月雪ミヤコは激怒した。
必ずや、あの無防備かつ人誑しな先生をどうにかせねばならぬと決意した。
ミヤコには恋がわからぬ。だが、それはそれとして、先生が大切だった。
何かそこそこ前に「貴方のような大人が一番嫌いです」とか言ってしまったりもしたが、当時は警戒していたから仕方がない。
ウサギは警戒心を向けた相手には二度と心を開かないらしいが、ミヤコはウサギではないので、今はもうオープンザマインド。好意もガンガンに出していく所存である。(サキにはたまに苦言をもらうが)
が、そんなミヤコは、先生に近づく女の気配には人一倍敏感であった。
事あるごとにシャーレのシャワーを借り、湯上がりを当番の生徒に見せつけたり。さり気なく先生へ向けたメッセージの付箋を目立つ所に貼り付けたり。
ウサギとは縄張り意識が強い生き物だ。だから他の生徒を牽制してしまうのも仕方がないこと。
ここでミヤコはウサギじゃないんじゃなかった? と聞かれたら、Rabbit小隊の隊長ウサギですので、ウサギと言えるでしょう。なんて主張するだろう。
手のひらにドリルでも仕込んでいるのかと言われかねないが、これがミヤコである。言葉巧みに必要な結果や状況をたぐり寄せる。勝てば官軍を地でゆく様は、なるほど、特殊部隊のリーダーに相応しき姿勢だった。
故にミヤコは……熱愛騒動の状況を知り。脳と心に甚大なダメージを負いながらも、先生の保護に走った。
間違いなく、先生の危機であることには変わりない。回復スキルなんて持ってなくても、持ち前の技術とフィジカルとラブパワーで次々と暴徒を鎮圧。
こうして彼女は、先生を守り抜く任務を完了した。子ウサギ公園に着き、一先ず自分のテントへ誘導にも成功。心のなかでぴょんことハイタッチしたのは言うまでもなかった。
「周りから見つからなくて、お一人の時間も確保できるかと。私は一度公園全体の安全確認をしてきますので。あ、お疲れでしたら、お布団使って下さい」
もっともらしいことをほざいているが、これ全てが建前にして、作戦の布石である。
シャーレに帰れるかなぁと先生がボヤいていたのを、ミヤコは知っていた。無論帰す気はない。貴方だけは。
ミヤコが描く作戦内容は次の通りだ。
まずは先生のオーダー通り、ゆっくり考えられる時間と空間をプレゼント。ここで下手に一緒にテントに入らないかつ、長すぎず短すぎない時間を提供するのがミソである。
短すぎれば、先生の希望を叶えられず。長すぎれば余計な情報が入ったり、あるいは何らかのトラブルが発生した場合……先生が出ていってしまうかもしれない。今回の作戦失敗ポイントの一つである。
あと、自分の香りでドキドキしてくれたら……ちょっと嬉しい。多分ないと思うがお布団で寝てくれたら……ある意味で勝利である。今夜は先生の匂いで幸せな夜を過ごせることだろう。作戦において想定する副産物……追加報酬の一つだ。
閑話休題。
公園を巡回し、安全確認するのは迅速かつ真面目にやる。尾行されないように策を弄し、色々と注意はしていたが、不安要素は出来るだけ取り除きたい。他の女排除すべし。慈悲はない。
それが終わったら……本格的に作戦に入る。
先生にはこれから、子ウサギ公園に泊まってもらうつもりだ。楽しい楽しい、二人だけの夜になることだろう。
質問攻めをします。最大警戒対象、火宮チナツの情報と、先生の彼女への感情を出来るだけ引き出したいので。
いっぱい構ってもらいます。つい先程確認した件のゲヘナ生徒会が立てたスレによれば、チナツは先生とデートしていたらしい。
……何ですかそれは。何て羨ましい。
先生と一緒に水着を選んだことはあるが、あくまでそれは任務の一環だ。……水着を選んで貰った経験はあるのだろうか? ちょっとそこはミヤコが気になるところだ。
勿論、それだけでは終わらない。終われない。
