人間の身でファミリアを作るのは間違っているだろうか 作:仙託びゟ
リュー・リオンは不満だった。つい先日まではピュグマリオン・ファミリアの行った人道に悖る作戦に対する反抗心であったが、現在は自らの力不足に対しての強い慙愧の念だ。
強い依存性を示す酒を用いた精神汚染による無力化。ピュグマリオン・ファミリアが直接力を振るって奪った命はない。しかし、ガネーシャ・ファミリアの牢に収容された再起不能者は余りにも悲惨だった。
ギルドは投降勧告の文言に
市場に出回っていたのはこのような依存性がない失敗作のみだったとはいえ、これを褒美として渡していたソーマに対する周囲のドン引きはそれはもう凄まじかった。無論、これも法には触れておらずファミリアの方針と言われれば文句は言えないため罰せられることはないので、今日もソーマは神酒を造り続けているのだが。
一方で、同じ趣味神であるソーマのヤバい一面が表面化したことで、ピュグマリオンも「もしかしてあいつもヤバいんじゃないか」という風潮が神々の間で漂い始めていた。なにせ、ただの無害な引きこもりオタクだと思われていたソーマが、実質マッドサイエンティストに近い倫理観無視野郎だったのだ。正確に言えば、酒の危険度を考えず「飲まれる方に問題がある」と頭から考えているだけであるが、周囲からは違いがわからない。
さらに言えば、眷属にやらせていることも方針は同じである。違いはと言えば、ピュグマリオンに商才があった*1ことだろう。ファミリア運営完全放棄で眷属に無理に稼がせた金を巻き上げ酒をばら撒くソーマと、大商会にまでファミリアを成長させ安定した収入を手に入れ眷属からも慕われているピュグマリオンという構図な分、ピュグマリオンには擁護の声も多く存在している。
まぁ実際は無断での血液採取と素材利用、無許可でのモンスターの迷宮外密輸、エルフの森の木の盗伐、盗伐された大聖樹の枝の私掠*2、ギルドに登録されていない多数のLv3戦力保持*3、プライバシー無視の広域情報収集と倫理観はむしろこちらのほうがないまであるが。
閑話休題。そんな酷い状況ではあるが、逆に言えばピュグマリオン・ファミリアは誰も殺していない。
アストレア・ファミリアとて、不殺での捕縛を心がけてはいるが、それでも戦時となれば死者を出してしまうことくらいはある。それを、ピュグマリオン・ファミリアは完全に不殺で成してみせた――クノッソスでの惨劇を、彼女たちは知る由もない――それは、敬意に値する功績だ。
そう、功績、結果だ。端的に言って、リューは自分がピュグマリオン・ファミリアの非道を糾弾するには、自身が成したことが少ないということを理解していた。『闇派閥』の摘発はいたちごっこで、普段のパトロールで捕まえられるのは困窮して悪に堕ちた民衆ばかり。今まで捕縛した『闇派閥』の数は、先日だけでピュグマリオン・ファミリアが捕まえた『闇派閥』の数に大きく遅れを取るだろう。
なにより、自身が身につけるパトロール用の非殺傷武器も、戦闘用の装備に施された『
自身の
余談だが、ピュグマリオン・ファミリアの支持層でもっとも熱を持って支持しているのは、幹部は事情を知っており他の団員も訳ありであることを知りながら擁護しているデメテル・ファミリアでも、ハイエルフという存在を神聖視しているエルフ連中でも、多額の税金で潤っている『ギルド』でもなく、派閥所属関係なしに極東出身者である。あぁなんと業深き極東人の食への飽くなき執着か。
閑話休題。
リューは己の正義に自信を持っている。だがその上で、少し揺れた。
では、ピュグマリオン・ファミリアのあのやり方は、正義なのか? あんなにも悍ましいものが?
正義でないなら、正義でない何かよりも結果を出せていない自分の正義は、なんだ?
