魔法少女はおとなのつとめです。   作:多部キャノン

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この一連のエピソードの裏テーマは『理解-わか-らせ』です
よろしくお願いします


第二十七話 そして虚念は躍り出た

 

◆◆◆

 

 

「お……っとぉ!」

 

 外に飛び出し、禍々しい肉の翼で空に静止しながら、周りの人間に対し呼びかけたヴァニタス。

 その直後、白く輝く流星……シラハエルが上空の彼に対し襲いかかった。

 

<この虚獣何やってんのまじで>

<マジでちゃんと喋ってるじゃんやば>

<戦うんじゃなくて人呼んだ?>

<え、わざと一般人巻き込んで狙おうとしてるの? やばくない?>

 

「────っ」

 

 虚獣の行動に動揺を見せるコメントの流れを見て、シラハエルは内心でわずか歯噛みしながら攻撃を繰り出す。

 この虚獣の異様さを知らせることになればなるほど対抗するための力を削がれ、相手の思うツボであることがわかっていたからだ。

 当然、シラハエルは短期決戦を狙い手加減なしで仕留めにかかった。

 

「ぐぇ、ぐっいだっ、ちょ……ああもう!」

 

 回し蹴り、手刀、貫手、肘打ち……先ほど室内で対峙したときと変わらず技術をこらした舞踏のような舞い。

 それらはリスナーの魔力という後押しがある今は、より深く、重くヴァニタスを打ちすえていた。

 たまらず、といったばかりにヴァニタスは距離を離し、牽制の腕を振るう。

 

(やはり固い……すぐに倒しきりたかったが、それなら────)

 

 その様を見て、シラハエルはすぐに息を吸うと、何事かと下で見上げる人たちに大声で叫ぶ。

 

「────みなさん落ち着いて、“普段通り”離れてくださいっ! 相手は虚獣です、ここは戦場になります!」

 

 魔法少女、そして虚獣という存在が身近になった昨今。

 一般人は虚獣被害からの退避を常識として学んでおり、すでに実践し慣れているものも多い。

 ゆえにシラハエルは、その慣例にしたがって下がってもらう妥当な判断をした────が。

 

「うぐ……ぐぅ……はぁ……はぁ……」

「…………っ」

 

 事情を知らぬ彼らの目に映ったのは、シラハエルの攻撃で受けたダメージを、大げさなまでに身体全体で表す小さな姿。

 彼らはシラハエルの言葉を受け気持ち程度後ずさったが……遠巻きにスマホを掲げる表情にあったのは、期待と安心だった。

 

(これ、は……!)

 

「うぅ……痛いよぉ……なんて、『頼れすぎる』ってのも考えものだねぇ。

あのエターナルシーズとシラハエルのタッグ。

相手はよくわからないけど飛んでるだけのひ弱な子どもっぽい虚獣で、見るからに押されている。

こんな貴重な機会、そりゃあ全力で離れようってならないよねえ」

 

 苦しんでいる様を装いながらも、遠巻きに見上げる民衆には届かない声量で笑うヴァニタスに、シラハエルは顔を歪ませた。

 ならばもう一度より強く警告を、と大きく息を吸い込もうとした瞬間、体勢を立て直したヴァニタスが腕を構える。

 その指先が自分……ではなく、下の一般人の方に向いていることを見て取ったシラハエルは、叫ぼうとした口を塞がれることとなった。

 

 叫ぶことに力と時間を使った瞬間、虚獣は一般人……引いてはそれを守ろうと動く自分に痛撃を与えるつもりなのは、目に見えていたからだ。

 無論、マスコットコンジキを向かわせたりしても同じで、虚獣は躊躇なくコンジキごと狙い、より守る相手が分散されることとなるだろう。

 

「もちろんこのまま黙っててもつまらないから、隙を見せなくてもそろそろ攻撃するよ。

エターナルシーズは君みたいな飛行能力なんて無いし……一人で守りながら自分への攻撃も防げるか、試してみようね」

 

(…………やるしかない)

 

 虚獣が一般人を狙っていることが分かれば、彼らも対岸の火事ではいられない。

 一転パニックになるリスクは憂慮すべきだが、なんとか攻撃を受けながらでも彼らの避難までフォローできれば……

 自分は無事ではすまないかもしれないが、一般人とエターナルシーズのリスクは減らせる、と。

 初めて魔法少女となったとき以来の、死を勘定に入れた決意をすでにシラハエルは固めていた。

 

