人間の身でファミリアを作るのは間違っているだろうか   作:仙託びゟ

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幽冥

「――ここか」

 

 宵闇の中、2つの影がそこにはあった。

 ガネーシャ・ファミリアの本拠地『アイアム・ガネーシャ』にほど近い、オラリオの多くの民には商店の方が有名で既に忘れられているだろうピュグマリオン・ファミリアの本拠地、象牙座工房(グラン・ギニョール)

 その前に立つのは、金属鎧の男と、黒ローブの男神。『暴喰』ザルドと、幽冥の神エレボス。彼らはそこに訪れていた。神ピュグマリオンの神意を確かめるために。

 

 彼らの目的は、オラリオの糧となり散ること。その目的のために悪という手段を選んだ。

 オラリオの民は愚かだ。英雄にとって重荷になる。だから間引く。

 オラリオの冒険者は愚かだ。怠惰を貪り傲慢に縋り付く。だから間引く。

 そうして残った英雄の雛たちは、自分たちを糧とし英雄に至ればいい。

 

「だが、崩れた」

 

 ピュグマリオン・ファミリアによる雑兵の大量捕縛。あれで全てが崩れた。本来は、大量の雑兵と無視できない死兵で処理能力を飽和させたあと、Lv7のふたりと幹部共で疲弊した上位戦力を叩くつもりだった。

 ただそれだけで、下っ端は勝手に瓦解し、民間人はパニックになり、死者は加速度的に増えていく。

 

 だが、使える駒は大きく減った。これではまずオラリオの処理能力を麻痺させることはできない。こちらの戦力も思いの外オラリオ側にバレてしまっている。

 まぁそれでも、まともに戦ってザルドとアルフィアに勝てるとは思っていないが、万が一はある。その万が一を引かずに、ギリギリまで追い込まなければならない。

 そのために、不確定要素をできるだけ減らしたい。

 

「じゃあザルド、行くとしようか」

 

 どうせこちらの行動も筒抜けなのだと、開き直って真正面から乗り込む。そのつもりでやってきたら案の定。

 

「――お待ちしておりました。神エレボス、そして『暴喰』」

 

 正門前で、ガラテアが彼らを出迎えた。

 

「……本当に一体どうやったらここまで正確にこちらの動きを察知できるんだい? まるで常に見てるみたいじゃないか」

 

「えぇ、常に見ていますから」

 

 どうぞ、と。エレボスたちはいとも簡単にピュグマリオン・ファミリアの中へ案内される。最終的にそれが救世のためとはいえ、自分たちの行動はどう考えても悪だと言うのに。

 では罠か。Lv7を打倒しうる罠を既に……しかし、それならば神威で押さえ込んでしまえばいい。ピュグマリオンがどんな神だとしても、神格で言えばおおよその神は自分より下だと、エレボスは虎口へと歩を進めることにした。

 

「そう言えば、昼君のところのチェレンに会ったよ。そこで正義の話をしたんだけどさ……『正義』は道具ってのが共通見解ってマジ?」

 

「えぇ、そうですね。主人(マスター)ならそうおっしゃるでしょうし、我々もそう考えます」

 

「そういう、主神様がこう言ったから私たちもそう思いますみたいなの要らないから。君がどう考えているか聞きたいんだけど」

 

「そのままですよ。私にとっての正義は、主人(マスター)のためになることを行うのに利用する道具です。私は主人(マスター)が成したいことを成すために必要なあらゆる行為を正義だと断定して行います」

 

 そんな狂信者の理屈を臆面もなく話すガラテアの魂に、一切の揺るぎはない。心の底から、本音でそう思って彼女は会話している。

 あぁダメだ。これは英雄足り得ない。エレボスは彼女たちに見切りをつける。

 

「もうちょっと自分の意思を持ちなよ。そんなんじゃ、主神様のお人形さんでしかないよ?」

 

「あら、正解です」

 

 ガラテアの妙な返答にエレボスが違和感を抱いた時、ガラテアは案内は終わりだとばかりに扉を開く。そこは工房だった。

 工房にいるのはひとりの男。まだ少年といって差し支えない年の子供だ。

 彼は手を止めずに、エレボスを見る。ただの、どこにでもいる、外界の子のひとり。しかしその認識は彼の自己紹介で軽々と吹き飛んだ。

 

「ふぅ、僕の主神相手にも、初対面でろくな自己紹介をしなかったくらいなんだが、必要とあらば仕方ない。名乗ろうじゃないか、神エレボス。僕がこのピュグマリオン・ファミリアの主()、ピュグマリオン・キプロス。ガラテアをはじめとするピュグマリオン・ファミリア所属眷属たちに恩恵を与えた者であり、彼女たちの生命を育んだ造物主であり、アフロディーテ・ファミリアのLv7だ」

 

 ――思考が、止まった。

 言葉に嘘がない。

 

「……はぁ……?」

 

 口から間抜けな声が出る。考えがまとまらない。こいつは何を言っている?