汚濁に塗れた手段で救われた生命を否定できない。ではそれよりも多くの結果を出そうとして、自身の力不足に苛立つ。最近のリューの思考ルーティンはそれだった。
「リュー……」
「団長様。今はまだ手出し無用。貴女の慈悲を与えるのは、アレが本当に追い詰められてしまう直前です。できることなら、自分で超えてほしい壁ですから」
心配そうに
スタンスは違えども、向ける慈愛は同じ。そして、乗り越えられると信じているのもまた、同じだ。
「まぁ〜〜〜〜た辛気臭い顔してるのかぴょん? 堅物ポンコツエルフー!」
そんな巡回の最中、リューの目前に人影が落下してきた。
それはここ数ヶ月で見慣れてきた全身白装束の少女群のひとり。眩いばかりの白髪に他とは異なる赤色の瞳をいたずらっぽく歪めた、ピュグマリオン・ファミリアの配達員を名乗る
なお、ふざけた語尾は
「……また貴女ですか、チェレン」
「ん〜〜、ノンノン。
「くっ……貴女はいつも……そうやって人を苛つかせる話し方しかできないのですか」
今にも飛びかかりたいという衝動を堪えながら発せられたエルフの抗議に、チェレンと呼ばれた少女はその長いツインテールの先を――まだ天界で惰眠を貪っている竈の女神のように触手めいた動きでこそないが――同じく長いウサギ耳とともにぴょこん跳ねさせて、努めて無邪気な笑みで返した。
「うん!!」
「待て! リューそれはやべぇって!」
「落ち着け愚か者! 相手は冒険者ですらないLv1だぞ!」
「放しなさい! なんのための非殺傷武器ですか!」
「少なくともこのためのじゃねえよ!」
姉たちの必死(笑)の制止(コント)虚しく、ピエロウサギに突撃するポンコツエルフ。なお、非殺傷武器とは一定以上の衝撃を音に変換し、第一級冒険者が本気で振るっても一般人の全力ビンタ程度の殺傷力まで落ちるようになっている、見た目は布に綿を詰めたような形の模擬剣である。
実際、
「きゃ〜! 正義の使者に襲われるっぴょ〜ん!」
「くっ、この……避けるな!!」
それでも振るう速度は『疾風』の名を
しかし、この配達員はそんなリューによる攻撃をヒョイヒョイと躱し、途中で煽りまで入れている。あまりにも舐め腐った態度である。
「いや〜、アタシらもまぁ建前上Lv1だなんだって言って止めてっけどさぁ……やっぱアレLv1じゃねえよな?」
「まぁ、あの未熟者はあれでもLv3ですし。あそこまで余裕で避けられるとなるとLv2でも上位か、あるいはLv3でしょうねぇ」
「迷宮潜ってねえからギルド登録してねぇし、ギルド登録してねぇから報告義務もねぇってLv3が一配達員ってくらいにうようよしてるってか? おおこわ」
とまぁ、彼女がLv1でないことはライラたちのような勘の良い者だけではなく、民間人の間でも割と公然の秘密*5状態である。
なにせ普段の配達からして、建物の屋根から屋根を飛び回り、重力がないかのように跳ね回っているのだから。
そして、そんな彼女たちのじゃれ合いも一段落を迎えた時だった。
「奇遇だね。また街の巡回かい? さすが正義の眷属だ」
所持金444ヴァリスの幽冥が、未だその正体を覚らせずに現れた。
「そして悪を斬り、悪を討つ。――それが私の『正義』だ」
風が吹く。まだ
「ただ……『悪』が同じ論法を展開した時、どうなるのか。興味が湧いたよ」
本来ならここで終わる、全ての終わりの前の一時の邂逅。
「そうだ、君にも聞こうじゃないか。正義とも秩序ともまた違う、この都市で唯一穢されぬ平穏の眷属としてどう思うか。ピュグマリオン・ファミリアのチェレン、君にとって『正義』って、何?」
だからこれは、蛇足。
「
兎が後ろ脚で砂をかけるような、蛇足。
その場に沈黙が落ちる。神エレンは即答されたその文言に固まり、次の瞬間には面白そうに笑った。
