人間の身でファミリアを作るのは間違っているだろうか   作:仙託びゟ

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「医療系ファミリアに向かってなんだあの大量の人魚の生き血は」

 

「申し訳ありません。ディアンケヒト様は少々錯乱しておりまして……」

 

 『象牙座工房(グラン・ギニョル)』にて、招かれていたのは医療系ファミリアであるディアンケヒト・ファミリアの主神、ディアンケヒトと、『戦場の聖女(デア・セイント)』ことアミッド・テアサナーレ。彼らの目的はひとつ。なんかよくわかんないけど無尽蔵に湧き出してくる『人魚の生き血』の出どころを探るためだ。

 

 あらゆる怪我、疲労、状態異常を取り去る、万能薬(エリクシル)をも凌ぐまさに秘薬。保存性こそ並のポーションにさえ劣るものの、それが冒険者はおろか民間人にまで躊躇いなく使用されなお途切れない。

 しかしそれはあまりにもおかしい。『人魚の生き血』は人魚のドロップ品であり、その人魚は稀少種だ。下層の『水の迷都』まで降り、出現率の低い人魚を見つけ、『魅了』の歌声を潜り抜け、水中の人魚を倒してようやくドロップの権利が与えられ、そこからは運次第。なのにこの量はあまりにもおかしすぎる。

 それを差し置いても、今は戦時だから例外として、平時にもこれだけの『人魚の生き血』を売り出されてしまえば、並の医療系ファミリアは干上がる。

 

 対して、ガラテアは少し考えた後、ディアンケヒト・ファミリアのふたりにこう切り出した。

 

「そうですね……こちらとしてもこの件は秘中の秘ですので、そう簡単に教えるわけにはいきません……が、それで医療系ファミリア最大手と摩擦を起こすのも本意ではない。ですので、我々ピュグマリオン・ファミリアとディアンケヒト・ファミリアで、双方の合意でなければ破棄できない同盟を結ぶというのならばすべてお話ししますし、我々が採取している『人魚の生き血』の扱いはディアンケヒト・ファミリアに一任しましょう」

 

 この時点で、ディアンケヒトとアミッドはこれを釣り餌だとわかっていた。なにせ『人魚の生き血』なんてカードを完全に移譲してまで同盟を結ぼうというのだ。どんな後ろ暗いことが待っていてもおかしくない。

 おかしくないのだが。

 

「そんな餌に儂が釣られクマー!!」

 

「……えー、申し訳ありません。ディアンケヒト様は錯乱しておりまして……同盟、承ります。どうか今後ともよろしくお願いいたしますように……」

 

 そもそも、単純な力関係だけならもはやピュグマリオン・ファミリアはディアンケヒト・ファミリアに並んでいる。同盟を組むことには、ディアンケヒト・ファミリア側にも大きくメリットのある状態にあった。同盟相手としては申し分ない。

 というか、ディアンケヒト自身が時には相当阿漕(あこぎ)な商売をしてきた神である。何をいまさら、というところでもあった。

 同盟の契約書を結ぶ。既にピュグマリオンのサインはされており、あとはディアンケヒトが署名するだけであった。主な条項は相互協力、秘匿義務の二項目。互いに協力すること、秘密を漏らすな。それだけである。ディアンケヒトはそれにサインをしたが、後々「報告義務を入れておけばよかった」と後悔することになる。

 

「ありがとうございます。では、こちらについては事態が落ち着いたら公表することにいたしましょう。では、『人魚の生き血』についてご説明いたしますので、こちらへどうぞ」

 

 ガラテアに案内され、ひとりと一柱は『象牙座工房』の地下への階段を下る。魔道具によって施錠された扉からさらに続く道を歩き、奥へ、下へ。

 

「……なにか、随分と地下を拡張されたのですね……」

 

「場所が入用だったので。あまり分散させてしまうと、機密が漏れやすくなりますからね」

 

 ガラテアに案内された先では、手乗り程度の大きさの羽の生えた人形が飛び回っていた。いきなりの御伽噺のような光景に目を丸くするアミッド(12)。しかし、そこで行われている行為は御伽噺とは程遠いものだった。

 人形が群がる先にあったのは水槽。それも、特殊な加工がなされた水槽だ。水槽は一ひとりが入る程度の横倒しになった円柱で、ガラスには割れないように強化加工がなされている。まぁ、壊れたところでどうにもならないのだが。

 その側面に穴が空けられており、その穴に()を通した後に、穴の内側に据え付けられた、ウーズを加工して作られた風船に空気を通すことで、端的に言えば水槽の穴から腕が突き出していても水が漏れないようになっている。