あのクロノスの報道で、チナツのメモリアルロビーが流れる直前。たまたまリアルタイムで鑑賞していたミヤコは、キヴォトスで一番先生をドキドキさせられたのは……自分だったらいいな。
そんな淡い想いを抱いていた。
だって、ドラム缶風呂……もといニンジン作戦の後、一度裸を見られている。(他のRabbit小隊のメンバーもだが)
無人島でだって手を繋いでくれたり、水着姿で一緒にストレッチしたり。押し倒したりだってしてみた。焚き火のそばでお互いに裸で過ごしたりもした。
寝顔だって何度か見たことあるし、なんなら添い寝して、眠れるように耳元でカウントダウン法。果ては……裸のまま、後ろから抱きついちゃったりも。
あんなに……あんなにも大胆なことをしたのだ。先生の裸も全部ではないが見ちゃったし、自分の肌も……いっぱい見てくれた筈。
正直、いつかの焚き火のそばで雷に邪魔されなければ、告白まがいな事も言っていたと思う。
一番嫌いなんてもう過去だ。一番貴方が好きです。そう伝えなかったのは、タイミングを逃したことと、少しの照れと……今にして思えば、くだらない自負があったのだろう。
キヴォトス広しといえど、私ほどの領域で先生に迫った者はいない筈。
が、メモリアルロビーはその幻想をぶち殺した。
……もっとやべぇことした女がいたのだ。
チナツは先生と一緒にお風呂に入ったばかりか、先生のニンジン……じゃなくて、完全な裸も見たらしい。
加えて、先生の身体を洗う……なんてとんでもないことまで。
流石のミヤコも、そこまでは行けなかった。一番大胆だと思っていた背中への抱きつきも……今にして思えば先生がそんなに動揺していなかったことから、自ずと答えは見えてくる。
奴も、当てやがったのだ。(名推理)
発育は人それぞれだというが、同い年のサキやモエのを見るたびに、自分ももうちょっとでいいから欲しいなぁ。と、密かに歯噛みしていたのを思い出す。
ここで仮に自分がチナツだったらと想像してみる。
先生の背中を流すことになったら? 手にしている武器を有効に使うのがプロフェッショナルだ。当てるに決まっているだろう。
だが、恐ろしいのは……スレでは追及が打ち切られてしまったが、まだ何かありそうらしい。ということである。
自分がやった添い寝は……多分やられてしまったに違いない。カップルプランで泊まった。なんて超絶羨ましい状況。しない理由がないからだ。というか、あんな大胆なことをした女が、もぐり込まない筈もない。
これは流石に緊急事態である。なので繰り返すがミヤコは先生の確保に動いた。
今こそ実行しよう。
作戦名は……。
『第二回 ニンジン作戦』
勿論、今回頂戴するのはドラム缶ではない。
ミヤコが狙うのは……
※
「……さて、どうするか」
ミヤコの好意で借りたテントの中で寝転びながら(流石に布団に入るのは止めておいた)、先生は今回の騒動について思案する。
あれ以上語ることはない。そう説明出来ればいいのだが、想定する限りで、ちょっとそれがやりにくい相手……もとい組織があるのは事実である。
例えば、ゲヘナの風紀委員会。ヒナがチナツとの間に本当に何もないかを先輩として調査に来たら……全部は無理でも、説明せざるをえない。彼女には散々助けられているから、なおさらだ。
ちなみに、アコやイオリなら大丈夫……もとい言いくるめられるという確信があるあたり、きっちり最低である。
ただ、間が悪いのは、スキャンダル――と、呼びたくはないが、端から見たらそう見えるので今はそう称することにする――シャーレと風紀委員会に起きたという事実だ。
「(マコト……多分大喜びで調べに来るよなぁ……)」
厄介、とは思わない。言動からして、ヒナに何らかの大きな感情があるのは、なんとなく察していた。
