魔法少女はおとなのつとめです。   作:多部キャノン

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第七話 Good bye And Happy birthday.

 

★★★

 

 

 私の半端でしか無かった威力の攻撃により、分裂を繰り返した虚獣。

 目的だっただろう分裂体の合体により、完成された虚獣の力は、とてつもないものだった。

 

 さっきまでの私が殴られるまで気付けなかった速度に、一撃で武器ごと身体が壊れかねない破壊力を持ちながら。

 慎重に獲物を追い詰め、いたぶる残忍さと狡猾さまでそなえている。

 

 正直なところ、コラボによってこれまでからは考えられないぐらい魔力が充実している今でも、正面から戦って勝てる自信は……無い。

 だから、仕方のない抵抗の結果とはいえ、そんな怪物を産み出してしまった罪悪感に、私の心は蝕まれ、呑まれる────はずだった。

 

「は、アァッ!!」

「────……ッッッ!!」

 

 今、そんな私の眼の前で、虚獣の高速の打撃を回転しながら避け、その勢いのまま肘打ちを決めた"彼"、魔法少女シラハエル。

 私に対していたときの穏やかな態度から一転、鋭く容赦なく立ち回るその舞に、私も……きっとリスナーも、見とれていた。

 

<速い……速すぎない?> ポロンッ

<この視点から見てもマジですごいな> ポロンッ

<魔力でごり押すんじゃなくて腕とか羽で受け流してるの、すき> ポロンッ

<靴無しタイツ足で蹴られるの羨ましすぎて虚獣になりそう> ポロンッ

 

 ちょっとノイズも混じったけど。

 ともかく今の私を満たしていたのは、任せちゃってもいいんだ、という信頼と、安心感。

 

 彼が変身した姿シラハエルは大きな体躯ではない……むしろ、華奢で女の子らしい体つき。

 それでも、ここから眺める彼の背中は、これまで見たどんな大人よりも広く、たくましいものに見えた。

 

 ────そして。

 

「ッッ、ラァッッ!!」

 

 至近距離で身体を一回転させながらの、体重を乗せた蹴り……たしか、空手でいう後ろ回し蹴り、という技だったか。

 しとやかな少女の声質で、少しだけ暴力的な掛け声で放たれたそれは、虚獣の顔を跳ね上げ宙高く浮かした。

 

「────っ」

 

 瞬間、シラハエルさんはこれまでの嵐のような激しさがウソのように、ピタッ……と静かな構えを取った。

 柔らかく開いた左手は照準を合わせるかのように宙を舞う虚獣に向けられ、握り込んだ右拳は引き絞った矢のように腰の位置につける、その構え。

 

(え……あ、うそ……これ……っ!)

 

 この光景に私は今、二つの既視感を覚え、心底から震えていた。

 一つは、初めて彼が覚醒した戦いでも最後に見せた、正拳上段突きの構えで……それは、いい。

 

 問題はもう一つ、私が魔法少女という存在に憧れるようになった戦い、クラリティベルの伝説の配信。

 あの戦いの最後、暴れまわる強大な虚獣を拘束し、斜め上空に最後の必殺技を放つ構図と、今目にした構図が、全く同じものだったからだ。

 

 かつて小さな少女の身から放たれた、強力無比な魔法光線。

 その一撃で虚獣を打ち倒すと、晴れやかな笑顔でクラリティベルはこう言った。

 

「みんな、ありがとう! 私たちの魔法のつよさ、それはみんなの応援の力だよ☆」

 

 ……これが、私の原初の憧れ。

 ただ画面越しに見るしか無かった、遠い遠い別の世界の夢の景色。

 今、それが私の眼の前で再び、広がろうとしていた。

 

「ギ……ギガ……ゴ、ゴゴガッ……!!」

 

 バタバタと、空中で抵抗を見せながら苦悶を発する完成虚獣。

 そんな相手をシラハエルさんは冷たく、鋭く見上げ……呟いた。

 

 

「────光陰の矢」

 

 瞬間、世界から音が消えた、と思った。

 

 気がつけばすでに、魔力で動体視力も増している今の私でも全く見えなかった速さで、右拳は振り抜かれていて。

 

 遅れて、ぶわああああっ、と。

 虚獣の背中まで貫いた暴風と爆音の余波が、離れて見ていた私を叩く。

 

 視界いっぱいに純白の羽が散らばる幻想的な一枚絵に、もはや虚獣が映る席は無い。

 完成虚獣は、断末魔の悲鳴を発することすら無く、この世から完全に消滅していた。 

 

「────っ」

 

 虚獣の撃破を確認し、ほとんど顔色を変えないようつとめながら、一瞬だけ安心した表情で、改めて私を見た彼は。

 

 きゅっ、と右手の手袋の位置を直しながらこちらに歩むと、私に向け口を開く。

 