「覚悟決まった? んじゃせっかくだし合図してあげようか。

はい、よーい、ドー……?」

 

 ビキビキと両腕の変質を進めながら、ドーン、と口にしようとしたヴァニタスに被せるように。

 ドン、ドン、ドン、と小さな花火のような規則的な音が彼らの耳に入る。

 

 「なんだ……?」と小さく呟いたヴァニタスが顔を向けると、そこにあったのは。

 

「…………」

「は……はあ?」

 

 腕を組みながら、足先から何度も何度も魔力を爆発させるように放出させ、ヴァニタスたちと同じ高度へと“跳んできた”エターナルシーズの姿だった。

 シラハエルやフローヴェールのような能力で自由に飛んでいるのではない、高い魔力と体幹で無理やり成立させた、連続跳躍。

 ヴァニタスからは当然、シラハエルからも丸くした目で見られたエターナルシーズは、威圧的な表情を崩さずに口を開く。

 

「さすがに、こんだけ高いところまで飛ぶの初めてやから、ちょっと慣れるの遅ぉなったわ。

……ん、で」

 

 派手な音を立てながら空中を闊歩する魔法少女という“映”える姿に、いよいよ興奮が高まったのか、より間近で見ようとする人々。

 そんな彼らをエターナルシーズは冷めた目で見下ろし、位置取りを正確に把握すると、右足を軽くあげ────

 

 ────ドゴォオオンッ! と、振り下ろした勢いのまま、魔力を地面に叩きつけた。

 地面を穿った魔力は、余波で風圧を巻き起こし……ちょうど、最前列に居た民衆をのけぞらせるほどの衝撃を発生させる。

 小さく悲鳴をあげ、困惑とわずかな怒りの表情で見上げる彼らに、エターナルシーズはそれ以上の怒号を飛ばした。

 

「────下がれ、つッとんのが聞こえんのかボケどもがぁッ!!!

これ以上残って邪魔するんなら、ヘタレの虚獣が手ぇ出すまでもあらへん!

前におるやつから、順番にうちがぶっ殺したるッ!!」

「っと、それはまずい……な!」

 

 ぶつけられたあまりの剣幕に「ひっ……!」と息を呑み込むと、慌てたように彼らは下がり始める。

 エターナルシーズはシラハエルとは違う……ときに『戦闘狂』とも揶揄される魔法少女であることを今さら思い出したのだ。

 力技で変えられた風向きにヴァニタスも追撃の手を伸ばそうとするが、そこは機動力のあるシラハエルが一般人のもとに向かい的確に撃ち落とす。

 本来シラハエルのこの隙に本命の一撃を叩き込みたかったヴァニタスだが、エターナルシーズが睨みをきかせる状況ではそうもいかない。

 

「大丈夫です、落ち着いて! 転ばないよう……そう、早歩きで下がりましょう。

はい、問題ありません、我々二人が守っています」

 

「怖い警官に優しい警官……即席とは思えん相性じゃのう」

 

 恐慌状態に陥りかけた人々を、すかさずフォローしながら逃すシラハエルを手伝いながら、コンジキが呟く。

 

 そして避難誘導を進める傍ら、シラハエルは上空のエターナルシーズに念話を飛ばした。

 

(エターナルシーズさん、そちらは大丈夫ですか? 誘導が一段落済み次第、すぐに合流するので無理せずなんとか時間を────)

(いや、これ以上後手に回ってこいつにいらんことさせたくないです。こっち大丈夫なんでそのまま怪我人出んよう誘導したってください……それに)

 

 虚獣ヴァニタスの力を危惧するシラハエルからの、少しだけ焦りを滲ませる提案に対するは、脅威を知るエターナルシーズだからこその返答。

 それに、と切りトン、トン、トン、と無駄なくリズミカルに滞空するエターナルシーズは前に視界を向け、今度はヴァニタスに対し口にした。

 

「この広い場所やから、使える“技”もある。

────覚えとけゆうたよな? うち相手にいらんことし続けたアホに理解(わか)らせたるわ」

 

 トーン、トーン、トーン。

 足先から放出する魔力の感覚が広くなり、まるで月に居るかのような緩慢な動作で。

 両腕をだらりと下ろしながら、何度かその場でエターナルシーズは飛び跳ねる。

 

