魔法少女はおとなのつとめです。   作:多部キャノン

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第二十六話 そして虚念はなかまをよんだ

 

◆◆◆

 

 

 『虚獣なら正体を表し、そうでないなら大人しくする』ようシラハエルが声をかけた直後。

 虚獣を名乗っていた件の少年、ヴァニタスは瓦礫へと叩き込まれた。

 

 まだ自分の目で正体を確認したわけではないシラハエルは内心動揺しながら、叩き込んだ魔法少女エターナルシーズに目を向け────

 

「…………」

 

 一切の油断も葛藤も無く……どころか、より緊迫した表情で拳を構えているエターナルシーズに、気を取り直す。

 そしてすぐに、もうもうと砂埃が立ち込めた瓦礫の方に注意する、と。

 

 

「ひ……あ、あのなんですか、これ、どうなって……!?」

「────ッ!」

 

 聞き覚えのない少女の不安そうな声が耳に届いた。

 砂埃が晴れるとそこにいたのは、ふわりとした雰囲気を今は若干の恐怖に引きつった顔で歪める桃色髪の少女。

 

「いたい……あの、た、助けて……」

 

 瓦礫に巻き込まれたのか右足に少し傷を負いながら、少女はとてとてと力無くエターナルシーズとシラハエルの方に駆け寄る。

 無力な少女の危機というその様に、シラハエルは反射で飛び出そうとし────

 

「ッッ!!」

 

 それよりも早く宙に跳んだエターナルシーズが、少女に蹴りを振り下ろす。

 加速を付けた上で体重も乗せられた魔法少女の一撃は、これまで戦った虚獣なら五体固まっていてもまとめて叩き潰す威力が込められていた。

 

 ……が。

 

 

「────ねぇ」

 

 少女は無造作に掲げた左腕で蹴りを受け止め、勢いに耐えきれなかった地面のヒビの上で口を開く。

 

「何考えてるの君、本当に正義側?

もし、ぼくがただの一般人の少女だったらどうするの?

さっきだってぼくがただ手品なりで上手いこと入れ替わって、虚獣を名乗ってた子どもだったら死んでた勢いで殴ってるよね」

 

 人間の感情を理解していて、事実言葉を弄して追い詰めていたからこその少女……いや、虚獣ヴァニタスの当然の疑問。

 それに対し上から見下ろす少女は、蹴りをめり込ませたままはっと息を吐き、返す。

 

「瓦礫の中にあんたが、男の子の姿がなかった。

ほんまにビビってる第三者なら、明らかに瓦礫に叩き込んだ体勢のうちにのこのこ寄ってくるな。

……なにより、あんたのやり口はもうわかった」

「…………」

 

 当然、桃色髪の少女の反応をギリギリまで見て、いつでも止められるよう心構えはしていたが、半ば以上の確信はエターナルシーズにあった。

 これまで見た虚獣の性格もあるが、何よりも最初に少年に拳を叩き込んだときの。

 今までの虚獣とは明らかに違う、まるで“人のカタチをした巨大な沼”を殴ったかのようなドロリとした重厚感は、彼女の警戒をさらに跳ね上げていた。

 

 その感覚をおくびにも出さないようつとめると、彼女は続ける。

 

「んでさっきの話やけど、こっちはもっと簡単や。

……魔法少女の前で虚獣名乗って、魔法少女のイベント台無しにして笑っとるような頭なら、どのみちふっ飛んだほうがマシやろ」

「思想過激派~。

────まあ、大正解だけど」

 

「ッ!」

「────っ、下に避けてッッ!!!」

 

 先ほどまでの少年の姿に戻りながらのヴァニタスの言葉にちりり、と首の後ろを焦がすような予感を少女は覚える。

 それと同時、後ろからシラハエルの緊迫した声が耳に届いた。

 すかさずエターナルシーズは引っ掛けた足を支点に身体を引き降ろし、地を這うような姿勢を取る。

 

 ゴオォッ、とその上を質量の塊が。

 少年の姿をしていたモノが右腕を変質させ作った、禍々しい巨大深海魚のようなフォルムが通り過ぎたのは、直後のことだった。

 

「────ッ!!」

「あら、いただきますし損ねちゃった、食べてるところってバズるらしいのに……」

 

 伏せた体勢の少女を今度は見下ろすと、空いた左腕を高速で変質させながら軽い口調でヴァニタスは続ける。

 

「じゃあ、轢死体と記念撮影で物議を醸そ────っとぉぉっ!?」

 

 肥大化した肉の塊を振り下ろす前に、それにエターナルシーズが対処しようとする前に。

 高速で飛び込んできたシラハエルが猛攻をしかけた。

 その場から押し出されることを余儀なくされたヴァニタスは、打撃の嵐に全身を打ち付けられる。

 

「っ、あ、はははっ!」

「っ……!」

 

 が、意にも介さずブォンッ、と力任せに振るわれたヴァニタスの腕を、交差させた腕で受けながらシラハエルは後ろに飛び。

 その勢いに逆らわずエターナルシーズたちと合流する。

 