 そして突き出された腕はきっちりと拘束、固定され、血管に突き刺さった針とそこから伸びる管によって、血液が回収されるようになっている。

 みっつの水槽に容れられているのは、見まごうことなくモンスター、人魚(マーメイド)であった。

 

「うわっ……」

 

「えぇ……」

 

「これが、まぁ有り体に言ってしまえば人魚牧場ですね。捕獲した人魚を水槽に容れ、死なない程度に調整しながら血を抜いています。また、これも死なないように定期的に水槽の水にアルラウネの蜜を混ぜて回復もさせています。現在も迷宮部門の一隊が人魚捕獲任務に従事中です。ギルドには報告していませんので、どうかご内密に」

 

 モンスターは絶対悪で、人間が倒さなければならない厄災である。それを差し引いても、逃げようと暴れる1体の人魚と、対照的に全てを諦めぐったりと水槽の中に浮く2体の人魚の対比は、ディアンケヒトとアミッドの目にはあまりに憐れに映った。

 そして気がつく。こいつら、アルラウネの花弁も同じ方法で安定供給してたなと。正確には卸し始めた頃はアナクサのみでの供給だったためもう少し人道的だったが、現在はお察しのとおりである。

 

「ということで、基本はここで『人魚の生き血』を無限回収する形になります。詳しくは話せませんが、我々はあらゆる薬や治癒魔法の効果がありませんので、売るにも使うにも『人魚の生き血』は持て余しておりました。ここに、その権利を委託しようと思います。適切な値段で売っていただき、あとは新たな回復薬の開発のための実験材料にでもしていただければ……」

 

「……………………言いたいことはかなりありますけど、詮索するのも不躾でしょうし、ここは飲み込んでお礼申し上げます。こちらにも利が大きい……というより、そちらに利が少ないにも関わらず我々を選んでいただいた取引ですし……」

 

 アミッドは見て見ぬふりをした。この『人魚の生き血』があれば、多くの人が助かる。ならば、ギルドに未報告なモンスターの密輸も、モンスター相手でなければ到底許されない非人道的体制も、両目をヴァリスマークにしている自分の主神にも目を瞑ろう。

 

「……おや」

 

「? どうかしましたか?」

 

「いえ、大したことではないのですが……どうやら、ディース姉妹が攻めてきたようなので」

 

「大したことではないですか!!」

 

 ディース姉妹と言えば、『闇派閥』アレクト・ファミリアに所属するLv5の姉妹で、昨日の襲撃ではフレイヤ・ファミリアの幹部である『白黒の騎士』を一方的に打ち倒し、大打撃を与えた難敵である。

 しかし、ガラテアにはまったく焦った様子は見られない。

 

「いえ……倒すのは問題ないんです。どうにでもなりますから。ただ、勝手に倒して大丈夫かと」

 

「? ……どういう?」

 

「いえ…………『白妖の魔杖(ヒルドスレイヴ)』が殺害宣言していたので、獲物を盗ったと言われないか……」

 

 そう、負けることは考えていない。というか、こと『闇派閥』相手に負けることはありえないのだ。それこそ、手段を選ばなければ。

 

 

 

「ここがヴァレッタを玩具にした人たちの本拠地なのね、お姉様!」

 

「えぇ、ヴァレッタが(あい)し損ねた憲兵もここにいるんだって!」

 

「うふふふ! じゃあ、私たちがしっかり仇を取ってあげないとね! 私たちは優しいから!」

 

 『象牙座工房』の門前。近くにある『アイアム・ガネーシャ』の団員たちは街の警備で出払って駆けつける者はいない。そんな状況で、2色の妖精姉妹がふわりと舞い降りた。

 可憐な見目に反し、その本質は邪悪。根底から捩じ曲がった、相互理解不可能な魔物。

 それが、姉の白妖精(エルフ)、ディナ・ディースと、妹の黒妖精(ダークエルフ)、ヴェナ・ディース。アレクト・ファミリアの団長と副団長を務める、Lv5の悪魔たちである。

 

「あははは! 楽しみね! 愉しみだわ! それじゃあやっちゃいましょう、ヴェナ!」

 

「えぇ、ディナお姉様! 【喰らえ、始門(しもん)。あらゆる希望を絶望に塗り替え】――《ディアルヴ・オチュア》!!」

 

 姉のディナが2本のスティレットによる接近戦を得意とし、そして妹のヴェナは魔剣と魔法を用いた中遠距離を射程とする。その前情報通り、ヴェナの詠唱によって現れた魔法円(マジックサークル)から、無数の黒炎が吐き出される。

 それは、『象牙座工房』の正門へと叩きつけられ――

 

「【我等を守れ――我が名はアールヴ】(加えること)魂の平静(アタラクシア)】――『ヴィア・シルヘイム=シレンティウム・エデン』」

 

