人間の身でファミリアを作るのは間違っているだろうか 作:仙託びゟ
「すみません、デメテル様にアポイントメントをお取りしたいのですが」
やってきた人物の顔に、デメテル・ファミリアの古参団員が絶句した。彼らは彼女がかつてデメテルと親しく話していたのを知っている。すぐにやらかしてヘラによりギタギタにされていたが。
下界に来てから徐々に疎遠になっているデメテルの神友、フレイヤと同じく、いやそれ以上に交友があった、同じ
いや、本神ではない。まず女神アフロディーテであれば敬語など使わない。あとアポなど取らない。「そこの海豚! デメテルのところへ案内させてあげるわ! 光栄に思いなさい!」これだ。
次に神威が感じられない。神は意図的に放出する以外にも――これは迷宮に入ったとしてもダンジョンが感知できない程度だが――神威を薄っすらと纏っている。だから、人は神を神と判別できるのだ。無論、抑え込むこともできる。だが、女神アフロディーテが神威を抑えるなどありえない。
そして、よくよく見れば容姿にも違いがある。止まっていればそっくりだが、仕草や髪色、目や肌の色などに違いが見て取れた。
総評、限りなく女神アフロディーテに似た、仮定女神アフロディーテの関係者。仮に本人でないことが確かでも、無下に扱えばあとから面倒なことが起こるのは目に見えていた。
急いでそのことをデメテルへと伝えると、デメテルも眷属の言葉を酌んで、すぐに日取りを決定した。そのまま会ってもよかったのだが、相手も準備がいるとのことだったので後日となったのだ。
そして約束の日。デメテルは彼女を見て、少しばかり思考を停止させた。
確かにアフロディーテに瓜二つな容姿。そして、その隣に立つ巨躯の女性を見て思い出す。このアフロディーテ似の少女こそ、噂になっていたフェイスベールをつけた新人の冒険者だ。
実を言えば、いやある意味当然ではあるが、特に何かしなくとも、ガラテアはその容姿だけで抜群に目立つだろうと想像はついていた。そのためオラリオ入りする直前から、本拠地内とガネーシャに会った時以外はフェイスベールで顔を隠していたのだ。
しかし、デメテル・ファミリアの本拠地へ来た時はそのベールを外していた。アフロディーテに似た容姿を見せるだけで、アフロディーテと仲が良いデメテルには有効だと考えたからだ。
「さて、こうして見るとそっくりね……本当に驚くほど……アフロディーテは元気かしら?」
「はい、胃の腑以外は」
あらあらと微笑むデメテル。ガラテアはアフロディーテの関係者であることを隠さなかった。
実を言えば、ガラテアとピュグマリオン、そしてアフロディーテとアルテミスの協議の結果、オラリオ内の協力者としてデメテルを巻き込むことは決めていた。
なにせ
と言うわけで、来て早々にガラテアは自身の来歴をデメテル、及びデメテル・ファミリア団長のペルセフォネに打ち明けたのだった。
「……………………」
黙っちゃった。
「えっと……嘘は吐いてない……ものね? うん……そんな事あるのねぇ……」
様々な感情がこもった嘆息ではあったが、少なくともアルテミスのように巻き込まれたことへの負の念は感じない。なお、ペルセフォネは唖然としすぎて女の子がしちゃいけない顔になりかけていた。
「に、人形……? この人が……? んん????」
「あら、じゃあ野菜は食べられないのかしら」
「食べなくてもいいというだけで食べられはします」
「いや、そこなんですか!?」
「これも下界の未知ってやつね……でも実際、あなたたちのことが知れれば神々は大騒ぎすると思うわ。無理矢理自分のものにしようとする神もいるかも……」
「それに関しては大丈夫です。少なくとも、我々リビングドールは、
これはメイルストラでの検証でわかったことだ。リビングドールの恩恵は
さらに言えばまったくの別物であるから『
他の方法で奪うにしても、記憶を混濁させる魔法や薬は《
「い、いや……あのね? もっとこう、乱暴なやり方をするやつもいると思うのよ……」
「『異常魔法』も薬も効かない以上、我々の戦闘能力が武神以外の神以下になることはないでしょう。手脚を落とされたら別ですが……それに、実際に事に及ぼうとしても力を入れればちぎれますよね? 肉体強度が違いますから」
「エグいですよ! 言い方が!!」
「それに我々の場合、周りを切り抜いて新しくはめ込んで修復してしまえば……」
「エグいですよ!! 考え方が!!」