アビドスでの列車砲の一件で、ヒナとかつては協力関係だった可能性も浮上している。仲良しだったが故に、何かあったからあの態度なのか、真実はわからないが……。これがきっかけで拗れてしまったら悲しいので、調査に来る……というより、調査を風紀委員に押しつけてきたなら、やっぱり断りにくい。
自分はいいが、チナツは……勿論誤解を解いて彼女に平穏が戻るならば喜んで全てを語ろう。
だが……。
「(私は……どうして……)」
考えるのはあの日の夜。例外はさておき、生徒との距離感は見極めているつもりだった。
たまに悪戯心が勝ってしまうこともある(イオリにとかイオリにとかイオリにとか)
が、それでも、ちょっとヤバそうなラインは超えないように努めていたのだ。こういう反応が返ってくるだろう。こうしたらちょっと彼女にはよくないかもしれない。等。以前……浦和ハナコとの会話でした、自分なりの線引きに基づくもの。
だが、たまにこういったものを突き抜けてくる生徒がいる。
色々な交流が終わった後に、「やってしまった……」「所詮私も雄に過ぎないのか……」「私は先生。私は先生。私は先生……!」といった具合に、反省。自嘲。戒めを唱えてしまうことはそれなりにある。その機会が妙に多いのが……チナツという生徒だった。
思うにこれは……。
「先生、ミヤコです。周囲の索敵が終わりました。報告に入ってもよろしいでしょうか?」
更なる思考の海に沈みそうになった所で、テントの声がかけられる。慌てて上体を起こせば、そっと音もなく、家主……テント主(?)が帰還した。
「Rabbit1、状況を報告します。周囲に不審な影はなし。尾行などはされていない様子でした。取り敢えずはご安心を」
「うん、ありがとう。というか、ミヤコのテントなんだから、普通に入ってよかったのに」
「それは……まだ情報収集中だったり、考え事をしていらしたのでしたら、急に入ったらびっくりさせてしまうかな……と」
律儀というか、真面目な彼女らしい理由にほっこりすると同時に、気を遣ってもらい申し訳なくも思う。
情報収集なんてこれっぽっちも進んでないばかりか、考えも整理しきれていないのだから。
「重ね重ねありがとう。お邪魔してる私が言うのもあれだけど、ミヤコもリラックスしてね。情報収集や考えるとはいったけど、そんなに深刻というものではないからね」
「…………深刻じゃない訳、ないではありませんか」
「……ミヤコ?」
「リラックス……してもいいんですね?」
「え? うん、勿論」
「……では」
何故か目を据わらせたミヤコはこちらに近づいて……あぐらをかく先生の上に腰を下ろした。
柔らかい感触がこちらに寄り掛かり、じわりと広がる自分より少し高い体温が一瞬だけ様々なしがらみを吹き飛ばした。
「……み、ミヤコ!?」
「ここが、一番リラックス出来ます」
「そんなことあったっけ!?」
「あります。先生がちょっと寂しいことを言ってきたので。前も言いましたが、ウサギは寂しくても弱らないそうですが……」
「――私は、ウサギではないので?」
「……ふふ。はい。その通りです。今日はサキやモエ、ミユがいないので、正直少しだけ心細くて。だから、こんな形でも先生がここに来てくださって、嬉しかったんですよ?」
ぐりぐりぐりと、こちらの胸に後頭部を擦り付けてくるミヤコ。
小隊を預かる隊長であり、年不相応なほどにしっかりしている彼女だが、それでもまだ一年生だということを再認識する。
広い公園で、普段はいる三人がいない。それは確かに……寂しくもなるだろう。脳内でコハルが「こ、これくらいなら……」と、弱々しくOKを出した。こうして椅子になってあげるくらいはいいだろう。
尚、先生は知る由もない。既に自分が卑しきウサギの手のひらにいることを。
寂しいのは、一応真実ではある。普段のにぎやかさや温かさがないのだ。当然である。
