人間の身でファミリアを作るのは間違っているだろうか 作:仙託びゟ
「それで? 傘下にはできたの?」
「できるわけないやぁん!! あんなんなってもうたらぁ!!」
酒場で酌み交わすふたりの女神。原典では男神だったことや赤毛であること、糸目と眼帯で目が隠れていることなど共通点が多いふたりである。
片やオラリオ2大派閥の片割れ、ロキ・ファミリアの主神。狡智の神ロキ。
片やオラリオ2大鍛冶派閥の片割れ、ヘファイストス・ファミリアの主神。鍛冶神ヘファイストス。
どちらも都市最高クラスの探索系、鍛冶系ファミリアであるが故に関わりは多い。ロキ・ファミリアの団員には2大鍛冶派閥のもう片割れであるゴブニュ・ファミリアを利用する者も多いが、当然ヘファイストス・ファミリアを利用する者も同じく多い。
現在、ロキが先日のことを一部――アイズと精霊関係を伏せて、ヘファイストスに愚痴っているところだった。
「まぁ、あんな状況でピュグマリオン・ファミリアを傘下に、なんてしたら、色んなファミリアに喧嘩売ってるようなものよね」
「マジで不覚やった……恐ろしいわ、あんなもん売り出すとは……」
ノンデリ国際問題寸前事件の数日後、ピュグマリオン商会がオラリオ中に宣伝を始めた。『
その内容はなんと一時期オラリオでも話題になっていた、デメテル・ファミリアの美肌の秘訣を販売するというものだ。
これにまず食いついたのは、恩恵を得ていない民間人だった。デメテル・ファミリアの肌が明らかに瑞々しくなっていることには気づいていたが、『
それが自分たちの手に届くのだと興奮、歓喜、発狂した。
続いて冒険者の女性たちも同じく歓喜したのだが、販売に際していくつか注意点があった。
冒険者への販売に関しては、チラシとともに各ファミリアに届けられた注文用紙に購入希望者の人数を記載しギルドに提出。その後、必要数を各ファミリアへ配達するという形が取られた。
普通に販売してしまうと購入時の混雑が予想されることに加え、民間人も購入するのだ。不慮の事故が起こる可能性を考え、冒険者と民間人の購入経路を完全に切り離すことにした。
もちろん、初回のみの措置である。手軽に手に入るもので奪い合いは必要ないと喧伝し、次回以降は店頭に並べて気軽に購入できるようにする予定だ。
そして民間人への販売に関しても混雑対策が取られていた。メインストリートによって8区画に分けられているオラリオを更に中央寄りと外郭寄りで分割、16区分し、それぞれチラシに掲載した販売箇所を分けたのである。
空き地に即席の販売所を設置し、並ばせた列でのトラブルは起きる前に鎮圧する。徹底した管理体制によって、当日は異様なほどに混乱なく、希望者全員に商品が行き渡ったのである。
そして商品の効能もすごかった。元々まともなスキンケアもできていなかったということもあり、枯れた大地が雨を吸い上げるように、湿潤液と保湿液はオラリオ住民に見事潤いを提供した。
降って湧いたもちぷる肌に熱狂するオラリオ。中には不変のくせに「なんか変わった気がする!」と騒ぐ女神もいた*1ほどだ。
そんな中でピュグマリオン・ファミリアを傘下にするなどと言い出したらどうなる。間違いなく利益を独占しに走ったと思われ、めちゃくちゃに反感を買うだろう。
さらに、先日のハイエルフは既に自身がハイエルフであることを明言し、その上で「リヨスと違ってなんの影響力もない氏族の、名前だけのアールヴ。放っておいてほしい」と声明を出した。
無論それだけで止まるエルフではないのだが、そもそも普段、当のハイエルフがどこにいるのか分からなければどうにもならない。ピュグマリオン商会に対して「ハイエルフ様を解放しろ」などとバカな真似をしに行く恥晒しもいたが、