 ――る、その前に、静寂を纏った結界によって無へと帰した。

 

「「……あら?」」

 

 首を傾げるディース姉妹。しかし、直前に聞こえた詠唱の一部から、魔法を無効化する『静寂』の魔法、『シレンティウム・エデン』に連なるものと察し、ヴェナはすぐさま魔剣での連撃に移る。

 しかしそれも、昨日のヴェナと同じように魔法の待機状態によって、超短文(ワンワード)で発動するように構えていた結界の前文、『ヴィア・シルヘイム』によって阻まれる。

 そう、それはピュグマリオン・ファミリアが誇る()()ハイエルフに宿った万物の魔法書が持つ真骨頂。

 解析(アナライズ)し、所蔵(コピー)した魔法を作り変え(リプログラミングす)る能力。

 

「……ん、見た目だけはいいって聞いてたけど、そうでもない」

 

 魔法部門長、パラケルスス・T(トリスメギストス)・ヒータル・アールヴ。

 

団長(おかあさん)やみんなのほうが綺麗」

 

 世界で最も新しい始祖が、堕ちた妖精たちの前に立ちはだかった。

 

「……何か言ってるわね、お姉様」

 

「くすくす、いいのよヴェナ。聞いてあげなくちゃ。Lv2の虫さんが必死に挑発してるんだもの」

 

「あら、お姉様。ここの団長はランクアップを隠してたんだから、この子もLv3かもしれないわよ?」

 

 クスクスと嗤い合うディース姉妹を前に、しかしパラケルススはそれ以上喋らない。ただ魔本を開いた状態で棒立ちしている。

 その後も散々にパラケルススを、あるいはガラテアを、ピュグマリオンを、オラリオを辱める言葉を吐き続けるディース姉妹。対するパラケルススは、念話によって吹き込まれる他団員からの会話に意識が傾き、ディース姉妹の言葉は右から左に抜けていく。

 もちろん、それで無視されたことに憤ったわけではなく、究極的には二人の間で世界が完結しているディース姉妹は、ただ何の反応もないことにつまらないと感じ、姉のディナがスティレットを手に吶喊し、ヴェナが長文詠唱を始める。

 

 しかし、Lv5の力で振るわれたスティレットは、Lv3のパラケルススが張った結界に阻まれる。幾度も重ねられる連撃のどれもが結界に傷一つつけられず弾かれる。

 ディナが飛び退いた瞬間に放たれた、昨日はヘディンの守っていた拠点2つを焼いた長文魔法も、結界に含まれた魔法無効化によって完全に消失する。

 なんの痛苦も与えられず、しかしディース姉妹はそれを何度も繰り返す。とはいえ、正確には結界にダメージを与えているのは姉のスティレットによる物理攻撃だけだ。《シレンティウム・エデン》に含まれる効果は魔法無効化なのだから、ヴェナは魔法ではなく魔剣で攻撃するべきだった。

 しかしそれでも、流石というべきはパラケルススだろう。高位魔法とはいえ、Lv3でLv5の攻撃を防ぎ続けているのだから。

 それは、直近で取り込んだ大聖樹の枝によって齎された進化だろうか。パラケルススはこと魔力の領域においてのみ、Lv5に手を届かせていた。

 

「【黒き沼、赤き咎。咬み千切り交ざり合う、汚泥のごとき我等が臓物】! 《ディアルヴ・スティージュ》!!」

 

「【異端の焼却、罪炎の楽園。あらゆる錯誤と倒錯はここに。燃え盛れ万の墓標】!!」

 

 痺れを切らしたヴェナが異なる長文詠唱を始める。それはヴェナ・ディースが持つ『発焔魔法』という稀少魔法(レア・マジック)。ヴェナが視認し、異端とした存在を発火させる回避不可能必殺の魔法。地獄の門を過ぎた先にある、異端者のための墓孔。

 合わせて、ディナは自らの呪詛(カース)、触れた相手の力と敏捷の能力値を半分奪い、代わりに自身の耐久と魔力を同値分与える《ディアルヴ・スティージュ》を使い、ヴェナの魔力を強化する。

 

「【哭け、第六の(その)。轟け、第九(だいきゅう)の歌】――《ディアルヴ・インフェルノ》!!」

 

 しかし、その必殺の攻撃でさえも、魔法である以上意味はない。地獄(インフェルノ)楽園(エデン)によって掻き消され、場には静寂が訪れる。

 ディース姉妹は苛立っていた。それこそ、いつものクスクスメスガキキャラ(天然)が崩れ、ただ無言で攻撃し続けるほどに。

 彼女たちは根からの加虐趣味(サディスト)であり、基本的に好き勝手言って自分たちだけの世界を構築しながらも、相手からの反応(レスポンス)を愉しんでいる。だから、完全無反応のパラケルススは彼女たちの精神を逆撫でしていた。

