間が悪かった。あるいは、そういう巡り合わせだったから仕方がないと受け入れるべきか。小鳥遊ホシノは微妙に困っていた。
一連の騒動が勃発してから、今に至るまでの現状を、どう整理したものか、彼女にはわからなかったからだ。
その日は偶然にもアビドス高等学校のメンバー五人全員が特に用事がなく。でも、なんとなく五人の足はいつもの対策委員会の教室に向かっていて。
気がついたらノノミがじゃ〜ん! と、お菓子を取り出し。シロコとセリカが机をくっつけて。アヤネがジュースをコップに注ぎ分ける。「うへへ。じゃあ開催だ〜」とホシノが笑って宣言すれば、第何回目かはもう数えていない『アビドスのんびりパーティー』の始まりだった。
やる内容は基本的にその日の気分だ。
敷地内にある家庭菜園を手入れ・あるいは収穫したり。校舎内の備品交換大会を実施したり。調理実習ごっこ。賞金首スコアレース。みんなで銃の整備……他。
ありふれた。でも楽しくて大切な青春を謳歌して、屋上や教室にてジュースで乾杯。
そんな平和な日常を、みんな愛していた。愛してはいるのだが……。
『なるほど、つまり先生と生徒は混浴しても問題ないと?』
適当にBGMがわりにつけっぱなしにしていたテレビが……こんな爆弾を投下してくるとは思わなかったのである。
いや予兆というか、ちょくちょく危なっかしいものが……多少は紛れていた。
楽しかったことの思い出に柴関ラーメンでの一コマがあったり、アビドスの皆で過ごした、海でのレジャーが取り上げられた辺りは……皆ニッコニコだった。
美しかったことでも、アビドスで見た砂漠の花火がピックアップされ、先生が歩んできた道にアビドスでの日々が印象深いものとして刻まれているのは、誇らしくもある。
だが、身近だったからこその弊害もあるものだ。
例えば……トリニティの救護騎士団長さんが先生に膝枕したという事実。
先生も「最高で眼福でした!」なんて余計な一言を口にしたものだから……。ついでに、セミナーの会計さんにも膝枕されていたという情報まで出ていたら……ノノミちゃんが「むむむ〜っ!」と、可愛らしい不満顔になってしまったのである。
「これは絶許。先生は一体何人の女に膝枕されたのか。このアビドスには、原点にして頂点がいるのに」
「そうよそうよ! 最高だなんて軽々しく言わないでよ! 大体ノノミ先輩の方が……」
「ん。母性は……向こうもなかなかだけど、ノノミの方がでっか……じゃなくて勝ってる」
「間違いないわ! ノノミ先輩のおっぱ……じゃなくて、母性と膝枕に、先生はメロメロなんだから!」
すんごい風評被害とかを広めながら、シロコとセリカがテレビに向かって謎マウントを取ろうとする。
二人ともそれでいいの? と思わず口にしそうになったが、ホシノはその言葉を飲み込んだ。
続けてホシノ自身の思い出が流れてきた時は、皆でも行った水族館を思い出し、ほっこりしかけて……今度は「なんでホシノ先輩が一番に来ないんですかぁ!」と二人に加えてノノミが再び先生への微笑ましい怒りを再燃させる。
アビドスは五人で一つ。仲間の素敵な所は自分のことのように誇らしく。そして、仲間一人が蔑ろにされたら、残る四人が怒る。
この瞬間に、先生はアビドスに襲撃されるのは決定した。
何だその蛮族みたいな理屈は!? と言われても仕方がない。今のアビドスは、わかりやすい喩えにするならば……
大好きなお兄ちゃんが取られそうだ! 許せないっ!(即リロード)
そんな状態だった。先生、見た目の好みはミネ団長がタイプ説が出ただけでこれである。
必然、その後に出てきた、もっと凄い情報が叩きつけられたら……。
具体的には、先生が生徒と混浴中な映像が出てきたその瞬間、全員が真顔となった。
「……ん」
「な……、なななっ!」
「嘘……」
「あらあら〜♣ ……あらぁ」
「…………へぇ」
見覚えがある顔だった。
アビドスでの最初の事件以降、五人揃ってシャーレ所属になった時、ミレニアムの早瀬ユウカと共に簡単な仕事内容や、施設を案内してくれた少女。