同じ女性として心配していたペルセフォネは、生物としての価値観の違いに慄く。
「無論、より高位の冒険者によって監禁される事も考えられますが、我々には
「なんでしょう、あなたたちが言う奥の手がとても怖ろしいんですが……」
「正直、相手の神の生死を考えなければやりようはいくらでもあるんですよね」
「とても怖ろしいんですが!!?」
「我々の魂は擬似的なもので、天界には行きませんからね。天界で神に好きなようにされるから神殺しができないと言った縛りは関係ありません」
「擬似的なものと言っても、見た限り間違いなく人間の魂にしか見えないわよ……下界の未知ってすごいのねぇ……」
ちなみにこの知識も魔法によって与えられたものである。
「他に心配なのは……ヘファイストスかしらね」
ヘファイストス。火山と鍛冶の神であり、アフロディーテの元恋人。そしてアフロディーテがオラリオに来ない理由でもある。
なにせ、別れた理由がアフロディーテの浮気である。ヘファイストスは未だに彼女の名前が出るだけで不機嫌になるのだ。そんな中、アフロディーテと瓜二つなガラテアが現れたらどうなることか。
「幸いにして、私の魔法は武具を召喚するものですし、私自身の肌が下手な防具より耐久がありますから、ヘファイストス・ファミリアに行く必要はありませんし、別にゴブニュ・ファミリアへ行けばいいですからね。と言ってもいつまでも放置していては面倒なことになるのは目に見えているので、そのうちなんとかします」
「できるの?」
「趣味神は趣味に関する新しい要素を見せておけば機嫌が良くなりますから。貴重な素材の安定供給とかはあてがあるのでそれを手土産にしようと思います。見たことのない素材か合金あたりを追加で見つけておきたいところですね……いや、むしろ炉の燃料や油、砥石などの改良案のほうがありでしょうか。オラリオにいると、自然と技術と素材に改良の比重が偏りそうですし……」
幸いにして、ヘファイストスも善神である。それだけされておいて、
「我々としては、目下の問題は『
オラリオに来る上で注意するようにアフロディーテとアルテミスに告げられた神こそ、
ディオニュソスは天界では暴れまわっていた問題児。ヘルメスは天界ではゼウスの使い走りばかりやらされていて相対的に苦労人な気質はないでもなかったが、根本的に性格が悪く生まれた直後から盗人という手癖の悪さなため何をされるかわからない。
しかも、ヘルメスは透明になる何らかの手段を持っていることが、コッペリアからの報告で分かっている。ハエの鋭敏な感覚器官の前には透明化しただけではなんの意味もなく、呼吸音や空気中の塵の動きで容易に位置を特定できるので、ヘルメスとの接触は完全に避けるようにしている。
しかし、コッペリアが生まれるまではそうもいかなかったため、その間にいくらか情報を抜かれている可能性はある。
なお、ピュグマリオンたちは知らなかったが、幸いなことにピュグマリオンがオラリオにやってきたタイミングでヘルメスは片田舎へとある神に会いに行っていたため、ピュグマリオンたちの情報はほぼ手に入れられていなかった。
「なるほど。つまり、私はあなたたちの主人を知っているということにすればいいのね」
「はい。御身に虚言を吐かせてしまうのは心苦しいのですが……」
「いいのよ。あなたたちの主人はアフロディーテの
あらあらと微笑む姿はまさに慈愛の女神のそれであり、その時ガラテアは初めて母性というものを理解した。アフロディーテとアルテミスから母性は感じられなかった。今度絶対にピュグマリオンを連れてきて、デメテルモデルのリビングドールを作ってもらおうと決意した。おそらくピュグマリオンもノリノリで作ってくれるだろう。
「では本題なのですが……」
「あら、ここまでは本題じゃないの?」
「ここまでは
そう言ってガラテアが取り出したもので、デメテルの表情が変わる。見定めるような試すような、まさに豊穣の神としての真剣な表情。
「これは苗と苗木……でも、これは……?」
「人間は、優れた人間同士が子を成すことで、より優れた人間を繋ぎ、優れた人間が集団を率いていく仕組みを作りました。それを貴族と呼びます。であれば、この苗はまさに作物の貴族」