だが、仲間達が帰ってこない訳ではないことを知っている上に、単独での夜営で涙するほどミヤコは弱くはなかった。
でも状況が状況なので、最大限に利用している。それだけである。ついでに、先生にやらかしを意識させるのもまたテクニックの一つである。結果……。
「あの、寂しいことって……」
こうして、今はちょっと思い悩む先生は、あっさり餌に食いついた。釣り堀の魚でももうちょっと警戒するというのに、チョロい男である。
なんなら先程考察した、ラインを飛び越えてくる生徒……。アロナちゃんバリアーならぬ先生バリアのガードが著しく下がる相手の一人にはこの月雪ミヤコも含まれていたりするのだが……。
先生という生き物は、生徒が心細そうにしていたら、寄り添わずにはいられないのである。
……寄り添ってきたのがミヤコからだったとしても。
「深刻に考えることではない。そう言いましたね。でも……私は深刻に捉えました。この差が少し、寂しく感じました」
「えっと……、それ、は……」
「――火宮チナツ。彼女と先生の間には、本当に何もないのですか?」
その名がミヤコの口から出る。それに対する答えを先生は持ち合わせていた。生徒と先生だよ。お風呂も詳しくは言えないけど……事情があったんだよ。そう説明するつもりだった。
ミヤコがスマホを操作して、ある掲示板サイトを開いて見せてくるまでは。
それを読んだ先生は……マジかと頭を抱えた。
「ミ、ミヤコ。それの情報ソースは……」
「信憑性は高いです。そもそも釣りというには、特定個人のメンバーが出すぎてる上に時系列も丁度私が先生と行動を共にした時間と一致します」
「ワァ……」
冷や汗が出始めた。
よりにもよって、誤魔化しにくいなぁと思っていた二人がタッグを組んでこちらに突撃してきそうだとは思わなかったのである。
先生が絶望する一方、背中を見せていたミヤコはいつの間にか身体を反転させ、こちらの心臓に耳を当てるようにして身体をピトリとくっつけてきていた。
こちらの嘘は聞き逃さない。そんな声が聞こえてくるようだった。ちょっと怖い。
「あの、本当に私とチナツは先生と生徒で……」
「……なら私も、先生と温泉に行きたいです。カップルプランで……なんて贅沢はいいません。感謝を込めて、お背中だって流してあげたいです」
「い、いや……」
「チナツさんはいいのに、私はダメなんですか?」
「ダメというか、アレは本当に特殊な例というか、……もう生徒と温泉は……マズイかもと反省したというか」
「先生が取られちゃった。って……泣きそうになってしまったんです。じゃあ……温泉じゃなかったら……いいですか? 先生を、リラックスさせたいって気持ちは、チナツさんにも負けないです」
張り合うものじゃないよぉ。と、先生は伝えたかった。
というか、考えなくてもこれ、ドアインザフェイス的な奴では? と、先生は苦笑いする。
はじめに無理なことを頼み、断らせることで、本来本命としていた、絶妙にはじめよりハードルが低い要求を飲ませる心理テクニック。
凄いぞミヤコ。そんな技術まで持ってるのか。……勿論感心している場合じゃないのだけれど。
「ミヤコ、私は誰のものでもないし、今は誰かのものなるつもりもないよ。勿論、生徒である皆の為に全力を尽くせる大人でありたいけど」
良くない空気を断ち切るべく、まずは話し合うことにした。諭しつつ、多少の要求は聞いてあげよう。彼女には沢山お世話になっているのだから。
何よりミヤコは真面目でいい子だから、そうそう酷いリクエストは……。
「じゃあ先生、私と一緒にドラム缶風呂に入りましょう」
「待て待て待て待て待て待て待てぇ!」
思わず普段から心がけている丁寧めな言葉遣いを忘れてしまう。
ドアインザフェイス何処いった! ハードル逆にぶち上げてどうする!
