人間の身でファミリアを作るのは間違っているだろうか   作:仙託びゟ

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商人としての報復

 『闇派閥(イヴィルス)』とオラリオ外の商人との取引は、オラリオの外壁の下を通りクノッソスで繋がれた穴の近くで行われる。勿論取引は囮……肉壁……捨て駒……ゴミ……下っ端に行かせる。

 商人からは盗伐してきたであろう大聖樹の枝やらなんやらを受け取る。彼には何に使うかわからないが、下っ端に思考回路は必要ない。

 

「あ〜あ、どうせなら上も酒かなんか用意してくれりゃあいいのによぉ」

 

 『闇派閥』の人員も千差万別。狂信者もいれば精神的弱者も、そしてただのならず者もいる。彼は最後者だった。

 ボヤきながら荷物を運び込む。その中で、ひときわ大きな樽がいくつも載った台車が運び込まれた。

 

「おいおい、こいつぁなんだ? こんなもん聞いてねえぞ」

 

「なんかおかしなもん持ってきたんじゃねぇだろうな? あ゛ぁ?」

 

「め、滅相もございません!! こちらは我々が極秘ルートで手に入れた最上級の酒でございます!! 皆様には是非とも『ギルド』を打倒していただく必要がありますゆえ、これで英気を養ってもらおうかと……」

 

 樽を少し開けてみる。すると、みるみるうちに香りだす極上の酒精。嗅いだだけで幸せになるこの香り。間違いなく至上の酒。

 

「「「……ゴクリ」」」

 

「お、お、おい! こっここ、こいつぁヤベェぜ!」

 

「おれぁこの辺の酒は大体呑んだ気がしてるが、ここまでの上物には出会ったことはねぇ!」

 

「あぁ、こいつぁ飲まなきゃ損だ……大体、上がゴチャゴチャ言ってる中、命賭けてんのは俺たちなんだ! 俺たちには飲む権利がある!!」

 

 妙に仲間意識だけはある連中。荒くれ仲間にはしっかり盃で、タナトスが集めた死兵にも猪口一杯くらいならと飲ませてやる。

 それからはもう、言葉などなかった。口に広がる甘露。今まで飲んできた酒がドブか何かだったのではないかと言うほどの最上級の味。

 そもそも自制の利かない輩が集まったのが『闇派閥』という組織。上にバレたらどうなるかなど、飲んでしまえばもう頭にはなく、あっという間に下っ端だけでの大宴会に発展した。

 しかしそれでも飲めたのは下っ端のうち3分の2ほどであったが。

 

 運が悪かったのはなんだったのか。

 ヴァレッタが不貞寝していたことかもしれない。

 バルカが武器選びに追われていたことかもしれない。

 ディース姉妹は拷問(お遊び)に夢中で、バスラムは消費した狂化兵の代替としてとにかくあり合わせで雑兵を増やしていて、神々もそれぞれ自身のやることに囚われていた。オリヴァス? いたねそんなの。

 そのすべてを、ハエは見ていた。

 

 

 

「おい……どういうことだ? コレは……」

 

 ヴァレッタが絞り出すようにそう呟く。怒りはある。怒りはあるが、しかし、それよりも今は目の前の光景に対する()()()()が勝っていた。

 他の幹部級の面々も同じだ。強いて言うなら、ディース姉妹はただ、おかしそうに笑っているくらいか。

 

「酒……酒をくれぇ……あの酒を……」

 

 ならず者が呻きながら、ただ縋るように空の樽に抱きつき泣いている。

 

「俺の酒を盗りやがったな!! 俺のだ!! 俺の! 俺の! 俺の! 俺の酒だ!!」

 

 狂信者が同志と呼んでいた同胞を素手で殴り殺し、その唾液を啜っている。

 

「いないの!! せっかく会えたのに!! あの子がまたどこにもいないの!! 飲ませて、飲ませてよぉ!! アレを飲めばまた会えるのよぉ!!」

 

 子を喪った母が幻覚を求め、母を喪った子を刺し殺している。

 

 それは、地獄絵図だった。

 

「なんだ? 毒か? 薬でも入ってやがったのか……? そんな私たち寄りの策を、あの『勇者(ブレイバー)』様が許したってのか……?」

 

「……いえ、入っておりませんでした」

 

