魔法少女はおとなのつとめです。   作:多部キャノン

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第五十五話 おとなのおしおき

 

 アカデミーの生徒として、少女たちが全てを出し切った戦いが、終わった。

 これまでの教えの全て……いや、それ以上のものを出し切って勝利したのは、魔法少女セレスティフローラだ。

 

 まだまだ途上だった少女の身に負担をかけることとなった自分の、魔法少女シラハエルのふがい無さ。

 そしてそれ以上の彼女への誇らしさに、最近は油断するとすぐ決壊しがちな頼りない涙腺を引き締める。

 だが今はまだ、この感傷に浸るべきときではなく……それより先にしなければならないことがある、と自分はもう一人の少女を見た。

 

 横たわる少女は、アカデミーで自分が主だって教えていた虚念の少女、ルクスリア。

 虚念として戦いを挑んだ彼女もまた、生来のフィジカルにばかり頼り切るのではなく、アカデミーでの教えを活かそうという想いが確かに感じ取れた。

 

(────良かった。彼女の中に、アカデミーは生きている)

 

 その事実を認識したときから固めつつあった決意が、決着後彼女が語ってくれた内心により、完全なものとなる。

 

 そうして、あとは語り終えた『憎き敵である五つの虚念(クィンク・ネブラ)』の最期を看取るのみ……

 そんな、配信をつけられずとも感じ取れる敵意と諦めが支配する静寂で、自分は前に出た。

 

 あなたがしでかしたことに、アカデミーを興したものとして始末をつける────

 自分がした発言に、訳が分からないという反応を見下ろした少女が見せた直後。

 

 ────バァァァァンッッッ!!!!

 

「────ッ、イッッだぁぁあああアアッッッッ!!!?」

 

 その場に響いた……いや、自分が響かせたのは、静寂を切り裂く場違いな炸裂音と、偏愛の少女の悲鳴だった。

 

 

「うぉぅ……っ」

 

 直前の念話で手短に相談したコンジキ様ですら、ここまで全力で引っ叩くとは思っていなかったのか、お尻を抑えながら見守る。

 

「て、天使様っ……?」

「……………………あば??」

「……んんん……??」

 

 当然、何も聞かされていないコーチの少女たちは、今何が起こっているのかもわからないだろう。

 そちらもある意味心配ではあるが、自分は説明の手間も惜しいと行動を続けた。

 

「お、おじさ……」

「なっなに、を……!? シラハッわたしを倒すのなら、こんなことじゃなくてっ────ぎゃいィっっ!!?」

 

 バァァンッッ!!

 訳が分からないままに口を開いたルクスリアに、問答無用と追撃のビンタを入れる。

 

 虚念で出来た身体とはいえ、出来るだけ人に似せた反応をするためだろうか。

 彼女の被弾箇所は、叩きつけられた二発だけで真っ赤に染まっていた。

 

 うつ伏せで固められた体勢で、容赦なく振るわれる尻への殴打。

 ……この場にいる少女たちも存在自体は知っているかもしれないが、実際にされているところを見ることはまず無いだろう行為────

 すなわち、“お尻ペンペン”を今、自分はこの手で行っていた。

 

 ……それもこの現代で、配信上で。

 

「ぁ、あだだだだっ……! あのちょっと、さっきのわたくしの戦いより盛り上がってるんですけど……っ!?」

 

 当然、未だに続いているルクスリアの結界により、魔法少女セレスティフローラ一人に集っている視聴者の勢いは……とんでもないことになっているはず。

 単に困惑したり驚いたり笑っていたりするだけならいいだろう。

 しかし実際は虚念にトドメを刺さないことへの懸念、配信でこの行動をすることへの非難と、良くない感情も送られていることは想像に難くない。

 

(…………っ)

 

 アレほどの戦いを頑張って終えてくれた少女に、さらに負担をかけることになるのは本当に申し訳ないし、そもそもこの選択によってこれまでの全てがご破算になる可能性もある、と。

 そんな、配信者としての当たり前の理性と危機感は、魔法少女シラハエルの心臓をうるさいほどに打ち鳴らす。

 ……それでも自分は、一度やると決めたこの行動に迷いはなかった。

 

 

「『なにを』……? 決まっています。悪いことをしてしまったなら、やるべきことがあるはずです。

好き勝手に暴れて心配をかけて、満足して消えるなど自分は断じて許しません」

「ぅ……っそれ、は……」

 

 

 自分が様々な問題を承知の上で選んだその行動とは、すなわち────ルクスリアの救済だ。

 

 

(一度、リスクを承知で教え導くと誓った子が……失意を抱えたまま目の前で消えていくなんて、あってたまるかッッ!!)

