人間の身でファミリアを作るのは間違っているだろうか   作:仙託びゟ

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医神との取引

 その客人たちが彼女、『戦場の聖女(デア・セイント)』ことアミッド・テアサナーレの所属する医療系ファミリア、ディアンケヒト・ファミリアへ現れたのは、とある日の午後のことだった。

 ディアンケヒト・ファミリアの主な活動は医療系ファミリアとして王道なもので、怪我人病人の治療、ポーションなど回復薬の販売、その素材となるものの買い取り。そして珍しいところでは義肢の提供などがある。彼女たちはそのうち、素材の買い取りを目当てにやってきた客だった。

 どちらも白髪灰眼の、狐人(ルナール)の少女とアマゾネスのように巨躯なヒューマンの女性。第一印象だけで言えば、商家の娘とその護衛のようにも思えた。

 少女たちが買い取りを希望したのはなんとアルラウネの花弁だった。アルラウネは上層に出没するモンスターであり、ブルー・パピリオと同じくらいの稀少種だ。そしてそのドロップアイテムである花弁は、乾燥させた粉末がポーションの品質を上昇させる貴重な材料になる。

 主神であるディアンケヒトがなんとかそれを買い叩こうとするのをアミッドが後ろで呆れながら見ていると、狐人の少女が薄く笑ったことに気づいた。

 狐人の少女は、値段交渉をしなかった。それはディアンケヒトの交渉を突っぱねたというわけではなく、ディアンケヒトの提示した相場よりもかなり低い額に、なんの躊躇いもなく頷いたのだ。

 弁解しておくなら、ディアンケヒトの言った買取額はあくまでも交渉を前提とした見せ値であり、ここから値段は上がっていき最終的に相場よりやや安いくらいの値段で買い取る予定だったのだ。

 出奔した商家の娘が急いで路銀を稼ぐために手持ちの素材を売った。はたまた、寄付感覚で納品しに来た道楽娘か。ディアンケヒトが「世間知らずのお陰で儲かったわ!」と酒をかっくらうのをよそに、そんな憶測がファミリアの中で飛び交っていた。

 

 しかしそれから一月。3日に一回の頻度で持ち込まれるアルラウネの花弁を前に、アミッドは考えもしていなかった「買い叩かれても問題ないくらいに安定した、アルラウネの花弁の入手経路がある」という真実を否定することはできなかった。

 

 この人物との繋がりを断つのは拙いと、少し割増して買取料金を渡そうとするも、初めに買った時の証文をかざしてまで安く買い叩かせてくる少女の不可解さに怯えるディアンケヒトを笑いながら、アミッドもその意図が掴めずにいた。

 ワシリーサの、とにかく顔を覚えさせて今後の交渉までをスムーズにするという目的は、神も知らぬ間に達成されていた。

 

「ふむ……これが新しい薬瓶か……」

 

 ピュグマリオン商会のワシリーサを名乗る狐人の少女が持ちかけた商談は、新しい薬瓶の買い取りであった。この薬瓶が衝撃だった。軽軟晶と名付けられたという新素材で作った瓶。その表面には、ディアンケヒト・ファミリアのエンブレムである香草と光球が刻まれている。

 質感は、柔らかいが頑丈、あるいは固いが弾力があると言ったところだろうか。許可を得て試してみたが、少なくともアミッドの背丈から落ちた程度では割れることはなさそうだ。

 さらに言えば、軽軟晶瓶はガラス瓶に比べてかなり軽いうえに、複数ある瓶の誤差が非常に小さい。ひとつずつ作っているガラス瓶にはある歪みがこれにはほとんどないようにみえる。

 そして何より、安い。ガラス瓶の1/3以下の値段で買えてしまう。

 ディアンケヒトも当然、その強烈さに気づいている。だからこそ飛びつかず、慎重に話を進めようとしている。

 

「御身は神でありますればワタシの申すことの嘘偽りは見抜けるでしょう。宣誓します、我々ピュグマリオン・ファミリアはこの瓶の安定供給が可能です。そして陥れるためでなく、発展のためにこそこの薬瓶をお売りしたい」

 

「……この瓶の欠点は先んじて言った通りだな?」

 

「冷凍したり強すぎる圧力で破裂する可能性がある。高温で容器が変形する可能性がある。密封こそできるものの、容器自体の薄さから保存能力はガラス瓶よりも劣る。少なくとも当方で把握している欠点は以上です」

 

「ふむ……嘘はない、か……」

 

「こちらの蓋は、瓶とセットでネジ式になっていまして、一度閉めると下部が固定されます。初めて開栓した時にこの固定された下部だけ切り離されて瓶に残され、蓋の上部分だけが瓶から外れる形になります。これで、瓶の開封未開封が一目で判別できます。コルクよりも簡易に密閉できますし、保存能力も上です。瓶自体の保存能力差でトントンと言ったところですかね」

 

「むぅん……」

 