 ヴァニタスも追撃せず様子見に留まったことで、一瞬戦況が停滞したのを確認すると、受けた腕を振って痺れを取りながら息をついた。

 

 

「────共有の手間ぁ省けましたねシラハエルさん、“こういうやつ”ですわ」

「なるほど……理解できました、ありがとうございます」

 

 合流したシラハエルに対する、すでに起き上がって油断なく構えていたエターナルシーズの端的な発言。

 シラハエルは額を押し上げる癖の動きをし冷静に返した。

 

(これは…………なるほど、危険だ)

 

 そしてその傍ら。

 エターナルシーズのマスコットセキオウが行き着いた、この虚獣の単純な強さに留まらない恐ろしさを彼も正しく認識した。

 

 そんな彼の認識を待っていたかのように、エターナルシーズから飛び出したセキオウが声を掛ける。

 

「────あー、挨拶が遅れたがセキオウだ。

シラハエルにコンジキ、時間がねぇから簡潔に議題を上げてぇ」

「む……」

「久しいなセキオウ。

コンジキじゃ、よろしく頼むエターナルシーズ殿……して、議題とは?」

 

 あわせて出てきたシラハエルのマスコットコンジキが、セキオウに続きを促す。

 そんな彼らを、あごに手を当てながら不気味なほどの沈黙で彼らを見るヴァニタスからは、当然会話の間も警戒は外さない。

 

 

「議題は一つ……やつと『配信をつけて戦うかどうか』だ」

「……ああ~、そりゃそうやな」

「なるほど……」

 

 神妙なセキオウのセリフに、即座に理解を示したエターナルシーズとシラハエル。

 認識を合わせるためにも、とコンジキが言葉に出す前の彼らの思考をまとめた。

 

「人に化けられ、会話が出来る虚獣。

先ほどからの発言を聞くに、配信という文化にも歪んだカタチながら理解を示しておる。

その事実が衆目に晒されたり配信を悪用されるリスクと、配信をしない、つまり少ない魔力でやつと戦うリスクのどちらを取るかって話じゃな。

ぬしはどう考える、セキオウ」

 

「……衆目どもの反応が予測も制御も出来ねえ以上、つけずになんとか倒すべきだ。

それにやつを見ろ……俺らに相談なんてさせず攻め込んできてもいいところを、ニヤニヤと成り行きを見守ってやがる。

配信をつけさせたくないやつが取る行動とは思えねえ」

「ぬしはそんななりで保守派じゃからのう……だが、言うことは間違っておるまい」

 

 ヴァニタスの方をあごでしゃくりながらセキオウが堅実な案を出すと、エターナルシーズは首を鳴らしながら血気盛んに続く。

 

「は、うちはどっちでもええよ。

あっても無くても戦うし、なんだってしたる。

シラハエルさんがうちに捨て駒なれっていうならぜんぜ……スマセ、ナンデモナイデス」

 

 が、途中でチラッと目を向けてしまったシラハエルの真顔に、これまでの戦いでも経験の無い圧を感じ、モゴモゴと引っ込めた。

 「戦闘モード入っためぐるが圧された……?」というセキオウの驚愕が耳に届いたかはともかく、シラハエルは普段の表情に戻ると口を開く。

 

「配信は────つけます。

最悪の事態はそもそもここで我々が死に、あの虚獣への対抗手段が無くなること……それに」

 

 一瞬ながら虚獣と打ち合った手応えからも、そう簡単に倒せる相手でないと判断していたシラハエルは、強い口調で配信をつけることを断定する。

 それに、と続けたシラハエルは声を潜めると、虚獣の耳に入らないようエターナルシーズたちの耳元で囁いた。

 

「あの虚獣は最悪かもしれませんが……状況の話をするなら()()()()()()()()()です。

自分と、最強格のエターナルシーズさんが揃って戦える今だからこそ、あの虚獣を確実に叩きましょう」

「ええな、好きです……おほん、好きなやつやわ」

 

 こしょこしょと間近で囁かれた音と息遣いに、戦いのあとシラハエルのASMR販売要望を出すことを内心で決めながら、少女は力強く返す。

 そもそもシラハエルがこの場にいる以上、少女の命が直接危機に晒される、配信無しという選択肢は無い。

 

「あと、あいつの話がほんまなら似たようなやつがあと四体いるらしいですわ。

ならここで無理に情報伏せても、あんま意味無いかもしれん」

「四体……めまいがする話じゃ。だが確かに、それならなおさらじゃの」

 

 続けられたエターナルシーズの補足にコンジキも頷くと、セキオウも仕方ないと同意し、話がまとまったのだった。

 

「やっと話終わった? だらだら話すのやめようよ、“人気者”の時間は大事なんじゃないの?」

「会ってからべらべら要らんことしか口にしとらんやつが抜かすなや。

────いくで」

 