 そして「なんだ……?」と呟くヴァニタスを眺めると、薄く……少しだけ妖艶に笑いながら、呟いた。

 

 

「────十 五 夜 跳 兎(じゅうごやはねうさぎ)

 

 

 瞬間、ヴァニタスの世界からエターナルシーズが消えた。

 

「────ッッ!!?」

 

 それを認識すると同時、ドガガガガガガ、と断続的な爆発音が四方八方からヴァニタスの耳に降り注ぐ。

 先ほどまで行っていた魔力放出での移動を、信じがたい速度で実行し続けた少女による独奏だ。

 静の動きから一転、凄まじい落差で繰り広げられた高速機動は、ヴァニタスが目を凝らしても“線の軌道”でしか捉えられない。

 

 ……おまけに。

 

(び、ビルや他の建物を踏み台に一切使わない……!

回りを巻き込まず、純粋な魔力制御だけでこの速度と精度だって……!?)

 

 ただでさえ常識外れな速さの上、当たり前のように空中で軌道を変え続けるエターナルシーズ。

 直線的とは言え予測を外される不規則な動きを交えられると、初見の彼が目で追うことなど出来るはずもなく。

 

「こ、のぉッ────がぁぁッッ!!?」

 

 焦ったヴァニタスは両腕を大きな網のように変形させ、広く捕らえようと目論む。

 が、その網の目もかいくぐった小さな体躯はヴァニタスの背後に回ると。

 延髄目掛けて容赦なく、弾丸のような飛び蹴りをぶちかました。

 

「ぎいぃぃッッ!!」

「ッ!!」

 

 しかし、それを受けながらも反応したヴァニタスは、吹き飛ばされながら右腕を斜め上からエターナルシーズに叩きつける。

 とっさに自由な両腕で受けたものの、強烈な膂力と質量を伴う一撃に少女は、地面に向かって叩き落とされることとなった。

 

「ぐ……ぅ……こ、の女ぁ……!」

 

 反撃はしたものの、苦悶の声をあげてよろけるヴァニタス。

 彼は延髄部分に少年のものではない、黒い鎧にヒビが入ったような物質をわずかに覗かせていた。

 そのまま、落ちていったエターナルシーズの方に余裕が剥ぎ取られ始めた表情で目を向ける。

 

 

「はは、ははははははっ! ええなあ、ええなあ!

十五夜跳兎で死なんどころか反撃出来るやつがおるなんて!!

しょーもないことくっちゃべってたときより、今のがよっぽどええやんかっ!!」

 

 高揚具合を表すような派手な魔力音とともに、間髪つかず戻ってきたエターナルシーズ。

 彼女は側頭部から血を流しながら心底嬉しそうに、吠える。

 

「でも、受けたところ今までと様子(なんか)違うなあ!

そこもっかい蹴られたらどうなるんや、それか全身同じ傷ついたらどうなるん!?

ぶっ壊れんの? 再生すんの? もっと強い中身出んの? 全部、全部見せてや、うちも全部ぶつけるから、なぁっ!!」

「イカれ女がっ……そんなだから孤立してるんじゃないのか……!」

 

<ひえぇ~w>

<ふふ、怖い>

<い つ も の>

<盛り上がってまいりました>

<今までの配信でも一番ってテンションだな、そりゃそうか>

<楽しそうでぇ、何より!>

 

 対極の表情でお互いを見る両者と、つられて盛り上がるリスナー。

 その、ようやく“いつも通り”に近づいた空気にセキオウはそりゃそうだ、と呟く。

 

 このヴァニタスという虚獣は確かに悪辣で、厄介で、実際の実力も備えた難敵だが。

 炎上や周りへの影響にこだわり、配信をつけさせて戦う状況となった時点でこうなるのはわかっていた。

 もし、これでまともにぶつかっても勝てると思っていたのなら────エターナルシーズを舐め過ぎだ、と。

 

「…………っ」

 

 一方、ヴァニタスの追撃や不測の事態に備えながら、一般人の避難を進めていたシラハエル。

 彼も上空で文字通り弾み、跳ねる少女を見て……思った。

 

(強い……それに、なんて楽しそうに配信をする子なんだ)

 

