★★★
「────っ、すごいな、これ……」
────ドンッドンッドンッ、と腹の底にまで響かせてくるような、スピーカーからの重低音。
ワンドリンク制ってことで手に持つことになった、スポーツドリンクも波打ってるんちゃうか、ってぐらいの振動がうちら二人に叩きつけられる。
今は通常体のうちはともかく、魔法少女体のシラハエルさんなんかは聴覚がおかしなってないかって心配したけど。
どこで覚える機会があったのやら、上手いこと聞こえる量を調節したり出来とるらしい。
うちの耳を指さすジェスチャーにも笑顔のOKポーズで答えてくれはった。
…………結局、うちは例の子が出るライブ会場に行くことを決めた。
うちが過去にあったこと、シラハエルさんの動画を見て空手を始めたって最初のこととかはもちろん。
アイドルに複雑な気持ちを持つ理由の一つにもなった、魔法少女として期待しとったやる気ある子。
アイドルに転向して別れたその子が、このライブに参加するってことまで全部うちは話した。
当然、シラハエルさんは心配そうにしとったけど……多分大丈夫、と強行したうちは今、端っこの方で二人、アイドルたちを立ち見している。
ワンマンってわけじゃなくて、複数のアイドルが交代で出てくる今回のライブ。
例の子の出番はまだ先っぽいけど、それでも今の時点で感じるリアルな熱量は、うちの背筋を真っ直ぐ伸ばさせた。
(……みんな、楽しそうや)
そこまでは広くない会場に反響する音に、チカチカと目に映るペンライト……サイリウムって言うんやっけか。
配信での応援とは違う、ある種の統制みたいなんも感じられる空気感は、うちら魔法少女にとっても感じ入るものはある。
……でも、だからこそうちは今。
見とったアイドルの子らがちょうど交代して、ちょっとだけ会場が大人しくなったってタイミングで口を開いた。
「シラハエルさん、今なら聞こえるかな。……すんません、さっき聞いといて返事も待たずでしたけど、改めて。……シラハエルさんどう思います、このライブ。……
「…………」
うちが感じていた嫌なモヤモヤは、決してそう悪いものじゃないって肯定してはもらえたけど、それでもやっぱり、気になるもんはどうしてもある。
ただ、わざわざ会場まで来てネガティブな方向になりかねない話を振るって事実は、喧騒に溶け込むさらにギリギリにまで声をひそめさせた。
「はい、そうですね。お答えします」
「ヒュッ……!」
そんなうちの後ろめたさに気づいたのか、シラハエルさんも合わせたように声を潜め、顔を近づける。
心の準備をする前に間近に迫った天使の良すぎる顔面に、さっき意識したばっかな気持ちもあいまって。
うちは、スピーカーに負けないぐらい騒音を鳴らす心臓を、眼の前の人に気づかれまいと必死に押さえつけようとしていた。
……薄暗くて熱のこもったライブ会場って環境も、自覚できるぐらいの顔の熱さがごまかせる今だけはありがたく思う。
「まず、先程四季織さんが仰ったような側面は……事実としてあるでしょう。どうせ応援という形で時間や資源を使うのなら、魔法少女に向けてくれれば……どうせ応援されて活動するのなら、魔法少女として活動してくれれば……何もおかしな考えでは無いと思います。
……先ほど綺麗事を口にしたばかりですが、自分ももしこの先、目の前で魔法少女がほんの僅かな魔力の差により犠牲になる……なんてことになったなら、冷静に捉えられる自信は正直ありません」
「…………っ」
そして、シラハエルさんが語ってくれた言葉に、少しだけ冷静になってうちは頷いた。
それは……当然やろう。
うちが感じたモヤモヤが魔法少女のことを考えているから、という彼の言葉がほんまなら、同じような気持ちが彼に芽生えなかったはずがない。
「ただ、少し小難しい話になってしまいますが。この話は応援が『視聴する』、という形で同じと捉えられるから感じやすくなるもので。実際のところは他の業種に置き換えてもそう変わらない、とも言えます」
「……えっと……?」
前置きされた通り、ちょっと難しい感じの話になったと頭の中で整理しようとすると、彼の補足が続く。
「例えば……人命を救助したり、火災に立ち向かったり、国を守ったり、インフラを支えたり……そういった人たちが大事、と頭でわかっていても。ではそういった人たちばかり助けるべきなのか、それ以外の業種は自重して、後回しになるのが社会の正しい在り方なのか……というと、少しズレますよね」