一方で愕然としているのはリューだった。今まで、眼の前の少女は人のことをからかうのが何よりも好きな性悪であると思ってはいたが、しかし同時にそれが子どものような純真さからくるものだと、なんとなく決めつけていた。
しかし、刹那の逡巡もなく飛び出した言葉は、まるで自分たちの掲げる『正義』を嘲笑うかのような響きを持っていた。
「……へぇ、その心は?」
「いや、心もなにもそのまんまぴょん。道具は道具。『正義』なんてものはただの言葉で、都合良く使うだけのツールに過ぎないってことだぴょん?」
「……それは、君たちのファミリアでは普遍的な考えなのかな……?」
「まぁ、明言して確かめたわけじゃないけど、
交わされる会話に現実感が湧かない。自分とはまるで別の世界の存在かのように理解ができない。
「それはまた……露悪的な考え方だね」
「そうかぴょん? あーしたちにしてみれば『正義』を目的にしてるやつのほうがよっぽど信用できなくて怖いぴょん」
ただ、その言葉は看過できなかった。
「取り消しなさい!!」
反射的に、チェレンの胸ぐらを掴もうとして、その手が空を切る。
「え、なに? なにキレてるぴょん?」
「訂正しなさい! 『正義』を目指すことのなにが、そんなに謗られなければならない!?」
「……え、なに、ポンコツエルフお前『正義』を目的に『正義』してたぴょん? やめとけやめとけ、人間がそんなことすんのは不健全もいいとこぴょん。そんな事ができるのは、精々『正義』を司ってる神様連中くらいなもんぴょん」
「貴様ぁあああ!!」
洒落にならない怒り方になってきたリューを、輝夜とライラが取り押さえる。そうして、これ以上煽るなとチェレンへ視線を飛ばした。
しかしここで敢えてはっきり言おう。ピュグマリオン・ファミリアにおいて、もっとも性格が悪いのはこの女だ。
「えー、だって事実だぴょん。お前以外もそんなもんだぴょん?
煽るチェレン。その言葉を反射的に否定できず愕然とするリュー。そんな光景を見て、神エレンは愉悦を覚えながらも「あれ、これ俺の言う分残るか?」などと考えていた。
「……なーんて、こんな言葉を真に受けて揺らぐ程度なら、お前はマジで『正義』のための『正義』に向いてないから考え直したほうがいいぴょん。『正義』ってのは、お前が思ってるほど真っ直ぐ筋の通ったもんじゃねえんだからぴょーん」
言うだけ言って、チェレンは次の瞬間には、リューたちの手の届かないところまで跳ねていた。次の配達があるからここでおさらばぴょ〜ん! などと言って跳び去っていくチェレンを見送り、ライラは溜息を吐いて神エレンに向き直る。
「なぁ、悪いとは全く思ってねえんだけど、今日のところは帰ってくんねぇか? なんかもう、十分だろ?」
「アッハイ……いや、そうだね。なんかすまなかった……しかし、出遅れた感はあるが、俺は君の『正義』を応援するよ、リュー・リオン」
そう言って、エレンもその場をそそくさと離れていく。残されたリューは、ただ自身の正義に生まれてしまった蟠りを忘れるかのように、再び巡回に向かうのだった。
※対ヴァレッタと対ソーマのガラテアの煽りは全部コイツが吹き込んだやつです。
言っておきますが、コイツはただの煽りカスです。
今回の件も、一応自分の(というかピュグマリオン・ファミリアの総意としての)正義を真剣に語ってはいますが、それが複数解のひとつであると理解してますし、「でもそれって別に唯一解じゃないよね」と冷静に返されれば素直に認めます。
まぁ正義に関する価値観には作者の思想も多分に含まれてますから今回に関しては作者がオリキャラに代弁させてると言っても過言ですが。本音2:煽るための言葉選び8くらいであることをご承知ください。別にコイツ全然正しいわけじゃないです。
一応、この正義観の煽り抜きの真意はそのうち出てくるのでお楽しみに。