「────おまたせしました、無事、終わりました。()()()()()()()()()()()、ありが────っ」

 

 その、"原初の憧れと同じ言葉"を、最後まで聞く前に。

 気がつけば私は、彼の胸に飛び込んでいた。

 

「ちょ……あ、あの、もし、ミリアモールさんっ……!?」

「ぅ……うぅ、う……うぅぅぅうううう~~~~っっっ!!」

 

 今日、彼という存在と出会って一体、なんど感極まって、なんど脳を揺さぶられてしまったんだろう。

 

 飛び込んだ今も、自分がなんでこんなことをしちゃったのかは、全然わからない。

 ……虚獣を倒せた喜び、生き残れた安心感、全てがひっくり返った自己肯定感。

 それら全部かもしれないし、そのどれでもないのかもしれない。

 

 ただ一つわかるのは、彼が……大人の男性であるシラハエルさんが困っているのを分かってるのに、こうしたいというワガママを私は抑えられなかった、ということ。

 とにかく、彼に思いっきり飛びつきたいという衝動で、自分でもわけがわからなくなっていたのだ。

 

「あ、あの、いけません。今はこの姿ですが、実際は男で、あなたのような子がみだりに……

ほら、コメントも困────いや『抱けーっ!!』じゃなくて!

ああもうそうだ、コンジキ様、これはどうかと……」

 

 飛び込んだ胸の柔らかすぎる感覚と、華奢な少女の身体つきと、涼やかな少女の声色で大人の男性として諭す声。

 その全てを一度に浴びた私は、色々と取り返しがつかなくなっていることを自覚しながら、離れたくないと身を沈めた。

 

「いや……この場でその役目を果たせるのはぬししかおらん、諦めろ。

それによく考えよ、グズる子をあやすのは────」

「ぅ……大人の、つとめっ……! ぎょ、業務、承知しました……」

 

 頭の上からそんな声が聞こえてきたと思うと、ふわり、と私の身体が何かに包まれた。

 それが、彼の羽であったことに気づいたと同時、ぽんっと頭が優しく抑えられる。

 彼の、今は私と同じか少し小さいぐらいの手のひらは、溢れ出そうな包容力で私をあやすために使われていた。

 

「────おほん。まず、本日はお疲れ様でした、ミリアモールさん。

自分からあなたに伝えられることは、先程戦闘中に言ったことが全てですが……改めて。

これまで本当によく頑張り……そして、自分たちを守ってくれました。ありがとうございます」

 

<まじでそれ> ポロンッ

<人数少なくてもやってくれてたから俺ら生きてるかもしれんよな> ポロンッ

<今回の虚獣普通にやばかったし放置されてたらどうなってたよ> ポロンッ

 

 

「……魔法少女としては若輩ですが、これからは自分も一助となります。

どうぞ、この先もよろしくお願いします。

今回はコラボという形でしたが、この先それぞれの配信に戻っても、我々は同志で、仲間です……っと、ミリアモールさん?」

「…………っ!」

 

 ────ああ、と静かに悟った。

 ああ、この人は、私が今まで出会った大人の中で一番わるい、ずるい人なんだって。

 

 大人の男性として包んでくれて、身近で可愛くてキレイな魔法少女の姿でいて、誰よりも強い頼れる人として戦って。

 こんな人が存在してしまう、なんてこと知ってしまったらもう、ダメだ。

 知らなかった前の私になんて戻れない、戻れるはずがない。

 

 その感情を抑えられなくて、ぎゅぅっとより強く抱きつくと、彼は少し心配そうな声をあげた。

 

 ……胸につまったものが多すぎて、そんな彼への思いをうまく言葉にすることも出来ない。

 それでも、なんとか絞り出すように、たった一言を、衝動のまま口にした。

 

「私を見つけてくれてっ……、助けてくれてっ……

ありがとう……ございますっ……シラハエルさん……いや……」

 

「天使様っ…………!!」

 

「てんっ……!? や、やはり様子がおかしい……い、一旦離れませんか……? ハクシキさん? コンジキ様?

誰かちょっと、フォローとか……」

「…………ふふっ」

 

 こんな風に甘えて、あわあわと困らせてしまっている今すらも、とてもかけがえの無い幸せを感じられて。

 私は薄く微笑むと、もうしばらくの間だけ。

 この時間に、浸らせてもらうのだった。

 

 

------------

 

 

「やっっっちゃっっっ……たぁぁぁ~~~っ…………!!」

 

 

「『建てた塔が冥王星まで届いた』

『"使徒"ミリアモール誕生の経緯とは? まとめてみた』

『この百合造花が混じってるんだけど』

……な、なんかよくわからないけどすごい色々書かれてるね」

「うごごごがががっ!」

 

 あのあと、惜しみながらも引き離され、配信コラボも終了した私は、まだ夢見心地な状態でぽやぽやと自室に戻り。

 変身を解いて、天国を見てきたかのような今日の出来事を反芻して────

 

 ようやく、正気に返った。

 

「あんなに助けてくれた人に、よりによって配信であんなことしちゃって、困らせて……!