「そりゃ……そう、ですね。結局社会回すためにはいろんなもん必要、のはずですし」
確かに、うちもそういった人らに対し、普段何が出来てるかって考えると。
なんとなく気が向いたり見かけたら募金したりとか、そういうこと程度で……周りも大体そんなもんやろう。
「おっしゃる通りで、彼女たち魔法少女でないアイドルも、ここにいるような方々に望まれ、皆さんを楽しませるためにここにいます。……当然、ここにたどり着くまでも彼女たちなりの様々な苦労があったことでしょう。それなら自分は、彼女たちは資源を食い合う敵ではなく……同じ目的で戦う同志、と見るのが健康的かな、と個人的に思います」
「健康的、ですか」
硬そうな話の結論が、『建設的』とかじゃなくて『健康的』なのがちょっとおかしくて、少し肩の力が抜けたようにうちは笑う。
「ええ、あくまで自分の考えですので。それに……」
それに、と続けた彼は周りに聞かれないためかさらに声量を絞って続けた。
「虚獣、そして虚念。彼らの生態が、現代の人々の悪感情に由来するもの、という前提が正しいならなおさら。様々な人々の受け皿となる娯楽は多いほうが、"回り回って我々にとっても得"です。
もしかしたら自分も気づかないうちに、彼女たちの活動で虚念の出力が弱まったから今まで生きていられた……こういう考え方も出来なくは無いかな、と」
「ふはっ、ちょっと擁護しすぎやないですか? ……でもまあ、そですね。
うちのツッコミにシラハエルさんも自覚があったように照れ笑いをする。
多分、出来るだけうちが嫌なもんを抱えすぎんように、と言葉を選んでたんやろう。
話の内容は堅苦しい大人なもんなのに、それでもこっちに寄り添ってくれるようないつもとの変わらなさを感じ、勝手に気分が上向く。
「…………と、言うとったら来ましたね。あの子ですわ」
そう、シラハエルさんに促しながらも、うちの目線は一人出てきた例の子に真っ直ぐ吸い込まれとった。
(…………ソロライブなんや)
うちと同い年で、魔法少女やっとったときは身長も同じぐらいやったはずが、今はうちよりちょっと伸びとる身体を真っ直ぐ伸ばし。
少し暗めの水色の髪と切れ長の目から、どちらかといえばクール系ってイメージさせるビジュアルに、今は固い笑顔を貼り付けて客席に向けている。
端っこの方にいるからなのか、あそこからいちいち確認する余裕は無いのか。
うちらとも一瞬目が合った気はしたけど、特に反応を見せることもなく、進行は続いとった。
(緊張、しとるな。そりゃそうか、多分初めてのソロやろうし。……虚獣と命がけの戦いしとった時も、あんな固い顔見せたことは……なかったな)
実際、あの子は魔法少女として虚獣と戦っとった時。
命がけの戦いにビビったり、我が身かわいさに手を抜いたりすることも無く、これがやるべきこと、と冷静に着実にやりきっとった。
だからこそうちも、この子なら……って他の子よりもずっと期待を持ってたし、アイドルに行くって言われたときの失望も大きかったんや。
「…………」
うちがそんなことを思い返していると、挨拶もそこそこにその子のライブは始まった。
まだ表情は固いけど、何度も何度も練習しとったんやろう。
そのパフォーマンスは,今日ここまでで見てきた子らと比べても全然負けてないように思えた。
そしてなにより、応援するファンもあの子も、心底この瞬間に真剣で、心底この瞬間を楽しんでいることがうちにも伝わってきた。
駅で出してあった応援広告とか言うのだってそう、少なくともあの子はあの子なりにちゃんとファンを獲得して……愛される道を進んでいる。
隣のシラハエルさんも……じっとその子を見る横顔から、何を考えてはるのかは読めへんけど、少なくとも楽しんでないってことは無さそうや。
そんな今、このタイミングで。
シラハエルさんと、今必死にライブをする子と、今日会ってからの出来事と。
それら全部から繋がって、うちはとある一つのことを思い出していた。
それは、このライブに来ることになった一番最初のきっかけ。
うちが、『気分悪い、回りくどい表現ばっかのメッセージ』とセキオウの前で吐き捨ててしまったメッセージの……全文やった。
『エターナルシーズさんお久しぶりです、
お忙しい所に急な連絡、失礼します。
肌寒さを感じる日も少なくなってきた今日この頃ですが、体調はいかがでしょうか。
配信でのエターナルシーズさんは変わらずお元気そうで、以前より楽しそうな姿をよくお見かけすることに、勝手ながら安心していました。
