★★★
────この身は、魔法少女と人々、そしてマスコットたちのために。
この特別な身体に意識が宿ったことの意味を、そして私が成すべきことを理解したのは、私という自我が目覚めたのと、全く同じタイミングだった。
流れ込んできたみんなの祈りや危機感は、きっとこれまでの歴史の中でもすごく強いものだっただろうから。
「…………っ」
その上で、本当の最初に覚えた感情は……多分、私を見て多くの人がイメージしそうなものとは違う。
慈愛でも憐憫でも使命感でもない……吐き気を催すような不快感と、嫌悪感だった。
魔法少女たちもみんなも、誰も悪いことなんてしてるわけじゃない。
そんな中理不尽に襲いかかってきた虚飾や羨望、偏愛なんて化け物たちに、一歩間違えればどうなっていたか分からないぎりぎりの勝利を掴んで。
ようやくみんなで成長して前に進めると思ったら、変質型虚獣が現れて……ついには、中心となって戦っていた魔法少女、シラハエルさんでも勝てないほどの虚念まで現れた……そんな現実に、私は想う。
「この世界は、虚念は、オブリビオンは────理不尽です。……大きらい。
だから、私みたいな理不尽が抗体になることが、きっと必要だったんだ……
虚念と戦うためにあれと作られた身体に、虚念と戦うためにあれという意識が宿って、勝手に戦う。
滅茶苦茶な相手と戦うには、これくらい滅茶苦茶な存在がお似合いで……私は自分が"そう"であれて良かった、と心から思う。
やることが決まったら、行動に移すのはすぐだった。
本当はこの身体を作ってくれた人たちに、ちゃんと義理も通したかったけど……廃棄されるところだった、という事情も考えると、きっといろいろな手続きで止められる。
この消耗の大きな身体だと、その時間にはきっと耐えられず……私は、役割が果たせなくなってしまう。
だからすぐに独りで動いて、変質型虚獣をサーチして配信をつけた。
元々マスコットには虚獣の魔力の動きを察知しやすいって力があるけど、私は持って生まれた役割からか、特に変質型虚獣を見つけるのは簡単だった。
「…………ふふ」
戦い方は、なんとなく感覚で分かっていた。
それでも、初めての実戦で変質型虚獣と戦うというのは、みんなが観た印象よりは簡単なものじゃなかったけど。
魔力を消耗しても、身体が傷ついても、左手を切り離すことになっても、私は満たされていた。
ずっとみんなが、特にマスコットたちが感じていた戦えない無力感が、ようやく報われたような感覚があったからだ。
配信で観た視聴者さんも喜んでくれているし、魔力だって供給出来ている、これならきっと役割を果たせる────
私はその溢れ出しそうな喜びを笑顔に変えて、そうあれと望まれた役割を宣言した。
「私は────人造魔法少女にして戦うマスコット、アイギスケープ、ですっ」
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…………戦い以外の配信が、分からない。
喋っても、視聴者さんを繋ぎ止めることが出来ない。
私の"欠陥"は、意気揚々と初配信を終えたほんの数日後、3200の人から目を背けられた事実と一緒に、みんなが知ることになってしまった。
初配信が終わったタイミングから、明らかに普通じゃない、浮いた存在を気にかけてくれたシラハエルさんやマスコットたち。
彼らは迷惑をかけたくないと、頑なな態度を取ってしまっている私の想いまで酌んで、色々考えてくれて……私が『そういうのもある』と、浅い文化でしか知らなかった世界に連れ出してくれた。
正直なところ、彼らとは……いや、誰とも出来るだけ関わらず在りたいと思っていたから、困ったなという想いもあった。
それに、私が役割を果たすためには、みんなが与えようとしてくれている『楽しい』みたいな感情は本来不要なものだ。
虚獣、虚念と戦ってみんなを守れるならば、それでもう私という存在は満たされていたから。
ただ、『楽しいを知る必要はない』にしても。
『楽しいを語れるようになる必要』は、みんなのためには確かにあるのかも、と。
雑談配信の失敗を思い返した私は、少し迷ってから
……初めて食べるパンケーキは確かに美味しい、と感じられるもので、みんながそれを食べている姿を見るのも、嫌な気持ちは全然しなかった。
何より、魔法少女や戦いのこととは違う、こういう食べ物一つにも込められた"そうあれ、美味しくあれ"という想いに触れて感じた思いは……きっと"嬉しい"というべきものだった。
それは、私がやろうとしていることが決して間違っていることではなくて、この世界はやっぱり守られるべきものなんだって。
そう勇気を与えてくれているように感じたから。
