魔法少女はおとなのつとめです。   作:多部キャノン

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第五十一話

 

◆◆◆

 

 

「質問……というか文句。いっぱいあるよね? 言っていいよ。今ならなんでも答えてあげる。たとえば、あの子たちが無事に────」

()()()()、ですか?」

 

 隠していた本性を現した五つの虚念(クィンク・ネブラ)、偏愛のカタチ『ルクスリア』。

 この場に集った魔法少女たちの配信システムを破壊し、セレスティフローラに全視聴者を強制的に押し付けた少女が、押し倒したシラハエルを見下ろしながら言葉を放つと。

 それに静かに、だけど確かな響きで返されたのは、端的なシラハエルの問いかけだった。

 直前の予測と違い、彼が見せた動揺でも怒りでもない表情に、一瞬虚念は虚を突かれたような反応を見せる。

 

「────っ、……わたしが、いつからこうするつもりだったかってこと? 最初から、だよ。

あなたも、他の人もわたしに手を出せない状況を作ったのも、リスナーみんなに愛されるわたしでいたのも、ぜーんぶ分かってやってたの」

「こいつ……マジか……!」

「…………っ」

 

 ルクスリアの発言にエターナルシーズが苦々しげに呟くと、コメントの大半もようやく事態の理解が追いつき始めたのかますます荒れた魔力を送る。

 

「周りみんなから愛を向けられるシラハに初めて触れて、意識が出来たときからずっとね。あなたを愛して、愛されたいなあって想ってた。

そして、その気持ちと一緒に声が聞こえてきたの。“偏愛たれ、偏愛たれ”って。

そうしてると……思ったんだ、わたし以外の人もシラハを好きでいるの……すごく、すごくやだなあって。

だから、わたしだけがシラハを愛して、わたしだけがシラハに愛されて。そうならない世界なら、そういう世界に変えちゃおうって思ったの」

「同担拒否……にしたって限度ってあるでしょ……! こんなやり方じゃなくっても……っ!」

 

 フローヴェールが吐き捨てるようにルクスリアの感情を言葉で括るが、偏愛たる少女は当然取り合わない。

 ただ、ほんのわずか嘲りを浮かべながら薄く笑うと、状況を完成させるための説明を続けた。

 

「でもね、そうするにはただみんなやシラハにわたしが勝つだけじゃたりない。

シラハたちががんばってやってきたこと……このアカデミーが、虚念に台無しにされるところを、たくさんの人に見せなきゃダメなの。

他のみんなも巻き込んでまで、時間をかけてやったことが失敗に終わる……そうすれば、みんなにがっかりされたシラハをわたしだけはいつまでも愛せるから。

……だからそのために、“一番弱い子”だけは配信して、その光景をみんなに映してもらわないと、ね」

「…………っ!」

 

 彼女が口にした計画の全容に、一瞬目を伏せて顔をしかめたのは、シラハエルだ。

 配信システムや魔法少女を利用して自身の虚念の糧とする……かつての五つの虚念、羨望のインヴィディアに勝るとも劣らない手段の選ばなさに、周りの魔法少女も歯を軋らせる。

 そんな彼女たちの感情が伝播したかのように、セレスティフローラの配信に集う声は、いよいよ暴風雨のように荒れ狂った。

 

<いやこれ無理だろ>

<どうすんのどうすんのどうすんの>

<みんながんばれえええなんとか配信ついてくれええええ>

<人多すぎで苦しんでるんなら抜けた方がいいだろ抜けろよみんな>

<なんとか逃げて助け呼べない?>

<ふざけんなマジで応援してたのにルクスリア>

<所詮虚念だわ だから危険だって言ってたんだ>

<ルクスリアだけでもやばいのにでかい虚獣までいるしマジで詰んでない?>

<マスコットなにやってんだ? 助け呼んでるところか?>

<ここに魔法少女集まってるってことは手薄になった別エリアに魔法少女散ってるでしょ>

<普通にマジで許せないんだけど なんなんこいつ>

 

 