以前とてもお世話になったのに、これまでちゃんとした連絡など出来なくてごめんなさい。
私の方も、バタバタとしながらもなんとかアイドル活動を続けています。
私事ではありますが、ちょっとした節目みたいな機会も運よくいただきました。
まだまだメインとは呼ばれない身の上での話となりますが、今度ライブにも立たせてもらえることになっています。
こういう連絡をするのは少し迷ったのですが、今の活動の中で
今の自分のこと、前よりもちゃんと見せられるかもしれないと思う日が出来たのが、今回声をかけさせてもらった理由です。
なのでもしその日、たまたまでもお時間が合うようなら、来ていただけたら嬉しいです。
そのあと、もしご迷惑でなければ、少しお話も出来たらと思っています。
エターナルシーズさんの方の最近のお話はもちろん、ライブを見て思ったことなども聞かせてもらえると嬉しいです。
無理にとは言いませんし、難しければ気にしないでください。
お返事も急ぎませんので、お暇になった時にでも考えていただければ嬉しいです。
どちらのお返事でも、これからも変わらずご活躍をお祈りしています。』
「────────っ」
────うわああ、白羽さんからの
────えーっと大人っぽく見られるために季節の挨拶から……いや、変にかしこまったもんにすると、むしろ距離感じさせてまうかな……いやでも、子どもすぎる感じでいくんも違うし……
────"苦戦してそうだからちょっとは手伝う"? ええてセキオウ、今回はちゃんとうちが全部やる、全部やりたい、最後のチェックだけ頼むから、時間かかってまうけど待っとって……
(…………あの子も、小坂さんもおんなじやったんかな)
同時に脳裏をよぎったのは、うちが今回のコラボのために、シラハエルさんへの返事を考えた時の奮闘。
ああでもない、こうでもないと一文一文を真剣に考えた結果、最初に言いたかったことからちょっと回りくどい言い方になったり、直接的な言い方を避けたり。
思えば、あの子からしても色々思うところはあるやろう、うち宛てのメッセージは……もしかしたら同じように、同じくらい真剣に書いてたりしたんやないやろうか。
…………実際のところ、あの子がどう思ってるんかなんて、うちには分からへん。
アイドルって道を選んだ理由にどれだけの想いがあったのかも分からん。
うちとの関わり含めて、魔法少女は全部踏み台にするための演技やったのかそうでないのか、あのメッセージもどういうつもりで出したのかも分からん。
うちが勝手に想像した気持ちなんて全部的外れで、ほんまはすっごい腹黒な打算で声をかけたのかも知れへんし。
今、どんなにええように思ったからって、アイドルの箔付けのために魔法少女をやっとったって言う事実は、まだやっぱり好きにはなれへん。
いきなり今までのシコリ全部が消えて、すぐまた仲良くしようってなるわけでもない。
「────今日は来てくれて、ありがとうー!! みなさん、楽しんでますかー!」
「ウォォォ────ッッ!!」
それでも今、眼の前に確かにある現実として。
必死に、真剣に頑張ってる姿を見せるあの子と、全力で応援するファンがいる空間に向けて。
シラハエルさん曰く、"同じ目的で戦う同志"のうちが一言だけ、送れるとしたなら。
「────っ……がんばれー…………!」
「…………ふふ」
あの子のコールに、ファンの人らが返す大音量に紛れるように。
うちが精一杯出した小さな声は、空間に溶け込んでいってくれたのやった。
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「ふぅ~…………」
「よぉ、おつかれさん」
自室に戻ると同時、大きく、大きく息をついたうちに声がかかる。
今日のコラボ開始から、終わって一人になる今の今まで黙りこくってたマスコットセキオウのものや。
……結局、ライブを見届けたうちらは、そのまま会場を後にした。
例の子に会わなくて良かったのかとシラハエルさんに聞かれたけど、うちはすぐ大丈夫、と返した。
元々今日は、シラハエルさんと会う日って決めてたんやし、そりゃ優先はシラハエルさんや。
それに、会うことは別に今じゃなくても出来る……"またライブに行く"なりしてもええんやから。
そんな感じのことを伝えたら、シラハエルさんも満足そうに笑っとったし、今はこれで十分やろう。
……結局小坂さんのメッセージには返信してないままやから、後でライブ見たでってくらいは返しとこうか。