「ミヤコ、待って。待ってよ。こんなのおかしいよ」
「全力を尽くしたいと、言ってくださりました」
「うん、全力をあげる方向性がね。ちょっと問題なんだ。先生としてこれは……超えちゃいけないラインぶち破っちゃうかなって」
「いつかの作戦中、何かあったら、責任を取ってくださるとも、言ってくれました。……それにぶち破って欲しいのはラインじゃなくて私の純け……」
「やめなさい! めっ! ミヤコ、めっ!」
責任を取るってそっちじゃないから! 万が一そんなことになったら勿論絶対に自分の責務は全うするつもりだが、今は少なくともその時じゃない。
「悪い子でごめんなさい。でも……チナツさんに追いついて勝つには、もうコレしか……」
「私か? 私のせいなのか?」
どこかの電車で誰かが生暖かい視線を向けながら、「はい、貴方のミスでした」と微笑む姿を幻視する。
いつの間にか横向きで淑やかにくっついていた筈のミヤコは、今や身体を完全にこちらへ向け、四肢でがっちりとホールドしてくる。
こんなのラビットじゃないわ。ただのコアラだよ。
「ちょ、ミヤコ! 離しなさ……力強っ!」
「……先生。メモリアルロビーの調査は、受けるおつもりですよね? 生徒から説明の責任を求められたら。疑惑を払拭する為なら。……先生はきっと応えるんでしょう?」
「……まぁ、そうだね」
「きっと、ギリギリを攻めただけで、チナツさんに酷いことをしていないのは分かります。皆は先生に甘えるように言及するでしょうが、嫌いになる方はきっといない」
「そ、そうだといいなぁ(ある意味で信頼だけど……ははっ、酷い目にはあいそうだ)」
「そして、未来が見えます。それをきっかけに……一部の生徒のアプローチが激化する未来が」
「……ん?」
ホールドがより強くなる。さり気なく、マーキングするように顔を胸元にぐしぐしと擦り付けてくるのが少しくすぐったい。
が、微笑ましくなる暇はなかった。ちょっと恐ろしい未来が提示されたからだ。
「アビドス、ミレニアム、トリニティ、ゲヘナ、百鬼夜行、山海経、ヴァルキューレ、レッドウインター。他にもたくさん。各校に最低一人は、先生を狙う方がいます」
「そ、そんなには……」
「います」
「アッ、ハイ」
ミヤコの柔らかい指が、静かにこちらのネクタイに触れる。
うん、頃合いか。流石に逃げよう。
光栄なことにこの可愛らしいウサギさんには並々ならぬ感情を抱かれているらしいが……先生として、今の彼女に応えてあげることは出来ない。……というのは本音であり、建前。
普通に身の危険を感じたのである。
いつかに鰐渕アカリと繰り広げた、深夜運転代行攻防戦を思い出す。アレはちょっとアカリ側が楽しんでいたのに救われたが、あと少し隙や思わせぶりな態度を取っていたら……パックンチョされていたかもしれない。
「ミヤコ、私は君が凄い子だって知っているし、これから先、もっと素敵な女の子になると信じてる。だから……ごめん!」
「先生? ……ひゃん!?」
先生としてのスキル。意図的に変態になる。を遂行する。
いきなり抱きしめかえされたばかりか、猫吸いならぬミヤコ吸いを耳元でやれば……流石のミヤコも動揺し、身体がへにゃりと弛緩する。
その隙を逃さず先生は優しくミヤコを敷いていたお布団に押し倒し、何故か期待するように目を閉じたまま唇を差し出してきためちゃ可愛ウサギを放置して、テントからするりと逃げ出した。
さり気なく、テント横の飼育スペースでくつろいでいるぴょんこを一撫でしてから、先生は日が沈みかけた子ウサギ公園から脱兎のごとく逃げ出そうとして……。
「ダメかぁ」
「前にも言いましたが、一対一なら先生には負けません」
あっさりまた捕まった。