 ヴァレッタの予想を否定するのは、曲がりなりにも神官を名乗る、薬と呪詛に秀でた老獣人。アパテー・ファミリアのバスラム。

 自身の常識とあまりにもかけ離れた、しかし長年の経験が間違いないと言っている事実に青ざめながら、彼はその鑑定結果を話す。

 

「毒も、薬も、それどころか呪詛さえ、この酒には入っておりませんでした。回復薬も魔法も、人魚の生き血を使っても、彼らは素面に戻らなかった!!」

 

「なんだそれ、どういうことだよ、何が起こったってんだよ!!」

 

()()()()()のですよ。ただ、ただただ、心の底からそれしか求められなくなるほどに、この酒は美味だった……」

 

「『神酒(ソーマ)』か『神水(ネクタル)』か……!!」

 

 天界にいる冥神ハデスと、酩酊神ディオニュソスに連なる系譜を持つとある血の悪神が、その正体に行き当たった。

 

 

 

 遡ること数時間前。

 ヴァレッタによる襲撃の数十分後。

 

「失礼します。こちらがソーマ・ファミリアでよろしいでしょうか」

 

 ソーマ・ファミリアの本拠地に、来客があった。

 その顔を見た――正確にはフェイスベールで隠されてはいるが――ソーマ・ファミリア団長『酒守(ガンダルヴァ)』、ザニス・ルストラは顔を引き攣らせる。

 今話題の『隠神の白妃(ハーミッツ・クイーン)』、ガラテアがそこにいたからである。

 

「こ、これはこれは。ピュグマリオン商会の長がこのような場所までどのようなご用向ですかな?」

 

()()()()()()()()()()()をある分全て買い取りに来ました。必要なら主神とも話しましょう。貴方だけで話がつくなら、どうぞ値段を」

 

 ザニスの頬がヒクつく。なんで知ってるんだこの女。

 

「先に言っておきますが、私は先日Lv4になっておりますし。ここにも一人で来たわけではありません。私は商談に来たつもりですが、そちらにそのつもりがないと言うならご自由に」

 

 真っ直ぐに砲艦外交。数ばかり多いソーマ・ファミリアだが、平均レベルは団長であるザニスがLv2な時点でお察しだ。

 ザニスは一気に考えを、被害をどこまで抑え利益を得るかに切り替えた。幸い、今ならこの女は酒を渡せば金を払うと言っているのだから。

 だが、市場に出している失敗作と違い、団員の餌にしている神酒はあくまで主神ソーマの管理下にある。結局は、ソーマに会わさねばならない。

 

「ち、ちなみにどのようにお使いになるので……?」

 

「少なくとも商品にすることもファミリアで飲むこともありません」

 

 じゃあ何に使うんだよ本当に。ザニスは頭を抱えたかった。

 

「わ、私ひとりでは判断できないので、こちらへ……神ソーマにお会いしていただきたく……」

 

 ザニスは対応をぶん投げることにした。売ることになったらその時に吹っ掛ければいいや。

 そうしてガラテアが連れてこられたのは当然の如く酒蔵。その奥でひたすらに酒を造っているのは、髪も前髪も長い根暗そうな神、ソーマだ。

 

「……なんのようだ、ザニス」

 

「神ソーマ、客人です。ピュグマリオン・ファミリアの団長が、普段団員に出している神酒をあるだけ買い取りたいと」

 

 ザニスの言葉を聞いて、ソーマがやっと酒から目を離し、ガラテアの方を見る。その瞳に温度はない。虫けらか道具を見る瞳。

 

「……アレは外部には出していない。団員への褒美用だ。諦めろ」

 

「どうせ貴方は、資金になればどこに売ろうと構わないのでしょう? なら、団員の倍で買いましょう」

 

「ふん、なら5000万ヴァリスだ。それだけ持って来い」

 

「ここに7000万ヴァリスあります。お確かめを。釣り銭は結構です」

 

 ガラテアが床に置いた大袋から溢れた金貨の山に、ザニスは顎が外れんばかりに口を開け、ソーマも目を見開いて絶句する。

 

「取引は成立ですね。では纏めていただけますか?」

 

「……少し待て」

 

 我に返ったソーマは手元の盃に神酒を注ぎ、ガラテアに差し出す。ザニスは覚った。いつもの洗礼だと。

 