で、その後はライブの感想とか今日の戦いの振り返りとか少しやった後、遅くなる前にと解散となった。
ほんまは夜なってもご飯とか行きたいぐらいの気持ちではあったけど、さすがにそこはうちの年齢的にシラハエルさんがNOってことでしょうがない。
────それでは改めて、本日はありがとうございました。今日一日だけで数え切れない気づきと学びを得られ、おかげ様で大変充実した……とても楽しい一日でした。
「……はぁ~~……濃い一日やったわぁ……ふふんっ」
「は、出る前はあんなにあたふたしてたってのにご機嫌じゃねえか。コラボ前に言ってた例の作戦とやらは結局成功したってことか?」
「あ~……あれはまぁ……」
最後にシラハエルさんがしてくれた礼を
セキオウからからかうような声がかかり、少し言い淀んでしまう。
こいつにも伏せたままやった今回の本命、
……とはいえ、うちは焦ることはない。
今回のコラボ、いやデートでうちは前以上に彼のことを知ることが出来たし、うちのことも知ってもらえた。
おまけに小坂さんとの引っかかりも大体解消されて、メンタルが不安定になる心配も無いやろう。
……だから。
「作戦は、今度。次回はもっと上手いことやれる自信あるわ。……せやな、間空くしセキオウにも教えとこか」
あとはこのまま前に向かって突っ走るだけ。
たくさんのことを知って成長したうちに、怖いもんなんてもうなんもないんやから。
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「……………………お前、もしその春雷なんたら
「ウソぉッ!? いや、でも、確かに…………そうなんか……!? えぇぇぇこんな即死の罠おいてある横でうち舞い上がっとったん…………!?
あかん、怖い、人との距離の詰め方分からん……!! よう考えたらデートもグダグダしてた時間のが長いし、全然上手いことなんて行けてへんやん……!」
……そうして、ドヤ顔で説明した直後ぶっかけられた冷水に、芯まで冷やされたような感覚に陥りながら。
うちはグワングワンと頭を回し、すっかり消沈してその場を後にするのやった。
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◆◆◆
────シュポッ。
『うますぎますよエターナルシーズ殿!! (助言)やってたでしょセキオウ』
────シュポッ。
『なんだその口調はコンジキ。助言なんてしてねぇよ、見てただけだ。で、実際どうだったんだ』
────シュポッシュポッシュポッ……。
『うむ、白羽殿のことを知るワシから見た所感じゃったな。……と言ってもぉ……今伝えた通りというかぁ……』
『えー微笑ましい背伸びをしながらも等身大の姿を見せる+10ポイント、特殊な討伐形態の重要度を説明の前から理解し真摯に向き合う+100』
『続けろ』
『ぬしもこんときはわざわざ出てきてドヤ顔してたのう……で、討伐後も白羽殿と自分を比較し落ち込んだりするでもなく建設的に話し合う+50』
『この時点でコラボ前に白羽殿がしていた懸念は全てクリア済みじゃ、あやつもホッとしたじゃろうな』
『で、後は変な色気を出して迫ったりせず、個人的な弱みという形で人としての成長を示す+30』
『そして打ち明けた悩みに対し、その日のうちに心の整理をつけ、確執があった相手にエールを送る+1000、と』
『……ワシは白羽殿ではないので、無論本当の心の底までは分からんが……少なくともワシが知る限りの白羽殿が、彼女のこの行動をどう見たか、を勝手に想像するならば────』
『────パーフェクトコミュニケーション。よし楽しく話せたなってレベルじゃねーぞ……って思いました』
『…………十分だ。報酬は追って送る』
一体、静かになった部屋でやり取りを終えたセキオウは、ふんっと満足気に鼻を鳴らすと。
今でも頭を抱えているだろう手のかかる相方に、この情報をどのタイミングで伝えるか、はたまた伝えずにそのままでいさせるべきか。
緩みかけた口元を引き締めながら、その検討を始めるのだった。
◆◆◆
これにてよわむしうさぎ編
及び間章は完結(の予定)となります
現在は本編五章の書き溜めを進めているので
またいい感じに溜まったらお会いしましょう
書籍1巻も書き下ろし含め大変評判ですので、まだご興味がある方がいらしたら是非
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