 明らかにこれまでとは格の違う虚獣ヴァニタスを相手に、全く臆さず前のめりに戦い続ける。

 反撃を受け頭から流血した時は心配で思わず飛び出しそうになったが、恐ろしいことにその血はすでに止まっているようだ。

 魔法少女特有の耐久性と回復能力に加え、興奮状態にある彼女の脳内物質なりが作用しているのかもしれない。

 

 その甲斐もあって、どちらの配信の視聴者も悲観すること無く……どころか、戦う様を楽しんで応援している。

 自分とは違う形で周りを巻き込み影響を及ぼすエターナルシーズの姿に、シラハエルも自覚できるほど高揚しかけているのがわかった。

 

 元より、魔法少女として戦いに身を投じると決めた彼が最も参考にしたのは、同じ徒手空拳……それもおそらく、同じ空手をベースに戦うエターナルシーズだ。

 彼女の戦いのうち、獣のような荒々しい部分は真似し難いものがあったが、それ以外の魔法少女ならではの自由な身体の使い方は、参考になる部分が多いにあった。

 そんな彼女が今、未知数の虚獣に果敢に立ち向かっている事実……彼からしても、心躍るものがあるのは当然のことだった。

 

(空手、か…………)

 

 『お互いに礼!』という声掛けから構えて向かい合い、素手の自分という存在をぶつけ合う格闘技。

 かつて自分が志し、断念した道を彼女もまた辿っているのだろうか、とふと思いを馳せる。

 

(そしてあの子は……エターナルシーズは多分、()()()()()()()()()()()()()()()……それならば)

 

 それならば、もしかしたら。

 かつての自分がなりたくて、だけど諦めた理想の姿を体現出来る存在なのかもしれない。

 

 ただ強ければ、勝ち続けられれば守りたいものを全部守れると。

 

 そう、無邪気に信じて空手をしていた、あの若くて、未熟だった自分の────

 

「…………白羽殿、どうした?」

「────っ失礼、大丈夫ですコンジキ様」

 

(────いけない、非常事態に何を考えているんだ、自分は)

 

 一瞬、らしくなくぼうっとしていた様子にコンジキが心配そうに声をかけると、シラハエルはハッとなって返事する。

 子どもに夢を見るのは大人の勝手かもしれないが、それにしたって時と場合というものがあるだろう、と自省すると改めて現況を整理した。

 

 とはいえ、エターナルシーズのおかげもありすでに避難はほとんど完了した。

 あの悪辣な虚獣を前に、配信の雰囲気も悪くない流れが続いている。

 

「ふ、どぉらぁっ!」

「がっ……!」

 

 そうこうしているうちに、懐に潜り込んだエターナルシーズの渾身の鉤突きが、ヴァニタスの右脇腹をえぐった。

 えぐられた右脇腹も、少年のものではない、ひび割れた鎧のようなものに変質する。

 ヴァニタスの身体能力を考えると楽観視は出来ないが、彼女なら一対一でもそうそう遅れを取ることは無さそうだ。

 さらに、このあと自分も合流すればより万全に戦うことが出来るだろう、とシラハエルは見切りをつけていた。

 

 ……もちろんこのまま行くならば、という前提は忘れずにつけているが。

 

 

「……ッ! ああ、もうわかったよ面倒くさいッ!」

 

 エターナルシーズの一撃を受け、大きく後退したヴァニタス。

 ちらりと周囲に視線を這わせると、一般人の避難がほぼ完了しつつあり、さらにはシラハエルの合流が目前であることを悟った彼は、その事実に不機嫌な表情を浮かべると。

 両手で顔を覆い、苛立ちを込めた声で吐き捨てる。

 

 瞬間――少年のカタチをしていたその姿が揺らぎ、黒い瘴気のような何かが身体から漏れ出した。

 それは液体のように滑らかで形を定めず、その上で意思を持つ生物のようにヴァニタスの体を這い回る。

 そのまま黒い何かは螺旋を描きながらまとわりついていき、全身を覆い始めた。

 

「…………さすがに、このまま終わったりせんか」

 

 そう隙を伺いながらも、油断無く構えていた少女が呟くまでの瞬く間に、ヴァニタスの変貌は完了していた。

 

 現れたのは、黒い液体が凝縮され、硬質な鎧となった姿。

 そしてその頭部にはくすんだ白の仮面が張り付き、不釣り合いかつ不気味な存在感を放っている。

 