キヴォトスで初めて先生と共に戦い、それ以降も今日まで先生をサポートし続けている生徒の一人。
火宮チナツだった。
その瞬間、シロコが立ち上がり、ガラガラとホワイトボードを引っ張ってきた。
混沌と計画が混在するそれを勢いよく裏返し、まっさらな面にキュッキュッとマーカーを走らせていく。
『ゲヘナむちむち泥棒猫赤タイツ対策会議』
記された議題をベチンと叩き、誇らしげに胸を張るシロコ。
ササッとアヤネが泥棒猫部分を消した(むちむちも消すか迷っていた)所で、ホシノは小さく頷きながら「承認」と、GOサインを出す。
新生したアビドス生徒会メンバーは、判断が早かった。
ペキポキと指の骨を鳴らすセリカ。
にこやかに笑いながらも、目は全然笑ってないノノミ。
先生には恩や感謝があった。
他にそれぞれ、思慕だったり友愛、尊敬。そして信頼がある。各密度や比重は五人バラバラ。でも総合的に見れば特大に重い感情があるのは共通していた。
そんな中でホシノの個人的に一番大きな気持ちは……相棒という安心感。
こんな自分をヒーローと呼んでくれた。くすぐったかったけど、嬉しかったのだ。嬉しかったのに……。
うへぇ〜。生徒皆に優しいのは知ってたよ? 思わせぶりな態度とったり、ちょっといけない欲望をぶつけたり(勿論先生としてのラインは守るという達人の間合いで)する面があるのもわかってる。
相棒だから。……あ・い・ぼ・うだからね!
けど、それにしたって……これはライン超えじゃない?
お風呂一緒にはダメでしょ。せめて水着つけるとかさぁ。スク水とか好きじゃないの? おじさんのも見たがってたじゃない。
でもその子のは裸がいいってこと? ほほ〜う。あれぇ? 間違えた?(大人として)
ホシノは頬をひくつかせる。
「ズルい。先生は私達に膝枕されるのに加えて、温泉に行くべき」
「賛成です〜☆ 一緒にお風呂はきっと楽しいです〜」
「……お膝枕は、お風呂上がりにってことですかね?」
「ちょっ、アヤネちゃんまで!? 何かもう完璧に混浴する流れじゃない!? 温泉行くのはともかく……さ、流石にそれはダメよ! 先生がどうしてもって言うなら、まぁ……。いや、やっぱダメェ!」
やいのやいのと騒ぐ後輩達。方針は決まったねぇ。と、ホシノは頷きつつ、さりげなくテレビを見る。
クロノス報道部は次の部活に……今度はダイエット部に突撃しているようだった。これ以上の情報は引き出せそうになかったので、今度こそテレビはただのBGMと化した。
「アヤネちゃん、先生についての続報は? SNSとか、凄いことになってない?」
「はい。もうなんというか……カオス状態です。風紀委員に突撃してる人までいます」
「えっ、風紀委員に……?」
「突撃、ですか〜……」
ちょっとだけ顔を引き攣らせるセリカとノノミ。
ホシノもまた、純粋に心配になった。突撃した人達は無事だろうか? 気持ちは少しだけ理解出来るが、風紀委員会には空崎ヒナがいるのだ。ほぼ自爆しに行くようなものである。
「ん、よし。私達もゲヘナを襲おう。乗るしかない。このビッグウェーブに」
「ステイステイ。シロコちゃんステイ。まずは情報を集めようか。さすがにあの後、先生がすんなり帰して貰えたとは思えないな。あの場にはセミナーの会計ちゃんに……ああ、あの書記ちゃんもいたかぁ……」
早くも動画サイト、モモチューブに映像がアップされているのを手持ちのスマートフォンで確認し、ホシノは苦笑いを浮かべる。
これは先生、修羅場だね。
彼の所業でムムッとしていたホシノだが、さすがに同情と心配が勝った。
誰が見ても先生に気があると丸わかりなユウカ。そして……。
「ホシノ先輩、あのって何なの? 有名な人?」
「一時期先生と噂になったっていうか……シャーレから朝帰りしてきたって話がね。あと、何か妙に距離が近いとか」
まぁ、郊外なら先生と一晩過ごすという経験はホシノもあったりするのだが、そこは口を閉ざした。
「多分、あんまり表には出さないけど、会計ちゃんと同じくらい……下手したらそれ以上の感情があるかもしれない人。かもねぇ」