そりゃそうだ。ユウカやノアとは訳が違うのだ。純粋に訓練をつんだ特殊部隊の少女の健脚から、ヘイローもないただの青年がこの距離で逃げ出せる筈もなかった。
「……ほら、こうして簡単に押し倒せちゃいます。今度は無人島の時みたいに、波や雷は来ませんよ」
「……ド、ドラム缶風呂はやめない?」
「…………わかりました。一つの缶に一緒に入るのではなく、缶を並べて入りましょう」
「凄い妥協した空気出してるけど、それ何の解決にもなってないよ!?」
「い、いいではありませんか! そんなに私とお風呂に入るのが嫌なんですか? チナツさんとは入ったのに……」
「そ、それは……うぐ……よ、よし! じゃあ水着で……!」
「……妥協の気配。躊躇無し。誰かと水着でお風呂はある……と?」
「(やだこの子超鋭い)」
最近週末にお食事することが多い某ヴァルキューレ生徒を思い浮かべかけて、ミヤコの眉が不満げにハの字になった所で慌てて首を振る。話してる時に別の女の子を思い浮かべるのは、流石にNGだったらしい。
というか、こうしてマウントポジション取られたら、もう逃げられないのでは?
「ミ、ミヤコ。話せばわかると思うんだ」
「…………話が通じない女の子は嫌いですか?」
「ミヤコはそんな子じゃないよ。いつだって正しい判断が出来るように。そうあるように自分の軸を揺らがせない。強い女の子だよ」
「……私が今、どうしようもなく揺らいでいてもですか?」
頭では、こんなことしても何にもならないって、わかってるのに……。
止められない。そう言うミヤコに、先生はいつものように笑った。これぐらいなんでもない。そう伝わるように。
「じゃあなおさら、私はミヤコを止めないとね。生徒が間違った道に行かないようにするのも、先生の使命だから」
「……ズルいです。先生。酷い大人です」
「これはまた嫌われちゃうかな?」
「そんなことありえません。……先生、私は貴方みたいな……いいえ、貴方が…………っ!」
ミヤコが何かを伝えようとした瞬間に、その場で轟音が轟いた。
脳をお花畑から臨戦態勢に切り替えたミヤコは、即座にその銃撃が自分のみを狙ったものであると看破。上体を反らすことで、どうにかギリギリ回避する。
「……ぐっ!」
「――ミヤコ!?」
金色の閃光が螺旋を描きながら先生の目の前……ミヤコのすぐ横を突き抜ける。
余波までは殺しきれなかったらしく、ミヤコの肩口やボディアーマーの一部が熱で焦げ付いた。
「あら、ごめんあそばせ」
鈴を鳴らすような上品な声と共に、カツン。カツンと、ヒールの音を響かせて子ウサギ公園の遊歩道の向こうから誰かが歩いてくる。
足音にはその人の性格等がよく出ると、先生は考えている。
耳に心地よいリズム。几帳面だが、奔放。足と靴に負担がかからない、淑やかで上品な歩き方。
慣れ親しんだそれは、このキヴォトスに来てからよく隣で聞くものだった。
「ごきげんよう。先生。……何だか危なそうだったので撃ってしまいましたが……もしかしてお邪魔でしたか?」
黒舘ハルナ。シャーレ立ち上げから共にあった(敵対する時もちょくちょくあった気もするが)生徒が、にこやかに佇んでいた。
サブタイトルは正直すまんかった。
でも聖書と呼ばれるのも納得な出来なので、18歳以上の方は続編と合わせてぜひ。ASMRもご一緒に
ちなみに、チナツのASMR。身体を洗って貰ってる時に、途中小さな悲鳴と一緒に明らかに不自然にチナツが動揺し、謝ってくる場面があったりします。……ナニがあったかは説明されず、以降ちょっとだけ恥ずかしそうにするチナツが聴けます。
あと、チナツのASMR。実はあまりにも過激過ぎて一回リテイクしてるらしいです。恐ろしい子です