 仮面が表現している感情は、吊り下がった目元と裂けるように歪んだ口元が、見る者に言い知れぬ不快感をもたらす……言うならば、冷笑の仮面。

 そんな、威圧感と薄気味悪さが混在する虚獣の姿に、エターナルシーズは小さく息を呑み、深く構え直した。

 

「固いおもたわ。その鎧が、ほんまの姿か」

「そうさ、これが────ッ」

 

 これが、とヴァニタスが続けようとしたその時。

 鎧の背中から胸部にかけて、強烈な衝撃が通り抜ける。

 

 息をつまらせながらのけぞった彼が、苛立たしげに視界を向けた先にあったのは、住民の避難を終えた万全なシラハエルの姿だった。

 ……だが。

 

「いっったいなぁ……!」

 

(こ、光陰の矢をまともに受けてこの程度じゃと……! なんたる頑丈さ……!)

 

 この光景に口に出すのをこらえつつも動揺を見せたのは、むしろシラハエルサイドのコンジキだ。

 これまでシラハエルが対峙したあらゆる虚獣に対し、絶対のトドメとして振るわれ続けていた一撃だった以上、その衝撃も当然かもしれない。

 

「っ、ふ!」

「────ッ!」

 

 さらに、シラハエルに意識を回した瞬間を狙いエターナルシーズが格闘を挑む。

 戦力を測るという狙いから、強く踏み込んで打ち込んだわけではないが、それでも命中した数発の打撃は全て鎧に防がれる。

 

「い……つっ……なるほどな」

 

 それどころか、尖った部分にあたった拳が薄く切れ、出血を起こす始末だ。

 先ほどの側頭部の出血と同じく、薄く皮膚を裂いた程度で彼女の回復力なら問題ある怪我ではない。

 だが彼女たちをして、うかつに攻めるのは(はばか)られる相手であることを悟らせるには十分な手応えだった。

 

「ははは、どうだっ! 虚飾のカタチ『ヴァニタス』は、最強格の魔法少女二人でも手に負える相手じゃないのさ!」

「はっ、ちょっと様子見に小突いたった程度で必死やな。『効いてて草』とかコメントされんで」

「────ええ、その通り。一度で倒れないなら、何発でも打ち込むだけです」

 

(上手い……視聴者の不安を煽る流れを、即座に切って返しおった)

 

 ヴァニタスの煽るようなセリフに、すかさず舌戦で返した二人に、コンジキは内心で感嘆する。

 シラハエルはわかって、エターナルシーズは舐められまいという意識も働いた直感で。

 視聴者の魔力という動力源を絶たせる行動を、防ぎにかかっていた。

 

 とはいえ、結局のところこの相手を実力で倒せなければどうしようもない。

 それならば宣言通り、魔力と体力を使い果たすつもりで何度でも、とシラハエルは踏み出そうとする。

 

 

(待った。シラハエルさん、一旦このままうちメインで()らせてください)

 

 エターナルシーズから念話が飛んできたのは、そんなタイミングでのことだった。

 

(む……それは……いえ、さすがにあの相手は危険です、自分が正面に立つのでエターナルシーズさんは────)

(いや、あいつのアホみたいな固さはキレイに無駄なく打ち込むシラハエルさんの戦い方だと、ちと相性悪い思います。

それに、あいつが今うちらに一気に攻めてこないのってなんでやと思いますか?)

 

 当然、少女の危険を可能な限り減らしたいシラハエルは矢面に立とうとする。

 が、魔法少女としての経験と才覚からなるエターナルシーズの観点は、無視出来るものではない。

 

(…………自らの力を誇示し、我々が攻めあぐねているこの時間を続けることで。

視聴者の不安と緊張を煽り、魔力を削ごうとしているのかと)

(あー……なるほど、やっぱそういう感じですか。うちはそこまではっきりと分かりませんでしたが、はよ攻めきらなやばい感じはしましたわ。

……で、そうなると相性良くないシラハエルさんが何度も打ち込んで倒れない様子見せるのって、あんま具合良うないですよね)

 

 念話によるエターナルシーズの指摘に、難しい顔でシラハエルは考え込む。

 コンジキも確かにと頷くと、それを返事としたようにエターナルシーズは続けた。

 

(少なくともうちのガチの一撃なら、あの鎧にヒビまで入ったのは確認してます。

なら、まずうちが行けるところまで行くのが一番早いと思います)

(…………確かにその通りですが、あなたは先ほどから戦い通しです。

すでに負担がかかっている上にあの相手と────)

 

(とんでもないです。…………うちは、嬉しいんです)

(……嬉しい……?)