「むむ〜♠ 何でしょう? 膝枕の気配が……先生が好きそうな脚ですし、タイツ……」
「なら強敵。伏兵。要注意人物」
「そ、そこまで!? ってか、え? 先生脚フェチ? あるいはタイツフェチだったの?」
「そういえば……先生がゲヘナの風紀委員の脚を舐め回していたって噂が……ありましたね」
……また風紀委員かい。と、五人は頭を抱える。
これもチナツな可能性を考えて。タイツ越しか。靴の上からか。タイツを脱がせてか。三つにルート分岐しかけて、ホシノは慌てて頭を振った。
思考がバカになりかけていた。おのれ許さんぞ陸八魔アル。………………そういやお前もゲヘナやん。
「風紀委員なのに風紀乱してるじゃない。どーすんのよ。それでいいの?」
「……チナツさんが出てくるまでは個人的に強敵だと思ってた黒舘ハルナさんもゲヘナですよね。そういえば」
「……やっぱりゲヘナ襲う?」
「いいですね〜☆ 私も同行します」
「ステイステイ。ステイだってば皆」
基本はこういうノリには乗っかるホシノだったが、今日は全員が妙に血の気が多いので、ブレーキ側に回る。
何かおじさん、珍しく先輩らしい先輩出来てない……!? なんて謎の感動を覚えつつ、ホシノはさり気なく先生にモモトークを送る。
『何かSNSとか凄いことになってるけど、大丈夫? 無事? もし身の危険を感じたらアビドスに来て。匿うよ』
無論、罠である。
……純粋な心配だってあるが、来た先生が質問攻めにあわない保証が出来ないのもまた事実であった。
なのでまぁ、ワンチャンこっちに逃げてこないかな。程度の期待である。
「一応、先生に連絡はしたよ〜。限りなく可能性は低いけど、こっちに逃げてきたら助けてあげようね」
全員が了解し、拉致……もとい先生を保護する準備を始める。
寧ろ捕獲……じゃなくて救出に行くべきでは? 覆面用意しますか? ファウスト……もといヒフミちゃんにも声かけて。
なんて意見を交わしながら、五人は続く情報や先生からの返答を待つ。そして……。
「みんな、動きがあった。この件に関してゲヘナで起きてることの実況掲示板が出てる」
その時が来た。アングラな掲示板サイトをチェックしていたシロコが、全員にリンクを共有する。
【調査チーム】先生熱愛騒動を実況する【出来るかな?】
そんなタイトルだった。
「胡散臭くない? 大丈夫? 釣りなんじゃ……」
「というか、ゲヘナの万魔殿の方が自ら立ててるんですね」
「でも妙にリアルですね〜」
「うん。今、ゲヘナの風紀委員長が熱愛を知って膝から崩れ落ちたところ」
「うへ〜。…………大丈夫かな? ヒナちゃん」
さっきまでゲヘナを襲う発言をしておいて難ではあるが、アビドスからすれば、空崎ヒナにもまた大恩がある。
特にホシノは自分がやらかした一件で奮戦してくれたこともあり、足を向けて眠れない。
何より、彼女が抱える先生への絶大な信頼と親愛はよく知っている。
「(きっと……下手したら私以上にショックだよね)」
それを知っているからこそ、ホシノは友が心配でならなかった。出来るなら今すぐにでも支えに行ってあげたいくらいだ。
ついでに、掲示板をチェックした彼女は、羽沼マコトは事故ということにして一発ショットガンをぶち込もうと決意した。
「嵐……いや、祭りが始まるね」
「主に先生の周りでね。てか、この発明で一番被害受けてるの、先生とチナツなんじゃ……」
「うんうん、やっぱり先生を捕まえましょうか〜♡」
「でも、この掲示板での流れが本当なら、私達アビドスにも介入……もとい調査の協力に手を挙げられます」
そのまま、掲示板の動向に注目していた四人がそれぞれの反応を見せる。
ちょくちょく脳を焼かれたり、お互いに足を引っ張り合うゲヘナのメンバー。だが、方針はゆるやかに、一つの結論に向かっていた。
すなわち、真実の探求である。
混沌を是とするゲヘナと千年難題へ挑むミレニアムの探究心が手を取り合った。ついでに掲示板上でトリニティに流れ弾が飛び……完全に他の学園やシャーレを巻き込む流れになっていた。
ホシノ先輩!
