魔法少女はおとなのつとめです。   作:多部キャノン

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第六十四話 エゴーロケーション 前編

 

◆◆◆

 

<お、配信始まってる>

<突発討伐か>

<え、コラボまじ?>

<ルナシルヴァから来ました>

<コラボや、やれんの?>

<救援ナイス、応援します>

 

(…………困惑2、心配3、応援や期待5……悪くない、悪くないわぁ)

 

 イルカのようなフォルムでプカプカと浮かぶマスコットハイドル。

 彼女は相方である魔法少女クオリアエコーズに寄せられる配信コメントを分析し……密かにぶるり、と感動に身を震わせる。

 

(やっと、やっとコラボが組めた……今までの界隈の空気感なら、彼女に納得させることは出来なかった。本当にありがたい存在だわハロウズアカデミー……いや、シラハエル……!)

 

 ソロ活動を前提に出来ることをする。

 ただ自分の実力を出して認められることをストイックに待つ。

 この在り方は何も、クオリアエコーズだけが選んだ特別なものではない。

 

 そもそも活動どころか命にも直結しかねない、視聴者というパイを取り合う魔法少女はその多くが個人志向だ。

 もちろんこれまでもコラボ企画を行う魔法少女たちはいたが、それはすでに友人という関係にあったりと前提条件がつくことがほとんど。

 

 シラハエルという自らを顧みない異物が、積極的にコラボや企画を回し結果的に認知が大きく広がったという現実を受け、ようやく。

 魔法少女界隈全体に、コラボやコーチングで相互互助を行うべきかも、と意識が生まれだしたのだ。

 

「…………っルナ、シルヴァ……」

「?」

 

 そして、その一人であるクオリアエコーズ。

 コラボという取り組みに懐疑的だった上に、その相手が(一方的にだが)因縁深いフローヴェールと近しい存在ということもあって、一瞬苦み走った表情で声を漏らす。

 

(コラボ……ルナシルヴァ(この子)とか……あのフローヴェールと仲の良い魔法少女って言えば聞こえはいいけど。コラボとか雑談活動がメインで、自力討伐はあまりしていない……私と全然違うタイプの子)

 

 クオリアエコーズからすれば、自身の力で地道にコツコツ積み上げてきたやり方を、無自覚に否定するような存在だ。

 ましてやコンプレックスの対象たるフローヴェールの威光で上がってきた……あえて悪い言葉を使うなら他力本願の腰巾着、と一度固定されたイメージ。

 それは、今から組む相手と認識した彼女の心中に、魔力由来でないモヤをかける。

 

 ────が。

 

「……その霧、あなたの能力霧中迷惑(むちゅうめいわく)だよね。虚獣の力を削ぐ魔力の霧」

「あ、知っててくれてるんだー。そうだよ、あと魔力の感知も邪魔しちゃうから、特に虚獣にとって見えづらくなるみたい。

……あ、でもまだ相手元気だねー。ちょっとまってね、自分用に霧濃くしちゃっててエコーズちゃんも見づらいだろうから、今ちょっと抑える────」

「必要ない、そのままでお願い」

 

 言葉と同時、少女が真っ直ぐ前に伸ばした刀からキィィィィンと甲高い音が響き渡った。

 刀に乗り移ったハイドルのアシストもあり、澄んだ音はいつも通りクオリアエコーズに万の情報を与える。

 

「反響定位……うん。位置も虚獣の大体の強さもこれで分かった。がんばろう」

「おぉー」

 

(……そう、これようちの相方は)

 

 先程、イレギュラーで急いで駆けつける必要があったときもそう。

 クオリアエコーズは口ではぶつぶつネガネガと考えに固執したり、特にこれまではコラボの勧めも固辞するなど難儀な面も大いにあるが。

 どんな相手と組もうとも、自分の心持ちがどうであろうと、相手のことを顧みてやるべきことをやれる性根であること。

 それは、普段のリスナーとのやり取りから、ハイドルが相方を全面的に信用している部分だった。

 

