魔法少女はおとなのつとめです。   作:多部キャノン

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第一章
第一話 おとなのけつだん


 

 この高司 白羽(たかつか しらは)には今、許せないものが三つある。

 

 一つ、今まさに眼の前で暴れ狂う人類種の天敵、虚獣(きょじゅう)

 陸に上がった海坊主みたいな様相で触手を振るう巨大怪物は、苦労して苦労して繋いだ商談先を、商談日に文字通りぶち壊してくれやがった。

 かっちりと決め込んだ髪型も、ぴしっと着慣れたスーツも、シミ一つ無く拭いたメガネも、爆風と粉塵で今や形無しだ。

 

「は、(はよ)ぅ! 覚悟を決めて魔法少女になるのじゃ! このままじゃ逃げることもできん! ぬしが死ぬぞ!」

「ぁ……ぅ、ぅう……っ!」

 

 二つ、虚獣に唯一対抗できる存在、魔法少女。

 この土壇場にあって、どうやら一人の少女が、ふよふよと浮くキツネのようなマスコットにその素質を見出されたらしい。

 が、見るからにおとなしげな当の彼女は、恐ろしすぎてとても決心がつかないようだ。

 

 許せないのは彼女じゃなく、そんな彼女に非難にも近い目を向ける周りの大人たち。

「はやく……やれよ……っ」なんてぼそっと呟く声を拾ったのは自分だけじゃないようで、少女は顔をますます青くさせた。

 

 そして三つ目は、そんな苦しむ少女を前にして、何も出来ないこの自分自身。

 よく動くもの、特に逃げるものを積極的に狙う虚獣を前に、この場の一般人が出来るのは、魔法少女の奮闘に期待することだけだ。

 

(なんて……無力っ……!)

 

 子どものころ、大事なものを守れるように、なんて無邪気な想いで修めた空手も、虚獣の前にはなんの役にも立たない。

 魔法少女になれるのは、思春期の少女だけ……人々を守れるのは、魔法少女だけ。

 ……自分たち大人は、そんな現実を言い訳に、今日も少女たちを鉄火場の矢面に差し出す。

 

 ああ、イライラする。いつもの癖でメガネの中心を指で押し上げている間も、世界の理不尽さへのフラストレーションが募り続ける。

『人々のために戦う』のが魔法少女なら、そんな魔法少女は一体誰が守ってやれるというのか。

 

「ひっ……あっ……!」

 

 その時、建物への破壊に興じていた海坊主の虚獣が、新しいおもちゃを見つけたとばかりに、ニッコリと顔を崩しこちらに視線を送る。

 腰が抜けて座り込む少女も、周りの大人たちも、ただただどうしようもない絶望に呑まれ、諦めたように顔を伏せた。

 

 ────ああ、もういい、どうにでもなれ。

 

 

「貸せっ!! 自分がやる!!」

 

 

 そういって、キツネのマスコットが少女に持たせていたデバイスを奪い取り、強く念じた。

 直後、自分の身体はまばゆい白い光に包まれる。

 

「へ、ぇぇ!?」

「なっ!? ば、バカかぬしは! 男の、しかも大人が魔法少女になど、聞いたことがないっ!」

 

 知ったことではない。他にどうしようもないし、このままじゃ全員死んで終わりだ。

 なら、少女の代わりに戦おうとした大人が居た、その事実とともにみんなで死んだほうが、()()()()()なはずだ。

 

「よさぬか! 魔法少女の魔力に耐えられるのは思春期の女子だけ! 下手したら爆発四散するぞ!」

 

 ならいっそ、このまま虚獣のもとに走っていってやる。

 魔力の暴発に少しでも威力があるならば、足止めなり目くらましなりで、自分以外が逃げられる芽も出てくる。

 

 そうして自分がしたのは、掟破りの変身バンク中全力疾走。

 

「────ッッ!!」

 

 白く輝きながら突貫する存在に危機感を覚えたかはわからないが、ともかく虚獣は触手を自分のもとに振り下ろす。

 高速、大質量で迫るそれをまともに受けて、生きていられる普通の人間は存在しないだろう。

 

 まだか。爆発するならもうそれでいいから早くしろ。

 そう、ヤケクソに祈りながら触手に突っ込んでいった自分だったが。

 

 その覚悟と、この場の誰もがした予測を裏切り、光はそのまま輝きを増し。

 最後にバチィッと一際、強く(またた)いたか、と思うと────

 

「…………へ……?」

 

「う、ウソじゃろ……? こんなことが……い、いやしかし……」

 

 魔力光に弾かれたのか体勢を崩し、こちらの様子を警戒する虚獣の姿を、見ることになった。

 