 さらに言えば、自分たちの美しさ、即ち妖精であることに自信を持つ彼女たちは、ハイエルフであるパラケルススに「そうでもない」と言われたことは、余裕ぶっていても完全に地雷だった。

 思い通りにいかない現実に、歯ぎしりをしながらパラケルススを睨みつけるディース姉妹。一方のパラケルススは欠伸(あくび)をひとつしてから、終わりになる一言を呟いた。

 

「ん、よっつ全部見た。()()()()()

 

 それと同時に、クノッソスのある方角で、一筋の()()()が立ち昇った。

 

「「……え?」」

 

 それは、つい昨日、九つ発生して、オラリオを絶望に叩き落としたもの。即ち、神の送還。

 それだけならば、ディース姉妹は反応することもなかった。しかし、彼女たちが反応せざるを得ない重大な理由があった。

 それは、自らの力が消え去った感覚。体が重く、魔力が霧散した感覚。背中に刻まれたものが効果を失う、その感覚。

 

 つまるところ、今回その光の柱を生やした神は、他でもない、彼女たちの主神、アレクトであるということ。

 果たしてどうやって、クノッソスの奥に籠もっている彼女たちの主神を天界に送りせしめたのか。簡単なことだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だけである。

 当然だが、ハエにとっては何の毒にもならず、人、あるいはそれに準拠する神には致死毒になりうるものは存在する。それを利用した、コッペリアによる暗殺。

 これが、ピュグマリオン・ファミリアの奥の手であり、《ディアルヴ・インフェルノ》のような紛い物ではない()()である。

 

「【異端の焼却、罪炎の楽園。あらゆる錯誤と倒錯はここに。燃え盛れ万の墓標。哭け、第六の(その)。轟け、第九(だいきゅう)の歌】(加えること)【謳え、誉れ高き騎士の歌。怒りを携え、湖を割れ。その傷、治ること能わず。さぁ今声高く、かの聖女を讃える歌を】――《ディアルヴ・インフェルノ=ガ・ボウ》」

 

「「!! きぃやぁあああああああああああああ!!!?」」

 

 彼女たちが光の柱に気を取られた一瞬の隙に――否、既にディース姉妹の行動は、もはやすべてが隙であるのだが――パラケルススの高速結合詠唱が完成する。

 放たれたのは黄色の炎。構築する魔法は、ほんの数十秒前にヴェナによって放たれた発焔魔法、《ディアルヴ・インフェルノ》。そしてもうひとつは、とある小人族(パルゥム)が放っていたふたつの魔法のうちのひとつ。治癒を阻害する呪詛(カース)、《ガ・ボウ》。

 それが組み合わさった黄色い炎は、不癒の火傷を与える魔炎となり、恩恵の消えたディース姉妹の背中と、顔の左右半分、そして耳を焼いた。

 

「あ……なに……? なにが……? どうして……?」

 

「い、痛い、痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い……」

 

 攻撃を受けても嗤っていた彼女たちの精神性は、しかし恩恵を剥がされたことで許容量を大きく減じた。そして、治らない背中の火傷ではもはや新たに別の神から『神の恩恵(ファルナ)』を受けて『闇派閥』として凶行を起こすために『神血(イコル)』を刻むことも難しいだろう。

 『神血』を刻めば耐え難い痛みに苛まれ、滲み出した血液は『神の恩恵』となる前に『神血』を洗い流す。

 そして、彼女たちが己を認識する要となっていた妖精としての美しさと特徴的な耳も焼き払われた。

 

「ん……これでよし。最後に……ハイエルフとして、お前たちを妖精(エルフ)とは認めない。何者でもない存在として、生涯償いきれない罪を償い続けるといい」

 

「「あ……」」

 

 その日、『闇派閥』アレクト・ファミリアの団員が大量捕縛された。彼らの背中から『神の恩恵』が失われていたことで、昼頃に目撃されていた光の柱によって送還されたのは、不止の女神アレクトであったと断定された。

 しかし、団長と副団長であるディース姉妹だけは、最後まで見つからないまま、戦場にも出てこなかった。

 

 犯罪都市の路地裏にてディース姉妹と思われる、陵辱し尽くされたボロ雑巾のような死体が発見され、ヘディンが顔を顰めるのは、それから数年後のことである。




 うちのフィンは他所様のフィンとは別人ですので、ヘイトの混同はお控えください。
 彼もそれなりに胃を痛めつつ頑張っております。
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