そこまで意識した途端、気がついたら私は口にしていた。
────今のこの時間を、みなさんのことを少しでも記録しておきたい、と。
人造魔法少女としての役割を背負ったこの身体は、機能として多くの記録を残すことが出来る。
魔法少女配信サイトのアーカイブに頼らなくても、常に検討と対策を行うためにだ。
だから、少しでも私が知ったこと────この世界と生きる人は守る価値がある、という事実を。
記録として残しておきたくてお願いし……その場で写真を撮ったり、食べたパンケーキの感想までもらえてしまった。
そんな、突発的に撮ったちょっとしたインタビュー動画は、みんなが人気魔法少女ってこともあって、誰もが観たくなるようなものになったはず。
……コンジキ様にお願いして、役割を果たせたあとに公開してもらうのも良いかもしれないけど……今だけは、私だけが観させてもらいたいな、と思った。
多分、役目を終えられる時が来るのは、そこまで遠い話じゃないだろうから。
────だから。
「本日はお付き合いいただきありがとうございました、アイギスケープさん。こういった裏での活動ももちろんですが────もし、オブリビオンを打倒したその後にでも、コラボ配信などのお願いは出来ますか?」
「…………はい! その時はもちろんこちらからお願いしたいぐらいですっ! サプライズ? とかでコラボも楽しそうですね……!」
パンケーキカフェからの帰り道、シラハエルさんがふと私にかけてきた声に、私は笑顔で返事をする。
────ごめんなさい、生まれたばかりなのに、魔法少女のためのマスコットのくせに、私は嘘をついています。
オブリビオンを倒すためという祈りで生まれた私は、
だから、消え去るその時まで配信上で誰とも絡まない、絡むわけにはいかない。
これまでたくさんの魔法少女に手を差し伸べて救ってきた、シラハエルさんのような人は、特にダメ。
私がどう納得していても、関わりを持った少女が消えてしまったという傷は、彼の配信にずっと影を落としてしまうから。
必ず迷惑になる、とコラボを断ったのも、それが理由だ。
それでも、彼らがこの事実を知ったら、例えば偏愛の虚念であるルクスリアにしたように。
みんなの前で、私になんとか別の存在を定義して、救おうとしてくれるのかもしれない。
ただアレは、彼女を構成するのが"偏愛"という前提があったおかげで、土壇場で……なんというか、刺激的なシーンを見せることで起こせた、きっと奇跡みたいなもの。
虚念を倒すことを期待され生まれた私に同じことは出来ないだろうし、出来たとしてもあんな二度と渡れないかもしれない綱渡りなんて、もうさせたくない。
(うん……これでいい、これで私という存在は、
────みんなのための盾として、身代わりとして消費されるべき、スケープゴート。
オブリビオン……消費したいって欲望で、魔法少女たちにひどいことをする虚念と一緒に消えるのに、ぴったりの存在。
元々の機体には無かった、堅くネジ曲がった、ヤギのようなヒツジのような角を
こうすると私は、そうあれと望まれた役割を思い出せて……いらない迷いを無くすことが出来るから。
(…………パンケーキ、みんなで食べた話……早くしたいな)
そうして目を向けたのは、研修を受けた成果を早く発揮して、よりみんなの役に立つ自分であれること。
記録した思いも……絡んでいるのを隠すため公言は出来ないけど、魔法少女たちの優しさも。
全部を視聴者さんたちに向けることを考え、その準備を進めていく。
「っ、…………ふふ、ふふふふ……っ」
────こんな風に抱え込んで、誰にも話したくないって思える性格すらも。
みんなの『身代わり人形はこうあってほしい』って無意識が、そうさせたのかもしれないな、と。
その時初めてよぎった、自分でもちょっと黒いなって考えに、私は討伐の時とは違う笑いを漏らしていた。
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そうして迎えた、次の配信の機会。
まず、みんなとパンケーキカフェに行ってからした討伐配信は、問題なく終えられた。
今回近くで見つかったのは変質型でない虚獣だったけど、他の虚獣を相手にしても戦える、というところを見せられるのも安心に繋がったはず。
雑談で減っていた視聴者さんもある程度戻ってくれていたところを見ると、やはり私に期待されているのは戦いの方になるのだろう。
でも、だからといって視聴者さんの応援に直結する取り組みを、おろそかにするわけにはいかない。
『配信タイトル:【雑談枠】不肖アイギスケープ、お話のネタを仕入れて戻ってまいりました【リベンジ】』
────どうせ失敗したなら、むしろそれ自体をキャラ付けのチャンスと捉えてみましょう。