 

「――シイッ!!」

 

 エレボスよりも先に我に返ったのはザルド。彼は抜き打ち気味に大剣をピュグマリオンに向けて振り下ろし――そして、その額に僅かな傷をつけて止められた。

 

「やめておきなよ。工房が壊れると困るんだ」

 

「ッッッ!!」

 

 ようやく我に返ったエレボスが神威を解放しピュグマリオンに叩きつける。大神どころか原初神にさえ分類される、タルタロスの底の幽冥の神威。

 

「なるほど、これが神威か……耐性ぶち抜いてくるあたり流石というべきか」

 

「は、はは……」

 

 もはや乾いた笑いしか出てこない。ザルドの斬撃をノーガードでほぼ無傷で耐える耐久、エレボスの神威を無効化する耐性。もはや自分たちに、この少年をどうこうするすべはない。

 

「まぁ座りなよ。話し合いに来たんだろう? 別にこっちも、どうにかしようとは思っちゃいないからさ」

 

 

 

 とは言いながらも、ピュグマリオンはドキドキしていた。

 ノーガードで受けたわけではなく、目で追えなかっただけだ。手を止めることさえしなかったのではなく、人形を作り続けてなんとか耐久に補正をかけていただけだ。

 戦闘に一切能力を発揮できないクソのようなデメリットなど彼らは知らない。言わなければ、彼らにとってピュグマリオンはLv7という脅威のままだ。

 

 そしてエレボスも脂汗がすごい。ザルドの暴力と自身の神威で制圧することを最後の手段にしようとしていたらどっちも全然効いていなかった。正直軽く絶望していた。一方ザルドの方は強く違和感を抱えていたが。

 

「えーと……それじゃあ……何の何の何?」

 

「あぁ、まず、僕は自分で作った人形に魂と恩恵を与える魔法を使えるんだ」

 

「タナトスに喧嘩売ってる? え、いやまさか、ピュグマリオン・ファミリア団員全員が?」

 

 少なくともエレボスの見る限り、ピュグマリオン・ファミリアに違和感のある魂は見えなかった。つまり、正真正銘彼は人間を作れる人間ということになる。

 

「一応リビングドールという新種族ということになるかな。共通特徴として、魔石を食べることで基本アビリティが上がり、一定以上の魔石ならランクアップもできる。さらにあらゆる精神異常、毒や失血などの生理的な異常を無効化し、僕と同じく神威耐性を持つ上に、死んでも魂が天界に行かないから神を殺すことに躊躇いがない」

 

 エレボスの胃が疼く。可能性としては考えていたが、自分を殺せる存在が爆増した。アフロディーテ、なんて存在を生み出してくれてんだお前。それでなんでオラリオに来てないんだお前。

 

「言っておくが僕は迷宮にも黒竜にも興味ないぞ」

 

「貴様……それほどの強さを以てしてなにを……」

 

「僕、人形作り以外で経験値入らないから。ここまでのランクアップも全部人形作り関連の偉業で、モンスターと戦ったことすらないんだよね」

 

 ザルドが感づき始めているため自分からバラす。はじめ話を聞いて場合によっては英雄に相応しい精神性でなくても彼に託そうと思っていたが、これでは無理だ。とことん自分たちの思惑を外してくるピュグマリオンに、エレボスはもはや関わることすら嫌になってきた。

 情報を聞いて理解できた。こいつらはどこまでいっても後方支援向きだ。一定までのさまざまな種類の戦力を揃えることに長けているが、恐らくLv7以上の特記戦力になるのは普通の冒険者の方が楽だろう。

 後方支援特化のこいつらよりも弱い今のオラリオが不甲斐ないのだと、エレボスは結論付けた。

 少なくともこいつらはザルドとアルフィア以外の『闇派閥』には負けないだろう。だから自分たちが直接手を出さなければ生き残る。これ以上邪魔しないなら放置しておいていい。

 

「はぁぁ〜〜……」

 

「何を考えているか理解はできるさ。僕としても、黒竜を倒してくれないと困る。でも民間人への攻撃はもう少し控えてくれないかな、あぁいうのは家畜にしてナンボだろう」

 

 やっぱコイツナチュラルに思考回路が絶望後ソーマだろ。

 