 それを確認した直後に思考を埋めたのは、眼の前で太陽の光のように輝く金髪だ。

 あまりにも馴染みがない、絹のごとくなめらかなそれが自分の髪の毛だと気づくのには、一拍の時間を要した。

 次いで落とした視界に映り込んだのは、以前より細く、だけど健康的にしなやかに伸びた白い手足と、豊かな膨らみを見せる胸部。

 目線の位置から考えると、身長も縮んでいるようだ。

 

 自分の顔までは確認出来ないが、これまで見てきた魔法少女たちと、目にした部位一つ一つを取って考えても。

 間違いなく、とびきりの美少女になっているということは、想像に難くない。

 

 

 自分は、魔法少女になっていた。

 

 

 それは、いい。色々と信じられない事態だが、ともかく代わりに戦うと前に出たのは自分なのだから。

 

 ただ。

 

「な、な……っ、な、な、なぁっ……!?」

 

 

 今の自分は、衣一つまとわない、生まれたままの姿となっていた。

 

 正確にはほんのわずか、局部だけは最後の抵抗のように薄っぺらな、頼りない布の欠片が覆っているが、それ以外は何もない。

 裸足で地面に立ち、魔法少女として覚醒したら持っているはずの武器もない姿。

 ぶるっと震えが来たのは、ダイレクトに感じた風のせいだけではないだろう。

 

「~~~~~っっっ!!!」

 

 死ぬ覚悟は出来ていたつもりだが、こんな覚悟があったはずもない。

 ばっ、と思わず反射で胸と股を隠し、羞恥と動揺に顔を染め。

 オーバーヒートした頭で、こんな状態の自分に何が出来るか死ぬ気で考える。

 

「いわんこっちゃないっ……! 奇跡的に変身出来ても、魔力が足りてなさすぎるのじゃっ……! ぐっ、武器も無しにデビューしたての()()がどう戦えば────」

 

(そ、そ、そうだ……、今、魔法少女として、なにより大人として、自分がやるべきことはっ……!)

 

 マスコットの言葉でなんとか、まだ周りの人たちが逃げ切れていないことを思い出せた自分は。

 大きく息を吸うと、呆けた表情でこちらを見る彼らに、必死の形相で叫んだ。

 

「きょ、虚獣の注意は、こちらに向いてます! 今のうちに落ち着いて急ぎ過ぎず、離れてください!

────そして、そこの人!!」

 

 胸を隠しながらなんとか指をさした相手は、先ほど少女に向け「はやくやれよっ……」と声を漏らし。

 その後はしまった、とバツが悪そうに佇んでいた一人の男性。

 突如水を向けられた男は当然、驚愕と困惑の表情でこちらを見やる。

 

「あなたが、そこの少女を安全な場所まで、連れて行ってくださいっ!

いいですね、大人として! 責任を持って! 彼女をここから怪我一つなく連れ出すんです!」

「あ、ぇ、連れ、はっ」

 

「返事ぃぃぃッッッ!!!」

「は、はいいいい! 連れます、やります!! ほら、い、いこう! あのっさっき、ご、ごめんっっ!!」

 

(よしっ……!)

 

 男が腰を抜かした少女に肩を貸し、離れ始めたのを確認すると、自分は虚獣に集中する。

 

 ……多分、勝てない。マスコットが言う通り、戦うための力がほんの僅か、残滓のような心もとない量しか感じられない。

 

 ただ……今自分がやるべきこと、やれることは出来たから……まあ、いいかな、と。

 あとは死ぬまでに時間を稼げればそれでいい、と少し、満足する気持ちもどこかであった。

 

 そう思った、次の瞬間だった。

  

<魔法少────確認しま────、────ウントを作成し────、現在、魔法少女────公開され、全世界に配────>

 

 突如、かちっ、と。

 何かが接続されたような感覚があったかと思うと、脳裏にシステマチックなメッセージが浮かんだ。

 ただ、やはり魔力が足りなすぎるせいか、その音声は途切れ途切れであやふやなものだ。

 

(こ、これは……?)

 

 さらにそれに遅れ、今度は別の……なんというか、人の意思のようなものを感じさせる言葉が、脳裏に無理やり流され始めたことに気づく。

 

 なんだこれは、この窮地に救いの手でもあるのか。

 そう思っている間にも身体の奥底から、信じられないような力が湧いてくる。

 その力に比例するように、ノイズのようだった言葉はどんどん鮮明になっていき────

 

 

<うおおおおおおお>

<でっっっk>

<えっっっっっっd>

<え、ちょっとまってとんでもないことおこってない?>

<金髪童顔ほぼ全裸おっpぇたすかる>

<え、男? ありえなくね? 釣り?>

<なぜ男なんだ……>

 

 

 聞こえてきたのは、結局ノイズだった。

 

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