主にシラハエルさんとフローヴェールさんがアドバイスし、一緒になって考えてくれたタイトルで配信をつける。
私が一人でしようとしてたら、『二回目の雑談です』なんてタイトルにしかならなかっただろうけど、確かにこっちの方が────
<お>
<こんにちは>
<タイトル草>
<前回は嫌な事件だったね……>
<リベンジく、くる>
<初見だけどタイトルに釣られてきました>
(────コメントしやすい、ですよね。なるほど……)
あえて前回を"失敗"と押し出すことで、今回は前とは違うんじゃないか、という期待感を持たせる。
その甲斐があってか配信開始と同時からもらえた反応に、気づかれないように小さく頷いた。
<無理はしなくていいですよー>
<戦闘がんばってるし別にいいでしょ>
(…………っ)
ただ、そんな中に交じる、善意から書き込んでくれたのだろう気遣いに感じるのは、自身に向けられる期待の低さ。
少しだけ言葉に詰まりそうになりながらも私は、今日のために用意していた言葉から、タイトル通りの挑戦を始めたのだった。
「みなさん、この間は上手く……いえ、何も話せなくて申し訳ありませんでした。
今日だって、どれだけ出来るかは分かりませんが……もう一度、話をさせてもらえますか?」
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「────と、そんな経緯でパンケーキセットを体験してみた、というお話でした。
……みなさんはずるいです、あんな美味しいものがあることを隠してたなんて」
<ごめんて>
<初めての食レポいいですね>
<人造魔法少女って話だけどこういう感覚共有出来るんだなー>
<アイギスケープの配信で飯テロ食らうなんて思わんじゃん>
<おかわりもいいぞ!>
先日の女子会なるもので、フローヴェールさんにも褒められたものからほぼ変わらないレポートに加えて、最後に。
少しだけ過剰気味に、あえて怒るような、視聴者さんを持ち上げるようなニュアンスでトークを締めくくる。
こういう場で求められるのはきっと、みんなからの共感という感情。
前回の失敗を踏まえて挑戦してみた私は、期待した通りの反応に密かにホッとしていた。
(出来てる……のかな、ここまでは)
ただ、問題はここからだ。
今回、このタイミングで雑談配信をするということに、コンジキ様を始めとした周りはかなり心配そうにし……いや、明確に止めようという意思を感じた。
────なにしろ。
「そして……ごめんなさいみなさん。リベンジと言いました今回の雑談ですが……今、私から出せる話題は……その、全部使い切ってしまいました……」
<!?>
<もう!?>
<ま、まずい>
<さすがに草>
<話題無かった前から間も空いてないしな……>
<会話デッキ切れた!>
<もうきれたのか! はやい! メイン盾はやい!>
<即スペラアウトはさすがにマナプアーじゃない?>
そう、空っぽで戦い以外何もないし、本来何も入れる必要がない存在、アイギスケープ。
そんな私が話せることなんて、シラハエルさんたちに連れ出されたあの一回しかない。
だからコンジキ様たちは、もっと色々な経験をたくさん積んでから雑談に乗り出すべき、と考えられていたわけだけど……
(……それは、ダメ。私のためにみなさんの時間を取られすぎるし……なにより、オブリビオンへの対処が遅れてしまうから)
ならば、私はここでコンジキ様たちや、視聴者さんたちの想定を超えてでも、やれるところを見せないといけない。
そう考えた私が、自分にできることは何か、と。
自分がこの雑談という場で、みんなに示せる価値があるとするならば────
答えは、一つだけだった。
「────だから、ここからは。
一つ一つ記録して覚えて、必ず一度以上返事をさせていただきたいと思います。
他の配信だと、怒られるかもしれませんが……私、アイギスケープの雑談では今から、"自分語り大歓迎"、ですっ」
私が空っぽなら、時間が保たないなら、ここにいるみんなで埋めさせてもらおう。
普通の魔法少女と違う身体を持った私だから出来るアプローチで、私は私の配信を開始する、その一歩を踏み出したのだった。
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「9KEEEEEEYさん、職場環境改善の申し出をする、すごく勇気のいることですよね……覚えました、次の週明けにでも是非どうなったか教えてほしいです。
小卒……イモ? さんは夏コミというものの進捗が絶望……あの、ここを観ている場合ではないのでは……? わかりました、私が進捗を管理いたしますっ、今すぐ取り掛かってくださいね。覚えたので、次書き込むときは進捗と一緒、ですよ」