「実際、僕にしてみれば教化調教できないのを言い訳に間引くとか言ってるように見える。人なんて愚かなのは天界から見て知ってただろうに」

 

「なんで君はそんなに視点が超越存在(デウスデア)なんだよ……」

 

「とりあえず、僕らは『闇派閥』が襲ってきたら反撃するし、民間人を助けはするけど、君たちの目的を邪魔はしないようにしよう。勝手に試練を与えて勝手に乗り越えられてくれ」

 

「はぁ……そうだな。俺たちとしても、君たちは将来的にはいてくれればありがたい存在だし、そもそも相手にしたくない。ザルドはそれでいいか?」

 

「あぁ……こいつらはそもそも餌じゃない、皿だ。食えなくはないが食うものじゃない」

 

 そもそもこんな存在を想定していなかったのだ。勝手に蚊帳の外にいてくれるのならもう無視しておきたい。ザルドやアルフィアの限界もそう遠くはないのだ。

 

「最後に聞いておこう。君にとって『正義』とは?」

 

「道具だ」

 

「それだよ。その真意を聞きたい。例えば『貨車(トロッコ)の問題』の話をしよう」

 

 エレボスにとってはそれが気になったことだ。彼にとって、『正義』とは理想を目指すことであるのだから。

 エレボスはとある話をする。よくある思考実験だ。5人のために1人を殺すか、5人を見殺すか。

 

「僕にとって都合のいい方を助ける。5人の男が例えば僕の家族なら、僕は躊躇いなく分岐を変えるだろう。1人の女が僕の家族なら5人の男はそのまま死ねばいい。どちらも僕の家族なら、その貨車を破壊するあらゆる努力を僕は厭わない」

 

「どこまでも利己的だな」

 

「それは僕にとっての『理想』が利己だからだ。『理想』が違えば『正義』も違う。5人(多数)を生かすために1人(少数)を殺す『功利』も、身内(1人)のために他人(5人)を殺す『人情』も、全てを救おうとする『愚直』も、自身の『理想』に従って選んだならば『正義』になりうる。『理想』を叶えるための手段が『正義』だ。『正義』を『理想』にしてどうする。本末転倒というか、主客転倒だ」

 

「…………」

 

善人(ひと)を守るために悪人(ひと)を殺す矛盾を、自国民(ひと)を養うために敵国民(ひと)を殺す矛盾を、家族(ひと)を幸せにするためにそれ以外(ひと)を不幸にする矛盾を、多数(ひと)のために少数(ひと)を否定する矛盾を正当化する(おしとおす)ための『手段(どうぐ)』が『正義』だ。究極的には一定範囲に住む知性体の価値観の平均値に過ぎない。だからこそ、たったひとつの『正義』などありえない」

 

「なるほど……随分と露悪的だ」

 

「それを悪だというのなら君は悪に向いていないな。これは現実的というのだ」

 

 今オラリオを追い詰めている『闇派閥』のトップに対して、悪に向いていないなどというピュグマリオン。

 

「なら、君にとって『悪』とはなんだ」

 

「ある一定数のうち大多数が不快になることだよ」

 

「なら君の『正義』は『悪』になりうるのではないか?」

 

「そもそも『正義』と『悪』は対立軸にない。『正義』の反対は理想に背く『不義』で、『悪』の反対は大多数を幸福にする『善』だ。そして善悪も所詮は人ありきの概念だ。『闇派閥』にとって善でも、オラリオにとって悪であるように、未来の人間にとって善であり今のオラリオにとって悪であることもありうる」

 

 それは、エレボスたちの行動にさえ『善』でありうる。『正義』でありうるとする言葉。生まれたときから人形性愛という『生命の意味に背く悪(マイノリティ)』を背負った男の出した結論だった。

 

「……そうか……わかった。少なくとも、俺とザルドに関してはお前らを相手にするのはやめよう。だが、他の『闇派閥』やアルフィアに関しては知らん。アルフィアは俺でも制止しきれないからな」

 

「『静寂』に関しては問題ないと思う。強烈な刺激臭を放つ物質を粘着性の液体にして封じた投擲物をうちの開発部門が作っててな。詠唱しようものなら《耐異常》も耐久も関係なくそれ吸い込んで呼吸器にダメージが入る魔導師殺しだ」

 

「「なにそれ怖い」」

 

「嗅覚が薄いリビングドールにしか使いこなせないから市販はしないけどな」

 

 改めて、エレボスはこいつを敵に回すまいと思った。

 




 はい。ということで、ピュグマリオン・ファミリアはこれ以上、大抗争の展開にはほとんど干渉しません。
 最終決戦とかにも参加しないし、基本は裏方です。あしからず。
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