 

 憂いを帯びたシラハエルの念にエターナルシーズは……これまでの自信に溢れた力強さとは違う、静かな想いを乗せて返す。

 

(今日、この場でこいつと出会って追い詰められて、どうしたらいいのかもわけわからんようなって。

なのに、ほんまのところどうなってるのかも知れんって段階で、大事なイベントを止めてまでうちを助けに来てくれた)

(────っ)

 

(そのあとだって、うちが気づかんかったこと気づいて助けてくれて、お互いが出来ることで協力して……

ずっと、ずっと憧れてたんです、こういうの。

すごい勇気と、力もらいました……この思い出あるだけで、うちはこれから一人ででも戦っていけるかもしれません)

 

 少女の念話で送られてきたのは、素直で……そしてどこまでもいじらしい、感謝の想い。

 彼女が抱えていたモノの一端を知ることとなり息を呑むシラハエルに、想いは続けられる。

 

(だから人生で一番大事なこの時間を、最後までうちにやり遂げさせてください。

大人としてって話するなら、もうシラハエルさんはやってくれたんです。

うちは今日、すでに救われたあとなんです………それに)

 

 それに、と一旦切ると彼女は。

 最後は念話でなく、この場とリスナー全員と……なにより自分に言い聞かせるように、口に出して締めくくった。

 

 

「それに、多分大丈夫。

…………今日のうちは、史上最強の魔法少女や」

 

「…………ふん」

 

 自信と、それ以上の穏やかな確信を引っ提げて。

 引き続き彼女が出てきたことで、あてが外れたとばかりにヴァニタスは鼻を鳴らすと、鎧に覆われた拳を握り込む。

 それを見て取ったエターナルシーズは、再度肉弾戦を挑んだのだった。

 

 

 固さはもちろん、虚獣が巻き起こす一撃に込められた破壊力は、先ほどまでの比ではないとエターナルシーズもシラハエルも感じ取っている。

 そのため、矢面に立ちながらまず、エターナルシーズは回避や防御を重視し続けた。

 

 そんな、紙一重とも言うべき激しい戦闘を繰り広げる少女を見ながら。

 シラハエルは当然、コメント欄の誰もが抱えていた心配は、すぐに霧散させられることとなった。

 

 

「ぐ……この……な、なんで、当たらないッ……! スピードだって、上がってるはずだッ……!」

 

<なんか……動きやばくね?>

<はっっっっや>

<虚獣の攻撃やばいな、これエターナルシーズ勝てなきゃどうすんだ?>

<ていうか安定感えぐい やばい見入る>

<今までのエターナルシーズと比べてもおかしくない? こんな強かったっけ>

 

 焦りを滲ませながら振るうヴァニタスの攻撃が、彼女に当たる気が、しない。

 それほど、シラハエルから見ても今の彼女の集中は常軌を逸していた。

 

「────鎧の姿で密度ぎっちぎちなった代わりに、変形パターンあんまなくなったか?

今からでも戻したほうがええんちゃう?」

「黙ってろッ!」

 

 吐き捨てたヴァニタスの薙ぎ払いを避けると、彼女はトーン、と軽やかに後ろに跳んで距離を離す。

 

 そのままトーン、トーンと、またもやリズムを刻みながらその場で滞空を始めた。

 

「ッ、さっきの技……! 何度も同じ手が通じると思っているのか……!」

「さあ? やってみんなわからんけど、うちがミスってもそんときゃシラハエルさんがなんやトドメさしてくれるやろ。

後ろ誰かおるってだけでこんな気持ちで戦えるんやな……そんじゃ────」

 

 そうして、彼女はヴァニタスの言葉に薄く笑った。

 

 

「正真正銘、全部のうちをぶつけたるわ」

 

 

 言葉と同時、先ほどと同じく、彼女の姿がかき消え周囲から爆音が降り注ぐ。

 十五夜跳兎で痛打をもらった記憶も新しいヴァニタスは、当然最大限の集中と警戒をもって彼女の姿を追う。

 