エルフとは勝手な生き物である。ただそれだけのことで、「新ハイエルフ様及びピュグマリオン商会はリヴェリア様の庇護下にある」などと勝手な想像を膨らませたのだろう。
あれから、ピュグマリオン商会の顧客規模は拡大し続けている。特に売り上げが多く試食が出来るピュレソースやミックススパイスは、町中に出張屋台が頻繁に出ている。それも相まって、今では連日大繁盛の状態である。
そして実際に試したロキはわかる。今はまだ、物珍しさや情報のインパクトからの注目が多い。しかしこれから先、時間が経てば経つほどピュグマリオン商会、ひいてはピュグマリオン・ファミリアは日常の一部に馴染んでいく。
「あいつらが来てからまだ1年経っとらんのに、あっちゅーまにこのザマや」
肝心の団員は商会の従業員くらいしか見ていない。主神の顔すら知らない。それなのに、影響だけがぶちまけたインクのように広がっていく。
「一応、明確な目的がわかってるのは幸いよね」
「んあ? 目的ぃ? なんか言うとったっけ?」
「アナタねぇ……ガネーシャとデメテル曰く、趣味のための資金稼ぎ。これはピュグマリオンの眷属からの聞き取りで確認が取れてるんでしょ。少なくともガネーシャがそこで嘘を吐く意味はないし、これは本当のことだと思うけど?」
そう言えばとロキは思い出す。今の今まで他の怪しさで忘れていたが、相手はソーマ並の趣味神で、目的はハッキリしていたのだ。
「言うて、その趣味の内容はわからんやん。なんかデメテルも頑なに隠しとるし……それこそ天界の頃のウチみたいなんやったらどうするん?」
「趣味:悪巧みみたいな? ガネーシャの聞き取りだと、『闇派閥』の活動につながることもない、誰を傷つけることもない純然たる芸術活動とまでは言っていたらしいけど」
「爆発は芸術やー的なこととちゃうんか?」
「そんな適当な……」
ロキは頭をガシガシと掻くと「すまん、ちょっと頭冷やすわ。こんがらがってきた」と言い、一足先に酒場を出ていった。
それを見送ってすぐ、ヘファイストスも酒場を出て、自身のホームへと戻る。そこで、留守番の眷属から来客があったことを告げられた。いかにもタイムリーな。
「ヘファイストス様。先程ピュグマリオン・ファミリアの遣いが参りまして、アポイントを取りたいと……」
「……ハァ……面倒事は嫌なんだけどね……いいわ。あちらの好きな日に来るよう言っておいて」
間違いなく厄介なことに巻き込まれる。ヘファイストスはそう感じていた。
そして、数日後の対面。ヘファイストスは目の前の、ピュグマリオン・ファミリア団長を名乗る白い少女を見つめる。どこか引っかかった。既視感、フェイスベールで隠れているが、言いしれない既視感を覚えている。
「……そのベールは、取ってくれないのかしら。一応、主神の前よ?」
「……これに関しては、取ったほうが不快になるかと思い残しておりましたが、ご希望とあらば」
そうして、ガラテアがフェイスベールを取り、あらわになった美神の写身にヘファイストスが目を見開き、憎々しげに言葉を発するのを、ガラテアが制した。
「先に言っておきますが、女神アフロディーテは私の出生に手を加えておりませんし、私は女神アフロディーテからなんの力も恩恵も得てはおりません。私の顔がこうなのは、ただ美を目指したからというだけです。が、女神ヘファイストスと女神アフロディーテの間に確執があることを知ってはおりました。ご不快とあらば、この場を去りましょう」
「……………………ハァ。そうね、機嫌は悪くなったわ。でもそれだけ。アナタにとっては理不尽かもしれないけど、まだ吹っ切れてないのよ、私……それに、無関係とは言わないのね」
「この顔のモデルが女神アフロディーテであることは確かですから……しかし、胸は私のほうが大きいでしょう?」