 だからこそ、コラボ相手がルナシルヴァであるという一種の爆弾があっても、安心して見ていられたのだ。

 

 あとは、そんな彼女の心根と。

 方方(ほうぼう)に打診や相談を受けて総合的に判断……いや期待した、ルナシルヴァが持つ素質が噛み合えば。

 クオリアエコーズの承認欲求も、少しだけいい方向に向かわせることが出来るはず……と、ハイドルは半ば祈るような気持ちでこの場にいた。

 

 

「っ、ここ!」

「エコーズちゃんすごいすごいっ。よーしあたしも撃つぞー」

 

 そして今、彼女の願いに応えるように、戦いは概ね魔法少女たちの優位に進行している。

 ルナシルヴァの霧により制限された視界は、クオリアエコーズが放つ音の反響の効果で、一方的に情報アドバンテージを得る。

 視界が悪い霧の中でも敵の攻撃は的確にさばき、居合の一撃を叩き込む立ち回りは違和感なく行えていた。

 

 特にクオリアエコーズが驚いたのは、元々霧の戦いに慣れていたルナシルヴァの併せだ。

 

(…………やりやすい)

 

 少なくともこの状況、虚獣の攻めへの対処と反撃以外に気を配る余裕はあまりなく……好き勝手に動いているはずだ。

 にもかかわらず、ルナシルヴァが後方より打ち込んでいる魔力砲弾は、これまで一度も自身を巻き込んでいない。

 霧に包まれ視界の悪い状況で虚獣と接近戦を行っている自分に、初めてのコラボで併せる少女の想定外の技量に、クオリアエコーズは内心舌を巻いた。

 

(初めてのコラボなのに思うように身体が動いて、それについてきてくれてる。

というか、どういう眼をしてたら遠くからこの霧の中が分かるんだろう……戦ってるイメージ全然無かったけど、この子ちゃんとサポート出来るんだ……)

 

 こんなに出来るなら、コラボにばかり頼らなくても────よぎりかけた余計な思考を、頭を振って追い出した少女は戦いに再度集中した。

 その様を、相方であるマスコットハイドルも緊張の面持ちで眺める。

 

(能力の相性は期待以上、性格面での衝突も……今のところなし。なら、あと懸念すべきことは────)

 

 その上で、ハイドルは現状を楽観的にばかりとらえない。

 彼女はこのコラボ……というより戦いにあたって、二つほどの不安材料を自覚していたからだ。

 

 

<ちなあんまよく見えてません>

<なんだっていい、虚獣を叩くチャンスだ>

<霧が濃くなってきたな…>

<とりあえず音聴いて雰囲気で応援するしかないか>

 

「────ッ! その、ルナシルヴァ、霧……いやっ、えっと」

「? どうしたのエコーズちゃん? わっと! あっぶないっ!」

 

 快調を見せていた二人の連携が、クオリアエコーズが一瞬迷いを見せたことで僅か鈍る。

 その瞬間を見計らって振るわれた腕に、魔法少女二人は慌てて跳び退がった。

 

(エコーズ、大丈夫?)

(大丈夫、わかってる……!)

 

 ハイドルにかけられた念話に、僅かな苛立ちを混じえながら少女は返す。

 

(今のは私が悪いだけ、このままでいいってわかってる……! そもそもこんな事考えてる場合じゃない……コラボ相手の命もかかってるって、わかってる……!)