「っ…………、うんうん。わたしは配信をつけてないけど、みんなの声はちゃんと聞こえるよ。

だいじょうぶ、みんながこのまま大人しく見てくれるなら、誰もしんだりひどいことにはならな────」

「────ルクスリア様……おじさまを、みなさまを……解放してあげてくださいっ……」

 

 

 シラハエルを抑えつけたまま語るルクスリアに、後ろから被せられたセリフ。

 それに少し意外そうにへぇっと呟きながらも、虚念の少女は振り返ることすらせず言葉を続ける。

 

「わたしでも頭いたくなりそうな魔力送られてるのに、思ったよりすぐしゃべれたね。でも、それは聞けないからおとなしくしててね。……『イドールム』」

「────」

 

 口にした呼び名とともに、ぱちんっと少女が指を鳴らすと、魔法少女たちを監視していた虚獣……イドールムと呼ばれた巨体が、足元をドロリと溶けさせた。

 接地面から広がった黒い泥は、以前ルクスリアがセレスティフローラのコーチングに協力したときのように、その形を虚獣のものに変える。

 

 それも、今回現れた虚獣は複数。

 もととなった巨体の質量を使って現れた虚獣は、より人に近いようなフォルムをしながらも、巨体の虚獣のような前傾姿勢で主の命令を待った。

 

「“そっちの弱い子”、抑えつけといて。シラハに嫌われるから傷つけたりはしないでね。あばれるならちょっとぐらいはいいけど」

「────セレスティフローラッ!」

 

 虚獣たちが一斉に動き出すと同時、フローヴェールがターゲットたる少女に呼びかけるが当然虚獣は止まらない。

 

「けいかいしても無理だよ、動いてるのは一部だけど、この前てかげんしてあげた時よりずっと強い虚獣から出してるもん。

強さに大事な力、技、魔力がぜんぶ上……あははっ! これが大事ってだれに教えてもらったんだっけ?」

 

 虚獣が向かっている間もシラハエルを見下ろしている虚念はそう、彼だけを見つめながら笑い────

 

「────ねえ」

 

 本性を現してから初めて、といっていい曇った……いや、不可解というべきな表情を見せ、シラハエルに問いかけた。

 

「どうしてシラハは、さっきから怒ったり、暴れたりするんじゃなくて……ずっと、悲しそうな顔だけをしてるの?

……もう、あきらめちゃったなら別にいいんだけど。……信じてたのに裏切られたって、怒ってもいいんだよ?」

 

 ルクスリアが言う通り、シラハエルはこの事態にも、他の魔法少女のように劇的な反応を見せることなく……

 むしろ、納得に近いような静かな雰囲気で、事態の推移を受け止めているように思えた。

 

 そんな中でも、ルクスリアの発言に何度か彼女の言うところの『悲しそうな顔』を見せたのは、裏切った直後ではなく、むしろその後の会話における特定のタイミング。

 その反応に、ルクスリアは自分でも整理しきれない妙な不満を覚え、少しだけ余裕が剥げた表情で問いかける。

 

「もしかして、虚獣におそわれた弱いあの子が心配? さっきも言った通りおとなしくカメラやってくれるなら傷つけはしないよ。

……それとも驚いていないのは、本当は最初から信じてなんて────」

「────残念、です。……本当に」

 

 被せるように、きっぱりと告げられたシラハエルの言葉に、なにが、とルクスリアが返そうとしたのと同時。

 

 

「?」

 

 ぶわっ、と。

 白い髪を撫でる風圧とともにルクスリアは、自分とシラハエルが影に覆われたことを知覚した。

 

 上から照りつける日光が遮られ、視界が暗くなったのはほんの一瞬。

 少女は反射的にその影の行方を目で追って。

 

 次の瞬間には、“弱い子”に向かっていた虚獣たちが残らず宙を舞い、もととなった巨体に折り重なるようにぶつけられたのを目撃する。

 そして、巨体の顔に当たる部分がその虚獣たちで覆われた瞬間────

 

「捌いたあとは……反撃」

「────ッッ!?」

 

 ゴォォッと。

 荒々しいながらも真っ直ぐと放たれた魔力の塊が、巨体の横っ腹に炸裂した。

 