ていうかこの先会えたとき、どんな顔したらいいのか絶対お互いわかんないよぉ……!」

 

 ぐわんぐわんと頭を抱え振り回しながら、恥ずかしさやら申し訳無さやらで火がつきそうな頬の熱を冷ます。

 

「ま、まあまあ……配信だって炎上したわけじゃないし、むしろみんなすごい喜んでたし……

コンジキ様は宣材用とかいってめちゃめちゃ写真撮って満足そうだし……

当のシラハエルさんも本気で嫌がってるわけじゃなかったし、大丈夫だよ、きっと……」

「うぅ……それは、そうかもしれないけど……」

 

 妙にいい空気を吸っている気がする周りにも言いたいことはあったけど、だいたい自分が撒いた種ではある。

 不満を持ちながらも少し落ち着けてきた私に、ハクシキは慰めの言葉を続けた。

 

「それより、良かったことを考えよう!

コラボのおかげで増えた視聴者数、安定した魔力、身につけられた新技!

この状態を維持出来るかはこれからの頑張り次第だけど、もう、昨日までとは全然違うよっ!」

 

「…………うん、そうだね。……本当に、昨日までとは全然違う。まだ夢を見てるみたい」

 

 そう、全然違う。

 私たちを取り巻く環境も……そして、私自身も。

 

「…………TS(てぃーえす)って言うんだ……男の人が女の人になる……現象? 属性? マンガや小説だと結構あるんだね……でも、本当にあんな……あんなの……見ちゃったら……」

「み、ミリアさん……?」

 

 なんとなく、確信があった。

 今日という一日の出来事は、私にあった何かを強烈に灼いて……多分それはもう、戻ることがないんだろうって。

 

 それがいいことなのか悪いことなのかはまだ分からないけど。

 少なくとも今の私が、そのことに心の底から幸せを感じられていることだけは、確かで。

 

「…………天使様っ……」

 

「あ……その、シラハエルさんと会いたいなら、またすぐコラボ配信のお願いとか────」

「それはないよハクシキ」

 

 私がかぶせ気味に放った言葉に、ひゅぇっと空気が漏れたような声を発するハクシキ。

 ……大事な話だから、ちゃんとしたトーンで言っただけのつもりだけど、ちょっと驚かせちゃったかな。

 

「今日ご一緒出来てわかった。天使様が見てるのはきっと、私たちみたいな魔法少女と違う、もっとずっと遠いところ。

だから、それに助けられた私や他の人が、彼の重荷になるようなことを軽々しくするなんて、絶対あっちゃダメ」

「な……なるほど……でもいいの、ミリアさん?

これまで頑張ってきたんだから、ご褒美って言ったら違うけど……もっといっぱい絡んで仲良くなりたいとか、ならない?」

 

 私の心を案じてくれるハクシキにううん、と首を振りながら私は返す。

 

「全然大丈夫。もう十分すぎるほど救われたし、この先もそれぞれの戦いに戻っても。

心は一緒に戦ってくれる同志だ、って天使様は言ってくれた。

私も、おんなじ気持ち……それに、なにより────」

「……なにより?」

 

 私が一旦切った言葉に首を傾げながら返したハクシキ。

 彼女に私は、満面の笑顔とともに、いちばん大事な想いを返したのだった。

 

 

「あの天使様が、私一人しか見なくなったりしたら……そんなの"解釈違い"、だよ」

 

 

------------

 

 

 そうして、私は今まで通りの。

 ……だけど少しだけ、今までとは違う日常に、戻った。

 

「あ……っ、……ふふっ……!」

 

「────魔法少女ミリアモールさんっ! 虚獣が現れました、お願いできますかっ!」

 

 その日、部屋で一人笑っていた私のもとへ現れると、そう、初めて会った頃のように快活に報告してきた大事なパートナー、ハクシキ。

 そんな彼女に私は息を吸い込むと、負けないぐらい、力強く返事をした。

 

「────うん、()()()() ()()()()!!」

 

 言葉とともに、見ていた動画を止めて変身すると、私は新たに手にした希望と憧れを抱き、駆け出す。

 

 一時停止された動画は……私が感極まって、天使様に抱きついちゃった時のクリップ。

 『神話』だなんて、シンプルすぎて思わず笑っちゃったタイトルの。

 涙を滲ませた私と、困ったように微笑む天使様のツーショットが映った、そんなクリップの再生数は。

 

 すでにもう、1 2 0 万(ミリオン超え)を刻んでいた。

 

 

 ────魔法少女ミリアモール。

 

 

 今日も明日も、みんなの力で、がんばります。

 

 

★★★

 

 

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