と、可愛い後輩達の声がする。それに応えるように、ホシノは立ち上がり、不敵な笑みを浮かべた。
「うへへ。シロコちゃんの言葉を借りるなら……乗るしかないねぇ。このビッグウェーブに」
その言葉にアビドスのメンバーは勢いよく立ち上がる。目指すは……。
「……あの。でも、ゲヘナとミレニアム……というかエンジニア部の皆さん盛り上がってますけど……どこで、どのように調査するか。というか本当に可能なのかも、まだ何も決まってないんですが……」
……何処だ? 全員がハッとした所で、アヤネが気まずそうにそう進言する。
「……ん、もうちょっと掲示板見守ろう」
仲良し五人組は揃って苦笑いするしかなかった。
公開情報
以前に先生との仲が噂されていたり、ガチ恋勢やろと生徒らの間で思われている人物。
黒舘ハルナ
筆頭。最古参メンバーの一人。戦闘面だけでなく地頭もよいので仕事面でも現在に至るまで先生に頼りにされている。シャーレ所属のくせにテロリストでもあるため、怒られた&敵対したり議論を交わした数もいっぱい。でも何やかんやで嗜好が合うので、お出かけ・お食事もよく行く。本人も好意は隠さない上にインスタなどでこれでもかというくらいに匂わせする。
アイツ強くね〜? ちょっとズルくね〜? 処す? といった声が多数あった。
尚、今回の騒動で心と脳に大ダメージを受けた模様。何の因果か丁度食べてた鯛焼きを落として思い出補正もあって追加ダメージ。更にこの後日、メモロビ調査でダメ押しが入る模様。頑張れ。
生塩ノア
ごめんねユウカちゃん。……は冗談か冗談じゃないのか。密かに色んな所で先生と二人きりになり、何かただならぬ気配を醸し出すせいで誤解する生徒が多数生まれている。本人はガチ恋まではいかないと自負しているものの、自覚していないだけでそれなりにしっとりしてる。
尚、今回の騒動で心と脳にダメージを受けた模様
早瀬ユウカ
見ただけで好意あるってわかるやろ。な生徒その1(他の生徒談)
本人はそこそこです! と主張する。
尚、今回の騒動で心と脳に大ダメージを受けた模様
聖園ミカ
見ただけで好意あるってわかるやろ。な生徒その2(他の生徒談)
本人はあんなムーブされたら当然じゃんね☆とオープンな様子。
尚、今回の騒動で心と脳に大ダメージを受けた模様
若葉ヒナタ
生徒らというか、シスターフッド間にて噂になることが多い。本人も先生もそんな気はなく、ただ絶望的に間が悪いだけである。
ちょっと物陰から汗だくで出てきたり、茂みで身を寄せあってたり、倉庫で二人揃って転んだ所を目撃されただけなのである。
今回の騒動では特にダメージは受けてはいない。ただ、純粋に先生を心配する。めちゃくちゃピュアでいい子
杏山カズサ
一時期通い妻もとい、お疲れさまですしてた猫。
なんだァ? てめェ……といった(語弊あり)一部のガチ恋勢からの視線や声などなんのその。しっとりドキドキな距離感で先生に迫り、襲われちゃうよ? という名言を残す。
今回の騒動で心と脳に以下略。「襲っとくべきだった? いやいやいや……」といった、ちょっとイケナイ考えがよぎったのだとか。
火宮チナツ
今回の騒動で急浮上。おのれ許さんぞ火宮チナツ。ついでに陸八魔アル。
当人は公的にはそういった様子は見せないが、二人きりだとグイグイくる。すんごいくる卑しか一年生。
今回の騒動では色んな意味でダメージを受けたが、同時に先生にそういう目で見られていた可能性を得てしまう。火に油ともいう。
蒼森ミネ
今回の騒動で見た目が先生のタイプ説が浮上。
先生には救護騎士団の顧問になって欲しいらしい。尚、今回の騒動には気づかずに、今日も元気に救護に走っているようだ。
月雪ミヤコ
生徒間というか、身内のRabbit小隊にてもはや公然の事実と化している子。
もうちょい秘めろ。分かりやすすぎてウケる。ミヤコちゃん……といった声あり。当人も否定せず。
尚、今回の騒動で以下略