 

 わかってる、わかってる、わかってる……苛立つのはハイドルにじゃなくて、自分自身。

 

 声をかけられるまでもなく、彼女は今自分が『リスナーウケを気にして戦いに集中しきれていない』状態にあることを客観視している。

 そんな場合じゃないと、自分が考えていることの愚かしさを自覚している。

 

「…………わかってる、のに……!」

 

 これが、ハイドルが不安視したクオリアエコーズの弱点。

 一部例外を除き、魔法少女配信者として誰しもが抱える感情ではあるが、彼女のコメントへの依存は他者より幾分重いものとなっていた。

 

 リスナーの期待を裏切るのが、怖い。

 見てくれてるリスナーも楽しませられない自分に、価値を感じない。

 不満も意見もこぼさず、ただ黙って去るという形で数字が減っていたら……まるで自分の存在そのものが削れたような意識に囚われる。

 

「エコーズちゃん……?」

「いや、ごめんなさい大丈夫、このまま行こう。固いし強い……かなり強力な虚獣のようだけど、霧と音が効いている間に削ればなんとか────」

 

 それでも、なんとか。

 理性で恐怖を抑え込んでこのまま倒すことが出来れば……そう歯を食いしばったクオリアエコーズと、共闘するルナシルヴァの前に。

 

 ハイドルが懸念したもう一つの現実が、形をなしてやってくる。

 

 

「────ッッッ!!」

「っ、な、なに……!?」

 

 突如、霧に包まれた虚獣から金属質な異音……咆哮が聞こえたかと思ったら。

 これまでの、フードを被った死神を思わせるシルエットが変形していった。

 

 そして、事態に困惑する魔法少女たちが目の当たりにした異変は、それだけではない。

 

「つっ……!」

「わぁっ」

 

 ギギ、ギギィィィィィン、と。

 空気を震わすような不快な金属音が叩きつけられ、少女たちは顔を歪める。

 一体何が、とクオリアエコーズが考えると同時、ルナシルヴァは能力の影響で一足先に事態を把握した。

 

「耳いったぁ……あ、やばいかもーあたしの霧中迷惑……ていうか霧、薄まってる?」

「────変質型虚獣ッ……! 今鳴ってるのは魔力で空気を震わせて、霧を散らしてる音……!? こんなに早く能力に対応してくるなんてッ……! なら、急がないと!!」

 

 

<うわ、変質型かよ初めて見た>

<最近増えてきたアレか>

<変質者来たか>

<へんたいふしんしゃさん!>

<強い虚獣ってことだよね、大丈夫?>

 

 出没する虚獣の、強力化。

 ハイドルが……いや、現在全てのマスコットが懸念していると言っていいこの事象は。

 昨今、魔法少女たちがコラボに意識を向けざるを得ない理由の一つともなっている。

 

 中でも彼女たちが変質型と呼んだ虚獣は、魔法少女の能力に対応するように、予測困難な挙動を行う。

 まだその数こそ多くはないが、だからこそ対策も進んでいないこのタイプは、特に危険度の高い存在と言えた。

 

「はぁぁッ!」

 

 そんな中で、一秒を惜しんだ最短最速で持てる最大火力────刀を全力で振動させ、渾身の一撃を叩き込んだクオリアエコーズの判断は、正しい。

 対応をされる前に勝負を決めきってしまうのが、現状共有されている最適解だったからだ。

 

 ────が。

 

「っ、これは……! ぐ、アァッ!!」

 

 薄れた霧の先にあるシルエットに触れると同時、少女が感じたのは想定に反した"手応えの無さ"。

 刀が虚獣の表皮に触れた瞬間、彼女が拠り所にしていた振動がかき消されたような感覚に囚われた。

 

 その直後、虚獣が突き出した腕に身体が弾かれ、少女は苦悶の声とともに飛び退る。

 

「わ……! 大丈夫、エコーズちゃん!?」

「ぐっ……! 掠めただけ、だけど……! あの虚獣、私の振動を打ち消すように身体を震わせてる……!」

 

 虚獣の身体に触れた際の感触と、今も断続的に続く不快な音。

 この二つの情報と、先程のルナシルヴァの反応からクオリアエコーズは虚獣の真意を悟った。

 

「魔力のこもった振動が空気に伝わって、あなたの霧を散らして……それが同時に、私の攻撃を弱める防護壁にもなっている……! 私の全力でも、ほとんどダメージにならなかった……!!」