 

 

 『魔法少女のための魔法少女』として活動を開始したシラハエル……いや、それ以前の人間、高司白羽として。

 崩れ行く虚念の少女のため、過去の自分のような情動のままに全力を尽くすことを、決めたのだった。

 

 そのために、この場でしなければならないことはいくつかあるが、まずは────

 

「一つッ! アイデンティティの揺らぎと消滅の危機に混乱をきたすのは理解出来ますが────爆発する前にまず相談しなさいッ!」

「そ、それはッ……! だって、わたしの中身虚念で、そんなの見たらシラハだってッ……ぎゃんッ!!」

「変身前の姿なんて、初めて会った時にそもそも見てるでしょうッ! 自分が自分がって都合ばかりじゃなくて、周りがどう思うかまでちゃんと想像しなさいッ!!」

 

 バァンッ、とさらに尻叩きが続行された衝撃で、少女の身体から黒い泥のようなものが散乱する。

 すでに弱っている少女に対してこんなことをすれば、それだけでトドメになってしまうのではないか……

 周りの少女や戻ってきたマスコット達からの心配も伝わってくるし、自分としてもこれは成功の確信があるわけでもない、賭けだ。

 

 だが、続ける。

 

「次に、人の呼び方ッ! いい加減、自分以外の人もちゃんと名前で呼ぶッ!

周りを取り巻く人たちを『弱っちい子』だなんて雑な認識しかしていないから、強さも見誤って足元を掬われるんですッッ!!」

「ぅっうぅ……ひぐっ、だっ、てぇっ……!!」

「…………おじ、さまっ…………」

 

 偏愛の虚念という成り立ちもあって、彼女の情動が自分に偏っていることは分かっていたからこそ、なんとか周りに目を向ける機会を作ろうとしていた。

 極端な手段に出るその時まで矯正出来なかったのは自分の責任だと分かったうえで、ちゃんと口に出して叱責する。

 

 ルクスリアの方も、セレスティフローラを見損なっていたことで敗北をした自覚と、悔しさもあったのだろう。

 彼女は目元をわずか滲ませながら、だって、と弱々しく駄々をこねた。

 

「そして、今回起こした事態ッ! 愛し方は人それぞれで、あなたの愛し方────偏愛と呼ぶそれを否定する気はありませんッ!

しかし、周りから向けられる様々な愛し方にも、あなたが目を向ける機会はあったはずですッ!!

自分たちだけでなく、魔法少女たちから向けられる想いに後ろ足で泥をかけて、なんとも思わなかったのですかッッ!!」

「ぐずっ、お、おもった……おもったもんっ! だから、わたしだって我慢したし、虚念がくるから危ないとかいろいろ言って、こんなことしなくていいようにって……!」

「したくなかったならなおさらッ! ちゃんと伝わるよう相談しろと言っているのですッッ!!」

 

 彼女の反論を引き出した上で、さらに上から被せるように言い含める。

 引き出した言葉を聞いた自分は、あえて強めた語気とは裏腹に、緩みかける口元を抑えることに労力を費やした。

 

 

 と、そんな自分の感覚に応えるかのように、その変化は訪れ始める。

 

「ぁ……」

 

 ぽつり、と小さく呟いた魔法少女ミリアモールはそのまま信じられない、というような声色で続けた。

 

「うそ、ルクスリアさん、崩れた身体が戻って……?」

 

 そう、彼女の言葉通り。

 身体を維持しようとするノイズ反応すら無くなり、まるで(すす)かなにかのように黒ずんでただ崩れ落ちていた虚念に、少しずつ少女としての身体が再構成され始めた。

 痛みと混乱に喚くしかないという反応とは裏腹に、肌の色は健康的な赤みがかかり。

 あやふやにすらなりかけていた輪郭は確かな存在感を取り戻し、消え入りそうだった手応えにも生き物としての密度を感じ出す。

 

 ……当の彼女自身はまだ気づいていないかもしれないが、これは紛れもなく、彼女の身に強い感情が集った結果によるもの。

 そう、自分は今、自分を通して少女の身体に偏愛を取り戻すことを第一として、この行動に出ているのだ。

 

(……普通に考えて虚念相手とはいえ、この現代に少女への尻叩きを配信するなどまともな絵面ではない────だからこそ……!)