 何度も同じ手が、という発言は虚勢ではなく、彼は確かに少女の姿を捉え続けた。

 そしてその集中が最大限に増した頃、彼女の気配が再び真後ろ……ヒビが入ったヴァニタスの延髄を狙える位置に現れる。

 

「────はははッ!」

 

 瞬間、ヴァニタスは背後に向かって腕を突き出した。

 ただでさえ硬質な腕はこの形態で見せていない、切れ味鋭い刃物が無数に突き立てられたような悪意に満ちたカタチを取る。

 

 こんなところに弾丸のような勢いで飛び込んでしまえば、如何に魔法少女の身体でも無事では済まない。

 エターナルシーズなら即死は無いだろうが、得意技が裏目に出て致命傷に、などという光景を配信で見せてやればその後のシラハエルとの戦いも────

 邪悪な奸計が成就する確信に、彼は内心笑った。

 

「────────ふっ!」

 

 が、直後。

 高速移動……正確には、後ろに回ってからあえて抑えた速度で突っ込んでいたエターナルシーズが、小さな掛け声とともにヴァニタスの刃を指でつまむと。

 

春 嵐 花 霞(しゅんらんはながすみ)

 

 その箇所を支点に、ぐるん、と縦方向に身体ごと大きく回転。

 その勢いでヴァニタスの身体を振り回し……宙に放り投げた。

 

「な、ぁ……っ!?」

 

 会心の攻撃を防がれるどころか、反撃によって無防備な姿を宙に晒した虚獣。

 驚愕の声を漏らす彼を見上げ、少女は静かな表情で呟いた。

 

「同じ手使うなんて言うてへんよ。

打ち上がれ────蓮華花火(れんげはなび)!!」

 

 宣言の直後、十五夜跳兎にも劣らない破壊的な炸裂音が、今度は虚獣の身体で奏でられることとなった。

 下から突き上げる強烈無比な連撃の嵐が、頑強な鎧に打ち込まれ続ける。

 

「ぐ、うぅぅううっっ!?」

 

 苦悶の声を上げるヴァニタスが、まともな反撃を返せる間も与えられず。

 彼は文字通り花火のように天高く打ち上げられることとなった。

 

「十五夜跳兎ッ!!」

 

 すかさずそれを追って、エターナルシーズが爆音とともに飛び上がる。

 断続的爆音はみるみる高度を上げ、それは瞬く間に上空のヴァニタスを追い越した。

 

「はあああああッッ!」

「…………ずるいなあ」

 

 見上げた先にあった、太陽を背にしたエターナルシーズの姿に対し。

 ヴァニタスがポツリと呟くと同時、彼の腹部に爆発の推進力を乗せた蹴りが叩き込まれる。

 

「────ッ!」

 

 が、その一撃で地面へと急降下させられながら。

 そして、全身にヒビが入ったボロボロの有り様でありながら、未だその鎧は破れない。

 異常極まる耐久性能に、勝利を確信していたコメント欄やセキオウの内心にすら影が差し掛け────

 

 

「────霜華銀世界(そうかぎんせかい)

 

 

 静かな呟きとともに、両手をヴァニタスの方に差し向け、彼女は純粋な魔力光を解き放つ。

 曇り一つない真っ白な魔力光は、余人の介在を許さない厳かな世界を形作っていた。

 

 すでに限界に近いダメージを与えられていた鎧は、ついに全身からバキバキと音を立て、崩壊させていく。

 

 

「────見事だよ。エターナルシーズ」

 

 魔力の奔流の中、ヴァニタスをカタチ作る全てが崩れゆくなか、これまでの態度とは一転。

 どこか穏やかさを感じさせる称賛が、エターナルシーズの耳に届いた。

 

「まさか、この虚飾のカタチ『ヴァニタス』が負けるだなんて……君は本当に強いね……素晴らしいよ」

(…………?)

 

 穏やかさどころか、その声色に乗せられていたのは……尊敬と感謝の念。

 あれだけ悪辣に振る舞ったやつが死の際になって浄化された? それとも、どうにもならなくなって命乞いをしている?