 たまらずもんどりうって倒れた虚獣は、一度転がりながらもすぐに起き上がったため、エターナルシーズたちが行動を起こす隙には至らない。

 ただ、被弾箇所から煙を吹きながら佇む姿は、同じニヤけたような顔を張り付かせながらも幾分、余裕が抜け落ちているように周りから映った。

 

「は……なに?」

 

 自身の理解が及ばない状況に、間の抜けた声を漏らしたルクスリア。

 まさかインヴィディアを倒したときのように、彼が信じられないような作戦を、と再び下に目を向けた少女は、まだ自身の下で悲しさをこらえた表情でいるシラハエルが、口を開くのを目撃する。

 

「残念です、あなたはまだ……いいえ、一度も。彼女のことを見られていなかったのですね。……自分の責任です、何かを教えるというのは本当に……難しい」

「…………っ」

 

 静かに彼が口にしたそれは、裏切られた大人のものでも、苦境に陥った魔法少女のものでもない。

 ただただ、魔法少女のための魔法少女……今この場においては、ルクスリアたちを教え導いていた者としての自責の言葉だった。

 

 

「────いいえ、おじさまは何も間違ってはおりません。ハロウズアカデミーは、まだまだ途上ですわ」

「────ッ!」

 

 次いで、ザッ、と力強く踏み出す音とともに、後ろからかけられた言葉。

 ルクスリアは今度こそ弾かれたように立ち上がり、身体を振り向かせ────

 

 その姿を、目の当たりにする。

 

 ルクスリアが作ったこの特別極まる状況において、おそらく歴代魔法少女の配信史上、最大量といっていい魔力を注がれたのは、一人の少女。

 才覚、体力、技術……そして何より、心の変化で広がった器に注がれる魔力は今、彼女を澄んだ白で包みこんでいる。

 その上で、一時的に溢れ出した魔力はばちっばちっと危うさのある音を奏でながらも、まるで春嵐に巻かれる花びらのように彼女の周りを無数に舞っていた。

 

 服装などといった単純な見た目という意味では、これまでの姿と変わらない。

 しかし、元より見た目においては神秘性と華がある、とシラハエルにも印象付けさせた彼女は今、荒れていたコメントの多くが息を呑んで見惚れるほどの神聖を身にまとい、そこに力強く立っていた。

 

 

 おかしい、虚獣はどうした、だって彼女は────起こるはずのない事態に困惑する少女に向けて、セレスティフローラは。

 

 ゆっくりと、まるで読み聞かせをするかのように、語り出す。

 

「────初日。シラハエル様たちの提案で、体力測定をいたしました。

身体にも魔力にも振り回され続けて、わたくしはわたくしの『スタートラインを皆さまと分かち合うことが出来ましたわ』」

「…………?」

 

 少女が突如口にした思い出話に、今この場における状況との繋がりが分からずに、ルクスリアは訝しげな表情を浮かべる。

 

「二日目からは、エターナルシーズ様のコーチングで、身体の使い方を学びました。

やっと憧れに近づけるはずの魔法少女体をまともに動かせず、心の底では疎ましくすら思ったこともあった自分の身体……おかげ様で、『夢中で動かせるようになりましたわ』」

「……セレスティフローラ」

 

 ぽつり、と感慨深げに呟いた着物の魔法少女の声が虚空に消えると、セレスティフローラはそのまま続けた。

 

一端(いっぱし)の体力を身に着けられたあとは、あなたへのコーチングの様子を見学し、打ちのめされました。

その後、コンジキ様のご提案で色々考えて配信と向き合って……『自分がリスナー様にどう愛していただけているか、知ることが出来ましたわ』」

「……なに……なんなの……?」

 

 話題に上げられたルクスリアの困惑も、セレスティフローラの語り口も止まることなく、続く。

 

「フローヴェール様には、戦うための技術を教えていただきました。

先ほど虚獣の攻撃を流し、投げたのも反撃をしたのも、全てフローヴェール様に教えていただいた通りです。わたくしは初めて『自身で事を成す武器を身につけることが出来ましたわ』」

「…………見たわ、出来てたわ、セレスティフローラさん」

 

 騎士の少女も、ぐっと拳を握りながら小さく呟き、続きを待つ。

 

