか? 周りの不思議な空気に。変な輩に絡まれたり……キキッ! 熱い感情をぶつけられたり……!」
「それは……確かに」
「今回の調査において、それは無関係ではないのだよ」
神妙な顔で、マコトはそう口にする。心なしか、彼女の身体が震えていたことにヒナは戦慄する。
一方アコは本当についさっきまでチナツの胸を揉んでいたが、流石に見かねた他の委員らに取り押さえられていた。もうどういう顔をすればいいか分からなかった。その混乱もあったからだろうか。
普段鋭い筈のヒナは、マコトの震えが爆笑するのを堪えているのだとは気づけなかった。
「わかったわ。でも協力するかは調査する対象と内容を聞いてからよ」
「道理だな。今回調査対象は二人だ。内容はまぁ……素行調査だ」
「……何かを企んでいるってこと? その二人については調べてあるの?」
「現状謎が多い。というか、我々にとっては身近な人物達だった筈なんだが、今回とんでもない事実が露呈した。流石に放置は出来ん」
「勿体ぶるわね。さっさと教えて。どうせマコトなら現状出来る範囲なら殆ど調べ尽くしてるんでしょ。それでも足りないから、ここに来た。違う?」
「ああ、そうさな」
情報部にいた時から、マコトの情報収集能力は卓越していた。彼女が知らないなら誰も知らないし、彼女が追えないなら、誰も追いつけない。そう評されていた。
性格やら色々と問題はあるが、こと情報戦においては、ヒナは昔のよしみもあり、マコトを信頼していた。
故に……。
「調査対象は、シャーレの先生と、風紀委員の火宮チナツ。この二人は……先生と生徒として不適切な関係にあるという疑いがある。……まぁ、あれだ。キキッ! 熱愛発覚!? ってやつだ」
その情報で頭をぶっ叩かれる日が来るとは、夢にも思っていなかった。
「…………………………………………ふぇ?」
ヒナの中で一瞬時間が止まり。数秒後、全ての理解も現実も放棄した、可愛らしい声が口から漏れる。
「……ねつあい?」
「――ブッフォ! そ、そうだ!」
弱々しい声を出すヒナに、マコトは吹き出しつつも何とか答える。「まだだ……まだ笑うな……」なんて口にしているが、もう顔が歪んで目尻からは涙が出ているので、色々と手遅れだった。
「だれと、だれが?」
「先生と、キキッ……ああ、そこでポカンとしてる火宮チナツだ」
ギギギ……と、油が切れたカラクリ人形みたいな動作でヒナは首を動かす。視線の先。ちょっとだけ服がはだけたチナツはヒナの視線に気がつくと、小動物みたいにプルプル震えながら必死に首を横に振った。
ドタドタとした慌ただしい足音が聞こえ始めたのは、その時だった。
全員がそちらに目を向けると……。現れたのは、銀鏡イオリ。風紀委員の切り込み隊長だった。
「たっ、大変だ! 委員長! 今SNSとかで……ってか、生放送? で流れた情報らしいんだけど、とんでもない噂が飛び交って……! 先生が、チナツと! 一緒にお風呂……! しかもシャーレのベッドで元気になって何かこう……い、いい……いやらしくて、いかがわしいことしたって……!」
もう私、どう反応すればいいんだぁ!
そんな叫びが、ただでさえ大声を出すのが得意なイオリによってその場にこだまする。
その瞬間。
ヒナは目に見えてシナシナになり。
アコは憤怒の表情で先生にモモトークを送り。
チナツは頭から煙を出さんばかりに真っ赤になって動かなくなり。
そしてマコトは……笑いすぎて腹筋が崩壊した。
評価や感想、本当に嬉しいです。感謝
今公開できる情報
・先生への矢印
ネームド生徒
ガチ恋勢→一握り
ちょっといいなや、潜在的な恋心→そこそこ
単純なLikeや尊敬、他→大半
モブ生徒
ガチ恋勢→実はネームドより多い
ちょっといいなや、潜在的なガチ恋→そこそこ
単純なLikeや尊敬、他→それなり
無関心・そもそも交流がない。名前や評判は知ってる→上よりは多い。流石にキヴォトス広いので