 態度に表さないようにしながらも、エターナルシーズの内心に困惑が到来した。

 

 しかし、どちらにせよ取り得る選択肢があるわけではない、と魔力を浴びせ続ける彼女に、声は届けられ続ける。

 

「ああ……ありがとう。

強く在ってくれて、ぼくに全部をぶつけてくれて……そして」

 

 そして。

 

 

「どこまでも“不公平”でいてくれて。

最後まで気づかないでいてくれて、ありがとう……!!」

「…………っ!?」

 

 その、一際露骨に表した嘲り笑う言葉とともに。

 

 虚飾のカタチ『ヴァニタス』の鎧はその全てがひび割れ、砕かれ、破片が彼女たちの周りに飛び散り。

 

「────ッむ、ぐ、む……んんっ!!」

「な…………!?」

 

 限界を迎えた鎧からぽんっと弾かれて、黒い何か……ヘドロのようなものが飛び出すと。

 セキオウが反応する間も無く、大技の反動で無防備となった少女の口に入り込んだ。

 

「こ……ぐ……ぅ……っ!」

 

 少女はただちに魔力放出を止めると、つまむような形で尖らせた自分の指を口に突っ込む。

 が、その動きもまるで見えない何かに掴まれたかのようにビタッと止まると、そのままだらん、と両腕を下ろし佇んだ。

 

「……おい……おい、めぐる!? どうしたっ!?」

「…………っ」

 

 ……困惑の声をあげるセキオウも、これまでで最も険しい顔で見るシラハエルも。

 

 当然彼らの配信に集うコメント欄も……誰一人として、現況の把握が追いついていない。

 

 

「な……なんなんじゃ……」

 

 そんな彼らの困惑全てを代弁したかのように、コンジキが呆然と口を開いた。

 

「虚獣ヴァニタスは、エターナルシーズの一撃で滅んだのではないのか……?

鎧が砕けて……中から何かが出て、彼女に入った……取り憑いた?

まさか、あれが虚飾のカタチの中身……本体だったとでも言うのか……?」

 

 

「────いや、少し違うね」

 

 そんな、コンジキの言葉に答えたのは。

 その場で顔を伏せて佇んでいたエターナルシーズ……ではなく、いつの間にか彼女の顔の大部分を覆っていた、冷笑の仮面だった。

 

「本当に驚いたことに、君たちは間違いなく虚飾のカタチ『ヴァニタス』を倒したよ。

そして、君は中身と言ったが……もとより()()()()()()()()()()

あるのはただ、ありもしない何かを守るための、固く尖った空虚な鎧だけさ」

「虚飾に中身は無い……ならば、まさか」

 

 ヴァニタスを倒した、の部分には素直な称賛を乗せた仮面は。

 まさか、というコンジキの呟きに少女の姿で頷くと、勝ち誇ってみせた。

 

五つの虚念(クィンク・ネブラ)、虚飾のカタチヴァニタスとは、あくまで外付けの強力な外装……それを、ぼくという別の存在が操っていた。

そして外装が壊れると同時、完全に無防備になったエターナルシーズに乗り移ったのさ。

上手くいってよかったよ、最初からずっとこれを狙っていたんだからね……いや、ヴァニタスがやられたのは本当に想定外だけど」

「別の存在……つまり()()()()()()、というわけか」

 

 コンジキが、苦渋と納得を滲ませた感情のままに問いかけ、促すと。

 彼はようやく、隠していたその本性を表す。

 

「虚飾なんて名乗った割に、全然嘘とかつかないなあとか思わなかった?

ぼくはそれほど嘘が好きなわけじゃないからね、伏せていたのはぼく自身の名前だけ。

────と、いうわけで改めまして。五つの虚念、羨望のカタチ『インヴィディア』だ」

 

 五つの虚念の、二体目。

 最悪と想定していた敵が、二体同時に襲いかかってきていたことをここで初めて知らされた彼らは。

 この状況への理解が追いつき、改めて絶句させられることとなった。

 

「ああ、強い身体、若くて才能にあふれる身体、これからたくさんの輝ける未来があった……“ずるい”身体。

やっと、やっとぼくのものになってくれて、これでようやく公平に近づいた。

……それじゃあ、種明かしはこれぐらいにして、ここからは────」

 

 そうして、現れた虚念は。

 

 少女に被せた仮面越しに……力強く、叫んだ。

 

 

「────ここからは、この身体が君たちの相手だ!

君よりも、虚飾よりも強い最強の魔法少女(エターナルシーズ)を。

大人として殴って傷つけて、止めてみなよ、シラハエルッ!」

 

 

◆◆◆

 




満を持して出したっぽい四天王的存在は
いきなり複数投入したっていい(1Dead)
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