「飲んで、何のために買うのかを言え。答え次第で売ってやる」

 

「かしこまりました」

 

 ガラテアは、ソーマから盃を受け取り一礼すると、その場で一息に飲み干す。そうして、盃をソーマに返すと、余韻もなく即答した。

 

「『闇派閥』の餌にします」

 

「……………………!!?」

 

 固まるソーマとザニス。ソーマは神酒の魅力に打ち勝ったことに。ザニスに関しては、ガラテアが神酒の事情について少なからず知っていた時点で、何かしら対抗策があるものだと仮定していたため、神酒に惑わされなかったことは当たり前だと思っていたが、その利用法に驚いた。

 

「……なんとも、ないのか?」

 

「神ソーマ。たとえ人を惑わすものを作ろうとも、真に魅力ある者であれば、真に慕う者は必ず現れます。魔性の美を形作る我が主人(マスター)がそうであるように」

 

 ピュグマリオンの人形もまた、人を惑わす。美神の(かんばせ)を超える魅力を放ち、人の道を逸れさせる。

 しかし、そんなことは関係なく、アフロディーテ・ファミリアの団員はピュグマリオンを受け入れていた。愛の眷属である彼らは、ピュグマリオンの持つ狂気的な愛を認めていたから。

 

「極東には『類は友を呼ぶ』という言葉があります。神酒の魔力に抗えない眷属しかいないのならば、それは貴方がその程度の神であったということでは?」

 

「ッ――分かったような口を……ッ!!」

 

 ソーマの怒りとともに神威が溢れ、耐えきれなかったザニスがその場に膝をつく。

 そんな中、ガラテアは素知らぬ顔で懐からナイフを取り出し、ソーマの首筋へ当てた。

 

「な……」

 

「さっさと纏めてください。こちらは準備があるんですから」

 

 神威の暴風の中で平然と神を脅すガラテアに、ソーマは怒りも霧散させ、今度こそ観念したのか、化け物を見る目でガラテアを見ていたザニスに「アーデに台車まで運ばせろ」と命令をくだすと、再び酒造りに戻った。

 

 

 それからは簡単だ。ガラテアは正体を隠して外の商人に接触し、『闇派閥』へ神酒を渡すように交渉する(おどす)。勿論対価として、盗伐された大聖樹の枝を貰い受け(ぶんどっ)た。あとは、冒頭の通りだ。

 結局、『闇派閥』は特攻予定兵(すてごま)の5割と、戦力になる予定だった下っ端の4割を諦めざるを得ず、ダミーの拠点へと棄てることとなり、さらになんとかテロ行為ができる程度まで立ち直った残り6割の下っ端のうち半分が、ギルドによる「投降すれば神酒を飲ませてやる」という文言によって投降させられるか、裏切り者としてその場で見せしめにされた。なお、ギルドは「ギルドに内通者がいる」という情報と、それを公にしないことを条件に協力させられたという。

 

 作戦の全容を知った他ファミリア。

 フィンは民衆の評価を落とすような方法は好かないが、自分の派閥以外が行ったなら致し方なしとし。

 オッタルはそんな手があったかと素直に感心し。

 シャクティは法を犯していない以上罪ではなく、罰しないと明言した。

 

 騒いだのはアストレア・ファミリア――というか『疾風』だった。主神は眉を寄せながらも沈黙を保ち、『大和竜胆』は苦い顔をしながらも頷き、『狡鼠(スライル)』などは拍手までして感心していたのだが、『疾風』リュー・リオンはそれはもう突っかかった。

 

「そうですね。しかし私になんの罪があるのですか? 毒でも薬でもない酒を相手に届けた。ただそれだけ。無理矢理飲ませたどころか飲めと言ったわけでもない。飲みたくて飲んだのも彼らですし、同じものを私も飲んでこの通りなのですから、ああなったのも彼らの精神の弱さが問題です。確かに飲めばああなることを予想してはいましたが、それは剣を振るうのと何の違いがあるのですか? むしろ生かしているだけ上等では?」

 

 そう返されてしまえば、直情型のリューにはもう反論することはできなくなってしまい、最後は輝夜とライラに引きずられて退場していった。

 

 なお、アリーゼは「私も飲んでみたかったなぁ」とか言っていた。

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