<ありがとうございますがんばります>
<学校あんまりいきたくなかったけど聞いてもらえていく気出てきました>
<コメントクソ早いのに本当にちゃんと全部返してるな……すごくない?>
<初見、すごいことやってると聞いて>
「────ッ」
その後、自身で宣言した通り、一つ一つのコメントに対して思う限りの返答をしていってしばらくのことだった。
途中、観ていた視聴者さんの誰かが紹介でもしてくれたのか、同接数がぐっと増えた感覚とともに、魔力の波が押し寄せるような感覚を覚える。
「……っ、ふっ、ありがとうございます。本日はみなさんのおかげでたの……素敵な配信が出来ました。
次回の雑談の日程はまだ決まっていませんが……その時は是非、続きのお話を聞かせてくださいねっ」
<承知しました>
<いやー楽しかった>
<聞いてくれてありがとうございます>
<懺悔室配信もう終わりか、もっと観たかった>
<語らねばなるまい……次回もお前に教えよう>
分からないなりに考えて、不安半分でやってみたことが上手く行った────そんな体験を自覚すると同時、ひとりでに緩みそうになる口元を隠し、なんとか引き締め直すと。
コメントの流れが少し緩やかになったタイミングで、私は配信を終え……ぐっ、と小さな両拳を握った。
…………記録する、ということ。
パンケーキカフェに連れてもらった時の、ちょっとした思いつきだったはずのそれは、私にとって大きな意味を持つもののようだった。
話題を視聴者さんに依存する、というのは配信者として本当は正しいものではないのかもしれないけど、少なくともあの場の視聴者さんたちは楽しい、という感情を覚えてくれていた……ように思える。
「いける……今回の雑談で機体維持に回せる魔力もぐっと安定しました。このまま続けて、忘失を倒すための"そうあれ"って期待が高まればっ……!」
忘失のカタチ『オブリビオン』。
いくら私がコンジキ様の言う"特効"存在として生まれたとしても、並大抵でつとまる相手だとは初めから思っていない。
それでもこの活動の先に、私が役割を果たすという
『もし、オブリビオンを打倒したその後にでも────』
その時、先日シラハエルさんに問われた言葉……つまり"その先"に私は想いを馳せる。
そう、無事オブリビオンを倒すことが出来たら、その場で配信休止の告知をするのが良さそうだ。
いきなり引退なんて言ったらびっくりさせたり、良くない想像をさせてしまうかもしれないけど、これなら穏便に自然と『忘れて』くれるはず。
もちろんこれは多少余力が残ればの話で、相打ちになったとしても本懐は遂げられる。
元々"そうあれ"というみんなの深層意識から生まれた私なら、その消え方になっても混乱はあまり起こらないだろう。
せっかくなら、パンケーキカフェの時に少し考えた通り、これまでとこの先も記録する、魔法少女たちの情報全部。
これを、私が消えた後にコンジキ様にメッセージ付きで届くようにする、というのもいいかもしれない。
変な心配をさせずに済むし、何より浮いた存在である私が、虚念を倒すって役割を果たせるだけでなく、この世界に在った証まで残せることが出来たら────そんなの、私には贅沢すぎるほどの最期って言えるから。
そう、これでいい。
役割を果たせて、みんなにも迷惑をかけずに済むこの終わり方を目指せれば、私という存在は────
「────────合って、ます。合ってます」
ぎゅっ、と。
これまでで一番強く握った、自身の角の硬さを確かめながら。
私は、改めて決めたゴールのための準備を進めていった。
★★★
◆◆◆
────時間は少し遡り。
パンケーキカフェの帰り道、穏やかな笑顔で頭を下げて去っていったアイギスケープの背中を見送り……コンジキとシラハエルは口を開く。
「…………やはり間違いない、とみたが」
「同意見です。彼女は……アイギスケープさんは、オブリビオン打倒とともに役割が尽きる……つまり、
「ルクスリア殿と似たケースじゃからのう……幸いなのは、同じ生まれたてでも変質自在なルクスリア殿に比べて、アイギスケープ殿の腹芸はまだまだ未熟、一目瞭然じゃったことか」
これまでの経験からの、確信を持ったパートナーの語りかけにええ、と頷いたシラハエル。
そんな彼に向けて、一段声を落としてコンジキは決意を表明し────彼もまた、力強く応えたのだった。
「そうなるとなおさら、以前提案してくれた、ぬし曰く"悪巧み"。……これの成否が重要になってくる、というべきか」
「はい。予定通りではありますが……自分たちはこれから、なんとしてでも
その成就のために、全力をもって動くことになります」
◆◆◆