「昨日、ミリアモール様にお話しいただいたのは、直接のコーチングではなくとも同じくらい、とてもとても大切なこと。

わたくしは……わたくしはようやく、『これまでの自分を、好きになっていいんだと知ることが出来ましたわ』」

「…………うん。そうだね」

「……だからっ! さっきからよく分からないことばっかりだらだらと……っ! わたしと、シラハのための配信なのに……っ、イドールムッッ!」

 

 落ち着いた表情となったミリアモールが頷くと同時、対比するかのようにぎっ、と歯を軋らせたルクスリアは、苛立たしげに巨体の虚獣の名を叫ぶ。

 

「────ッ!!」

 

 呼応した虚獣イドールムは、先ほど分離させていた虚獣たちを再び自身に取り込むと、セレスティフローラのもとへ真っ直ぐと駆け出した。

 土を巻き上げ猛進するその姿は、先程の虚獣たちのものとは速さも、込められた力も、何より威圧感が全く違う。

 あっという間に魔法少女を間合いに収めた巨体は、そのまま見るからに強靭な太い腕を振り上げ、彼女に勢いよく掴みかかろうとし────

 

「ふっ……!」

 

 鋭く息を吐いた少女の魔力花────今はフローヴェールのものそっくりにカタチを変えたレイピアにより、受け流されたことで身体が泳ぐ。

 

「らぁあッ!」

 

 直後、無防備な顎に叩き込まれたのは、エターナルシーズを思わせる荒々しくも迷いのない蹴り上げ。

 吹き上がるような魔力にあかせた一撃は、致命傷にこそならずとも虚獣の巨体を宙に跳ね上げる。

 

「ッ!!?」

 

 ニヤけた面が張り付きながらも、挙動で驚愕を表すイドールムは、すぐに地上のセレスティフローラを見下ろすと。

 間髪入れず、少女は身体をぐるっと横向きに一回転。

 手にしていたレイピアが、回転の遠心力を活かす形状────ミリアモールのそれを模したハンマーへとカタチを変えると、その重量感のままこちらに放り投げられたのを視認する。

 

 ブオンブオンッと風を切りながら飛んできたモノは、近づくにつれ溢れんばかりの白い魔力でバチバチという音を奏で────

 その白光が、ルクスリアが作った虚獣、イドールムが見た最期のものとなった。

 

「────ッッ!!!!」

 

 膨大な魔力を込められていたハンマーは、声無き断末魔をあげた虚獣に接触すると同時、大爆発を起こす。

 轟音と爆風が過ぎ去ったあと、空に残っているものはなにもなく……イドールムは完全に消滅させられていたのだった。

 

 

「っ…………!」

「……めっちゃノリで撃ちましたけど、ミリアモール様の戦い方絶対こんなのじゃなかったですわね……あとでちゃんと……そう、ちゃんと学ばせていただかないと、ですわ。

────そして」

 

 ありえない、あってはならない光景に、虚念の少女が歪んだ表情を向けた魔法少女。

 彼女は、高揚感とともに一瞬だけホッとしたような等身大の表情を覗かせたあと……そして、ともう一度踏み出し、途切れた言葉を紡ぎ直す。

 

「そして、アカデミーはこれからも続く。わたくしはまだまだまだまだ、他の皆さまにも、シラハエル様にも教えていただきたいことがたくさんあって、今日もきっとその途中。

ただ、新たに出来ることが増えるという、“いつも通りの特別な一日”なのです」

「わからない、さっきから何を……! っ、出来ることってなんなの、何が言いたいの!?」

 

 ただ無力であった、あらなければならなかった少女が静かに、どんどんと力強く語った言葉。

 

 偏愛のカタチたる自分の聖域に紛れ込んだ不純物に、耐えかねたように叫んだルクスリアに────

 

 

 最弱から始まった少女は今日こそ、()()()()()()()を口にするのであった。

 

 

「わかりませんか? 今日は、『わたくしが五つの虚念(クィンク・ネブラ)に勝つことが出来る日』、と。そう言っているのですわ」

 

 

◆◆◆

 

 

第五十一話 花が、芽吹いたとき① 茨の壁を打ち砕きます

 

 

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