 

 だからこそ、強い感情というエネルギーを集められる行動が、この場においては最適解となる。

 戦闘中ルクスリアが語ったことで、彼女の姿が千景……自分にとって大事な思い出の相手であることも知られた今。

 なおさら視聴者にとって、『偏愛』を向けるにおあつらえむきな絵面に映るだろう。

 

 当然、ただその場限りの虚念を注ぎ込むだけでは、彼女は救われない。

 裏切り者として嫌われたままでは、この先の彼女にまともな居場所は無く、同じことの繰り返しとなる。

 だからこの場でやりすぎだ、と心配する視聴者も出るぐらいに苛烈に叱りつけることで、ヘイトの分散を狙う必要があったのだ。

 

 ……言うまでもなく、世間一般から見た『魔法少女シラハエル』は燃えるだろう。

 引き入れた虚念が結果的に問題を引き起こした事実と合わさり、一朝一夕には拭い去れない傷を余儀なくされるかもしれない……が、覚悟の上だ。

 

「ぅぅ、ぐずっ……! ふぐぅっ……!!」

 

 そしてその目論見は、少女自身が望んだ犯行ではなかった、という論調を引き出せたことでより成功に近づいていた。

 すでに泣きが入りだしている少女への同情心を始め、視聴者の敵としてではない感情で満たせれば、少なくとも彼女はきっと消え去らなくても済むはずだ、と信じた。

 

 

「────と、言うわけじゃ……唐突な行動で怖がらせたかもしれんが、シラハエル殿の行動は怒りから出たものでは断じてない。

至極真面目に、そして甘さとも取れる優しさから少女のケツをしばき倒しておることだけは理解してやってくれぃ」

 

(言い草ッ……!!)

 

 念話なども混じえ、配信コメントの流れを変えてしまうようなことは隠した上で、周りの魔法少女たちに解説したコンジキ様。

 セレスティフローラも成長したし、この場に集った魔法少女はみな配信に理解のある実力者だから心配はいらないはずだ。

 

「……………………」

「…………セレス?」

 

「な、なるほど……やっぱりすごいなぁ天使様は……っていうかちょっと……ちょっとだけ羨ましいかも……私も……」

「ミリアさん、そっちは先着が多そうだしやめとこうね」

 

「────理解したわ、全く手間がかかるんだからっ……つまりママの娘……私様の妹が二人になるってことね????」

「今回もダメそうだからそろそろ帰らせるぶー……」

 

「なあ……ルクスリア、シラハエルさんはうちが最初にしばいてもらったんやないか……それを……横から……とるやなんて……ダメやろ……ルクスリア……なあ……」

「こじれたラスボスになる前にもどってこーい」

 

 ……心配はいらないはずだ。

 

 

 ともかく、と顔を振った自分は最後の締めに入ろうと、尻を叩き続けている少女に改めて声を向けた。

 

「────そして、最後にっ…………」

 

 すでに弱りきってヘイトも薄まった少女だが、それでもまだ“言うべき言葉”を口にしていない以上、もう一押しする必要があるだろう。

 その場合、こちらが最後に言うことは決めている。

 

 ……コンジキ様が語ったように、自分は少女への怒りで動いているわけではない……が、それはそれとして。

 セレスティフローラと、そして“彼女”も関わることである以上、最後のこれにだけは私情による怒りを込めることを、どうか許してほしいと心で唱えながら。

 

 自分は、ひときわ力強くそのお叱りを入れたのであった。

 

 

「人のッ! 個人情報ッッ!! 配信でッッッ!!! 晒すなッッッッ!!!!」

 

「うわあああああんっ!! ごめんなさいっ、ごべんなざいいいいいぃっっ!!!!」

 

 

 絶叫と、ビンタ音とともに口にされた『謝罪の言葉』は、きっと視聴者たちの心にも残っただろう、と信じて。

 

 

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