 ────ピッ。

 言葉と同時、エターナルシーズとシラハエルは魔法少女システムの配信をONにする。

 事前告知の無いゲリラスタートではあるが、すでに人気配信者となった二人……それも、虚獣との戦いに積極的な彼女たちのリスナーが集うのは、早い。

 

<んお>

<おはめぐるん>

<おはめぐ>

<今日の狩りか>

<やるんだな、今日もここで>

<室内? 狩りじゃない?>

<ちょシラハエルいるじゃん>

<虚獣どこ?>

<え、シラハエル!?>

<うせやろ?>

<この二人のコラボ!?大事件じゃん>

 

「…………」

 

 配信をつけてすぐ、雪崩のごとく押し寄せたリスナー。

 彼らの後押しを受け、膨大な魔力を漲らせて並ぶエターナルシーズとシラハエルを、ヴァニタスはそのままの表情で────いや。

 

「────なんや、ちょっと顔渋いことなったか?」

 

 ほんの僅か、戦闘面での直感に優れるエターナルシーズがようやく気づく程度にだが、ヴァニタスの顔が歪む。

 

「配信による魔力向上が予測を超えていたのかもしれませんが……配信を止めなかった以上楽観は出来ませんね。

……さて」

 

「────自分とエターナルシーズさんのリスナーの方々、突然の配信で困惑しているかもしれませんが、簡潔に。

今映っているのは、人の姿の模倣に長けた虚獣です。

居合わせた自分とエターナルシーズさんで、この場で討伐します」

 

<あ、はい>

<何かと思った、虚獣なんかあれ>

<了解しました、やっちまえー>

<シラハエルの声初めて聞いたけどめちゃくちゃ落ち着く……>

<ママとのコラボまじか!>

<あれ虚獣なの!?>

<え人に化けれる虚獣ってやばくね>

<勝ったら授乳了解>

<うちのめぐるんをよろしくお願いします>

 

(…………さすがやな、うちが説明してもこうはいかんわ)

 

 虚獣の悪辣さや危険度には極力触れず、余計な想像をさせず。

 ただ、応援に必要な事実だけを落ち着いた声で伝えたシラハエル。

 

 これまでの活動で積み重なった信頼もあり、それなりに血気盛んな雰囲気になりがちなリスナーも姿勢を正したように答える。

 それでも何人かはこの事態の深刻さを察し始めているが、一度定まった流れはそう簡単に変わらない。

 横のセキオウもこれなら少なくともこの場は、宣言通りちゃんと討伐できれば大きな問題は起こりにくいだろう、と密かに胸をなでおろした。

 

「まあそういうわけや、子どもっぽく見えるしなんかそれっぽいこと喋りよるけど虚獣なんはうちも保証する。

いつも通りうちがぶっ飛ばしてしまいや……今日はえらいゲストも協力してくれるしな」

 

「好き勝手言ってくれるねぇ……ただまあ、認めるよ」

 

 念の為、エターナルシーズも可能な限り普段通りの空気になるよう後押しし、ブンブンと拳を振りながら歩を進めた。

 そんな様子に、しばらく沈黙を守っていた少年……虚獣が口を開き、コメント欄が少しざわつく。

 

「君たちの人気は、魔力は……ちょっと“ずるい”ね、想像以上だ。

期待してたリスナーの混乱も起きないほど頼られちゃってるみたいだし、ムカつくなあ。

二人とまとめて戦うなんて無理がある気がしてきたよ……だから」

 

 だから、と続けたヴァニタスはくるりとその場から背を向ける。

 そして、訝しがるシラハエルたちを置いてそのまま駆け出したかと思うと。

 

「────はははっ!!」

「な……っ!?」

 

 そのまま右肩を巨大な肉塊に変質させながら、展望用の窓に向かって飛びかかる。

 凄まじい衝撃に強化ガラスもあえなく崩壊し、そのままヴァニタスは外に飛び出した。

 

「っ、そうきたか……!」

「ほんっっまやらしいことしかせんなぁこいつ!」

 

 意図を察したシラハエルが飛翔し、エターナルシーズも地を駆ける。

 

 大きな音を立てて割れたガラスと飛び出してきた歪なフォルムの……肉の翼をカタチ作った少年。

 非常事態に困惑する人々の声と視線を浴びながら、彼は空中で両腕を開き……まさに“頼れる味方”に向かって乞うかのように。

 何の躊躇も呵責も無く、人々に喧伝した。

 

 

「────いっそ、もっとまとめて相手してあげるよ!

さあーみんな集まってぇーっ!(国民的リズム)

シラハエルちゃんとエターナルシーズちゃんがタッグで挑む……人型虚獣戦がはっじまっるよーっ!」

 

「外の一般人巻き込みにかかりよった……! 終わっとるっ! なんじゃこいつっ!」

「お前っ、ほんまっ、覚えとれよっ……!」

 

 下で吐き出された、コンジキとエターナルシーズの怨嗟の声は。

 

 幸い、辺りに響いたヴァニタスの音に紛れ、かき消えたのだった。

 

 

◆◆◆

 

 

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