「プフッ……えぇ、そうね。そう……アフロディーテは元気?」
「現在胃に3つ穴が空いており、先日は
「ボフッ!! ゲホッゲホッ……んふふ……そう、わかった、それでよしとしましょう……」
ヘファイストスとの間の緊張が緩む。ひとまず、アフロディーテとの因縁を持ち出されることはなくなっただろう。
ガラテアが取り出したのは水瓶。正確には、その中に湛えられた液体であった。
「これは……?」
「ざっくりと言えば、焼き入れ油です。ただし、油よりも冷却温度は水に近く、かつ焼き入れの瞬間に素材に染み込んで粘り強さを増す性質があります」
ガラテアの言葉を正しく理解するには、武器製作の過程を知る必要がある。
焼入れというのは鍛造鍛冶において、熱した素材を叩いて不純物を排除した後、水や油で急激に冷やすことで金属の組織の構造を変化させ硬度を増す技術のことを言う。
この時、より急激に冷却した方が鋼は硬くなるが、その一方で組織の構造は崩れやすく、脆くなる。そのため、焼入れをした瞬間にひび割れるなどということがないように温度を見極める目が必要なのだ。
では、この水瓶の中の液体がなんなのかを説明しよう。こちらは、
掘鱗虫は甲殻の隙間から高温のガスを噴出して周囲を熱した後、この分泌液を掘り進んだ穴の壁に浸透させ、組織の構造に入り込んで粘性を増すことで、崩れないように強化しているのだ。
それを、鍛冶に利用する。要するに組織の構造が崩れやすくなるために脆いのだから、それを外から補ってやればいいということである。
本来は焼入れのあと、硬度を下げる代わりに鉄を粘り強くする焼きなましという工程が入るのだが、それが不必要になる。つまり、硬度と靭性を兼ね備えた武器ができるのだ。
「もちろん焼入れ自体の効果がない素材の場合……具体的には鋼以外ですね。その場合でもこちらの薬剤の効果はあります」
「なるほど……液体は鍛冶に関係ないと思ってたから、盲点だったわ……それで、これはおいくらになるのかしら?」
「我々はこれを安定供給できます。ですので……このくらいを想定していました。ヘファイストス・ファミリアの独占販売というわけではありませんから」
「まぁ、希少素材ならともかく十分な量確保できるなら独占する気はないわ。他のファミリアとの競争は、あくまで腕でつけるべきだし。この値段なら……とりあえず使用感を試したいから、これだけ注文するわ。大丈夫かしら?」
「はい。後ほどうちのものに配達させます」
商談が済み、ヘファイストスは茶を一口すする。そして、どこか優しげな顔でガラテアを見つめてつぶやいた。
「……他の
「……なんのことかわかりかねます」
「それでいいわ。確定させないほうがいい。ただ、あなたの伴侶に言っておいて。道は違えどもものづくりを究めんとする者として、あなたを尊敬するって」
「……畏まりました、女神ヘファイストス」
火山と鍛冶、そして工芸を司る神として、ヘファイストスはガラテアの正体を見破り、そのうえで口をつぐむことを選んだ。ピュグマリオンという一人の匠の情熱に敬意を込めて。
「それでは私はこれで。本日はお時間をいただきありがとうございました」
「いえいえ。最初はアレだったけど、今は会えて良かったと思ってるわ。これからも仲良くしてほしいくらいに」
ガラテアがヘファイストスの本拠地から帰り、ヘファイストスは熱に浮かされて鎚を持つ。インスピレーションを形にするために。神ではなくひとりの鍛冶師として。
3日後、ヘファイストス・ファミリアのホームには、2億5000万ヴァリスの値を付けられた長剣が飾られていた。真っ白な刀身の、真っ直ぐな長剣が。
和解(※アフロディーテを除く)