「…………」

 

 コラボ相手が……何やら丸くした目で自身を見ながら返した沈黙を、現況への恐れと受け取った少女はますます焦りを募らせる。

 そうしている間も霧は晴れていき……虚獣が配信上に現した全貌に、クオリアエコーズはもう一度驚愕させられることとなった。

 

 

「なっ……あの、姿……!」

 

 視界の先にあったのは先程シルエット越しに見た死神……ではなく、黒い鎧のようなもので身体を覆った虚獣。

 クオリアエコーズが思わず口に出すのを(はばか)った、記憶にもある姿を裏付けるように、コメントが脳裏に流れる。

 

<見たことあるぞあれ>

<おいおいおいおい>

<エターナルシーズのコラボ配信にあったやつっぽくね?>

<え、虚念の鎧っぽいぞ>

<ヴァニタスってやつ? ちょっとカタチ違うけど強そうだな>

<能力封じられたところにアレってやばくね>

 

 ────やばい、やばい、やばい、と。

 クオリアエコーズの心中を焦燥が支配する。

 

 コメントにあった通り、あの姿は正確には自身も配信で観た五つの虚念(クィンク・ネブラ)、虚飾のカタチヴァニタスそのものではない。

 しかし、最強格たるエターナルシーズの全力でようやく退けられた、という記憶も新しい彼女にとって、それに似た姿から感じる重圧は並のものではない。

 

「ぅ……くっ……」

 

 それこそ、フローヴェールですら勝てない相手かも……一瞬でもそうよぎったなら、彼女の心を絶望が包み込むのは、時間の問題と言えた。

 

 

「…………ルナ、シルヴァさん。その、私が囮になるから、その間に他に戦える魔法少女を呼んで────」

「んー……?」

 

 それでも、なんとか。

 配信者である彼女が、当たり前のようにこの場を収められる可能性を口から漏らそうとしたタイミングで。

 その場に響いたのは、場違いなほど普段通りなルナシルヴァがうなる声だった。

 

 一体どうしたんだ、楽観的な声色だがまさか虚獣の弱点でも見つけたのか……と。

 虚獣の全身を油断なく見据えながら、僅かな希望を持ったクオリアエコーズを向いて、彼女は少し興奮したように言う。

 

「……エコーズちゃん、さっきから思ってたんだけど……すごいねっ! 初めてコラボしたのに言う事すっごい的確! フローヴェールちゃんとやってるみたい!」

 

「…………は……?」

 

 彼女が口にしたのは、この場の空気を全く読まない……よりにもよってフローヴェールと比較するという発言。

 それに対し一瞬、コラボということで守っていた仮面が剥がれ、素の感情のままな声を返してしまった少女。

 しまった、コメントで叩かれてないか、コラボ側のリスナーの反応は……こんな窮地ですらよぎる思考に自己嫌悪しかけ、それを振り払うように少し強い口調で返した。

 

「い、言ってる場合じゃないッ……! 虚獣は今もこっちの攻撃パターンとか覚えて、変質が進んでるはず……! 今のままじゃ勝────っ、リスナーが不安になるから、早く援軍を……」

「んー、本当に無理かなー? 全然いけると思うけど、エコーズちゃんが言うならそうなのかも。じゃあ、それなら────」

 

 

 そう、現況を改めて口にしてもイマイチ緊迫感が伝わらない相手に、苛立ちを覚えたクオリアエコーズ。

 この口論のようなやり取り自体が視聴者にどう思われるか、という考えも手伝ってもう今すぐにも虚獣に突撃するべきか、という思考にすら偏り始めた、その時。

 

 ────次のルナシルヴァの言葉が、まるでモヤを払うように。

 不思議と澄んだ形で、耳に入ったように感じたのだった。

 

 

「────じゃあ、二人でさっさと逃げちゃおっか。討伐は中止、今日はお疲れ様ってことで、ね?」

 

 

◆◆◆

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