 ディアンケヒト、唸る。ガラス瓶からこの瓶に替えるだけで、恐らく2、3割は利益が増える。利益のことだけを考えるなら、間違いなく刷新すべきだ。

 アミッドもそう考える。非常に割れにくく、軽いポーション瓶。いざという時に割れていて使えずに手遅れになる、なんて事態を避けられるかもしれない。重量が軽減されているから、より多く持てる。コストダウンの分を値段に反映すれば、より手を出しやすくなるだろう。

 

「……わかった。初級、中級ポーションと初級ハイポーションの容器は、これからこの軽軟晶瓶を使用することにする」

 

「……すべて、ではないのですか? ディアンケヒト様」

 

 ディアンケヒトの決定に、アミッドは疑問を零した。彼女にしてみればむしろ、上級ポーションや上級ハイポーション、万能薬(エリクサー)のような高価な薬ほど、コストカットによって減額したいのだが、ディアンケヒトの意見は真逆だった。

 

「ふぅ、いいかアミッド。うちのポーション瓶に使われているガラス瓶を作っているのは、ガラス工房組合の職人たちだ。逆に、ガラス工房組合で最も多く作られている商品が、ポーション用の薬瓶だ。使い捨てにする輩が多い分需要があるからな。そんな状況で急にすべてのポーション瓶を刷新する、つまりガラス瓶の取引を打ち切るとなったら、ガラス工房組合からの反感は免れんだろう」

 

「それに、高位のポーションや万能薬は買ってすぐに使う方よりも、要事に備えて保管しておく方のほうが多いので、保存能力の高いガラス瓶の方がいいんですよ。あとは、エンブレムの刻印こそ入っていますが、見ての通りガラス瓶に比べて軽軟晶瓶は安っぽく見えますからね。ガラス瓶の方が効きそう、という人間の心理は侮れません」

 

 ディアンケヒトとワシリーサからの説明に納得すると同時に、アミッドはディアンケヒトが儲けのことだけを考えていたわけではないと見直すことになった。儲けだけ考えたら全部のポーション瓶を軽軟晶瓶にしたほうが明らかにコストダウンになるからだ。

 

「まぁそれに、滅多に使われない高位ポーションは割れたほうが買い足しでの需要が増えて都合がいいですしね? ディアンケヒト様?」

 

「…………………………………………なんのことなな?」

 

「甘噛みしてますよ」

 

 速攻で評価がもとに戻ったが。

 

「しかし、低位のポーションにしてもすぐには使い始められんぞ。前のようにポーションを詰めてから瓶のまま保管しておくというのがやりにくくなる。こちらで保存するためのガラスの大瓶を発注せねばならんからな……あくまで今後のランニングコストを考えて、期待しての取引だ。裏切ってくれるなよ?」

 

「なら、そのガラスの大瓶に関しても代金はこちらで負担しましょう。これから長い付き合いになるのですし」

 

「ふん、甘く見るな小娘。お前が()()()()()()()本来のアルラウネの花弁の買取額との差分で、大瓶などいくつも買えるのだ。そんなものを借りとして放置しておけるか」

 

 そんなやり取りをしつつもディアンケヒトはワシリーサの、ひいてはその背後にいるピュグマリオン商会の目的についておおよその推測を立てていた。

 

「(軽軟晶か……今まで見たことのない素材だ。この瓶を使う利点は値段を差し引いてもガラス瓶より大きい。正直、ガラス瓶と同額で売られていても取引していただろうな。ピュグマリオン商会はこの瓶で得られる金銭的利益よりも、ディアンケヒト・ファミリア(うち)と長期的な取引を結ぶことを重視してこの値段設定にしたのか? ……まぁいい。もとよりアルラウネの花弁を安定して手に入れる方法だけでも価値があった相手だ。それに加えてこの瓶を作る、あるいは開発した技術力。軽々に扱っていい相手ではなくなった。金の卵を産むガチョウが自ら懐に飛び込んでくれたのだ。こちらの損にならない限りは利用されてやろうではないか)……あぁ、そうそう。この瓶、ミアハのところには売るな。医療系の集まりでよほど強い突き上げがない限りは、うちだけで独占したい。他のファミリアもそうだが、特にミアハのところにはな」

 

「ふむ……では、軽軟晶瓶で販売するポーションの価格をこの程度下げていただけるのなら、その通りにいたしましょう」

 

「むぅ? ……ふん、まぁこの程度であれば十分以前よりも利益は出る、か……」

 

 そう考えつつも、ディアンケヒトは隅から隅まで取引の証文を睨めつけて、不備がないことを確認してからサインした。

 

 しばらく日が経つと、ディアンケヒト・ファミリアのポーションが値下げしたと話題になり、同時にディアンケヒト・ファミリアのポーションが妙な瓶に入っていると噂が立った。それは悪い噂ではなく、軽く割れにくい、迷宮に持ち込むには最適なものであるという噂だ。

 軽軟晶のポーション瓶が冒険者たちに馴染むのに、そう時間はかからなかった。

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