「より人間にとって都合の良い性質を持った作物を選別して掛け合わせたのね……いえ、この発想自体はもうあるものよ。と言っても、トマトやジャガイモ*1のような一部の作物を降りてきた神が改良したもの。その他には、それこそ貴族が畑を守らせたうえでワイン用のぶどう農家にやらせていることがほとんどで、地上にもモンスターの襲撃があるから改良した作物がいつ荒らされるかもわからず、作物の改良まで手を付けられない状況なのだけど……でもこれは、もう10世代以上改良交配を進めたかのような品質になっている……」
ちなみに今回育てたのは、糖度を増したイチゴやメロンなどの草果物と、同じく糖度を増した甜菜、オラリオでは気候の問題で育てられていなかった香辛料を気候の変化や病気に強くして育てられるようにしたものが主だ。
農業オタクと化したデメテルを宥めつつ、ガラテアは話を続けようとする。
「ふぅ……それで、私たちがこれを育てるメリットは?」
「デメテル様。流石に無理がありますよ目がもう育てたいって訴えてますもん」
「ペルセフォネ、私にだって神の威厳が欲しいのよ……」
「とはいえ、そう言ってくるのは想定できていましたから、手土産を持ってきました」
そう言ってガラテアが取り出したものは、2本の中身入り軽軟晶瓶だった。何が出てくるのかと訝しげに見ていたデメテルだが、説明を聞くと表情が変わる。
「これはこのビンを作成する際の副産物なのですが……」
「ディアンケヒトのところのビン、作ってたのってあなたたちだったのね……」
ウーズを乾燥させたあとのウーズシートは薄く伸ばす、というよりも圧縮してから冷やすことで硬化するのだが、ワシリーサの研究によって他にも様々な反応をすることがわかっていた。
そのうちのひとつがこれだった。手順は簡単で、生きているウーズにしばらくの間、脂肪分を与え続ける。これには、肉屋から引き取ってきた脂身を与えていた。
これによって、ウーズは脂肪分を分解する成分を多く分泌することになる。この時点で人間にとってはやや危険になるのだが、リビングドールには些細な問題だ。
このウーズを乾燥させ、粉末状に加工して水に溶かしたものを脂肪とともに撹拌。分離した固体と液体のうち液体の方に、精製水と蜂蜜を調合したものと、精製水と香油を調合したものだ。
さて、これでわかった方もいるだろう。何を作ってきたのか。いや、詳しい方はウーズ粉末がどのような性質を持つのかまで察したのではないだろうか。
そう、この固体と液体とはすなわち、石鹸とグリセリン。つまりこの軽軟晶瓶に入っているデメテルへの手土産とは、化粧水と乳液である。
ウーズ粉末=苛性ソーダではなかったため、石鹸にはさらに手を施さなければ使えなかったのだが、グリセリンの方は無事加工できたのだ。なお、全てレシピは《天啓》が出してくれました。
「こちら、
「美容品……ッ!?」
「どちらも名前の通り。湿潤液は肌に水分を補給し、保湿液は肌の水分を保持してくれます。肌の水分は荒れを抑えハリを生む非常に重要なポイント。結果として容姿はかなり良くなることでしょう」
「あなたたち……戦争を起こす気……!?」
「まぁ我々人形は象牙や大理石、石膏に磁器とおおよそ美容品は関係ないのですが」
「あなた戦争を起こす気!!? ペルセフォネが見たことない表情してるわよ!!?」
「
そう、こんなものを世に出せば間違いなく争奪戦が発生する。それこそ、オラリオ全域が神酒配布後のソーマ・ファミリアの様相をなしてもおかしくない。
「もちろん、これらはオラリオ全体に行き渡る程度の十分な生産体制を整えたのちに販売する予定ですが……デメテル・ファミリアの方々には先行してお渡ししましょう。もちろん全員に、妻子持ちの方にはその方々へも。使い切ってしまったら追加もしましょう」
「そ、それは……」
「さらに、現在もこれらは改良を繰り返しています。それらが成功した暁には……わかりますね?」
ガラテアは暗に言っていた。
改良版は次の改良版が出るまで、一足早くデメテル・ファミリアにのみ与えられると。
「瑞々しい肌のデメテル・ファミリアが作る、みずみずしい野菜と果物。キャッチコピーとしていかがでしょう?」
「……アフロディーテ、あなたの孫は怖ろしく育っているわ……」
メイルストラでアフロディーテの胃が疼いたという。
十数日後、デメテル・ファミリアの女性たちの肌質が良くなったことで、他ファミリアの女性たち*2から探りが入ったが、彼女たちはなにも答えなかった。信頼を裏切ることになるからではない。追加が貰えなくなったら困るからだった。